046話:アルグランス武王国、到着
火竜の月、二七日の朝。
アルグランス武王国の海域圏内に入った。
本来ならば予定通り五日の行程で昨日の夕方には到着するはずだったのだが、例のリヴァイアサン騒ぎで到着時刻が夜にずれ込むことになってしまった。
しかし夜に入港すると、それはそれで受け入れなども大変ということで、急遽予定を変更して今日の朝に到着という流れになったのだ。
そんなわけで一日予定が伸びてしまったので、昨夜は船員たちから懇願されてオレの料理を振舞うことになった。
流石に神酒は限りがあるので、酒は船にあった果実酒で賄ってもらったが、肉料理に関しては小麦粉が入手できたこともあって、ガンガルドのモモ肉を使って唐揚げを作ってみた。
醤油がないので味付けは塩とコパルを少々入れての感じだったが、またもやドワーフ料理界に革命が起こったのは言わずもがなだ。
基本、焼くか煮るしか知らない料理文化で、先日の魚フライ同様の揚げ料理を振舞えばどうなるか? その結果は見るまでもなかった。
唐揚げは肉料理と言う事もあって魚フライ以上に好評で、特にライラはお腹をポッコリ膨らませるほどにパクついていた。
どうやら彼女の大好物がまた誕生したようだ。
しかし満足するのはまだ早い。
醤油、ニンニク、生姜を入手した暁には、更に極上の唐揚げを食わせて進ぜよう。
ライラとメイリン女史にそれとなく、今の唐揚げが未完成であることを告げたら二人とも仰天してた。
「なん……じゃと……?」
「この味わいで、まだ完成の域に達していないですって⁈ ソーマ様、真の唐揚げとは一体……」
ハハハ、二人とも凄い食い付きようだったけど、まあそう慌てるでない。
東大陸に行けば、ゴラス島に居た時より食材のバリエーションは確実に増えるはずだ。
じっくり時間をかけて目当ての食材を探し当て、更に美味しい料理を作ってあげるから楽しみにしていなさいな。
とまぁ、そんな楽しい宴があったのが昨夜のお話。
で、今は朝の六時を少し過ぎた辺り。
比較的安全なアルグランスの海域圏内に入ったことで周辺警戒の人数は若干少ないが、そのぶん入港準備があるために他の船員たちの動きがかなり慌ただしい感じだ。
そして船の向かう先にはうっすらとだが、街の姿が見え出した。
「ソーマ殿、あれが我が国アルグランス武王国の王都、海の都エトロスタンなのじゃ!」
綺麗な白いドレスを着飾ったライラが指差しながら、元気にそう教えてくれる。
他の皆も甲板に上がっているが、皆正装に身を包んでいる。
まぁ王都に着いたらお城に行って、武王様への謁見とかもあるから正装なのは当たり前だよね。
初めて綺麗な正装姿のライラを見たが、うん、なかなかに可愛いらしい姿だ。
クセの強い跳ねっ毛は変わらずだが、大きな銀のティアラがいかにもお姫様って感じだね。
初めて会った時もドレスだったが、難波して泥だらけだったから余計に見違えて見える。
メイリン女史だけはいつもの和服割烹着姿だが、多分これが彼女の正装なんだろう。
シルフィーとエルナイナは綺麗な装飾の施された近衛騎士の服。
ダイルも出会った時と同じ騎士の鎧をまとっている。
そしてアリオス爺は、いかにも「ザ・王族!」って感じの煌びやかな装飾が施された威厳の漂う服を着ており、頭髪もオールバックにキメて本当にカッコイイ老紳士に見える。
「なんじゃ? ソーマよ? そんなジロジロと見おってからに?」
「ん? いや…… アリオス爺って本当に王族なんだな~って感心してたんだよ。格好いいよ、その服」
オレの返事を聞いて、一瞬キョトンとした表情をしたアリオス爺だが、次の瞬間いつものように豪快な声で笑い声をあげた。
「ワッハッハッハッハ! お世辞でも嬉しいぞい! だがソーマもなかなかにキマっておるではないか! この姿なら社交界でも女子にモテそうじゃわい!」
そんな今のオレの姿だが、昨夜に正装のことをシルフィーに教えられたので、裁縫スキルにものを言わせて作ったスーツを着ている。
一見すれば普通のタキシードのようなスーツだが、ファンタジー感が出るよう衿や袖口、前身頃の縁全体に銀の刺繍細工を施した作りに仕上げた。
無論こんなスーツはこの世界に存在しないらしいが、一応これがオレの中で最適な正装と言う事で、アリオス爺監修の下でOKがもらえた。
アルグランスは他国の文化にも敬意を払う習慣があるので、無理にアルグランスの正装に合わせる必要は無いと教えてくれた。
それが証拠に、ドワーフの国となっているが、一部人間や他種族もアルグランス貴族として在籍しているそうだ。
「優秀な種族より優秀な人材こそ国の宝」
