045話:挑戦者 現る!
アルグランス武王国へ向けての航海三日目に、怪魚リヴァイアサンと遭遇するというトラブルがあったものの、マークの雷魔法一撃で鎮圧して事無きを得た。
で、そのリヴァイアサンだが、AR表示の食材鑑定では食用可と表示されている。
しかも白身で、生でも調理しても大変な美味らしい。
ということで、水面に浮かんでいるリヴァイアサンの死体を一度無限収納で収納し、改めて甲板上に取り出す。
甲板上から水面まで距離が少しあるので収納できるかなと思ったけど、なんとかギリギリ収納できる距離で助かった。
で、改めて取り出したリヴァイアサンだけど、本当に見れば見るほど巨大な青い金目鯛だわ。
「しかし……こうして改めてリヴァイアサンの姿をじっくりと見るのは初めての経験なのじゃ」
「私も魔物に関する本に描かれた絵でしか見たことが無かったですね……」
ライラとシルフィーがそんなことを言っているが、聞いた話だとリヴァイアサンは遭遇するのも稀な上に、海のモンスターゆえに討伐するのも至難なので、滅多にお目にかかれないらしい。
過去に、南大陸に存在した海上クエストをメインとして活動する海の冒険者集団「大海の覇王」と呼ばれるギルドが、総力を上げて一匹のリヴァイアサンを討伐したことがあったそうだが、その時に確保された素材の数々は破格の値がついたそうだ。
ちなみにそれも五〇〇年も前の話で、今はそのギルドも存在していない(アリオス爺の知識袋から抜粋)。
AR表示の鑑定結果でも食材となりそうな部分以外の部位、主に鱗や皮は防具用の素材として。
鋭い歯や骨は武器素材として人気があるらしいとの結果が出た。
しかし武器や防具は間に合ってるので、オレは身の部分だけいただき、その他の素材部位はアルグランスに到着したら売りに出すことにしよう。
所有権に関しては、仕留めたマークの主人であるオレということで、特に周りから文句は出なかった。
皆からしたら、リヴァイアサンを討伐してくれて命が助かっただけでもありがたいといった感じだ。
そんな感じで、目の前にあるリヴァイアサンを見つめながら聖包丁コンツァーを取り出し、今はどう捌こうか考えている最中だ。
まぁ考えるまでもなく、料理神様の加護の知識で自然と捌き方が解るんだけどね。
考えてるのは食材メインの捌き方か、素材メインの捌き方のどちらにするかだ。
そんな思案をしていると、アリオス爺とダイルが話しかけてくる。
「の、のうソーマよ? 包丁を取り出して……もしかしてコレを捌くつもりなのかの?」
「ん? そのつもりだけど」
「いや、どうせ素材以外は捨てるだけなんだし、今ここで捌かなくてもいいんじゃねえのか?」
「何言ってんの? 美味そうな切り身が沢山取れそうなんだから、早く捌いて食ってみたいんだよね~」
「なにっ⁈ ソ、ソーマよ、もしかしてリヴァイアサンの身を食うつもりなのか?」
「え? ダメなの?」
「い、いや……ダメじゃねえけど……コレ、食えるのか?」
オレのリヴァイアサンを食う発言を聞いていた皆も驚きの表情をしている……。
聞いた話ではリヴァイアサンの身を食べたという前例は無いらしい。
あー……多分見た目で不味いと判断されてるパターンだなコリャ。
確かに金目鯛って、見た目は結構厳ついビジュアルだしねぇ……。
そのことからも、オレの鑑定知識と、この世界の住人の知識は、かなり差異があるようだ。
考えてもみれば、オレの鑑定結果は神様知識基準だからねぇ……。
多分オレの鑑定結果とこの世界の鑑定結果は、同じ物を鑑定しても、その結果は違う可能性が十分高い。
今後は少しだけその辺りも留意しつつ、鑑定結果を発言しよう。
そんなやりとりがあったが、とりあえず食材重視でコンツァーを操って切り出した部分を収納しつつ、リヴァイアサンを徐々に捌いてゆく。
図体が大きいから結構大変だったけど、無事に捌き終えて全て収納した。
メイリン女史が後学のためにと、捌き方をオレから教わりながら色々とメモしてたけど、捌く機会あるのかな?
まぁそんなことは置いといて、早速切り身の実食と参りましょう!
