020話:夜の会談
その後はお互い一切の干渉をすることなく、オレは夕方になる前に道具諸々を片付けて家に戻った。
まぁ道具を片付けるといっても無限収納でサッと消えるだけなんだけど、やっぱり二人はそれを見て驚いていた。
……少し自重した方がよかったかな? やっぱり?
そんなこんなで日も沈み、オレは玄関前の階段に腰を下ろしてシルフィーが来るのを待ち構えていた。
こちらに向かってきてるのは地図レーダーで確認済みだ。
しかも律儀に馬鹿王女を浜辺に置いてきてるし。
地図レーダーで位置や状態は全部解るから誤魔化しは効かないが、せめて近くまでは一緒に来ても良かったんじゃないか?
まぁ連れてくるなって言ったのはオレだけどさ……。
とりあえず馬鹿王女の周囲にも警戒レーダー張っておくか。
浜辺だったら比較的安全だろうが、もしやばい状況になったら知らせてやろう。
さて、そろそろ到着する頃合いだし、こちらも少し気を引き締めるか!
そしてシルフィーがアロン道を抜け、俺の前に姿を現した。
「よく来たな……約束通り一人みたいだな」
「無論だ。騎士たるもの約束は必ず守る」
ああ~! いいねいいねぇ! こういうやり取り!
では先ずは最初が肝心ってことで名乗りをしとくか。
「じゃあ先ずは自己紹介といこう。オレの名前はソーマ。出身は訳あって言えないが、今はこの無人島……ゴラス島に住む唯一の人間だ」
「先の名乗り、恐縮いたみいる。私はアルグランス武王国、シャルク・デオンフォード侯爵の次女、シルフィリア・デオンフォードと申します。此度は我が姫君、ライラ殿下が貴殿に迷惑をかけたようで大変申し訳ない……」
多分これはシルフィーの個人的な謝罪の言葉だな。
まぁそんな言葉には全く意味はないんだけどね。
「そんな謝罪はどうでもいい! アンタから謝られてもなんの意味もないんだ! だから今後もアンタが謝る必要はない」
オレの言葉で、シルフィーが心苦しそうな表情で黙り込む。
しまった……少しキツく言い過ぎたか?
というか、謝罪からの謝罪拒否じゃ完全に会話が途切れるわな。
これはオレの失敗だ。
少し軌道修正しよう。
「あ~、そのなんだ……ちょっと待っててくれ」
オレはそう言って階段を下りると、無限収納からテーブルと椅子を二脚取り出して設置する。
で、やっぱりその光景を見てるシルフィーは驚きの表情をするわけで……。
スマン、早く慣れてくれ。
「すまない、お互いに少し落ち着く必要がありそうだ。とりあえず立ち話も疲れるんで、まずはこちらに座ってくれ」
オレがそう促すと、シルフィーは恐る恐ると椅子に腰かける。
「貴殿は変わった術を使うのだな……これは魔法なのか?」
あ、やっぱり収納系の魔法ってないのか?
まぁそのならそうで上手く誤魔化すさ。
「オレの編み出した収納魔法だ。詳しくは話せないが、まぁ御覧の通りだ」
「魔法なのに詠唱もなしで…………いやすまない。今の時点で詮索は御法度だな……」
「理解が早くて助かる」
オレはそう言いながら無限収納からラオンジュースを差し出す。
「これは?」
「ラオンジュースだ。嫌いじゃないなら飲んでくれ。それともアポルジュースの方がよかったか?」
「い、いや、そうではない! なぜ私にこのような飲み物を差し出す? これは貴殿がこの島で生きるために必要な、貴重な食料ではないのか?」
あー、そういやそうだね。
そういやここ無人島だったわ。
普通に考えたら食料も飲料も貴重品だわな。
色々と潤沢過ぎて感覚麻痺してたわ。
「あー……オレ、水魔法も使えるから飲料に関しては特に問題ないんだわ。▽▽……水」
オレはそう言いながら、ウォーターを詠唱して指先から水をチョロチョロと地面に流す。
「水魔法⁈ マリナス魔法国でも扱える者はごく僅かしかいないという希少適性の魔法ではないか⁈」
指先から流れ出る水を見ながらシルフィーが驚きの声を上げたのでオレは少し驚いたが、問題はそこじゃない。
ナンデスト? 希少適性?