アルグランス武王国、初代武王ガンマが唱えた国是は今も広く浸透しており、そんな文化形態ゆえ、余程歌舞いてる服でもない限りは大丈夫だと、ダイルも太鼓判を押してくれた。
というか、ダイルもこのタキシードスーツがえらく気に入ったみたいで、後日でいいから一着作って欲しいとお願いされた。
まぁ裁縫スキルがあればそれほど時間もかからないので快諾はしたが、その分の見返りも一応要求しておく。
内容に関してはその時に話し合おう。
レディーには優しいがジェントルメンには厳しいオレなのだ。
そんな感じで近づく王都を眺めながら、皆と和気藹々と話しをすること一時間。
ようやく船が港に到着した。
さて、ここからが肝心。
ここからは昨日ライラやアリオス爺を中心に、皆と話し合った手筈で行動を起こすことになる。
言っとくけど、皆がそれで良いと言ったんだから、どうなってもオレは知らないからな!
停船所に船が止まると錨が下ろされ、甲板員がロープを港にいる人員に投げつけて船の固定がされる。
下船の準備が整い、シルフィー、エルナイナ、ダイルの三人を先頭に、ライラとアリオス爺、そしてオレとマークたちがその後ろで船と港を繋ぐ橋を渡る。
すると港にはドランの爺さんと見知らぬハイドワーフ騎士の二人を筆頭に、大勢の騎士と音楽隊が賑やかな音楽を奏でながら出迎えてくれた。
「姫様、先武王陛下、此度の航海を無事に終えられたこと、騎士団一同お喜び申し上げます!」
先にそう言って跪いたのは見知らぬハイドワーフ騎士だった。
>名前 :ガッシュ・ザイバッハ
>レベル:68
>種族 :ハイドワーフ
>年齢 :903歳
>職業 :アルグランス騎士団総長
>称号 :アルグランス勇武勲章・知将
>
>スキル:剣術・大剣術・加速・剛力・威圧(中)・火魔法・土魔法・指揮・士気高揚・戦術
おお! ドランの息子か⁈
流石は親子。習得スキルが全く同じだ。
というか、騎士団総長自らがお出迎えとは恐れ入る。
「うむ! 皆の者も出迎え御苦労なのじゃ!」
「此度はライラの恩人にして、ワシの友が来てくれておる! 皆の者も粗相の無いよう頼むぞい!」
出迎えた騎士団の皆を労うライラ。
そしてアリオス爺がそういいながら、オレの肩を持ちながら抱き寄せて皆にそう伝える。
「ハッハッハ! ついに来おったかソーマ殿よ! 歓迎するぞ!」
「ドランさんもお元気そうで。しばらくの間だけど厄介になります」
「ハハハ! 相変わらず謙虚よのう。ところで…………アリオス陛下……その脚は一体……?」
異変に真っ先に気付いたドランがアリオス爺の右脚を指差すと、遅れて気付いたガッシュや騎士団の皆も「アレッ?」といった感じの驚きの表情で、アリオス爺の顔と右脚に視線を上下させている。
出発した時は右脚無かったのに、戻ってきたら右脚があるんだもの……そりゃ驚くよねー。
「ワッハッハッハッハッ! ソーマの力でホレ! この通り失った右脚が元通りじゃわい!」
「「「「「「「「「「ええええええっ~~~~⁈⁈」」」」」」」」」」
アリオス爺の言葉に、この場にいる騎士団全員から驚きの声が上がった。
「よいか皆の者! このソーマは最早ライラの恩人だけではなく、ワシの恩人でもあり友でもある! その事、ゆめゆめ忘れるでないぞ!」
動揺の声を上げていた騎士団の面々だったが、アリオス爺のこの言葉で場が鎮まると、冷静さを取り戻したガッシュや騎士団の皆は一斉にその場で跪き、右手を胸にあてるという騎士の最敬礼の姿でオレを歓迎してくれた。
「ソーマ様! 我が国の恩人よ! ようこそ我が国へいらっしゃいました! 我らアルグランスの国民一同、全身全霊でおもてなしさせていただきますゆえ、どうか心ゆくまで我が国に留まり下さいませ!!」
皆を代表してガッシュが立ち上がり、オレにそう宣言した。
「申し遅れました。私の名はガッシュ・ザイバッハ。ドランの息子にして、この国の騎士団総長を仰せつかっております。以後お見知り置きを!」
うわ~、この人凄いハンサム。
九〇三歳ってことで、まだ老化が始まる前だから顔立ちも若々しいが、綺麗に整えられた口髭のおかげでナイスダンディーな顔立ちだ。
厳ついドランの息子とは思えないよ。
「騎士団総長様自らの先名乗り、痛み入ります。私の名はソーマと申します。成り行きではありますが、しばらくの間そちらで御厄介になります。至らぬ点もあるかと思いますが、どうぞ宜しくお願いします」
礼には礼を。
オレはそう言いながら、深々と頭を下げてガッシュさんと挨拶を交わす。
そして顔を上げて彼の表情を伺うと、少し驚いた表情を浮かべていた。
え? なに? オレなんか間違ったこと言っちゃったか?
