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神愛転生  作者: クレーン
第二章
43/210

042話:脱出

 火竜の月、二二日。

 といっても、先ほど日付が変わったばかりで今は深夜だ。

 オレは夕食の時にアリオス爺と交わした会話を思い出していた。


『のう……ソーマよ、おぬし、我が国に来るつもりはないか?』

『アルグランス武王国へってこと?』

『そうじゃ。おぬし、このまま一生この島で暮らすつもりなのか? 外の世界に出てみようと思ったことはないのか?』


 そこだよ、そこ。

 なんでこの島が外の世界じゃないって言いきれるのさ?

 オレにとっちゃこの島も十分外の世界なんだよ。


 それにオレみたいな人間が人の多い所に行くと確実にトラブルの元になる。

 ライラにも話したことだけど、面倒事は御免だ。

 オレは悠々自適に今の静かな生活を満喫したいんだ……。

 前世でコンビニのバイトなんてしてたから、人の良い部分も嫌な部分も散々見てきた…… もう人絡みで嫌な思いはしたくない……。

 結局のところ、オレは体だけ変わっただけで何も変わっちゃいない。

 それは十分に自覚している。

 だけど嫌なものは嫌なんだ……。

 アリオス爺……生まれた時からこの世界で王族として……いや、常に上に立つ存在として生きてきたあんたには、オレの気持ちは解らないよ……。


『ソーマよ、おぬしの持つ力や知識はわしらとは一線を画しておる。それに伴う弊害も十分理解しておるつもりじゃ。じゃが今のままでは見えるものも見えぬままじゃぞ?』


 見えるものも見えないか………… 楽しいものなら見てみたいが、嫌なものまで見たくないよ、正直言って……。

 

 …………ハハハ……オレってやっぱり引き籠り気質だな。

 夜にバイトして昼間に寝て、休日は家でネットやアニメやゲーム三昧。

 たまに友達たちと遊ぶことはあっても、大半は家で過ごしてる。

 本当の引き籠りなヤツが今の言葉を聞くと「何言ってるんだコイツ?」って感じだろうけど、現状を維持することに固執し、変化を加えようとしないのも引き籠りと変わらないんだよ。

 そう……毎日を同じ思考で延々過ごすのも十分に引き籠りだ……。

 少なくともオレはそう思っている……。


「外の世界か……」


 オレは自分の手を見ながらそんなことを呟くと、そのまま瞼を閉じて徐々に意識を切り離す…………。







 そして朝、いつもの目覚ましアラームで目を覚ます。

 今日のランダムアラームは世界神様の声だった。

 いつもは「キミの新たな人生に幸あれ!」ってセリフだったけど、今日は少し違っていたように思えた。

 意識がはっきりしない状態でアラーム切っちゃったから、なんて言ってたのかイマイチ覚えていない……。

 もしかして同じ神様でも数パターンあるのかな?


 そんなことを考えつつ、オレは顔を洗ってからキッチンに出て朝食の準備を始める。

 リビングにアリオス爺やダイルの姿がなかったので、地図レーダーで確認したら、全員外で朝の稽古をしているみたいだ。

 こんな朝早くにライラまで起きてるのは珍しい。

 マークたちも一緒みたいだし、家の中が凄く静かだ……。

 まるでこの世界に来た時のような静寂……そして孤独感……。

 ………………ヤメヤメ! まだ昨夜のことを引きずってるみたいだ。

 ネガティブな思考になるととことん引きずるのは、オレの本当に悪いところだ。

 今のオレは自由なんだ。後ろ向きな考えはやめよう。







「全員そこまでじゃ!」


 ライラの掛け声で朝稽古に参加してた面子が一斉に腰を下ろした。

 アリオス爺だけは相も変わらず仁王立ちのままだけどね。


「まったくこれしきのことでヘバりおってからに情けない! ワシの若い頃はもっとこうだな――」


 ハハハ、まったくこの爺さんは本当に元気だな。


「皆様方、どうぞ」

「ハァハァ……ありがとうございます……」

「もうダメ……動けませんわ……」

「まったく…………今のアリオス陛下に付け入る隙なんてありゃしないっすよ……ぜぇぜぇ……」


 メイリン女史が地面に座り込むシルエル姉妹とダイルにタオルを手渡す。

 皆はそれで汗を拭いながら息を整えるが、なかなか起き上がれない様子だ。

 けっこうこってり絞られたみたいだね。

 するとアリオス爺が木製の大剣を再び構えだした。


「どうじゃソーマよ。ワシと手合わせしてみぬか?」

「オレと?」

「ワシらはこのあとこの島を発つ。じゃがその前に一度、おぬしの本気を見ておきたいのじゃ。他に理由はない」


 いや、絶対なんか企んでるだろ?

