063話:お風呂の作法
「ふいい~~ 極楽極楽~♪」
オレはタオルを頭に乗せ、完成したばかりの風呂を堪能している。
今この大浴場には、オレとフラメン姉さん以外では、警護二人とメイド二人を除く使用人全員が入っている。
マークたちはどうも風呂は苦手らしいので、今回は欠席して屋敷の警護に加勢している。
今日のところは見逃したけど、また後日に無理やりにでも入れて体を洗ってやろう。
最初は時間割による男女別にしようと思ったのだが、なんかサーシャや獣人族のメイドたちも意外とドワーフ族と同じ感性らしく、男性の前で裸になるのに抵抗がないらしいので混浴とした。
聞くところによると全員この国で生まれ育ったせいで、他国の同族と違ってみんなドワーフ族寄りの感性持ちだそうだ。
とはいえオレが恥ずかしいので、一応今回は湯着の着用をお願いした。
いやほらさ……みんなドワーフ族特有のスットン体型ならまだいいんだけど、人族のサーシャや獣人娘たちはそれなりに発育がね……。
色々と眼福……もとい、目に毒なのでありますよ。
ハイドワーフの男性陣は全く意に介してなさそうだけど……。
こういう時はその感性が少し羨ましくなるよ。
「ふぃぃいい~~♪ お風呂は良いものなのだよ~~♪」
だが若干約一名ほど、オレの話を全く聞かずに素っ裸で風呂を満喫している人物がいる……。
お湯の上に徳利と御猪口を乗せたお盆を浮かべながら、神酒を堪能している温泉オヤジと化したフラメン姉さんである。
湯着を着てくれと言ったが、「風呂の真髄は全裸にありなのだよ」とか言って、真っ先に湯船に飛び込んだ次第です……。
神様パワーで身体は清潔に保たれているらしいが、せめてかけ湯はして下さい。作法ですので。
とりあえず湯着や混浴も含めて、風呂の取り決めはのちほど考えよう。
で、他の使用人たちはというと、最初はオレたちと同じ浴場に入ること自体に抵抗感があったらしいが、今はそれよりもお湯を張った湯船に入ることに、それ以上の抵抗感を見せている。
風呂の説明は事前にしたが、いまだに湯船に入るどころか、かけ湯すらもしていない。
「このお湯の中に入るので……ございますか?」
「や、火傷しないのかしら?」
「なんて大きな水槽……全部お湯?」
「でも旦那様たちは凄く気持ち良さそうですし……」
初めて風呂体験をした時のライラたちを思い出すよ……。
とにかくこのままじゃ埒が明かないので、まずはかけ湯をさせる。
最初はみんな恐る恐るとお湯を入れた風呂桶を傾けて少しずつ体にかけていたが、火傷しない温度だと理解すると、みんな気持ち良さそうにお湯を体に浴びせ始めた。
「おお! これは凄く気持ちの良いものでございますな!」
「お水と違って、お湯だと体が解れるような感じがします」
ふふふ、かけ湯程度で感動するのはまだ早い。
湯船に入ると昇天間違いなしだよ?
全員かけ湯が終わったので湯船に入るように促す。
最初に体を沈めたのはサーシャだった。
「あ…………はふぅ……」
頬を上気させながら色っぽい声を上げる。
やめて、その表情と声はオレに効く!
「凄い……気持ちいい…………」
サーシャの言葉につられたのか、みんな次々と湯船に脚を入れて体を沈める。
そして――
「「「「「はふぅ~~~」」」」」
――みんな一斉に気持ち良さそうに溜め息をもらした。
フフフ……風呂の素晴らしさがこの一瞬で理解できたようですな。
「旦那様……この風呂というのは素晴らしいですな」
「お湯に浸かるのがこんなに気持ちの良いものだなんて……」
「嗚呼…… 体と心がお湯に溶け出しそうです……」
「まるで天にも昇るような気分ですわ」
「おおお……沁みる……」
みんなが思い思いの感想を述べる。
そして、みんなの表情がこの時ばかりは柔らかくなっているのを感じた。
そうそう、お風呂の時はやっぱりこうでなくちゃね。
「どうやら気に入ってもらえたようで嬉しいよ。これから毎晩風呂に入ってもらうから、あとで当番とかも決めような」
「「「「「毎晩⁈⁈」」」」」
あー やっぱりというか、予想通りの反応でした。
うん、なんとなくだけど、水浴び自体も数日に一回なんじゃないかな~とか思ってたんだよね。
基本、濡れた布で体を拭うってのが一般的って話を、以前シルフィーから聞いていたから……。
だがそんな習慣もこの屋敷では通用しないのであります!
風呂は正義なので毎日開催しますよ~。
そんなことを思っていたら、少し外の方が騒がしい様子だな?
『マーク、なにかあった?』
『主様、ライラたちがやってきまして、今そちらに向かっております』
『ライラたちが? 一体なにしに来たんだ?』
『止めますか?』
『いや、ライラたちならそのままでいいよ。ほっといて警護を続けてくれ』
『御意』
そんな感じで念話を切ったと同時に地図レーダーでライラの位置を確認したら、もう脱衣所まで来てた。
「姫様! 旦那様にお知らせしますので少々お待ち下さいませ!」
「いいから大丈夫なのじゃ!」
残ってるメイドたちがライラを静止しようとしてる声が聞こえるが…………まさか⁈
と思った矢先、風呂の扉がガラリと開いたと同時に、素っ裸のライラとシルフィーが大浴場に乱入してきた!
「やっぱり風呂ができてたのじゃ!」
「ああ~お風呂ぉ~~♪」
大浴場を見るなりライラは歓喜の表情で走り出すとジャンプ一番!
「おっふろなのじゃ~~!」
そのままの勢いで脚をおっぴろげながら湯船に飛び込んできやがった!
女の子のやる事じゃありません!!
そしてその水しぶきでオレたちの顔はお湯びたしだ……。
なぜかフラメン姉さんは華麗に回避してたけど。
「ぷっはあ~~! やっぱりお風呂は気持ちが良いのじゃ~♪ ソーマ殿のことだから真っ先に浴室を作り変えておると思ったのじゃが、どうやら正解だったようじゃ!」
「ああ~お風呂お風呂~♪ 至福です……♪」
オレらの事など意にも介せず、湯船に浸かって風呂を満喫する二人。
そんな二人の頭を、オレは無言で鷲掴んだ。
「お~ま~え~ら~……」
「あ……そういえば……」
「アレを忘れてました……」
どうやら二人ともオレが怒っている理由を察したようだ。
「二人とも! お風呂に入る前の作法は!!」
そしてオレは、そのまま二人の頭に拳骨を落とした。
「「ぎゃい~~~~んっ!!」」
湯船に入る前にはまずかけ湯。
これは風呂で絶対守るべき作法なのだ。
そして不作法者には拳骨を。
ちなみにこの一件で当屋敷の使用人たちは、風呂に入ったら必ずかけ湯をすることを心に誓ったそうだ。




