幕間:ライラ・アーク・アルグランス その1
わらわの名はライラ・アーク・アルグランスじゃ。
御年一四歳になるアルグランス武王国の第一王女である。
父上、現武王シグマの娘として生まれたが、女では王位は継げぬ。
父上はなんとか世継ぎをこさえようと思っておったが、わらわが五歳の時に……母上が死んだ……。
死因は流行病じゃった。
安静にしておれば治ったものを、活発な性格が災いしてか、無理に国事や公務などにお出でになるから……。
わらわの中にすっぽりと穴が空いてしもうた……。
母上はとても明るくてお優しく……いや、時に凄く厳しくもあられたが……でも、わらわはそんな母上が大好きじゃった。
だから泣いた……心の底から悲しんで泣きじゃくった……。
それから二年経ったある日、父上が新しい妃を迎え入れた。
南方のヘライト伯爵家の長女であった「シェリム」というハイドワーフの女性じゃ。
家柄も申し分なく、非常に御淑やかで気品と慈愛に満ちた女性じゃ。
わらわの目から見ても、新たな妃となるのに異論はない。
それになんというか……そこはかとなく母上と雰囲気がよく似ておる。
じゃがわらわは怒った。
シェリム殿にではない。
たった二年で母上のことを忘れ、新たな妃を迎えた父上と家臣の者たちにじゃ!
跡継ぎの為に男子が欲しいのは解る。
我らハイドワーフが子をこさえれる発情期の期限が限られているゆえ、八〇〇歳も間近で焦る父上の気持ちも解る。
じゃが二年じゃ? たったの二年でシェリム殿を前に出され「お前の新しい母だ」と言われても、わらわは納得がゆかぬ!
しかし現実は無情じゃ…… わらわが反対の言葉を口にしたところで状況は変わらぬ。
所詮わらわも女…… 男子優位の王侯貴族の世界ではお飾りに過ぎぬ……。
いや、騎士や戦士団などでは男女の差はなく、実力があれば女性であってもそれなりの地位には付ける。
現に父上の近衛騎士団の半分は女性騎士じゃ。
そこは「武」を尊ぶ我が国の良い所じゃな、うんうん。
……おっと話が逸れてしもうた。
兎にも角にも、王家を存続させるには王族の血を引く「男子」の世継ぎが必要じゃ。
もしそれが叶わぬのなら、わらわが婿を取ることになる。
しかしそれは我が王家の歴史の終わりを意味する。
なぜなら、その婿入りした男とわらわの間に生まれた子が男子であったなら、その男の家名が新たな王家の名となるからじゃ。
つまりアルグランスという国の名も変わる。
婿取りとは名ばかりの、ただのわらわの嫁入りじゃ。
じゃが我が武王国はそういう風習と伝統と仕来りを継いで、今まで八万年も栄えてきた国なのじゃから仕方がない。
まったく、武王祖様も面倒な仕来りを作ったものじゃ……。
しかし我がアルグランス王家は父上の代で六代も続いておる銘家ゆえ、ここで王家の名を絶やすまいと父上も歴代の家臣も必死の様子じゃ。
それゆえのシェリム殿の輿入れも重々承知しておる。
じゃが面白うない……面白うない!
武王時代のお爺様みたいに最初から複数の妃を迎えておれば、わらわも目くじらを立てることはなかった。
まぁそれでも五人はチト多過ぎじゃと思うのじゃが?
じゃが父上は一人の女性に拘った。
それゆえに母上に対する愛も本物だったと理解しておる。
まぁそういう実直なところは嫌いではないのじゃが……。
なまじ母上一人に拘ったからこそ、わらわはシェリム殿の輿入れが面白うないのじゃ!
シェリム殿はわらわにも我が子のように接してくれておる。
彼女にはなんの非も無い。
本当に優しかった母上に似た良き女性じゃ。
それは解っておるのじゃが、父上のように踏ん切りがつかぬのじゃ!
しかもシェリム殿を妃に迎えてから、妙に父上もお爺様も家臣の者どももわらわに対して余所余所しい……。
気を遣ってくれておるのじゃろうが、それがどうにも面白うない。
無理難題や難癖を押し付けても作り笑顔で受け流しよる……。
面白うない……本当に面白うないのじゃ!
だったらお望み通り、これからは好き勝手に振舞ってやるわい!
それからというものの、わらわは暴虐の限りを尽くしてやった。
食卓はひっくり返すわ、騎士の連中を馬にしてやったり、城下町に行っては民に難癖つけてやったりと。
しかし流石に父上もそれを見兼ねたのか?
わらわが九歳になった頃に、三つ年上のシルフィリアとかぬかすヒヨっ子の騎士見習いをわらわの側近に付けよった。
代々騎士の名家、デオンフォード侯爵家の次女だと?
