198話:エキルス・ガル 前編 ★
私の名前はエキルス。五歳。
この名前は私が赤ん坊の時に、大姉様がそう名付けてくれた。
大姉様はこの国で一番偉いメイドさん。
もう五〇〇年以上もお城で働いている凄い人。
ドワーフ族は凄く長生きなんだって。
でも私は違う。
私は獣人族。
大姉様は優しい人。
捨て子だった私を拾ってくれて、たまに孤児院に来ては一緒に遊んでくれる。
そんな大姉様が、私は大好き♪
今日も大姉様が来てくれた。
だけど知らない子も一緒だ。
でも私と同じ形の耳と尻尾がある。
名前はなんていうの? ルト? いい名前ね♪
え? あなたも今日からここに住むの?
じゃあ私と同じ孤児なんだ。
よし! じゃあ私があなたのお姉ちゃんになってあげる!
これから仲良くしましょうね、ルト♪
今日は遠い国から、教会の偉い人がやってくるらしい。
司教様? よくわかんない。
でもこの孤児院の子供たちに洗礼をしてくれるんだって。
これで私たちも神ウォルナードの信徒になれる。嬉しい♪
洗礼が始まった。
私たち孤児院の子供たちは一列に並び、順番に司教様から洗礼の儀式を受けるの。
一番目は人族のポマス。
ふ~ん……ああやって頭に水をかけるのが洗礼なんだ。
あ! 最後にポマスが頭を撫でられた。
いいな~。私、頭を撫でられるの好き♪
二番目はドワーフのバンガ。
ポマスと同じように水をかけられた。
……あれ? 頭を撫でてくれない。バンガざんね~ん。
三番目は人族のサリア。
水をかけられて……撫でられた。
次は私の番。
司教様が私の頭に水をかける。
聖水っていうんだって。
ちょっと冷たいけど、これで信徒になれるから我慢する。
あとは頭を撫でて…………くれない…………どうして?
私、毎日とてもいい子にしてるのよ?
大姉様も撫でてくれるのにどうして?
そのあとのルトも、エルフのフェスも、ドワーフのザトも頭は撫でられなかった。
撫でてくれたのは、他の人族の子たちだけ。
どうしてなの? 他のみんなもとてもいい子にしているのよ?
その日、私は知った……。
人族の中には私やルトのような獣人や、ドワーフやエルフといった「亜人」と呼ばれる種族を嫌う人がいることを……。
そしてこの司教様も、そんな亜人嫌いの人であったということを……。
私はその日のことを決して忘れることはなかった……。
あの嫌な日から八年の月日が流れ、私は一三歳になった。
今日から私は孤児院を出て、アルグランスのメイドを目指して修業することになっている。
今日まで私たちのような孤児に目をかけてくれたレージュ大姉様に、少しでも恩返しができるよう頑張ろう!
じゃあルト、今日から貴方がみんなの面倒をしっかりと見るのよ。
貴方は私よりしっかりしてるから心配はしてないけどね♪
え? 逆に私の方が心配ですって? 失礼ね! 貴方がメイド隊に来る時までには、一般メイドになってやるんだから見てなさいよ!
それから私は必死に頑張った。
礼儀作法や家事全般など、見習いメイドを卒業するために必要なことを色々教わりながら、毎日を努力した。
そして私が一五歳になる時、その功績が認められ、私は晴れて一般メイドへと昇格を果たすことができた。
ルトが孤児院を出て、私の後を追うようにこの王家付きメイド隊に入隊したのも、丁度その頃だった。
残念ねルト。有言実行よ♪
貴方が来るときまでに一般メイドになってみせたわ。
この調子で次は副長になってやるんだから見てなさいよ♪
見習いから一般メイドになったことで大きく異なるもの。
それは二つある。
一つめは格闘術や魔法といった戦闘訓練を受けられること。
これは「アルグランス王家付きメイド隊」の本質が、実戦的な警護隊であるのが理由だ。
『有事の際には主の御身をお守りできてこそ、一流のメイドである』
とはレージュ大姉様のお言葉。
流石は武と誓いの国、アルグランス武王国のメイド隊らしい指針だわ。
でも私に武術なんてできるのかしら?