 しかし勝負を挑まれたからには、力を与えてくれた神様たちの名誉のためにも逃げるわけにはいかない。


「ああ、いいよ」


 オレはアリオス爺の申し出を快諾して木剣を取り出す。

 エクスカリバーを模して作ったロングソードだ。


「負けても恨みっこ無しだからね?」

「ほっほっ! 全快したワシを甘く見るでないぞ!」


 お互い剣を構えるとライラが試合開始の合図を告げる。


「それでは始め! なのじゃ!」

「うおりゃあああああ!!」


 先に仕掛けてきたのはアリオス爺だ。

 身体強化の魔法もかけてなかなかの速度だけど、やっぱりオレには遅く見える。

 横一閃に大剣を振り回してくるが、オレは片腕で構えた木剣だけで軽々とそれを受け止める。

 だが剣と剣がぶつかった瞬間、アリオス爺は思いもよらない行動に出た。


「まだまだじゃ! フンヌっ!!」


 アリオス爺の気合と共に、剣撃の重みが増してオレの木剣に亀裂が走る! 剛力スキルか!

 アリオス爺のやつ、剣と剣がぶつかると同時にスキルを発動させて二段構えの剣撃を仕掛けてきやがった!

 それでも力では負けてないけど、木剣の方が悲鳴を上げて次の瞬間粉々に砕け散った。

 どうやら例の爆裂奥義も併せてきたみたいだ。


「もらったぞい!!」

「甘い!!」


 オレは砕けた剣を手放すと、そのまま素手で大剣を掴んで動きを止め、大剣もろともアリオス爺を力任せに背負い投げで投げ飛ばした。



「うおおおおっ⁈ なんなんじゃこれは⁈」


 そう叫びながら綺麗な()を描いて宙を舞い、そのまま勢いよく背中から地面に激突するアリオス爺。


「グハッ!!」


 しまった! 少しやりすぎたか?


「お爺様!」

「だ、大丈夫かい? アリオス爺?」


 だが仰向けの状態で呆然と空を見上げるアリオス爺は、心配するライラやオレをよそにいきなり笑い出した。

 どうやら受け身はしっかりと取れてた様子だ。

 流石はアリオス爺。七三の高レベルは伊達じゃない。


「ワハハハハ! 負けじゃ負け! 剣を砕くところまでは上手くいったと思ったんじゃがのう! 詰めが甘かったわ!」

「ハハハ、オレもまさかあんな攻撃をしてくるとは思わなかったよ……」

「そうか……思いもよらなんだか……。ならば少しは新しい世界が見えたということじゃな」

「え?」

「先ほどのような、思いもよらぬことじゃよ……。ソーマよ、世界はワシらドワーフの二〇〇〇という(せい)をもってしても見渡せぬほど、存外広いんじゃよ……」


 …………そういうことね……。

 アリオス爺の言いたいことが、なんとなく解った気がするよ。

 先の試合でも、正直オレの剣が砕かれるなんて思いもしなかった。

 いつものように筋力と剣術スキルにモノをいわせ、剣撃を止めて弾き返したあとにカウンター一撃で終わらせるつもりだった。

 だが結果はどうだ? 結果的には全ての事象に対応はできたけど、この試合展開は完全な予想外だった。

 ほんの一瞬だったけど、急いで思考した……。

 そして今だから言えるけど、それが少し楽しかった……。


「ソーマよ、短い生にせよ長い生にせよ、世の中の酸いも甘いも全て受け止めてこその人生なんじゃよ。それを少しでも甘くするのが力じゃ。おぬしは恐らくこの世界の多くを見渡せるほどの力があるじゃろう。じゃがその前に、人との……いや、世界との触れ合いを恐れてはいけないよ……」


