003話:神々の宴で御相伴
「で? この人たちは一体なんなんだ?」
俺は地平線にまで広がるこの広大な宴会場で、笑いながら飲み食いしてる人々を見ながら美女に問いかける。
「だから今日は千年に一度の≪祝福の日≫で、天上界はどこの部署もぜぇ~んぶお休みなのだわ。だからこうして神々たちが一同に会して、羽根を伸ばして楽しく宴会をしましょうって日なのだわ。……あなた本当に何も知らないの?」
「いや、だから俺はさっきから――」
「おおーい恋愛神! ここじゃここじゃ!」
俺が美女に反論しようとした矢先、横からの大きい声で言葉が遮られる。
その声の主の方へ視線を向けると……うん、ドワーフだ。
俺の知ってる限り間違いなくドワーフ。
背が低くずんぐりとした体型。
ムッキムキな腕にお腹くらいまで蓄えられた立派な髭。
これぞドワーフ・オブ・ドワーフと呼ぶに相応しいまでのドワーフのおっさんだった。
恋愛神と呼ばれた美女は、そのドワーフのいる席に向かって行ったので、俺もそのあとを追う。
というか、この姉さんって恋愛の神様なのね……。
「あら~盾神さんお久しぶりなのだわ。遅れてごめんなのだわ」
「そんなに謝らんでええから! ささ、こっち座って一杯やろうや!」
盾神と呼ばれたドワーフの横の席に恋愛神が座ると、俺もそのままその横の空いてる席に腰を下ろす。
あ、この座布団、凄く座り心地良い。
「ところで恋愛神よ。そやつは何者じゃい? 見たところおぬしの知り合いのようじゃが?」
俺の存在に気付いた盾神が興味深々な眼で俺を見る。
「ここに来る途中の聖水広場で知り合った新米の神らしいのだわ」
あの水上、聖水広場っていうんだ……広場ってレベルじゃねえぞ!
「ほほう、新米とな? おぬし、一体なんの神じゃ?」
「あ、いや……さっきからそのお姉さん……恋愛神さんに言ってるんですが、俺は神とかじゃないんですよ」
盾神は俺になんの神か尋ねてくるが、俺は神ではないので、そう答えるしかなかった。
「ハイハイ盾神そこまでっしゅ~。細かい話は一旦置いて、まずはお酒っしゅよ~」
「おお! すまんすまん酒神よ! そうじゃまずは酒じゃ、酒!」
俺と盾神の間に割ってきたのは、これまた恋愛神に並ぶほどの美女だった。
その、酒神と呼ばれる美女に杯を渡されると、
「ハイハイ、新米君もまずは一杯。さささ~っしゅ」
壺のような器からお酒らしき液体を杯に注いでくれた。
「今日の為に作った最高の神酒っしゅよ~♪ よく味わってちょうだいね」
「ささ! まずは一杯! ぐいっといくのだわ!」
二人の美女にドヤ顔で迫られる。
あ、これは飲まなきゃダメな流れなのね。
俺は基本、お酒は大抵どの種類も嗜む程度には飲めるので、お酒自体に抵抗はない。
だけどね、流石に見た事もない酒……というか飲食物に、ささっと口を付けられるかと言われれば、答えはノーである。
俺はとりあえず得体の知れない酒が注がれた杯を顔に近づけ、まずはその匂いを確かめた。
言葉では言い表せない芳醇は香りが鼻孔を突き抜けてゆく!
なんだこれ!? こんないい香りのする酒なんて知らないぞ!?
俺はその香りだけで直感した。
これは絶対美味しい酒であると。
そうとなれば、あとはもう決まっている。
飲むっきゃない!
俺は恐る恐る杯を口に付け、そのままその酒を一口飲み込んだ。
美味い! これは日本酒だ! だけど今まで飲んだどの日本酒と比べても格段に美味い!
口を付けた杯は少しずつ角度を増してゆき、気が付いたら俺はその酒を一気に飲み干して……あ、あれ?
俺は微笑みながら涙を流していた。
「どうやら心からお気に召してくれたみたいっしゅね。酒神冥利に尽きるっしゅよ♪」
酒神さんは優しい笑顔で俺にそう言った。
美味い酒を飲むと笑えてくる時はあったけど、涙を流すほど感極まったのは初めてだ。
『酒は心の汚れを落とす水』
昔観たカンフー映画の台詞だけど、このお酒はその言葉を体現したと感じさせるほど、俺の心の中の何かを綺麗に洗い流してくれた気にさせてくれるほどの美味しさだった。
「おう! あんちゃん! 少しいい顔するようになったじゃねぇか! べらんめぇ!」
「さっきに比べて少し神力が澄んできただべや」
「然り然り。良き酒には良き笑顔でござるよ」
酒神さんの横に座ってる3人に声をかけられる。
「ハイハイ、建築神と農耕神と鍛冶神ももっと飲むっしゅよ~」
「おお! わりィな酒の字! お~とっとっと!」
酒神さんにお酌されてる捻り鉢巻きに半被姿。いかにも江戸っ子な親方風のおっさんが建築神。
その横でケラケラ笑ってる、麦わら帽子を被った日焼け肌の眩しい、健康的ナイスバディなお姉さんが農耕神。
侍風の出で立ちにちょんまげ頭。徳利と御猪口で自酌しながら静かに飲んでる初老の爺さんが鍛冶神らしい。
「俺、そんなに変な顔してたかな?」
俺は恋愛神に尋ねる。
「うふふ。酒神の神酒は心の混ざり物を浄化して神力を漲らせる効果があるのだわ。初めて神酒を飲んだあなたは浄化の反動が強かった影響で気持ちが高ぶって泣いていたけど、とても優しい顔をしていたのだわ」
そっか……妙に心が清々しい気がするのはそのせいか。
でもさっきから聞く神力ってのは、いまいちよく解らないな。
俺、ただの人間なんスけど?