いいや! それくらいできないと副長なんて夢のまた夢じゃない!
私、頑張るわ!
そして二つめは、お客様の前で接待を実践すること。
つまりお客様を各所へ御案内したり、身の回りのお世話やお茶を入れたりするといったサービス全般を行うのだ。
そしてある日、私は初めてお客様の接待を任せられた。
大丈夫! この時のために、見習い時代に散々訓練したのだから!
急かず慌てず冷静に、訓練とおりに与えられた任務をこなすだけ。
そして私が担当するお客様がやってきた。
相手は同盟国であるファーベスト王国からやってきた貴族……いや、人族だ……。
リキッド宰相閣下が客人を出迎え、しばし歓談されている。
私の最初の任務は、その客人のお荷物を客室までお運びすること。
御両人が歓談されている間に、客人の馬車から荷物が降ろされる。
御者が降ろした荷物の量を確認。
うん、これなら私一人でも運べそうだ。問題ない。
そう考えている間に歓談も終わったので、いよいよ客室へ向かうことに。
そして私が客人の荷物を手にしようとしたそのとき、客人の付き人、恐らく執事であろう人物から――
「荷物持ちは結構です。以後我が主の品には一切手を触れぬように」
――そう言われて、まるで荷物に近づく虫を払いのけるかのように、私に下がるよう促す。
その時、無駄に性能のいい私の耳に、聞きたくもない彼の小言が入ってくる……。
『獣臭くなってはかなわん……』
私の頭は真っ白になった…………なぜ? どうしてなの?
どうして人族は獣人族を嫌うの?
そう思ったとき、後ろを振り向いたその客人と目が合った。
あの目…………まるで汚物を見るかのようなあの目……以前にも見たことがある……。
あの洗礼の時の、人族の司教と同じ目…………。
そのとき私は改めて思い知らされた。
他国の人族は亜人の中でも特に獣人族を嫌う者が多いことを……。
結局あの後、私はその客人の担当を外された。
レージュ大姉様や三副長の姉様たちは「人族相手ではよくあることだから気にするな」と仰って下さるけど……やっぱり悔しい……。
その日を境に私は知の神殿にも赴くようになり、色んなことを勉強した。
種族の歴史、各国の文化や習慣、風習、感性の違い。
いま調べうる限りのことを徹底的に調べて、その知識を蓄積していく。
無論一般メイドとしての訓練も疎かにはしない。
暗殺術をメイリン姉様から教わり、リゼット姉様からは格闘術を叩き込まれ、メイドの総合的な高等技術をアコニト姉様から徹底的に仕込まれた。
文字通り「死にもの狂い」で一般メイドに従事すること九年。
私が二四歳になる頃には、一般メイド筆頭であるリコナと肩を並べられるほどの実力を得るに至った。
だけどその間に、私自身の中で一つだけ変わったことがあった。
やはり私は獣人族……この世界で人族から最も忌み嫌われている種族。
どんなに私が頑張ってもその風評だけは変えられなかった……。
勿論人族の全部がそうなわけじゃない。
アルグランスに住む人族の人たちはみんないい人ばかり。
事実、五年前に出張で赴いたアドバン男爵家の当主様は、獣人である私にもとても良くして下さった。
アドバン男爵家はアルグランスの中でも数少ない人族の貴族だ。
つまり人族でも、種族差別を禁じているこの国だからこそ、その意識が根付いているのだ。
娘のサーシャ嬢も私を気に入って下さり、よくお遊戯のお相手をして差し上げたわ。
私みたいなメイドさんになるって言われた時は流石に驚いたけど、その数年後に本当にメイド修業のために王都へやってきた時は、驚きを通り越して呆れたわ。
だけど、そんな心優しい人族の方々がいるにも関わらず、脳裏に焼き付いた「あの目」を私は忘れられなかった……。
そのことを思い出す度に、胸の奥にある人族に対する黒い感情が沸き上がる。
そんな自分が嫌になる……。
そう……この時の私は、この種族問題ばかりに囚われるようになり、副長を目指すという目標をすっかりと忘れてしまっていたのだ。
それから更に数日の月日が流れたある日、アコニト姉様が御結婚を理由に、翌年にメイド隊を去ることが発表された……。