 ………………ハハハ……流石は一四〇〇歳を超えるドワーフだ……言ってることに重みもあるし、全て的を得ている。

 そうだ……オレは怖がってるんだ…… 新しいものと触れ合うのを。


 接客の仕事なんてしてたって、やること言うことはいつも同じだ。

 いや、同じにすることができる。

 行動、言語、全てをパターン化させて当り触りの無い返答パターンをいくつか作れば思考停止の一丁上がり。

 結局のところ、オレはいつも思考を止めながら仕事をし、趣味に没頭していたんだ。

 その趣味ですら、思考していたのかもわからない……。

 かけた時間のわりには鮮明に思い出せる部分は大して多くないから、それが答えなんだろう……。

 現代人にありがちの変わり映えのしない生活ってのは、得てしてそういうもんだ……。


 そう、口ではなんだかんだ偉そうなこと言ってるけど、結局のところオレは「瀧蒼馬」のまんまなんだ。

 そのオレが「ソーマ」と名を変え、容姿も変え、そしてチートな加護の能力を得た。

 地球の(しがらみ)から解放され、自分の我を貫く力を得て何が変わった?

 この世界に来てからの出来事も、鮮明に思い出せるのはライラたちと過ごした日々の他は数えるほどしかない。

 これじゃあ地球にいた時となんにも変わってないじゃないか!

 じゃあこの世界にオレが来たことにどんな意味がある?

 駄目だ……考えても答えが出ない……。


 知りたい……その答えを……。

 知りたい……オレが変わる意味を……。

 知りたい……オレがこの先どういった人生を送るのかを……。


 今のオレは、ただ俯くしかできなかった……。

 自分でも解るほど、凄く情けない顔をしてると思う。

 だけどそんなオレの頬に、優しく手を触れてくれる人がいた……。


 ライラだ……。


「ソーマ殿……元気を出してたもれ…… わらわはそんな顔のソーマ殿を見とうないのじゃ」


 この子、こんなに優しい表情ができるんだな……。


「ソーマよ。無理に変わろとする必要はない。人はそう簡単には変われぬものじゃ。だがの…… 今のライラのように、必ず何かの切っ掛けで人は変われる。大事なのは変化に富んだ外の世界に踏む出す勇気じゃ!」


 勇気……こんなオレに勇気なんて…………あった……オレも一度だけ勇気を出したことがあった。

 実家を飛び出して一人暮らしを始めた時だ。

 親に反抗し、その状況から脱しようとオレは家を飛び出した。

 あれは只の暴走か? いや違う! あれも立派な勇気だ!


 先の見えない生活に凄く不安だった。

 それでも現状を脱しようと勇気を振り絞って実家を飛び出した。

 そこから慎ましいながらも、生活と心が安定するまでの間のことは今でも鮮明に覚えてる。

 気の合う友人たちと出会い、遊んだ楽しい日々も覚えてる。

 初めてのコンビニバイトで右往左往した日々も覚えてる。

 仕事ぶりで褒められたときの嬉しさも。

 クレーマな客に難癖付けられた時の嫌な思いも。

 でも、どれもこれもたった一つの勇気から生じた鮮明に残る記憶だ。


 だが、全てが落ち着いたその後の十数年の記憶は曖昧だ。

 現状を維持することに固執しだして、新しいことに触れることを拒否しだしたからだ。


 ……………………そうか! そういうことか!

 楽しいことや嫌なことも記憶に残る思い出だ。

 だけど思考しなくなった時間には思い出が殆どない。

 だから世の中の全てを受け入れて、少しでも歩み出して己に変化を与え、常に思考しなければ人は人でなくなるんだ……。


 なにが静かな暮らしだ! なにが悠々自適な生活だ!

 そんなものに大した価値なんてないじゃないか!

 おれはまだ四〇年しか生きてない!

 しかも今は一五歳まで若返ってるんだぞ!

 取り戻すんだ! 曖昧な記憶の日々を!

 取り戻すんだ! 本当の人生ってやつを!

 そして見つけるんだ! 「新しい世界」を!


