019話:Uターンバーベキュー
オレは家に戻ってベッドに飛び込み、そのままうずくまる。
あ~もう! 今日は折角の初休日だってのに、なんでこんな嫌な気持ちになるんだよ!
それよりもこれからどうするかだな?
あの二人、見た感じではオレの考え通りこの島に遭難した様子だが、あの馬鹿王女は論外として、騎士であるシルフィーでもレベルがたったの二六だ。
とてもじゃないがこの島で生きてゆくにはレベルが低すぎる。
馬鹿王女の言葉が本当だとして、あれで国で五本の指に入る剣士だとしたら……やっぱり無理だ……。
どうにかして助けてやりたい。
これは本心だ。
だけどあの馬鹿王女の存在がオレを悩ませる。
下手に助けたら絶対つけあがるタイプだアレは。
ここからは完全にオレの推測だけど、あれは相当自分の立場を笠に着て甘やかされて育ったタイプだ。
だっていきなり見ず知らずの人間をぶっ叩くんだぜ?
しかもまともに言葉を交わすこともなく無礼者扱いだ。
人を人とも思ってない。
完全に自分中心で世界が回ってると勘違いしてるタイプの思考だアレは。
簡単に言えば躾が全くなってない。
ぶたれたことを思い出したら、また腹が立ってきた……。
しかしあのシルフィーとかいう騎士の姉ちゃんはまともだ。
二人のやりとりを見た限り、あの馬鹿王女もシルフィーに対してだけは無事を喜んでたから多少はまともな感じなんだろう。
いきなりオレを斬れとか命令して全然まともじゃないが……。
ともあれ、オレと馬鹿王女の現状での最悪の関係を修復する鍵となるのは、あのシルフィーの行動次第って感じだな。
とりあえず地図であの二人にマーカーを付けておいて、しばらく監視しながら静観を決め込もう。
どうやら二人はまだ浜辺から動いていないみたいだな。
多分海でも眺めながら救助を待ってるのかも知れない……。
まぁ浜辺付近には危険な動物も少ないし、森に入らない限りは安全だろうけど……何日耐えられることやら……。
あ、時計を確認したらまだ九時だよ……。
折角今日一日、浜辺のバカンスを楽しもうと思ってたのに……。
………………。
そうだよ……なんでオレがあの場から引く必要があったんだ?
あんな馬鹿王女なんて無視して、自分のやりたいことをしたら良かったんじゃないか?
そうだよ! もう前世みたいな柵は何もないんだ!
新しい世界に新しい体で新しい人生を生きるって決めたじゃないか!
しかもここは無人島だ。
もしこの島に法律があるとすれば……弱肉強食!
そして今のオレはこの島では強者だ。
そんな人間がなんであんな馬鹿を避けなきゃならない?
そうだよ! そうなんだよ!
日本にいた時のような、どこでもかしこでも気を遣うような感覚は捨てろ!
このフォーランドで今のオレは自由なはずなんだ!
………………。
決めた!! やっぱり浜辺に戻ってバカンスを満喫する!
馬鹿王女が突っかかってきたら払いのければいいだけのことだ。
必要ならオレがこの島での権力と実力を笠にかけて躾てやる!
オレは勇み足で再びアロン道を通って浜辺に向かう。
アロン道を抜けて浜辺を出ると、案の定二人とも砂浜に座り込んでじっと海を見つめていた。
船なんて一度も見たことないのに御苦労なこった。
すると二人もオレの存在に気付いたのか、視線をこちらに向ける。
相変わらず馬鹿王女の方は怪訝そうな目でオレを見てるが、シルフィーの方はオレに何か話しかけたそうな表情をしている。
だが今は無視だ。
少なくともオレの方からアプローチは絶対にかけない。
さ、そんなことより浜辺のバカンスだ!
オレは無限収納からビーチベッドとパラソルを取り出して設置する。
…………あ……しまった……。
うしろを振り返ると二人とも驚いた表情を浮かべている。
ビーチベッドやパラソルみたいな大きなものが、いきなり何も無いところから出てきたんだ。
そりゃ驚くよな……。
最近ようやく無限収納を日常的に使う感覚に慣れてきたから、ついつい自然に使っちゃったよ。
というか、この世界にはこういう収納系のスキルはないのかな?
あ~ちくしょう! ナイフ渡す時は上手くやれてたのに全部おじゃんだ。
ええい! 見られてしまったもんは仕方がない。
こうなりゃとことん好きにやらせてもらう!
オレは更に、鉄を錬金術のディフォメーションで変形させて作ったバーベキューコンロを取り出し、中に薪から作った木炭を配置して火を点ける。
「▲▲……火」
木炭が赤くなったのを確認し、これまた鉄を変形させて作った金網を置く。
よし! バーベキューの準備完了!
