048話:シグマ武王との謁見
今オレの目の前に高さ五メートル、幅二メートルほどの大きな観音開きの扉がある。
その両サイドには緊張した面持ちのドワーフの衛兵が二人、長槍を扉の前で交差させるように持ちながら立ちつくしている。
いや~、いかにも厳粛な雰囲気が漂ってて、実に趣きがある光景だね。
そう、ここが謁見の間の入り口だ。
そしてこの先にはライラの父親にしてこの国の王、シグマ武王がいる。
この世界に来て、初めて国のトップと対面するんだ。
とにかく失礼のないようにだけ心がけよう。
と思っていたら、扉の向こうから甲高い声が響いた。
「扉を開けよ~~!」
恐らく進行役の人の声だろう。
その声が聞こえると、衛兵二人が槍の交差を解き、その大きな扉を押し開く。
続けてオレの前方両サイドに位置しているエルナイナとメイリン女史がゆっくりと前進して扉をくぐり、その後ろからオレとマークたちが続いた。
そしてオレたちが扉を抜けた瞬間――。
「ライラ殿下を救った我が国の大恩人にしてぇええ~! 神獣様を従える神の使徒ぉおお~~! ソーマ様のぉおお~~~! おなぁ~~~りぃいいい~~~~~!!」
そのアナウンスにより、オレは間髪入れずに噴き出した!
と、同時に、謁見の間の両サイドに立ち尽す数多くの人々が一斉に大きな拍手をもってオレを迎えてくれた。
AR表示で確認したら、みんなこの国の貴族や役員たちみたいだ。
そして謁見の間の中心に、入口から奥にまで敷かれている赤い絨毯の両サイドには甲冑姿のハイドワーフ騎士たちが十名づつ綺麗に整列しており、ランスを上に掲げながら絨毯の上で交差させ、綺麗なランスのトンネルを作り上げている。
そのトンネルをくぐりながら先に進むと、ダイルもその騎士たちの一人に混ざっているようだ。
オレにアイコンタクトを送ってきたので視線で返す。
今この広間にいるのはオレとマークたちを除いて全部で二一八名。
その内、ドワーフ族が二〇名、人族が一三名、エルフ族が四名、ホビット族が七名、獣人族が三名、あとは全員ハイドワーフ族だ。
とまぁ……それは一先ず置・い・と・い・て……。
はぃぃいいいい~~~~~~⁈⁈⁈ 神の使徒ぉおおお⁈⁈
おいコラちょっと待てや! いや、確かにオレ、神様縁の身ではあるけどさ?
まさかライラのヤツ……は強制があるから話せるワケないか……
。
そう思いながら、広間の奥にある壇上に横並ぶ三つの玉座、その右端に座るライラに視線を送ると、ライラは何か緊張してるような表情で、彼女の横に立って大笑いしてるアリオス爺を小さなジェスチャーで指差す。
早速眷属通信で事情聴取だ!
『おいライラ! これアリオス爺の仕業か⁈』
『すまんのじゃソーマ殿ぉ~~! お爺様が勝手に斯様な肩書を加えてしもうたのじゃ~! 許してたもれぇ~~~!』
『そういいながら今お前も顔笑ってんじゃねぇかよ!』
そう、ライラのヤツ、さっきまでの緊張した面持ちは、必死に笑いを堪えていた表情だったのだ。それが今決壊した。
『これでもわらわとシルフィーは必死に止めたのじゃよ~~ でもお爺様がその……っぷぷ……うわっはっはっは! さっきのソーマ殿の顔! 傑作なのじゃ~~♪』
『念話で爆笑してんじゃねぇ!! これどう収拾つけるつもりなんだよ⁈』
『その辺りは大丈夫じゃ! 父上とお爺様が万事解決してくれるでな! だから安心……して……たも……たもれ……ぷっ!……ぷわっはっはっは――』
オレは念話を切った。
コパル増量の話は無かった事にしよう。
というか、本当に大丈夫なのかよ~これ?