「アリオス爺! オレ……!」

「ふむ……良き顔になったのう。どうやら悩みは晴れたようじゃの」

「そうじゃ! その自信に満ちた顔じゃ! それでこそソーマ殿なのじゃ!」


 オレの顔を見てアリオス爺とライラが優しく微笑んでくれる。

 二人だけじゃない。

 うしろを振り返るとシルフィーが、エルナイナが、ダイルが、メイリン女史もみんな微笑んでくれている。

 マークたち神獣家族も皆、尻尾を振ってくれている。

 ああ…………こんなオレに気をかけてくれる人たちがこんなにいるんじゃないか……。

 オレは何を怖がっていたんだ……。


 自分一人で生きようとするな。

 仲間を信じ、仲間を頼れ。

 そして世間と世界に目を向けろ。

 この新しい人生を前世と同じにしちゃ駄目だ。

 怖くない……今のオレには仲間がいる。

 そして神様たちの加護がついているじゃないか!




『キミの新しい人生と世界に幸多からんことを……』


 ん? 今になって目覚めた時の世界神様のアラーム音声の内容がフッと頭の中に浮かんだぞ?


 そう思った次の瞬間、突然地面が激しく揺れだした。


「また地震とやらか⁈」

「ひええええ! 先日のより揺れが激しいのじゃ~!」

「ソーマ様! これは大丈夫なのでしょうか⁈」

「もしかして今度こそ大地の神の怒りなのでは⁈」

「みみみ皆様おおおお落ち着いてくだくだくだ……」

「ソーマ! これはチトやばいんじゃないのか?」


 間違いなく今までで一番激しい揺れだ!

 震度五以上は体験したことはないけど、恐らく震度七クラスの激しい揺れだろう。

 その証拠に、うろたえる皆が立っていられない状況だ。

 オレは身体能力にものを言わせてなんとか立ってはいるが、この揺れは異常過ぎる……なんだ?

 と思ったら、徐々に揺れが小さくなり……そして止まった……。


「お……治まったの……かの?」

「ふう……ひとまず安心なのじゃ――」


 アリオス爺とライラが先に安堵のセリフを言ったその時!




ドッゴォォォオオオオオオオオンンンンンンンンン!!!!!!


 今まで聞いたことのない激しい爆音が鳴り響き、足元の地面が波打つようにまた揺れ出した!


 そして爆音の鳴った方向へ目を向けると、目を疑うような信じられない光景が目に飛び込んでくる……。


「嘘……だろ……?」


 島の中心に位置する三つの火山の山頂付近が吹き飛び、火の混じった黒煙が山の斜面を猛烈なスピードで下ってくる。

 そして再び爆音が鳴り響くと、低くなった山頂から赤いドロドロとした液体が火口から大量に噴き出してくる。

 間違いない……あれは溶岩(マグマ)だ……。


「ふ……噴火した…………」


 そう呟くと、次は更に大きな爆音を鳴らして火口から溶岩を島のあちらこちらに振り撒く。

 黒煙はもうもうと空に昇り、雲の高さより上にまで達している。

 気が付けば島のあちらこちらに火の手が上がり、島に暮らす動物たちの悲鳴のような鳴き声があちらこちらで木霊している。


 ヤバイ……ヤバイ! ヤバイ! ヤバイ!


「ソーマ殿! あれはなんなのじゃ?!」


 ライラが叫びながら空を指差すと、黒い物体が徐々にこちらの方向へ向かって飛んでくる……。

 噴き出た溶岩の塊が飛んできた!!


「みんな伏せろ!!」


 オレはそう叫んだが、その溶岩は池の北側にある森に落ちた。

 ふう……助かった…… と思ったのもつかの間。

 溶岩が落下した付近から激しい火の手があがり、森の木々を焼きだしたのだ。


 もう形振(なりふ)りかまってる状況じゃない!

 早くなんとかしないと、この家……いや、みんなが危ない!


