040話:アリオス爺、復活
「おおおおお~~! お風呂が大きくなっておるのじゃ~!」
「それになにやら見慣れぬ小さな部屋も増えてますよ? ソーマ殿、これは一体?」
湯着を着用したライラとシルフィーが、拡張工事した風呂場を見て驚きの声をあげている。
一人なら以前の湯船でも十分だったんだけど、いや、そこは元日本人。
温泉のような広々とした湯船に憧れがあるんだよ。
という事で以前の湯船を撤去し、風呂場という名のベランダを拡張して新しく四メートル四方の大きな湯船を設置したのだ。
無論、それに合わせて風呂釜も大型の物に作り変えて火力アップを図っている。
そして今回の目玉。
先ほどシルフィーが指摘して小さな部屋だが、実はサウナも設置した。
以前ライラの国での浴場事情を聞いてからサウナも欲しいと思っていたので、今回の拡張工事で小さなサウナ室設置したのだ。
腰掛用に二段階段も設置してるので、なんとか四人入れるくらいの小さなサウナだが、今はこれで十分だろう。
無論サウナ室の横には小さな水風呂も設置している。
で、今のみんなの姿だが、異文化性欲事情対策ということで、以前から準備してた湯着を着用してもらってる。
オレの前で女性陣が素っ裸になられると何かと色々困るので、今回は有無を言わさず全員に着用させた。
ちなみに男性用は下半身だけ隠す短パン。
女性用はそれに加えて、簡単に胸だけ隠す伸縮素材でできた幅二〇センチほどのバンドを着用してもらってる。
いや、ハイドワーフ女性陣全員、見事なまでのスットン体型で本来なら大丈夫なんだけど、そこはほら、一応ね……。
以前のライラとの一件もあるし、念には念をだ!
「ほほう! お湯の浴場か、これは珍しい!」
「姫様から少しお話は伺っておりましたが、凄い発想ですね……」
「え? なにこれ? 水じゃなくてお湯? 煮物でも作るの?」
「いや、なんでもこの中に体を浸すらしいっすよ?」
エルナイナの素っ頓狂な発言を軽くスルーし、お風呂初体験の四人に簡単な説明をして、早速お風呂を堪能してもらうことにする。
こういうのは何事も経験するのが一番だ。
そんなこんなで、今はみんなに風呂を満喫してもらっているが、大好評でよかった。
しかしこういう場ではアリオス爺が凄く不自由そうだ。
脚のつっかえ棒は着ていた衣服や器具で固定されている物なので、裸の状態になると装着できず、風呂場での移動は常にダイルの肩を借りている状態だ。
………………治してあげたいな……どうしよ?
オレはサウナ室から出てきたばかりの真っ赤っかなライラとシルフィーに念話で話しかけた。
『ライラ、シルフィリアさん、ちょっといいかな?』
『おおう! 念話なのじゃ!』
『なんだか懐かしい感覚ですね。して、如何されましたか?』
『いやさ、アリオスさんのことなんだけど…… 脚、治しちゃってもいいかな?』
そう語りかけると、水風呂にいるライラとシルフィーが明らかに動揺するそぶりを見せる。
相変わらず解り易いやつらだ。
『…………あ、いや……それについてはその……』
『姫様、どうやらソーマ殿には私たちの思惑も見透かされているようですよ?』
『ふむ…………いやしかし、そこまでソーマ殿に甘えるわけにもいかぬじゃろうに? それに再生魔法の存在を今いる他の者、いや、お爺様の脚のことを知る全ての者にその存在を知られることになる。それはとても危険じゃ』
確かにそりゃそうだ。
でも再生魔法以外にもこういう欠損を治す方法ってないのかな?