オレはかなりの不安を抱えながらも、一応の冷静さを装ってエルナイナたちの後を追う。
そしてランスのトンネルを抜け、前方の三つの玉座、その真ん中に座するハイドワーフ。
すなわちこの国の王、シグマ武王の近くにまでやってきた。
するとエルナイナとメイリン女史の前進が止まったのでオレも足を止めると、エルナイナはその場で跪いて騎士の最敬礼、メイリン女史はそのままカーテシーの姿勢で静止する。
あ、コレってば、オレも跪いたほうがいいのかな?
そう思って視線を下げて膝を曲げようとしたら――
「よい、我に斯様な礼は無用である。面を上げられよ、恩人殿よ……」
シグマ武王が超イケボな声でオレの行動を制止する。
某ロボ勇者の主人公を多く担当した声優さんにそっくりの声だ。
しかもよく顔を見たらガッシュさん同様にメッチャイケメンやん!
顎鬚を蓄えて厳粛な風格を醸し出しているが、さぞやモテたことだろうことは容易に想像がつく。
ダイルや他のハイドワーフ騎士、貴族にも少し目を向けたが、みんなナンだかんだでイケメン揃いだ…… ハイドワーフ男子はイケメン種族……ソーマ、覚えた。…………爆発しろ。
「まずはエルナイナとメイリン、そしてダイルよ。此度は我が国の恩人を無事に招き入れてくれたことを嬉しく思う。誠に大義であった」
「「「ハハッ! 勿体なきお言葉!」」」
後ろにいるダイルも跪き、三人が声を揃えてそう返事した。
こういう光景を目の当たりにすると、やはりみんな王家に仕える立派な家臣なんだな~と実感する。
「そしてソーマとやら、此度は我が愛娘ライラ、及び、大切な家臣であるシルフィリアの命を救ってくれたこと、感謝の念に絶えぬ……」
シグマ武王はそう言いながら玉座を立つと、その場でオレに向かって跪いた。
「本当に感謝する! 我が国の王として! そして一人の父親として礼をさせてもらいたい!!」
うっわ~!! アリオス爺の息子って時点でナンとなく予想の一つとしてはあったけど、一国の王が家臣の前でどこの馬の骨とも解らない小僧相手に跪いちゃったよ!!
とにかくこの状況はなんとかしないと!
「お、おやめ下さい! 困っている人がいたら助けの手を差し伸べるのは当然のことじゃないですか? ライラ姫も無事、シルフィリアさんも無事、それだけでいいじゃないですか」
まぁ実際のところはライラと最初に色々とひと悶着あったけど、今はとにかくそういうことにしておこう。
「ふむ……父上から少し話には聞き及んではいたが、そなたは謙虚なのだな……」
シグマ武王がそう言いながら立ち上がると、再び玉座に深く腰を下ろす。
すると、どこからともなく、周りの貴族や騎士、衛兵から徐々に拍手の音が鳴りだした。
「神獣様を従える神の使徒でありながら、なんと謙虚な!」
「まこと紳士の鏡である」
「ライラ殿下をお救い下さり、我ら一同も感謝の念に絶えませぬ!」
「シグマ武王陛下万歳! ソーマ様万歳! アルグランスに栄光あれ!」
大きな拍手と共に、周りの貴族たちからも様々な賛辞が飛び交う。
こういうのも少し予想はしていたけど、実際に言われるとかなりむず痒い……。
そしてシグマ武王が手を前に差し出すと、拍手の音が一斉に鳴りやんだ。
すると次は、ライラの横にいたアリオス爺が玉座の並ぶ壇上に上がって前に出る。
「皆の者、アリオスである! まずはワシの脚を見て欲しい!」
アリオス爺はそう言いながら、今履いてるズボンの裾をめくり上げる。
無論上げたのは右脚の方だ。
既に気付いていた貴族もいたらしいが、今気付いた人たちは一斉に驚きの声を上げる。
「なんと! 先武王陛下の右脚が⁈」