「マーク! サタ! キャスト! ガドラ! 全ての制限を解除する! あるべき姿に戻れ!!」

「「「「御意!!」」」」


 オレの命令を受諾したマークたちは犬の状態から徐々に神獣の姿へと戻る。


「なっ⁈ なんじゃこの犬たちは⁈」

「い、今言葉を喋りませんでしたか?」

「キャストちゃんもガドラちゃんもあんなに大きくなりましたわよ⁈」

「おいソーマ! こりゃ一体……」

「詳しい話はあと! 今はこの火事をなんとかしないと!」


 マークには風魔法でここに迫る溶岩が飛来したら吹き飛ばすように。

 サタには水魔法でここに迫る火をできる限り消火するように。

 ガドラには土魔法で家の周囲に溝を掘って火が迫らないように。

 残念ながら火魔法のキャストは今は使えない。なので他のみんなを守るように指示をだした。


「ソーマ殿はどうするのじゃ⁈」


 ライラが心配そうな顔でオレに声をかける。

 そんな不安そうな顔しなさんなって……。


「大丈夫だよ……この火をなんとかする」


 オレはにこやかに笑いながらライラの頭を撫でてやる。

 折角決心が固まったってのに、なんなんだよまったく! この島は!


「キャスト! みんなのことは任せたぞ!」

「御意! 主様も十分にお気を付けを!」


 転生したばっかで死ぬ気はないよ!


 なんて思ってると、また大きな爆音が鳴り響いて火山が大噴火した。

 今度は二つの溶岩がこちら側に向かってくる!

 なんて爆発力だ! 火口からここまで何キロあると思ってるんだ?!

 まるで戦艦大和の主砲じゃないか! 見た事ないけど!


「マーク! 風魔法で押し返せ! サタはもう一つに水をぶっかけろ!」

「「御意!!」」


 マークが風魔法を発動させるが、迫る溶岩の勢いがなかなか落ちない!


「駄目です主様! 理由は解りませぬが、溶岩の勢いが落ちませぬ! 私の風魔法では対処しきれませぬ!」

「なら水魔法で! ▽▽……(ウォーター)!!」


 オレは魔力操作も駆使し、大量の水を発射して飛来する溶岩に命中させた。

 だがそれは藪蛇だった。

 溶岩に当たった水は溶岩の熱で蒸発し、次の瞬間、溶岩が空中で爆散したのだ。

 しかも飛び散った溶岩が沈下しないままあちこちに飛来するので、余計に火の手を広げてしまった。

 サタの水魔法でも結果は同じだった。

 くそっ! 風も駄目、水も駄目。一体どうすりゃいいんだ?


 地図で島の状況を確認したが、山の斜面を下る黒煙、火砕流はいまだに衰えることなく、島の中心からどんどん外側に広がっている。

 島で暮らす動物たちは海岸に向かって逃げている様子だが、大半は火砕流に巻き込まれるか、飛来する溶岩からの火で確実に命を散らしている……。

 マーキングしてた乳をもらっていた牝ホルスタンの反応も……今消えた…… 火砕流に巻き込まれた……。


「主様! あれを!! 湖を御覧下さい!」


 少し気落ちしたオレにサタが叫ぶ。

 湖に目を向けると、湖の水からうっすらと白い湯気が見え出した。

 今度はなんなんだよ⁈ 白い湯気? 湖に湯気なんて真冬くらいにしか……………… 待てよ! 二度目の揺れの時、確か地面が波打ってたよな……?

 まさか! まさか! まさか!


 オレがそう思った矢先、その嫌な予感は的中した!

 湖の水がボコボコと泡を出し始め、白い湯気は更に濃さを増して上昇する。

 沸騰しているんだ! くそっ! この地面の真下にも溶岩が流れてる!

 そして池の中心から小さな山がモリモリとせり上がると、そこからも溶岩が勢いよく噴き出してきた!

 そしてその一発目に飛来した溶岩が――。


「いかん! こっちにくるぞい!」

「伏せろぉおおお!!」


 アリオス爺とダイルが女性陣の上に被さり、さらにキャストがその前に立つ!

 次の瞬間、その溶岩は家に直撃して半分を木っ端微塵に破壊。

 そのまま残った半分に火を点ける……


 オレはただこの光景を黙って見ているしかできなかった……。


「いかん! ここはもう危険じゃ!」

「一刻も早くこの場を離れるのじゃ!」


 アリオス爺とライラが他のみんなに撤退の指示を出す。

 湖に出来た火口からはおびただしい量の溶岩が噴き出し、湖の水を蒸発させながら、徐々にその大きさを増して迫ってくる。

 気が付くとオレの周りはどこもかしこも業火だらけだ……。

 

 逃げ惑う動物の悲鳴と足音。

 何度も噴火する火山。

 迫る溶岩と火砕流。


 今の最悪の状況を見てオレは悔しさよりも笑いが出てきた……


「ハ……ハハ……アーハッハッハ!!」

「ソーマ殿! なにを笑うておるのじゃ!」

「主様! お気をたしかに!」


 もう笑うしかないよ!