つまりあれか? 水魔法ってモノ自体が魔法として希少ってことなのか?
こんな魔法、てっきり「生活魔法」とかってレベルで、平民でもバンバン使ってるものだとばかり想像してたわ……。
つまりウォーターは水魔法では初歩的な魔法なんだろうけど、水魔法自体は魔法全体でいえば全然初歩的じゃないってことなのか?
魔法神様……そういう肝心なことはちゃんと説明しといて下さいよね……。
っと……話がまた逸れちゃった。
修正修正。
「とりあえず魔法に関してもこれ以上の詮索は無しでいいか? そろそろ本題に入りたい。あと、そんなわけだから遠慮せずにジュースは飲んでくれ。」
「あ、ああ、すまない……了解した」
シルフィーの言葉でお互い少し姿勢を正す。
そしてオレは軽く深呼吸をして口を開いた。
「でだ! あの姫様? あれ一体なんなの? オレはアイツが倒れてたから心配して声をかけただけなんだよ? そしたら目を覚ました次の瞬間に顔を平手打ち! 挙句の果てに無礼者呼ばわりだよ。アイツは目に入った者には全員あんなことするのか? オレ全然意味わかんないんだけど?」
オレの言葉を聞き終えたシルフィーが両手で顔を隠してうな垂れた。
「あああああ~~! もう本当に申し訳ございません! あの姫様、本当に我儘な性格でして、私も度々と手を焼いているんですぅううう~~」
あー、やっぱなー……。
オレの想像した通りの馬鹿だったわ、あの王女。
というかシルフィーさん、アナタも喋り方が素になってますよ?
とりあえず少し気持ちを落ち着かせたシルフィーから聞いた話ではこうだ。
あの馬鹿王女ライラは幼少の時に母、つまり王妃様を病で亡くして以来心を閉ざし、父である武王や祖父である先武王からかなり甘やかされた結果、相当我儘な性格に育ってしまったらしい。
国での生活は我儘・暴虐・理不尽の三拍子揃った暴君三昧。
王宮でもライラの姿を見かけたら、使用人たちが逃げ出す始末。
しかしなぜかシルフィーだけは気に入ってる様子で、シルフィーを側近に任命して以来は、彼女がライラのストッパー役に奔走している状況だ。
そんな感じのライラにまつわる話を色々と聞かされた。
「つまりだ……アイツは自分の周囲五メートルは全部自分の陣地と思い込み、その中に勝手に入った人間には反射的に攻撃するってことか?」
「まったくもって仰るとおりです……はい……」
シルフィーが「誰か助けて~」って表情で涙を流す。
無茶苦茶だな……あの馬鹿王女。
そんなところでオレは気になってた事を質問する。
「あの姫さん、アンタにオレを斬れって命令してたけど、剣あったらやっぱり斬ってたのか?」
「そんなことしません! 今までに何度か同じような場面はありましたが、全部私が宥めて収めてなんとかしてきました。大体そんな理由で人を斬り捨てたら私が罪人になりますよ!」
デスヨネー。法治国家でヨカッタヨー。
とりあえず馬鹿王女のことは大方の予想通りだったが、詳しい事情は大体わかった。
次は今の状況についてだな。
「じゃあ次の質問だけど、ナンでこんな島に流れ着いてたの?」
「それは――」
これもオレの予想通りの流れだった。
アルグランス武王国から海を隔てて西にある、西大陸の国にある学校へ馬鹿王女とシルフィーの二人が来年から入学するので、その下見と住居の確保へと赴き、その帰りの海路で昨夜の嵐に遭遇して船は沈み、二人だけ命からがらこの島まで流れ着いたってわけだ。
漫画みたいに運が強いね二人とも!