「これは何事か⁈」
「おお! 闘将の復活だ……」
ハイドワーフ貴族から驚きの言葉が飛び交うが、それをアリオス爺が静止する。
「皆の者! 心して聞け! この脚はここにおるソーマ殿の力によって復活したものである! そして皆も聞き及んでおろうが、このソーマ殿は背後に控える神獣様を従える主でもある! 神の使徒というのはワシが勝手に掲げた誇張であるが、ソーマ殿はそれを否定しておる。 何故か? その判断は我らの想像にゆだねたからだ!」
アリオス爺の言葉に貴族たちからざわついた声が上がるが、アリオス爺はかまわず口上を続ける。
「神の使徒などと誇張したことについては皆に詫びよう。だがこのソーマ殿が神獣様の主であることは事実である! ソーマ殿はワシにこう言った! 「見たままのことが全て。あとは我らで想像してくれればよい」と。そしてソーマ殿に敵対せぬ限り、ソーマ殿もまた、我らに敵対することはないと言ってくれておる!」
その言葉に周りはシ~ンと静まり返るが、間髪入れずにシグマ武王も立ち上がった。
「父上は既にソーマ殿の信頼を得、右脚を復活させてくれただけではなく、今や友の間柄となっておる! ライラや騎士シルフィリアもまた、ソーマ殿と良き友誼を今も育んでおる! よいか皆の者よ! 我が国にとって、ソーマ殿は神獣様方の主である以前に、先日遭難した我が愛娘ライラと忠実なる家臣、騎士シルフィリアの命を救ってくれた大恩人である! そしてソーマ殿は平穏な日々を過ごされるのを望んでおられる! だから我はここにおいて宣言する! 我が国ではソーマ殿と神獣様方を客人として扱い、決して国事に利用せぬことを! そして卿らに警告する! 邪な気持ちでソーマ殿の手を煩わせることは我が許さぬ! それが破られた時は必ずや己が身に、そして我が国にも災いが降りかかることを心に刻め!」
シグマ武王の口上も終わり、今も謁見の間は静まり返っている……。
いや~……もうこれ、完全に権力による抑えつけに入ってるな……。
まぁそこまでやってオレを保護してくれるってのは、正直ありがたいっちゃ~ありがたいんだけどねぇ…………少し殺伐とし過ぎじゃない?
「あと最後に付け加えておく。このソーマ殿、ワシやドランですらも赤子の手を捻るが如き武の達人であり、ガンガルドも一瞬で屠るほどの実力を持っておる。魔法の才覚も……まぁこれはワシの脚を見て勝手に想像せい! 詳しくはワシも言わん! とにかく! このソーマ殿は神獣様の主として、その全ては見せてはくれぬが、相応の実力を備えておるということじゃ! そのことも忘れるでない!」
アリオス爺がそういうと、マークがオレの横にやってきた。
「主様、私からもここにいる者たちに言っておきたいことがあります。どうか元の姿に戻る許可を……」
ああ……もうどうにでもなれ~。
許可を下してマークたち神獣家族は全員、神獣モードに姿を変える。
「我が名はマーク、この神獣一族の長である。聞くが良い、アルグランスの民たちよ。我らが主であるソーマ様は、間違いなく我ら以上の実力を備えておられる」
「左様。だからこそ、我らは主様に仕えているのである……。この言葉の意味、最早詳しく語らずとも理解できよう?」
「あなた方では不可能でしょうが、もし万が一にも主様に危害を加えるようなことがあれば!」
「たとえ主様が許しても、ボク達が絶対許さないんだからね!」
「「「「そのこと! ゆめゆめ忘れるでないぞ!!」」」」
四頭が最後にそう言い放ち、マークが少し威圧スキルを広間全体に放とうする。
が、オレはあることに気付いた!
