幕間:ライラ・アーク・アルグランス その2
ソーマ殿に保護されてから数日の間は楽しいことの連続じゃった!
ソーマ殿は凄い! とにかく凄いのじゃ!
わらわたちの知らぬ知識や不思議な術を沢山見せてくれた。
風呂にパンツにジャージ、それに美味しい肉料理やお酒!
どれもこれも未知の体験ばかりで本当に楽しいのじゃ!
じゃが楽しいものの陰には必ず厳しい現実がある。
ある日、わらわは初めて生き物を殺した……子供のホルスタンをじゃ。
その時ソーマ殿が教えてくれたのじゃ…… 「生きるという事は他の命を奪って食らう」ということを……。
わらわはこのとき誓った。
無事に国に帰れたら、必ず料理長とメイリンに謝ろうと……。
そして二度と食べ物を粗末に扱わぬと……。
わらわが仕留めた仔ホルスタンなのじゃが、ソーマ殿が捌くのを見学することにした。
ソーマ殿は今までも、動物を捌くのはわらわたちの目に入らぬ時に行っていたそうで、無理に見学する必要はないと申したがこれも勉強じゃ。
「他の命を奪って食らう」 その言葉を意味を、もう少し踏み込んだ先まで実感するには、こういうことも見ておかねばと思ったのじゃが…… わらわもシルフィーも首を落として血抜きした時点で気分が悪くなった……。
今まで捌き終えた肉しか目にしておらなんだ者にとって、些か刺激の強い場面となったが…… ええい! この程度のことでへこたれては何も学べぬ! ところどころ目を反らしながらではあったが、全て捌き終えるまでソーマ殿の作業を見届けた。
ちなみに捌き終えた肉なのじゃが、なんでも「チーズ」とかいう食べ物を作るのに胃袋が必要とかで、ソーマ殿はそれだけを要求し、残りの肉はわらわの好きにして良いという。
仔ホルスタンの肉は絶品じゃが、流石に今日は肉を食べたい気分にはなれなんだので、肉はまた後日にいただくという事でソーマ殿にお預けした。
じゃがソーマ殿はその日に採取したホルスタンの乳で「バター」というものを作り、ガンガルドの肉を使って「バターソテー」という焼き料理を作った。
その日の肉に対しての食欲もなんのその。
わらわもシルフィーもその未知の美味に、舌鼓をせずにはおれなんだ。
肉に対しては貪欲な我がドワーフ族の悲しい性じゃ……。
しかし捌いているところを思い出すと、やはり少し食の速度が落ちる。
結局その日の夕食は肉もほどほどに、わらわが収穫したカルフェルとバターの併せ技「カルフェルバター」を思う存分に食べた。
ほっこりと甘く、濃厚なバターの風味と相まって、これまた極上の美味しさなのじゃ~♪
うむ、わらわが収穫したカルフェルは絶品じゃ!
次の日から雨が降り出した。
流石に雨の日はソーマ殿も外出は控え、シルフィーと共に作業小屋で鍛冶などに勤しんでおる。
わらわは家の掃除を命じられた。
生まれてこのかた掃除などやったこともないのじゃが、これもまた勉強。
雑巾で拭いては搾り、拭いては搾りを繰り返しながら家中くまなく掃除した。 うむ、ピカピカじゃ!
思い返すと、わらわの部屋もいつもこのように綺麗な状態じゃったな……。
わらわが散らかしまくったあとに外出し、帰ってくるといつも綺麗じゃった。
メイリンがいつも掃除をしてくれていたのじゃ。
帰ったらメイリンを労わねばいかんのう……。
しかし流石に丸二日も同じ掃除ばかりしていると、掃除をする場所もなくなった……。
それもこれもなかなか降りやまぬ雨が悪いのじゃ!
テーブルの裏まで雑巾がけをしている時は、流石に虚しくなった。
そんな不満をソーマ殿に訴えると、またまた不思議な術を披露してくれた。
シルフィーが持っておったお金を対価に「テレビゲーム」という遊びを見せてくれたのじゃ!