「あー大丈夫だ! オレは今凄く冷静だよ! だけど笑いが止まらないんだ…… クックック……」

「ソ、ソーマ殿? 一体どうしたのじゃ……?」

「なにがなんとかするだ! なにがみんなを任せただ! 自分一人でなにが出来る! 思い上がるな! どんな力があったって自然の力に勝てるわけないだろう! のぼせ上がるな! 神にでもなったつもりか! さっき仲間を頼ると決めたばかりだろうが! 馬鹿だ! オレは大馬鹿だ!!」


 オレは今の心境を思いっきり言葉に出して声を張り上げた。

 ふぅ……すっきりした……。

 結局、オレはまだまだってことだ。

 だからこの島を離れて世界に出よう! そして学ぼう! まだ見ぬ国を! 人々のことを! そしてこのフォーランドという世界を!


「ソーマ殿……」


 オレの叫び声を聞いてライラが凄く不安そうな表情でオレの顔色を伺う。

 ゴメンな……ちょっと心配させ過ぎたみたいだな。

 でも大丈夫! もう大丈夫だ!


「心配させてごめんなさい……」

「あ…………」


 オレの謝罪の言葉にライラがハッとした表情になるが、次の瞬間優しい微笑みに変わった。

 そうだったな……オレとお前は「ごめんなさい」で繋がった仲だったんだよな……。


「さて……行くとするか……。ライラ、連れてってくれ」

「え?…………行くって……」

「お前の国、アルグランス武王国へ行くぞ!」

「………………うむ……うむ、うむ! うむ!! 行くのじゃ! 一緒に行くのじゃ!! って、うおっとととと?!」


 オレは凄く嬉しそうに喜ぶライラをお姫様抱っこで抱え上げると、そのまま他のみんなに指示を出す。


「マークたち! 戻れ! アリオス爺はマーク、シルフィーとエルナイナはサタへ。メイリンさんはキャスト、ダイルはガドラの背に乗ってくれ! 急いで!」

「あ……ソーマ殿、今私のことをシルフィーと……」


 オレはわざとシルエル姉妹の呼び方を変えた。

 小さな変化だけど、まずはここから始めよう。

 これもオレの世界を広げる一歩だ。


「なんでメイリン殿はさん付けのままで、私は呼び捨てになりますの?」

「ん~……なんとなく?」

「納得いきませんわぁあああああああ~~⁈」


 エルナイナが不満の言葉を言い切る前に、オレは神獣家族にアロン道を抜けてライラたちの船に移動するよう指示を出した。

 オレはライラを抱えたまま皆を追走する。




 只今時速八〇キロでアロン道を爆走中!