ああ、父上の近衛騎士エルナイナの妹か。
ふん、いままでも近い年齢のお目付け役を何度か付けよったが、全員わらわが一蹴して追い出してやった。
こいつも同じように直ぐに逃げ出すわ。
と、思っておったのじゃが、このシルフィリア、なかなかに神経が図太い。
わらわに対しても一端の口を叩いて諌めよる。
ふん、面白い! ならばどこまでわらわに付いてこれるか試してやるわ!
そんな感じで好き勝手に振舞ってはシルフィーに小言を言われつつの関係が続き、五年の月日が流れた。
その頃には、シルフィーは唯一心を許せる友となっておった……。
わらわが一四歳になったある日、父上が留学の話を持ちかけた。
行き先は西大陸のマリナス魔法国にある国立魔法学校じゃ。
我が国は魔法の知識については、他国より若干遅れておる。
ゆえにそこで勉強し、見識を広げてこいというのが名目じゃ。
ふん! 遠まわしな言い方なぞせず、懐妊したシェリム殿を静かにさせてやりたいから、しばらく消えていろと言えばいいものを!
わらわも退屈な城におらんで済むからせいせいするわ!
そんなこともあり、来年の入学に備えて先ずはマリナス魔法国に赴いて滞在中の屋敷の確保をせねばならぬ。
わらわはシルフィーを伴って片道ひと月にも及ぶ船旅に出た。
そして無事に屋敷の確保も終わり、帰りの航海についていたとき、わらわの運命を変える出来事が起こったのじゃ……。
乗船していた船が夜中に大嵐に見舞われ転覆。
わらわとシルフィーは波に浚われながらも、命からがら見知らぬ浜辺へとたどり着き、そこで力尽きて気を失った……。
そして目が覚めると、そこには一人の少年の姿があった。
人間じゃ! 見たところ若干幼い顔をしておるが、どうやらわらわと同じくらいの年齢に見える。
髪の毛は太陽の光で白く光っていたが、よく見ると銀髪じゃった。
瞳も吸い込まれそうな、綺麗な藍色をしておる。
じゃがしかし! なんでこんなところに人間が⁈
気付くとわらわはいつもの癖でその少年の頬を思いっきり叩いてしもうた。
ふ……ふん! おぬしがイカンのじゃ! 許可もなく、わらわに近づいたのじゃから!
うむ……この頃のわらわはシルフィー以外の者に近づかれるのを極端に嫌っておったのじゃ……。
理由はわらわの横暴に恨みを持った者を近づかせぬようにするためじゃ。
最初は何事かと、叩かれた理由も解らずといった表情の少年であったが、もう一度わらわの顔を見直すと、こともあろうか、わらわの頬に平手打ちをしよった!
痛い……長らく忘れておったこの痛み……母上に折檻されたとき以来の痛み………………いやいや! なんじゃこの少年は⁈
一国の王女に対して臆することなく、さも当然のように平手打ちを返してきおった!
そのあとは逆上したわらわと激しい口論。
そしてその間に目覚めたシルフィーにこの小生意気な少年を斬れと命じたが、シルフィーのやつめ、剣を海に流してしもうたらしく、とんだ赤っ恥をかかされてしもうた……。
そのことで白けたのか? その少年はこの場を去ろうとしたときにここが無人島であることを告げた。
………………無人島……無人島じゃと⁈
その少年とシルフィーがいくつかの言葉を交わしておったが、その時のわらわの頭の中は真っ白じゃった……。
それからしばらくすると、その少年はまた浜辺に戻ってきよった。
あからさまにわらわたちを無視しよる。
ふん! 貴様なんぞの手を貸されずとも、我が国の者が今頃捜索を開始しておるわ!
そんなことを考えておったら、その少年がいきなり何もないところから奇妙な器具を取り出しおった!
なんじゃ?! なんなのじゃアレは?!
シルフィーも同様に驚くが、見たことも無い魔法だという。
そして少年はその器具を使って肉を焼き始めた。
良き匂いはわらわのところまで漂ってきよる。
おのれ小童め! わざとじゃな! 絶対わざとじゃな!
食事を終えた少年は奇妙な形のベットに寝そべり、またも何もないところから取り出した飲み物を飲みながら、悠々とした時間を過ごしておる……。
シルフィーに少年を探れと命令して送りだすが、少年はわらわの言葉に効く耳を持たぬ。
結局その時の会話は成り立たず、時間を改めてシルフィー一人で交渉に応じることで話が終わった。
お腹空いたのう……。
その日の夜、シルフィーは少年との約束通り、一人で少年が住まうという家まで出かけおった。
いくら誓いを立てた約束とはいえ、王女をこんな浜辺に置き去りにしてゆくのはどうなんじゃ?
それから数時間後、シルフィーは少年のもとから帰ってきた。
少年はわらわたちを保護する用意があるとのことじゃが、その条件としてわらわ自らの口での謝罪を要求してきおった……。
舐めるでないわ! 王族であるわらわに頭を下げよじゃと⁈
そんな要求なぞ無視じゃ無視!