なにもない所に突然動く絵が現れ、しかもそれは「コントローラー」という不思議な道具を使って、自分の思いのままに動かせるという。
変なキノコを食べて大きくなるドワーフを操り、亀の魔王にさらわれた姫を救い出すという物語らしいが、これがなかなかに難しい。
わらわもシルフィーも夢中になって遊んだ。
あまりの面白さに夢中になり過ぎ、食事を疎かにしてしもうてソーマ殿に怒られた。反省じゃ……。
しかしソーマ殿は本当に不思議な御仁じゃ。
繰り出す不思議な術やその知識はわらわたちの常識を超えるものばかりじゃというのに、そのくせ一般的な常識には非常に疎い。
なにせ貨幣の価値すらも、全く知らなかったのじゃから驚きじゃ。
金なんぞが銀に勝るわけがあるまいて。
それはさておき、どこの国からやってきたのか興味は尽きぬが、詮索しない誓いを交わしておるのでそれも出来ぬ。
じゃがそれも些細なこと。
今はソーマ殿が凄い御仁というだけで十分じゃ。
長く降り続けた雨もようやく上がった。
その日、ソーマ殿はコパルの実を採取しに、北の森に出かけるという。
コパルの味は絶品じゃ! わらわも少し欲しいので、シルフィーとお供させてもらうことにした。
そこでバイキングウルフの家族と遭遇したが、ソーマ殿が容易く手懐けた。
バイキングウルフといえば、極めて凶暴で仕留めるのが厄介な猛獣じゃ。
我が国でも結構な数の被害があると聞いたことがある。
しかも単独で行動することが多いので、掃討するのも難しいときておる。
そんな猛獣を手を下すまでもなく、威嚇だけで容易く手懐けるソーマ殿に驚きじゃ。
その後、コパルの実を大量に採取したので、収穫分の二割を分けてもらえる約束をしてくれた。
なに? 売ったお金で別荘でも建てるのじゃと?
別荘程度は父上に頼めばいつでも建てれる。
全部料理に使うに決まっておろうが! 勿体ない!
次の日の早朝……というか、まだ深夜の時間。
ソーマ殿が慌ただしくわらわたちを叩き起こす。
ソーマ殿と共に家から出ると、なんとも大きな狼に似た獣が四頭も迫っておった!
しかもその獣は言葉を話すではないか⁈
その上、件の獣はソーマ殿を主と呼んでおる。
どういうことなのじゃ? まったくもって状況が掴めぬ!
しばらくの間、ソーマ殿は一喜一憂……いや、一憂も二憂もしながら、何かを確認しておる様子じゃ。
そして全ての確認が終わったかと思うと、この巨獣たちは先日出会ったバイキングウルフが、神獣へと変わった姿であると申しおった。
神獣じゃと⁈ しかもあのバイキングウルフの家族が?
もうなにがなにやら訳が解らぬ!
しかもその神獣は神のお告げを聞き、ソーマ殿に仕えるとまで申すではないか?
ソーマ殿、そなたは一体何者なのじゃ?!
わらわたちの問いに、流石のソーマ殿も観念したというか、覚悟を決めた様子じゃ。
あとには引き返せぬことを条件に、ソーマ殿はその正体を明かしてくれた。
そこからは今までの驚きが可愛く思えるほどの、まさに衝撃の連続じゃった。
ソーマ殿はこのフォーランドとは違う世界から、しかもフォーランドの神々よりも上位の神々の加護を受けてやってきた人間だというのじゃ。
このフォーランドで祀られておる一三柱の神々の他にも、多くの神々が存在しておったのには驚きじゃが、ソーマ殿の実年齢が四〇歳だったのにも驚きじゃ。
道理でわらわと変わらぬ年齢の人間の割には、堂に入った振舞いをすると思ったわ……。
それに規格外の強さと摩訶不思議な術の数々も、桁外れのレベルと見たことも聞いたこともない数多くのスキルで納得じゃ。
ドラン爺以上の高レベル者など見たことないわ……。
じゃがこれは少々困ったことになった。
わらわやシルフィーもこのことを口外せぬよう注意はするが、もし精神支配の闇魔法なぞを使われ、この情報が漏えいしたことを考えると恐ろしくなる。
それほどに、ソーマ殿の秘密は厳守されねばならぬ大事なのじゃ。
国……いや、この世界がひっくり返るほどにの……。
そのことをソーマ殿に告げると、ソーマ殿はある提案を申し出た。
それはソーマ殿の眷属になるという話じゃった……。
「眷属」…… 一族。親族。更には郎党、従者の意を示す言葉。
じゃがソーマ殿の眷属になるということは、これすなわち神の使徒たるソーマ殿の、そのまた使徒となることを示す。
それに付随する条件、その他諸々の優位性なども含めて、事細かに説明を受けた。
正直わらわたちの能力だけでは、ソーマ殿の秘密を守るにも限界がある。
ならば、ここはソーマ殿の提案に乗って眷属となり、その神の御業の強制力をもって秘密を守った方が確実じゃ。
わらわとシルフィー。そして神獣となったバイキングウルフの家族も眷属となることを快諾した。
神の使徒と呼ばれて慌てふためくソーマ殿を諭すという一場面もあったものの、わらわたちは無事にソーマ殿の眷属となることができた。
そのときに神獣家族も、マーク、サタ、キャスト、ガドラと名付けられ、わらわたちは一蓮托生の同胞となったのじゃ。
これからもよろしくの。
ただぁ~し! ソーマ殿の真の眷属一番手はわらわじゃと、心の中で自負させてもらうぞな。