調理用のテーブルとまな板、切り身を取り出し、まずは一口大の大きさに切りだして…………そういや醤油がなかった……。
リヴァイアサンの白身は塩でも美味しくいただけると料理知識が教えてくれたので、今回は塩でいただくとしよう。
では塩を少し振りかけて一口~♪
「お、お待ちなさいなソーマ殿!」
「ん?」
エルナイナが慌てたように待ったをかけるが、返事をしたのは刺身を口にした後だ。
久しぶりの刺身なんだから、味わって飲み込むまで少し待ってよね。
うん、リヴァイアサンの刺身、コレ結構美味い!
見た目は鯛その物だけど、味は鱈みたいな感じだ。
でもやはり刺身は醤油で食べたいな~。
アルグランスに醤油あるかな? あとで聞いておこう。
そんなことを考えながら刺身を飲み込むと、皆が慌てたようにオレに寄ってくる。
「ソーマ殿! そなた、なんて無茶をするのじゃ!」
「そうです! 早く吐き出さないと病気になりますよ!」
「魚を生で食べるなんて食い気が盛ん過ぎますわ!」
ライラやシルエル姉妹が心配そうな表情で訴える。
あ……そういや読んでたファンタジー系ノベルでも、総じて魚の生食はあり得ないって話多かったな……。
考えてもみたら、好んで魚を生で食べる食文化って日本くらいだもんな~。
でも鑑定結果でも生食OKって出てるし大丈夫だよ。
とりあえず慌てる皆を宥めて、平気だと納得してもらう。
しかし刺身に関してはオレが安全を保証すると言っても、誰も口にしようとはしなかった……。
こんなに美味しいのに……解せぬ……。
と、少し寂しい気持ちになっていたら、一人チャレンジャーが現れた。
「わ、私……食べてみます!」
メイリン女史だ。いや~なかなか勇気あるねぇ~。
「食べてみますか? 無理はしなくてもいいんだけど?」
「いえ、これも後学のためです。それにリヴァイアサンの身など、今後食す機会が二度とないかも知れませんので……」
メイリン女史の決意は固いようだ。
オレは軽く塩を振りかけ、切り身を差し出す。
メイリン女史はそれをつまむと、先ずは固唾を飲み込み、目を閉じながら一気に口の中へそれを入れた。
周りのみんなは凄く心配そうな表情をしている。
そんな中でメイリン女史の咀嚼は続く……。
この味覚がフォーランドの人たちに近ければいいんだけど……どうだ?
「ど、どうじゃ? メイリンよ……」
ライラが凄く心配そうだ。
だから食材自体は大丈夫なんだってばさ。
すると咀嚼を終えて飲み込んだメイリン女史の体がプルプルと震え出した。
「………………ソ…………ソーマ……さ……ま……」
うそん⁈ やっぱり不味かった⁈
そう思って焦った次の瞬間――
「ソ~マさま~♪ もう一切れ下さいませ~~♪」
メイリン女史は今まで見たこともないような恍惚とした表情で両頬に手を当て、頬を赤らめつつも少し涎をたらしながら、そう懇願してきた。
いや~ アヘ顔一歩手前の危ない表情ですわコレ……。
メイリン女史の豹変っぷりに周りの皆も驚いている。
「嗚呼~♪ 生の魚がこんなに美味なるものとは存じませんでしたわ~♪」
初めて体験する刺身の味に感極まったのか、その場でクルクルと回りながら踊りだすメイリン女史に、流石のライラも唖然とした感じだ。
「メ、メイリンよ? 生の魚を食うて頭がおかしくなったのではあるまいな?」
「何を仰います姫様! リヴァイアサンの身は大変な美味です! 皆様も食してみて下さい! これは新たな味覚の革命です!」
メイリン女史のその言葉を聞き、他の皆も恐る恐ると切り分けた切り身に手を伸ばし、塩を振りかけて口に入れる。
すると口にした皆の表情が、先ほどのメイリン女史のようになって感動の坩堝が巻き起こりだした。
男女問わずだからビジュアル的にチトきつい……。
まぁとにかく、リヴァイアサンの刺身はドワーフ族の皆に大変喜ばれたようだ。
メイリン女史は早速刺身以外の調理法を色々と聞いてきたが、今はまだ調味料関連が不足しているので、その辺りはアルグランスに着いてからジックリと調査を行った後で伝授すると約束した。
最低でも醤油と酢。無ければ原料となる大豆と米は見つけたいところだ。
しかし今はこの船にあるパンと小麦粉と使って白身魚フライを作るのが先決だ!
ウスターソースやタルタルソースが無いのが残念で仕方がないが、小麦粉があっただけでも大変喜ばしい。
そして歪ながらも白身魚フライを作ると、またドワーフ食文化に革命が起こったようだ。
ふふふ、食は万里を超えるのだよ。
これから寒くなるので、大好きな鰤の美味しい季節になりそうです。