 ライラはお姫様抱っこの状態で、オレの首に腕を巻き付けて掴まりながら笑っている。


「うわははは! 速いのじゃ! 速いのじゃ!」

「あんまり喋ると舌噛むぞ~」

「またソーマ殿と一緒にすごせると思うと笑いが止まらないのじゃ~♪」

「でも、ずっといるわけじゃないぞ?」

「明日も一緒にいられると確定しただけでも、わらわは十分楽しみなのじゃ~!」

「そりゃどうも! もう少し速度上げるから、しっかり掴まってろよ!」

「了解なのじゃ!」

「一〇〇キロダァ~~~ッシュ!!」


 ライラ――

 オレが初めてこの世界で出会い、言葉を交わした人……ハイドワーフの姫様だ。

 我儘な性格だったけど、色々あって今は信頼できる仲間の一人だ。

 オレのことを「大好き」と言ってくれた初めての女性でもある。

 多分ラブな意味じゃなくてライクな意味だと思うけど、オレもライクな意味でコイツは好きだ。


「うひょ~! なんつー速さじゃ!」

「アリオス殿! しっかり掴まっていて下されよ!」


 アリオス爺――

 ライラのお爺さんでアルグランス武王国の先代武王陛下。

 オレに生きる意味の道しるべを示してくれた恩人だ。


 マーク――

 聖杯の力でバイキングウルフから神獣フェンリルになった神獣家族の長。

 女房のサタに押され気味だけど、今後も頼りにしてるからな。


「エルナ姉様! 騒ぎ過ぎですよ!」

「ひぃいいいい! もう少しゆっくり走って下さいな~~!」

「シルフィーや、少し姉君を黙らせてはくれまいか?」


 シルフィリア――

 ライラと共に出会ったハイドワーフの騎士。

 素直で生真面目ないい性格だけど、どこか間の抜けてる人。

 だけどライラからの信頼は一番だ。


 エルナイナ――

 シルフィーの姉で武王直属の騎士。

 短気なところが玉に瑕だけど、妹思いのいいお姉さんだ。


 サタ――

 マークの妻。同じく聖杯の力で神獣フェンリルとなった。

 いつも冷静でマークの抑え役でもある。

 マーク共々、頼りにしてるよ。


「……キャスト、貴方もしかして聖獣様でしたの?」

「詳しいことは主様から聞いて下さい。私からは話せません」


 メイリン女史――

 ライラのお世話役のメイドだけど、公儀隠密もこなす忍者だ。

 シルフィーと同じくらいにライラから信頼されてる。


 キャスト――

 マークとサタの娘。聖杯の力で神獣スコルになった。

 やんちゃなガドラを優しく、時に厳しく見守る、しっかり者のお姉さんだ。


「うおぉおい! そんなに飛び跳ねるなよ! 落ちる落ちる!」

「アハハハハ! ダイルお兄ちゃん落ちちゃ駄目だよ~!」


 ダイル――

 遭難してたライラを救助に来た騎士の一人。

 気さくで少しおちゃらけた性格だけど、結構博識で侮れない存在だ。

 今度色々と地理を教えてもらおう。


 ガドラ――

 マークとサタの息子。キャスト同様、聖杯の力で神獣スコルに。

 まだまだ遊び盛りのやんちゃ坊主だけど、良いムードメーカーだ。

 腕白でもいい、逞しく育って欲しい。




 並走するみんなをそんな風に思いながら眺めていたら、いつの間にかアロン道を抜けた。


「うおおおおい! カートンよ! ワシらに構わず船に戻るのじゃああああ!!」

「先武王陛下! 御無事でありましたか! あの業火は一体――って! えええええっ⁈」


 浜辺でボートを待機させていたカートン氏ともう一人のドワーフ騎士が、迫ってくるオレたち――厳密には神獣姿のマークたちを見て驚いている。


「説明は後じゃ! もうすぐここも危ない! 早う船に戻るのじゃ!」

「時間がない! マーク! サタ! 二人を威嚇スキルで足止めし、そのまま銜えて船までジャンプ! いけるか?」

「「御意!! 容易(たやす)うございます!! ウワォォオオオオオンンン!!」」


 オレに抱えられてるライラの言葉で我に返ったカートン氏たちに、間髪入れずに威嚇スキルを浴びせて動きを止め、マークとサタは爆走しながらそれぞれのドワーフ騎士をその大きな口で銜える。

 いや~、怖い体験連発で申し訳ない……。

 マークとサタに銜えられたカートン氏とドワーフ騎士の二人は、泡を吹いて気絶している。

 うん、ホントごめんね……。


「それじゃあ行っくぞぉぉおおおおお!!」

「「「「御意!!」」」」

「みんな! しっかりとオレたちに掴まれよ! それっ!!」


 足腰に力を入れて、およそ一〇〇メートル先にある大型帆船目がけて力いっぱい跳躍した。


「うわははは! 空を飛んでおるみたいなのじゃ~!」

「ぬおおおおお!」

「アハハハハ! やはりソーマ殿と一緒にいると退屈しませんね!」

「ひぃいいいいい! 飛んでる⁈ 飛んでますわぁああああ⁈」

「凄い跳躍力です……」

「どっしぇえええええ!!」


 そしてそのままライラの乗船してた大型帆船の甲板に無事着地!