急ぎ体術を駆使し、マークの顎を蹴り上げてスキルの発動を途中で阻止した。
無論、ある程度の手加減はしているが、それでも全高四メートルのマークの巨体が揺らぐ。
「グハッ! あ、主様⁈ 一体なにを⁈」
「バカヤロウ! 所構わず威圧を飛ばすんじゃない!」
オレの動きに驚く周りの面々たちだが、今はそんなことどうでもいい。
マークを叱りつけてから、オレは気付いた人のもとへ視線を送る。
シグマ武王の左に座して驚きの表情を浮かべている女性……シェリム王妃にだ。
「私の僕が大変失礼をしました。少し威圧スキルを使ってしまったみたいなのですが、お気分は大丈夫ですか?」
「え? ええ…… なんともありませんわ……」
「良かった……お腹の子に何かあっては大変です。もし気分が優れないようでしたら良い薬もありますので、お気軽に申し付けて下さい」
そう、シェリム王妃は妊婦さんだ。
少し膨らんだお腹が何よりの証拠。
AR表示でもその辺りの情報はしっかりと表示されている。
ほほう、お腹の子は男の子か。
これ……やっぱ言わない方がいいのかな?
おっと! 今はそれよりもマークへの対処だ!
妊婦さんのいるところに威圧スキルなんて放ったら、胎児に影響がありそうで怖いわ。
「マーク! お前も謝るんだ! 妊婦さんのいる場所で威圧なんて使いやがって! なに考えてるんだ!」
「も、申し訳ございませぬ主様! どうかお許しを!」
「謝る相手が違う! 王妃様に謝るんだ!」
「ぎょ、御意! ドワーフの妃よ、大変な無礼をした。どうか許されよ。心より謝罪する」
マークは玉座のある壇上寸前まで顔を近づけて伏せの姿勢をし、その大きな頭を下げて謝罪の言葉を述べた。
「は、はい……、貴方様の謝罪を受け入れますわ……」
「感謝する、ドワーフの妃よ」
マークの謝罪を少しおっかなびっくりで受け入れたシェリム王妃だったが、とりあえずこれで一応の筋は通っただろう。
謝罪を終え、オレの後ろに下がったマークは恐る恐るオレの顔色を窺うが、ちゃんと謝ったので許してやろう。
「よし! 今度から威圧を飛ばす時は十分な配慮をするように!」
「御意! 肝に命じまする!」
よし、言うべきことは言って、マークも謝ったからこの話は終わり!
あとは――
「この場にいる皆様方にも深くお詫びします。私の僕が大変失礼をいたしました」
オレはそう言いながら深く頭を下げてお詫びする。
この場にいるのはこの国の重鎮ばかりだ。
とにかく余計な悪印象だけは払拭しておかないとね。
そんな心配をしていると、またどこからともなく拍手の音がしたと思ったら、次の瞬間大きな拍手の音と歓声が広間中に鳴り響いた。
「各々方! 今の蹴り技を見ましたかな⁈」
「なんと目にも止まらぬ早業か⁈ 彼は拳闘士なのか⁈」
「しかも本当に、そして完全に神獣様を従えておられる!」
「いやいや、それだけではない! 王妃様の安否にも気を遣われるその真摯な姿勢はどうだ?」
「然り然り! これぞアルグランス紳士の心意気よ!」
「心技体! どれをとっても神の使徒の名に恥じぬ見事な振舞い!」
「我ら一同、感嘆の至り!」
オレに対する多種多様な賛辞が広間中に木霊する。
うわ~! 超恥ずかしいんですけど! 飼い犬を躾けただけなんだから、そんなに持ち上げないでくれ~~!
「なっはっはっはっは! 皆の者も見たであろう! これがソーマ殿! わらわの命の恩人殿の実力の片鱗じゃ! 先の光景を目に焼き付けるが良いぞ!」
ライラが立ち上がってそんな言葉を投げかけると、更に拍手や歓声の音量が上がった。
だ~か~ら~やめてくれ~~!
そんなオレの心の叫びも虚しく、この賛辞の歓声はしばらくの間続いた……。