「あの……なにか?」
「あ、いや、エルナイナやダイルはおろか、父上すらも物ともしなかった武人と聞き及んでいたので……その……随分と想像と違っていてね……」
ああ、そういうことね。
「ハハハ! ガッシュよ、こやつ可愛い顔をしておるが武の才は本物よ! 滞在中は色々と勉強させてもらうといい!」
ドランがガッシュの背中をバンバンと叩きながら豪快に笑う。
「いたたた…… 父上、姫様や先武王陛下の御前ですぞ! 少しは控えられよ!」
「おっと、これは失礼……」
ガッシュの言葉に流石のドランも少し畏まるが、そんな堅苦しい空気をライラが一蹴させる。
「な~はっはっは! ガッシュに爺、それに皆もそう畏まるでない! 今日はソーマ殿が我が国に来てくれためでたき日なのじゃ! それにソーマ殿は寛大な御仁じゃ! 皆、礼を欠かぬ上で、気楽に接するが良いぞ! ソーマ殿とはそういう御仁じゃ!」
ハハハ、流石はライラ。ナイスフォローだ。
正直オレも堅苦しいのは苦手だから、こういう形の先制パンチを繰り出してくれたのは助かるよ。
ナイス「さすライ」!
「おっとそうじゃ! 此度の客人はソーマ殿だけではなかったのじゃ! マークたちよ、来てたもれ」
ライラがそういうと、マークたちが犬の姿のままでライラの横までやってきて、ライラがマークに跨った。
うん……これもシナリオ通りの行動なんだけど……どうなってもオレ知らないからな……。
「皆にも紹介するのじゃ! ソーマ殿の僕にして、わらわの友でもあるマーク、サタ、キャスト、ガドラなのじゃ!」
ライラがそういうと、四頭は犬の姿からみるみると巨大な神獣の姿へと変身した。
当然ながら騎士団の面々は驚きの表情で口をポカーンと開けながら、その光景を黙って見てるだけだ
ガッシュさんは勿論、神獣だったことを知らなかったドランも同様の表情だ。
「ライラより紹介にあずかった、フェンリルのマークである。主様共々世話になる」
「こ、言葉を発する獣……まさか神獣様⁈」
ガッシュさんが体をガタガタと震わせながら、冷や汗ダラダラでそう質問した。
いやホント……なんかスンマセン……。
「左様である。わたくしの名はサタ。同じくソーマ様の僕である」
「わ、私はキャストと申します! アルグランス武王国の皆様、どうぞ宜しくお願いします!」
「ボクの名前はガドラ! みんなよろしくね~♪」
「な~はっはっは! この神獣家族も我が国の大事な客人……いや、客獣とでもいうのかの? とにかくみんな宜しくしてたもれ♪」
ライラはマークの背中で高笑いしながら騎士団の面々にそう告げる。
アリオス爺も同様に豪快な笑い声を上げているが、シルフィーやエルナイナ、ダイルとメイリン女史は苦笑いするしかない様子だ。
そして次の瞬間、予想通りの声が騎士団から上がった。
「「「「「「「「「「ええええええっ~~⁈⁈⁈」」」」」」」」」」
オレ、し~らないっと……。