「さあさあ! 良きお酒には良き料理を! 我が料理神の特製フルコース、お待ちどうザマス!」
「待ってましたっしゅ! 料理神ちゃん!」
料理神と呼ばれた、いかにもシェフって感じ恰好をしたお姉さんが豪勢な料理を次々と空いてる机の上に並べ始める。しかしあの1メートルはありそうなコック帽は何か意味があるのか?
「さあさあ! そこの新米君も我が料理を堪能するザマス!」
うわ~。俺、「ザマス」って言う人、リアルで初めて見たわー。
というか、俺、新米君で確定なのね……。
とりあえず俺はお勧めされるがまま、手前に出された料理を箸に取る。
これは鴨肉のローストかな?
味の想像ができない少し茶色いソースがかけられているが、どれ一口……。
美味い! なんだこれ!? 鴨肉はジューシーで噛めば噛むほど旨味が広がり、かけられたソースはカレーを彷彿とさせるエスニック風味な味わいで、鴨肉のクセのある濃厚な旨味と上手く混ざり合って、全体的な味を更にもう一段引き上げている!
このスープも! このサラダも! この海鮮料理も! この肉料理も!
どれもこれもめちゃくちゃ美味い!! 美味すぎる!!
「フフン。料理の方もお気に召していただけたみたいザマスね♪」
料理神のお姉さんはドヤ顔でフンスと鼻息を荒げる。
「はい! どの料理もすごく美味しいです!」
俺は嘘偽りなくそう答える。
本当に今まで食べたどの料理よりも美味しかった。
こんな料理を振舞ってくれた人には、素直に心のままに「美味しい」と伝えなければバチが当たる。
「……それは良かったザマス」
俺の気持ちが伝わったのかどうかは判らないけど、料理神さんは一瞬キョトンとした顔をしたかと思うと、次の瞬間には凄く嬉しそうな顔をしながら、別の席にも料理をどんどんと並べにいった。
「あの料理神ちゃんが、あんな素直に喜ぶのは珍しいのだわ!?」「そうっしゅね~。いつもなら「美味しいのは当たり前ザマス!」とか言ってドヤ顔連発なのに……」
「それはあれじゃろう? あやつの料理は確かに絶品じゃが、味には慣れるもんじゃ。最近あやつの料理を食いまくってた神々たちに「もっと変わった料理はないのか」とか言われて少し落ち込んでおったんじゃよ。それだけに、素直に美味いと言われれば嬉しかろうて」
驚く恋愛神と酒神に盾神がそう説明する。
確かに丹精込めた料理に対してそんな事を言われたら悲しくなるわなぁ……。
でも料理を作ってくれた人に対してそんな事は言っちゃいけない。
料理ってのは知性ある人間のみに許された文化の極みだからだ。
そりゃ作った人によっては不味い料理もある。
でも本当に美味しいと感じたのなら、それを作ってくれた人には、素直な気持ち、感謝の気持ちを伝えるべきだと俺は思う。
少なくとも「まぁまぁ」や「普通」なんて曖昧なことは言っちゃいけない。
俺がそんな事を思っていると、後ろから妙な視線を感じたので振り返ると四人の男女が俺の前に集まっていた。
「なんじゃおぬしら? 浮かぬ顔でがん首揃えおってからに」
盾神がその四人にそう問いただすと、その中の一人、すごいド派手なキラキラした装飾を施した服を着ているイタリア人みたいな若者が口を開いた。
「すまないのであ~る、盾神よ。先ほどの料理神の話であ~るが、どうやら我があやつに余計な事を言ってしまったようなのであ~る」
「ノンノン! 裁縫神さんよ。それを言うなら俺も同罪だぜ! WOW!」
「チョイ待つっスよネット神……それは私たちも同じ事っス……」
「ゲーム神ちゃんの言う通りっしょ。私も料理神さんに悪いこと言っちゃったっしょ」
え~と?