その辺りを二人に聞いてみたが、二人の知るところではこの再生魔法と、あとは特級魔法薬という物でしか無理らしい。
再生魔法は南大陸にある「ルマスター聖法国」と呼ばれる国の上級神官数名しか使えず、仮にそれで治してもらったとしても、莫大な金額を要求されるらしい。
あとは特級魔法薬ってのだが、これは殆ど伝説に近く、ダンジョンなどの迷宮の最深部付近でごく稀に発見される秘薬らしいが、詳細な文献が殆どないところからも、眉唾程度でしか認知されていない。
ともかく、欠損した体を再生させるというのは、この世界では相当大変なことだということは理解した。
しかしそれは世間から見ての話だ。
オレはこの島から出るつもりはないし、なによりこのドワーフたちの国、アルグランス武王国は「秘密を守る」という点においては文化的に信用できる。
この秘密を守る誓いを立ててもらえるなら、オレはそれでもいいと思っている。
それに、最悪その事でオレに注目が集まりそうになっても、オレオンリーワンの能力じゃなく、他にもこの世界特有の技術で治す方法があるんだ。
ぶっちゃけて言えば、いくらでも言い訳はできる。
その辺りの話をライラたちに伝えると、水風呂から出てきたライラはオレに近寄り、そっと手を取ってオレを見つめる。
「ソーマ殿? 本当に良いのかの?」
「ああ、オレがそうしたいって言ってるんだ。させてくれよ」
「あはは、本当にソーマ殿は我儘なお人じゃ」
「なんじゃ二人とも? 一体なんの話をしておるんじゃ?」
お互い笑い合うオレとライラに、その話の中心であるアリオス爺が湯船の中から訝し気な表情で話しかける
そんなアリオス爺を見て、オレたちはまた笑い合った。
「なんじゃ一体?」
「いや失礼、それよりも先武王陛下。オレは貴方の脚を治すことができます」
「なんじゃと?!」
「お爺様、ソーマ殿は再生魔法の使い手でもあるのじゃ」
「実は私も以前ガンガルドとの戦いで左腕を食い千切られてしまったのですが、ソーマ殿のおかげで元通りに治してもらった事があるのです」
シルフィーが自分の左腕をさすりながら、話を聞いている他の者にもそう伝えた。
「いやしかし……再生魔法となると莫大な金額が伴う。流石にワシ一人の為に国の資産を動かすわけにはいかんよ……」
「あははは、そんなもの要りませんよ。貴方がライラのお爺さんだから治してあげたい。それが理由では駄目ですか? 勿論、今ここにいる全員に、このことを口外しない誓いは立ててもらいますが……」
オレの提示した条件を聞くと、アリオス爺はこの場にいる皆の顔を不安そうな表情で見渡す。
「アリオス陛下、なんて情けない顔してるんっすか?」
「勿論私たちは秘密を守ることを誓います。今こそ再び武の世界に戻る時でありますよ、先武王陛下」
「ソーマ殿は殿下だけでなく、我が妹シルフィリアの恩人でもあります。デオンフォード家の長女として、誓いは必ず守りますわ!」
ドラン、メイリン女史、エルナイナの三人は、屈託のない笑顔でアリオス爺にそう訴える。
アリオス爺はそんな皆の顔を見て、一層優しい穏やかな表情となる。
「ふはは…… ワシは良き家臣を持てて幸せじゃわ……」
「話は決まったのじゃ! ソーマ殿! どうか宜しくお願いするのじゃ!」
「じゃあ早速やりますか!」
オレは聖剣エクスカリバーを取り出す。
「ええっ? ソーマ殿、なぜ剣を?」
シルフィーや他の皆も驚くが、少し説明が必要だな。
再生魔法は傷口が塞がってる状態では再生できないのだ。
ゆえに一度無事な脚を斬りおとし、そこから再生させる必要がある。
以前、西の森で狩りの途中、右後脚を失ってたバイキングウルフを発見した。
そんな状態なのでロクに狩りもできず、少し痩せ細っている状態だった。
とりあえず肉を与え、回復魔法もかけて事無きを得たが、その時は既に傷口が塞がっており、再生魔法を使用しようとしてもできなかった。
その時にこの魔法の詳しい詳細が解り、申し訳ない気持ちになりながらも一度脚を斬りおとしてから再生魔法を使ったら、見事綺麗に再生できたのだ。
そのバイキングウルフはそのままマークのユニークスキル「神威(獣)」によって、今はマークの配下となってもらっている。
神獣であるマークたちは獣の最上位に位置する存在でもあり、似たような獣をそのスキルで配下に治めることができるのだ。
とりあえず再生魔法の下りを皆に少し説明し、アリオス爺にも納得してもらった。
「この脚が元に戻るなら、それしきの痛み、返ってこそばゆいわ!」
うおっ! なんかアリオス爺の目つきが変わったぞ?