なあに……直ぐに救助が来る。それまでの辛抱じゃ!
そしてシルフィーは帰る途中で拾ってきたというアポルの実を一つわらわに差し出してくれた。
ふん……そんな物、わらわに黙って二つとも全部食べておれば良かったものを……。
本当にこやつのこういう正直なところは好きじゃ。
城の者どもみたいな裏表が無い……。
美味い…… 果実がこんなに美味しく感じたのは初めてかも知れん……。
こんなことになるのなら、毎日きちんと食事をしておれば良かった……。
無下に食事を台無しにしたバチが当たったのじゃ……。
もし機会があれば、料理長や世話役のメイリンにはそれとなしに謝罪しよう……。
え? ソーマ? あの少年の名前? そんなものはどうでもよい。
この島に遭難して三日が経った。
一日中水平線を眺めるが、船の影すらも見えぬ……。
だめじゃ……体がだるい……横になろう……。
遭難七日目……
長時間意識を保つのが難しくなってきた……。
常に体を横にして体力を温存することにする……。
ハイドワーフの体は人間よりは多少頑丈にできておる……大丈夫じゃ……。
なに……明日には救助隊が見つけれくれるじゃろう……。
そうすればこんな島ともおさらばじゃ……。
遭難一〇日目の朝……。
ダメじゃ……何も考えたくない……。
わらわはひたすら無心でただ海だけを見つめる……。
じゃがそんな時にあの少年が、再びわらわたちの前に姿を現しおった……。
ふっ……今の痩せ細って薄汚れたわらわの姿は実に無様であろう? 笑いたければ笑うがよい……もう何もかもどうでもよい……心が完全に折れたわ……。
なにが王女じゃ……なにが姫じゃ……そしてなにが面白くないじゃ!
一人で生きておるような気になりおって!
わらわは只の馬鹿じゃ!
じゃがその命運ももうすぐ終わる……じゃから笑え……笑うのじゃ……。
しかし神はわらわを楽には死なせてくれぬらしい。
わらわたちの前にガンガルドが現れよった!
恐獣ガンガルド……ドラン爺がかつて一度だけ仕留めて武勇を馳せた話を聞いたが……これが…… ダメじゃ……恐怖で足が動かぬ……。
そんなわらわを逃がそうと、シルフィーがガンガルドに立ち向かう。
しかもあの少年にわらわを託すとは⁈
やめろシルフィー! おぬしまで失ったらわらわは……。
じゃが無力なわらわはすがることしかできなかった……。
お願いじゃ……少年よ……わらわなどどうでもよい……友であるシルフィーを救っておくれ……。
わらわの願いに少年は素直な謝罪の言葉を要求する。
素直な謝罪の言葉とはなんなのじゃ? 「申し訳ない」では足りぬのか?
その時、母上に折檻されていた時のことを思い出す……。
あの時わらわはなんと言って許しを請うておった?
なんと言って………………そうじゃ! あの言葉じゃ!
じゃがそんなこと、今更恥ずかしゅうて言えぬ……。
わらわがそんな些細なことで迷ってる間に、シルフィーは左腕を食われ、巨大な尻尾で弾き飛ばされて危険な状態じゃ!
ダメじゃ! このままではシルフィーが死ぬ!
いやじゃ! いやじゃ! もう大切な人を失うのはいやじゃ!
なにが恥ずかしいじゃ! 今さっき死すらも覚悟した身ではないか!
もう形振りかまっておれぬ! この言葉一つでシルフィーが助けられるのであれば…………わらわの意地など安いものじゃ!
わらわは少年に向かって大声で叫んだ。
「ごめんなさい」と……。
不思議とその言葉を叫んだ時、胸の奥に引っ掛かっていた何かが外れて楽な気持ちになれた気がした……。
するとどうじゃ? 少年……いや、ソーマ殿は優しく微笑み、わらわの頬を叩いたことを謝罪した。
同じように「ごめんなさい」と言って。
元々悪いのはわらわのはずなのに……。
わらわは泣いた…… 母上が死んだ時と同じように心の底から泣いた。
でも不思議と、あの時のような悲しみは皆無であった……。
そこからは正に驚きの連続であった。
ソーマ殿はガンガルドを素手で圧倒し、そして最後の土魔法で容易く倒しおった……。
しかも不思議な薬と再生魔法を使って、食われたシルフィーの左腕を元通りにした。
わらわは夢でも見ておるのか? 最早理解が追いつかぬ。
じゃがソーマ殿はそんなことはさも当然のように振舞い、そしてわらわたちを家にまで運んでくれて保護を約束してくれた。
驚異的な身体能力や魔法だけでなく、錬金術まで使えるから言葉も出ぬ……。
今にして思えば、わらわはこのとき既に、ソーマ殿に心魅かれておったのかも知れぬ……。
という事で、ライラ視点でのおさらいです。
しかも続きます……。