まずド派手なイタリア人風な人が裁縫神。
その横にいる昭和のヤンキーが付けてそうなサングラスと戦艦リーゼントなファンキーお兄さんがネット神。
帽子を深々と被り、目の下にクマがある根暗そうな少女がゲーム神。
瓶底眼鏡をかけたお姉さんが書物神。
だ、そうだ。
ネットやゲームにも神様っているのね……。
「なるほどのう。料理神が落ち込んでおった理由はおぬしらじゃったか」
「最近彼女の料理をよく馳走になっていたせいか、少し余計な注文を付けてしまったようであ~る。此度の事、大変に申し訳ないのであ~る」
「俺らも流行りの料理が欲しいとか言っちまってよー。マジですまなかった! WOW……」
「ホント……ゴメンっス……」
「悪気はなかったっしょ……」
「バカモンが! ワシに謝ってどうする? そういうのはあやつに直接言わぬか!」
謝罪する四人の神は頭を下げるが、それを盾神が一喝する。
「よいのザマスよ、盾神」
重苦しい空気になったこの場に声をかけたのは、配膳を終えて戻ってきた料理神だった。
「私も料理の神として固執するあまり、最近は味を複雑にする事に執着し過ぎてしまった感もあるザマス。でも……」
料理神は言葉を続けながら、俺の顔を見て微笑みかける。
「本当は「美味しい」と、その一言を心から言ってもらえるだけで、料理を手掛ける者として何よりの報酬であること。嬉しいことをその新米君が教えてくれたザマスよ。単純な事ザマス」
料理神はそういうと、新たな料理を乗せた大皿を二つ差し出した。
「こっ!これはピザなのであ~る!!」
「WOW! こっちはハンバーガーじゃねえのか!?」
「横にフライドポテトもあるっス!!」
「どれも美味しそうっしょ!」
四人の神はそれぞれの料理を口にすると満面の笑みを浮かべる。
「特にネット神とゲーム神は若い神ザマスから、こういう近代食の方が口に合うのではと思ったザマスよ。まあもっとも、料理神としては少々単純な料理ゆえに不満がない訳ではないのザマスが……」
「そんなことねえよ! めちゃくちゃ美味いぜ! WOW!!!」
「うん……とっても美味しいっス!」
ネット神とゲーム神は笑顔でハンバーガーを頬張る。
俺も一つ口にするが、うん、マ○ドのハンバーガーまんまだコレ。
でも美味しい。ジャンクフードにはジャンクフードなりの美味しさが確かに存在するのだ。
「ええ、これも本当に美味しいですよ、料理神さん」
俺はそう料理神に告げると、他の神様たちもこぞってピザやハンバーガーを食べはじめた。
「ところでアナタは何の神ザマスの?」
「おお、そうじゃそうじゃ! ワシも気になっとたんじゃが?」
「あまり見ない顔なのであ~る」
皆の注目が俺に集まる。まいったな……俺、神じゃないんだけど。
「さっきも恋愛神さんに言ったんだけど、俺は神じゃなくて、さっき死んだ人間……だと思うんだけど?」
俺の言葉を聞いて辺りがシーンと鎮まりかえる。
え? 俺なんかマズいこと言っちゃった?
なんかみんな口をポカーンと開いて唖然としてるんだけど? と思った次の瞬間……。
「「「「「「「「「「わっはっはっはっはっ!」」」」」」」」」」
皆、大爆笑である。解せぬ……。
「おいおいおぬし! 今日は祝福の日じゃぞい!」
「そうなのだわ! そんな日に人間が死ぬなんてありえないのだわ!」
「そうっしゅ! それに君からは小さいけど神力も感じるっしゅよ」
「てやんでぇ! 神力のある人間なんてありえねぇぜ!」
「そもそも人間がこの天上界に来ること自体がないべさ!」
「然り然りでござる」
「うふふ、笑いは極上のスパイスザマスね♪」
「いやはや、なかなかに面白いことを言う神なのであ~る」
「こいつぁ~最高のスレタイいただきだぜ! WOW!」
「下手なゲームより面白いっス……」
「いえいえ、最近読んだどのギャグマンガより面白いギャグっしょ!」
そして俺の発言全否定でボロクソである。
だが、回りが大きな笑いに包まれる中、俺の背後から聞こえた声によってその笑いは一瞬で消えるどころか、皆の顔が驚きの表情となる。
「うんにゃ、ソイツは間違いなく人間なのだわさ」
俺が振り返ると、そこには全身黒のゴスロリ服に身を包んだ少女が立っていた。
膝裏まで伸びたロングの黒髪で、前髪も鼻先まで伸びてて目の表情は窺えない。
口元は笑っている事から、俺に悪い印象はもっていない……と思う。
しかしそれ以上に目を引いたのは彼女が手にしている巨大な大鎌だ。それを見て、俺は彼女がなんの神なのか直感した……。
「「「「「「「「「「死神様!?」」」」」」」」」」
回りの神々全員がそう叫んで硬直する。
ほらな……最近流行のゴス死神様キタコレ!
「天上界へようこそなのだわさ……特異点くん♪」
死神はそう俺に言いながら口を更にニヤリと引き上げて笑いかけた。
目が見えないからチョット怖いです……。