今までの好々爺な爺さんから、今は歴戦の武人の顔つきになっている。
本来はこういうタイプの人なのかもね。
とりあえず、アリオス爺にベンチに腰掛けてもらい、膝下のない右足を出してもらう。
「出血に備えて、太腿辺りを縛りつけたほうが宜しいのではないでしょうか?」
「それに一応、丸めた布を銜えて、歯を食いしばる用意もした方がいいんじゃないっすか?」
メイリン女史とダイルの指摘。
確かにごもっともな意見だけど、その辺りは心配無用。
「ふんっ! ワシをそこらのヒヨっ子どもと同じに見るでないわ!」
二人の心配をよそに、アリオス爺は腕を組んで堂々としたものだ。
流石はライラのお爺さん。そう簡単に怖気は見せないね。
そんなことを考えながら、オレはエクスカリバーを上段に構える。
「大丈夫。痛みはありませんよ。斬っても驚かないで下さいね」
「なんじゃと? それはどういう――」
百聞一見。
オレはアリオス爺の言葉の途中でエクスカリバーを振り下ろし、膝上を斬り落とした。
女性陣はその瞬間、少し目を反らしたが、次の瞬間驚きの表情に変わる。
「なんと! 痛みが無いどころか出血もせぬじゃと⁈」
アリオス爺が綺麗に斬り落とされた傷口を見て驚きの声を上げる。
斬り落とされた肉片からは血が滴り、風呂場の床に滲み流れているが、皆は脚の傷口の方に注目して、気にも留めてない様子だ。
聖剣……それは邪なる存在を絶つ、破邪の剣である。
ゆえに、それ以外の存在に対しては、オレが殺意を込めない限りは、今回のように痛みを与えなかったり、出血すらもさせないことも自由自在なのだ。
これも先に述べたバイキングウルフの一件で実証済みだ。
いやホント、神様御謹製の聖剣って凄いね。
「じゃあこのまま再生させます…… ☆☆☆☆……再生……」
今も驚きで声も出ないアリオス爺の返事を待たず、再生の魔法を唱える。
おおう! 流石は消費MP二〇〇〇の魔法。一瞬だが、凄い眩暈が襲ってきたよ。
太腿から、まずは骨が伸びるように足の部分までを形作るように復元し、次に筋肉や脂肪、神経、血管、皮膚が骨にまとわりつくように再生を始めて、無事にアリオス爺の逞しい右脚を構築させた。
「どうですか? 動きますか?」
オレの言葉を聞いているのか、いないのか?
アリオス爺は今も体を震わせながら、恐る恐る自分の右脚に手を触れる。
まるでそれは直ぐに崩れる砂山を扱うかのように、実にゆっくりと繊細な手つきだった。
「おお…… おおお…… 脚じゃ…… 脚がある…… 長らく忘れておった感覚が! 右脚の感覚があるぞ!」
そう言いながら、アリオス爺の体の震えは更に増す一方だ。
「立てますか?」
「立てる…… 立てるぞ! 自分の脚で立てる!」
「歩けますか?」
「歩ける…… 歩けるぞい! 自分の……二本の脚で歩ける!」
再生した脚の感触を少しづつ確かめるアリオス爺。
そして気が付けば、アリオス爺は大量の涙を流していた。
次の瞬間――
「うおおおおおおおおおお!! ワシの脚が元に戻ったんじゃあああああああああああああ!!」
耳を劈くような、どでかい雄叫びを風呂場で響かせる。
まったくなんつう大声だよ⁈
すると次の瞬間、アリオス爺はオレの体をヒョイと抱え上げると、そのままグワシと抱き着いてきた! 完璧なベアハッグ状態ってやつだ。
ぐわわ~⁈ なんてバカ力だよ、この爺さん⁈
つーかオレにそんな趣味はないぞ!
「ありがとう! ありがとうソーマ殿! いや、ソーマよ! おぬしはワシの恩人じゃ! 友じゃ! 今からワシのことはアリオスと呼び捨てい! 堅苦しい言葉も無用じゃ!!」
「ぐぎぎぎ…… わかった……わかったから、降ろしてよ……アリオス爺……」
思わず脳内呼称を口にしてしまったが、それが更にアリオス爺の感動に拍車をかけてしまったようだ。
「うおおおおおおお!! 今日は最高の一日じゃあああああ!!」
だ~めだコリャ、全然聞いてねぇ。
周りのみんなもどうしたものかと、オロオロ慌てふためくだけだ。
「わかったからさっさと降ろせ! このゴリラジジイ!!」
オレは我慢の限界を超え、アリオス爺の頭に拳骨を落とした。
最近休日出勤が立て込んで、少し執筆速度が落ちてます。
これが逆境!?
でも週末はまとまった休みが取れそうなので頑張ります!




