061話:浴場の下見と選抜試験
オレはハルガスとサーシャを連れて浴室に向かっている。
この屋敷は大きく分けて三つのエリアで構成されており、玄関やホール、サロン、応接室、事務室、食堂などを備える中央棟。
客室や寝室、普段使いの私室が並ぶ右棟。
そして厨房や浴室、使用人が使う部屋などがある左棟だ。
まず驚いたのは、この王都では上下水道が完備されていたことだ。
そしてトイレも洋式水洗だった。
まぁその……用を足した後に使用するのが謎の葉っぱだったので、それはあとでトイレットペーパーに替えさせてもらおう。
というか、この葉っぱ……流せるのか?
ちなみにトイレは、中央棟では住人用と来客用とで部屋が分けられており、どちらも使用人が使うのは許されていない。
右棟は各部屋に配置されており、左棟では使用人専用の共同トイレが二か所設置されていた。
とりあえず浴室を確認したが、これまた住人用、客用、使用人用とで三部屋に分けられている。
住人用と客用はタイルや色ガラスなどで、そこそこの装飾が施されているが、使用人用のは質素な造りの浴場だった。
しかし三部屋に共通しているのは、風呂という文化がないので単純な水浴び場となっている点だ。
アルグランス武王国は常夏の気候らしく、年中水浴びでも十分とはいえ、やはり日本人たるオレとしては、どうしても風呂は欲しい。
まずはこの三部屋を隔てる壁を取っ払って大浴場にしたいな。
建築神様の加護の力を意識し、地図機能でこの建物の全体像を改めて確認した。
うん、この壁は取っ払っても大丈夫だな。
オレは無限収納からエクスカリバーを取り出し、まずはこの邪魔な壁を切り刻んで瓦礫を収納した。
「ラ……ライラ殿下からお話は伺っておりましたが……本当に旦那様は不思議な術を沢山お持ちなのですね……」
「すごいです旦那様……」
その様子を後ろで見ていたハルガスとサーシャが、目を点にしている。
恒例のリアクションありがとうございます。
「ハハハ。まぁ直ぐに慣れると思うから」
「しかし壁を取り除いて、一体どうなされるおつもりなのですか?」
「浴室を一部屋にして大浴場にする」
「「えええええ~~⁈」」
ん? なんでそこまで驚く?
「で、では我々は外で水浴びをせよと?」
「はい? なんでそうなるの?」
「しかし旦那様方が入られる浴室をわたくしどもが使用するのは……」
ああ……そういうことね。
イカンイカン。少し不安にさせてしまったようだ。
つまり二人とも、オレら住人と同じ浴室を使うのに抵抗があるってことなんだな?
だがそんな堅苦しい取り決めは、本日限りで撤廃だ。
オレの屋敷なんだから、オレが新しいルールを決めさせてもらおう。
心と体を癒す風呂の時くらい、余計な気を遣って欲しくないよ。
二人に大浴場改装計画と、今後の浴室の使用方法の取り決めを伝えた。
「つ、つまり新しい浴室では、旦那様方と我々使用人が御一緒させていただいても宜しいということなので?」
「少なくともオレの屋敷ではそうさせてもらう。同じ屋根の下で暮らすんだから、せめて風呂の時くらいは家族のように振舞って欲しい。権力や身分なんてものは、所詮着ている服なんだからさ」
「いや……しかし……」
「まぁ、服を着たまま入るっていうなら考え直すけど?」
返答に困るハルガスに対し、オレが冗談交じりでそういうと、最初は呆気に取られていた二人だったが、自然とその表情は優しい笑顔になった。
「本当に旦那様は不思議なお方ですな……」
「そうかい? ただ堅苦しいのが苦手で我儘なだけだよ……」
素直な気持ちでそう答えると、二人は顔を向け合ってお互い納得したような表情で頷きあった。
え? なんなのさ?
「やはり我々の目に狂いはなかったようですな、サーシャよ」
「はい、選抜試験を頑張った甲斐がありました!」
え? 選抜試験? なにそれ?
そのことを質問したら、とんでもない答えが返ってきた。
なんでも、初日のシグマ陛下との謁見と歓迎パーティーが終わった時点で、王城で働く人々にオレの評判が伝わって人気急上昇したらしい。
で、今回のこの屋敷に勤務したいという希望者が殺到。
メイリン女史たちメイド隊副長三人衆監督のもとで、厳しい選抜試験が執り行われたそうだ。
サーシャはライラの推薦もあったが、本人の希望で試験に参加して見事合格と相成ったらしい。
ちなみに料理長だけは、ライラとシグマ陛下両方の推薦ではなく、命令での転属となったので試験はスルーだったそうだ。
どんだけオレに料理習わせたいんだよ……。
「皆、実力でこのお屋敷の勤務権を勝ち取った手練ればかりです。ちなみに私は先日まで先武王陛下の執事をさせていただいておりましたが、この度お役を弟子に譲り、こうしてソーマ様にお仕えさせていただいてる次第でございます」
なにぃ~~~!! ハルガスがアリオス爺の元執事⁈
また凄い人がやって来てくれたもんだ!
つーか、いつまでこの国にいるのか判らないのに、みんな思い切ったことをしちゃったもんだな……。
そのことを伝えると、お役が終わったあとでも王城での勤務に戻るだけの話なので問題ないとのことだった。
ちなみにハルガスは元々引退を考えていたらしく、もしその時が来たらそのまま隠居するそうだ。
「フフフ……これは迂闊にこの国から離れられなくなったのだよ……」
「うわっと! ビックリした~~!」
いつの間にか背後に忍び寄ってたフラメン姉さんの声に、思わず飛び退いてしまった。
「気配を消して背後を取らないでよ!」
「アハハハ♪ まだまだ修行が足りないのだよ。ところで風呂の方はどうだい?」
フラメン姉さんの質問に、一応の計画案を伝える。
とにかく早めに終わらせて風呂を使えるようにしないと、皆不便だろうからね。
早速作業に取り掛かろうとしたところで、ハルガスから質問された。
「あの……ところで旦那様にフラメン様…… 先ほどから仰られている「風呂」……とは一体なんなのでしょう?」
「「あ…………」」
そこからか……。
作業を始める前に二人に風呂の説明をして、また驚かれた。
そんな驚きや戸惑いも、一度体験したら綺麗にすっ飛んで病みつきになるよ、きっと。