「なるほどねぇ、とりあえずアンタたちの状況は理解したよ」
「はい……」
シルフィーの返事以降、お互いに沈黙が流れる。
やっぱ助けて欲しいんだろうなー。
そんなことは言われなくてもわかってるよ。
でも一応聞くだけ聞いておくか……。
「でだ? オレにどうして欲しい?」
「………………」
「それをオレに言いたくてここまで来たんだろ? 黙ってちゃ状況は変わんないよ?」
するとシルフィーは立ち上がり、オレの横まで移動すると、片膝をついて頭を下げた。
「私のことはどうでもいい! どうか姫様だけでも救助が来るまでの間、衣食住の提供をお願いしたい! 礼はできる限りのことをする! どうかお願いだ!」
……これも大方の予想通りだな……。
だが断る!
「確かにオレはこの島で生き抜く術の知識と実力がある。アンタ一人ならその願いも叶っただろうな。だがあの姫様は今のままじゃ駄目だ! とてもじゃないが受け入れることはできない」
「そこをなんとか! 私の知識や実力では今の環境で姫様を守り抜くことは叶わない。どうか! どうかお願いだ!」
「知識はともかく、実力は国でも五本の指に入るんだろ?」
「アレは姫様がいつも使う吹聴です。私より強い騎士はごまんといますよ……」
「嘘かよ……」
「ホントすいません…… 私はやめて欲しいって言ってるんですが……」
お互いに気まずい雰囲気が流れる。
シルフィーは藁をもすがるような表情でオレを見つめるが、ここは折れちゃダメだ。
心を鬼にして条件を言おう。
「シルフィリアさん、アンタの姫様を思う気持ちは尊重する。だがオレは意味もなく人を傷つける奴ってのは大嫌いなんだ。悪いことをしたら反省して謝る。それができないと、あの姫様はいつか取り返しのつかない過ちを犯すぞ? だからオレは条件を突きつける。あの姫様自身の口からの謝罪を要求する。それができない限り、今後アンタたち二人と言葉は交わさない。手出しもしない。理解したならこのまま帰ってくれ」
「む、無理だ…… あの姫様が謝罪をするなど……」
こりゃ謝ったことなんて一度もなさそうな感じだな。
じゃあ、だからこそこれは絶対条件にしよう。
絶対オレは折れないぞ。
「できるかできないかはアンタが決めることじゃない! あの姫様が自分で考え、自分で選択して決めることだ!」
オレの怒鳴り声にシルフィーの肩がビクッとすくむ。
ようやくオレの怒りの度合いを理解してくれたみたいだな。
シルフィーはそのまま肩を落としながら頭を下げると、
「すなまかった…… 貴殿の言葉と意思は必ず姫様へ伝える。此度は手間を取らせて申し訳なかった。邪魔をする……」
そう言い残して、アロン道に向かいトボトボと帰ってゆく。
結局ラオンジュースには一度も口を付けなかったな……。
多分あの馬鹿王女を差し置いて、自分一人だけ飲食するのを嫌がったんだろう。
どこまでも真面目で忠誠心溢れる人だ。
……しゃあない。最後の助け舟だ。
「おい!」
オレはそう叫ぶと、振り向くシルフィーに向かってアポルの実を二つ投げつけた。
シルフィーはハッと驚きながら手をわたわたさせながらも、ナンとか上手く二つともキャッチできた。
騎士だけあって、反射神経は良いみたいだね。
「道で拾ったとか言って持っていきな。オレからだと言ったら、多分あの姫様は食わないだろうからな。だがこれが最後だ」
シルフィーはキョトンとした顔をしたが、すぐさま深々と頭を下げ、再び月明りが照らすアロン道に向かって歩き出した。
こちらの言いたいことは全て伝えた。
あとはあの馬鹿王女の考え次第だ。
そんなこんなで嵐のような一日は終わり、オレはまた次の日から無人島での日常を過ごすことになる。
そして何も起きないまま次の休日の日がやってきた。
そう……あの日から一〇日間が過ぎ去ったのだ……。