コンロの横に木工スキルで作ったテーブルと椅子を設置し、肉串を乗せたお皿とジュースの入ったグラスを置いてから、十分に熱せられた金網の上に肉串をのせて焼き始める。
ジュウウウウウウ!
おほぉおおお! 肉の焼ける匂いがたまりません!
肉の油が下に滴り落ちて炭とぶつかり、それが更に凶悪な香りを発する。
これは絶対美味い!
料理スキルが頃合いを教えてくれたので、程良く焼けた串を皿に移して早速かぶりつく。
うまあああああい!! 炭火で焼かれたホルスタンの肉はジュージで噛めば噛むほど肉汁が口の中に広がる。
そして肉と肉の間に挟まれたオニールやカトロの甘さが口の中に残った肉臭さと油を中和してくれて、次の肉へと誘う。
そして一本食べ終えたところでラオンを絞ったジュースを流し込んで口の中をリフレッシュ!
続けて二本目をかぶりつく。
ああ~、やっぱり青空の浜辺で食べるバーベキューって美味しいなぁ~。
前世ではアウトドアレジャーなんて無縁だったけど、こりゃ本当に楽しいわ。
こんなことならもっと早くやってれば良かったよ。
なんてことを思ってたら背後から熱い視線を感じたので振り向くと、案の定二人がオレ……というより、焼かれたバーベキューに視線が釘付けだった。
おっと、匂いがそちらにまで漂っていましたか? こりゃ失礼。
特に馬鹿王女が物欲しそうな顔をしているが、オレと視線が合ったかと思うと、すぐさま不機嫌そうな顔をしながら、また海に向かって座り込んだ。
へん! いい気味だい!
肉串五本を平らげたオレは、新しく取り出したアポルジュースのグラスをビーチベッドの横に配置したミニテーブルの上に置き、そのままゴロンとベッドに横たわる。
美味い料理に美味い飲み物。
暑い日差しを遮るパラソルの影で、潮風と波の音をBGMにしてのんびりとくつろぐ優雅なひと時。
う~ん、実に素晴らしい休日だ。
そんなこんなで二時間ほどベッドで寝ていたら日差しがオレの目を眩ませる。
お昼になって陽の位置が変わったみたいだ。
オレはパラソルの位置を変えようと体を起こす。
するとそのタイミングで女騎士、シルフィーがオレに近寄ってきた。
「すまない、少し良いだろうか?」
このままだんまりを決め込んでもいいんだが、ここでオレが完全シャットアウトしたら進む話も進まないな……。
幸いこのシルフィーはあの馬鹿王女よりは友好的な態度らしいし、ここは会話に乗った方がよさそうだな。
だけど今ここでこちらの腹もはっきりさせる必要がある。
オレは向こうにいる馬鹿王女にも聞こえるように、少し大きな声で返答した。
「なにか用か? 言っておくがそこの姫様とやらの差し金なら話には応じない! アンタとの個人的な話だっていうなら内容次第では応じよう」
今の言葉が聞えただろう馬鹿王女は座った状態でオレに振り向くことはなく、更に目つきを険しくさせて少し体を振るわせながら海を見つめていた。
よし、これでこっちの腹は二人には伝わったな。
で、どう出る? シルフィーさん?
「すまない、今の私は姫様の差し金だ。貴殿の言いたいことは理解した。また時を改めて、今度は個人的に伺わせていただく。手間をかけてすまなかった……」
シルフィーはそう言うと、すぐさま踵を返す。
って、おいおい! 正直過ぎるだろこの人!
そこは嘘でもいいから個人的な話とか言って情報を引き出すもんでしょうが!
…………ふふっ、でもなんかこういう人は嫌いじゃないな。
馬鹿正直というか、生真面目と言うか……。
オレ自身の性根が曲がってるから、こういう真正面を向いて生きてる人には少なからず憧れみたいなものを感じるんだ。
その背中、眩しく感じるよ、シルフィーさん。
となれば、少し進展しとくか!
「待ちな!」
オレの言葉にシルフィーの足が止まる。
「今日、陽が沈んだら、そこの道を真っ直ぐ通ってオレの家まで来い。話はそこでだ。……ただし! そこの姫様は連れて来るな。これがアンタとの話に応じる条件だ! 今は返事をしなくていい。そこの姫様とやらとじっくり相談してから来ればいい。来なければ今後一切の話は無しだ! いいな!」
「りょ、了解した。過分な譲歩に感謝する!」
シルフィーはそう言い残して馬鹿王女の側に戻る。
さて、このチャンスを活かすも殺すもキミたち次第。
どうするかね?