 突然の神獣の襲来に驚く船員たちだったが、その背に乗るアリオス爺が一喝して場を鎮める


「ワシじゃ! アリオスである! 皆うろたえるでない! 直ちにこの島より脱出する! 総員速やかに配置につけぇええええい!!」

「「「「「「「はっ! はは~!!」」」」」」」


 アリオス爺の号令のもと、船員たちが慌ただしく動き出し、大型帆船と護衛船はすぐさま出港した。

 船からも噴火や火災の様子が見えていたので、アリオスたちを収容したら直ぐに発進できる準備は既に整えていたみたいだ。

 流石はアリオス爺の国のドワーフたちだね。




 そして今は出港して一時間を少し過ぎた辺りだが、無事に噴火の安全圏内にまで離脱できたみたいだ。


 地図レーダーでもう一度ゴラス島全体を確認したが、飛び去ったであろう鳥たちを除き、地上の獣たちの反応は一つもなかった……。

 そりゃそうだ……今はもう、島の地表全てが溶岩で覆われているのだから……。

 少しだけでも助けて…………いや、よそう……。

 オレに出来ることなんて今は限られてる。

 大事なのはこれから色々なことを学んで、同じ(てつ)を踏まないようにするのが肝心だ。

 だから今はこのままでいい……もう少し気楽にいこう。




 船尾から今も噴火を続けるゴラス島を眺めている。

 オレだけじゃなく、みんなも一緒だ。

 マークたちも今は犬の姿に戻っている。


 謎の多い島だったけど、もう二度と訪れることもないだろう。

 なぜならオレは世界に踏み出すのだから……。

 アレ? 少し不安になるかと思ったけど、意外とワクワクしてるな? なんでだ?

 そんなことを考えていたら、ライラがそっとオレの右腕に抱きつきながら寄り添う。


「ソーマ殿……島のことは残念じゃったが安心してたもれ……。次はわらわが全力でソーマ殿をお助けするのじゃ!」

「ええ、姫様だけではありません。私もデオンフォード家の名にかけて、ソーマ殿へ恩返しをさせていただきます!」


 今度は空いてる左腕にシルフィーが抱きつきながら迫る。


「なんじゃシルフィー! 今はわらわが話しておるのじゃ!」

「姫様ばかりソーマ殿とくっ付いてずるいです! 私もソーマ殿とこうしたいんです!」


 ハハハ……なんでこんなにモテているんだか……?

 まぁでも……今はそういうのも少しいいかなって思ってる。

 やっぱり異世界転生の主人公には華がないとね!

 でも結婚だけは絶対しないから、これ以上本気にはなるなよ!

 なんて思ってたら、ライラがいきなり大声を上げる。


「あああああっ!! そうじゃ!」

「ど、どうしたライラ⁈ なにかあったのか⁈」

「コパルじゃ……」

「………………はい?」

「ソーマ殿からいただいたコパルを家に置きっぱなしにしておったのじゃ~~! うえ~ん……わらわのコパルぅ~~~」


 うわ……ライラのやつ、本気で泣いてうな垂れてるよ……。


「ソーマ殿~~~ コパルはまだ沢山持っておったよな? 少しわらわに分けて欲しいのじゃああ~~~」


 さっきまでの正統派ヒロインの面影はどこいった⁈ 一気にハラペコ系残念ヒロインに格下げだよ!


「お前、ほんっとに締まらない女だな!!」

「そんなこと言わずにお願いなのじゃああ~~~」

「また姫様くっ付き過ぎです! 少し離れて下さい!」


 御淑(おしと)やかな寄り添いから一転、駄々をこねるようにオレの体にしがみ付くライラ。

 ハハハ……まったくこの姫様ときたら……。


 ………………そうか……なんでこの先が不安じゃなくワクワクしてるのかが解った。

 ライラがいる……シルフィーがいる…… そしてそんな二人を笑っているみんながいる……一人じゃないからだ。




 神様たち……折角新しい体と力を与えてくれたのに、少し無駄な時間を過ごしちゃってごめんなさい。

 でも、オレはもう大丈夫です。

 今度は一人だけではなく、仲間と一緒に新しい人生と世界を満喫させてもらいます!

 だから見守っていて下さい。

 本当の意味で生まれ変わったオレと、その未来を!!




「お願いなのじゃあああ~~ コパルを分けてたもれぇええ~~」


 ……いやー ホント台無しだわー……。

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