002話:無様な死と、謎の美女
あの家族会議から何年経った?
俺が今四十歳だから、もう十四年前か?
その間に俺は三回しか実家に行ってない。
しかもその全部が一泊だけの超最短コースだ。
ちなみに俺は、今も絶賛親嫌い中。
親からは既に謝罪の言葉諸々聞いているが、こちとらガキの頃からの蓄積があるんじゃい! そう簡単に割り切ってたまるかよ。
口では「あーもういいよ」なんて言ってはいるが、その辺りは滅多に実家へ行かないというこの行動で本音を示してるようなもんだ。
いや~、我ながら腐った性根してると思うよ。
いやホント。
俺が実家を飛び出してから十六年もの月日が流れたが、俺はというと、今も関東でフリーターしながらその日暮らしのオタクライフを満喫していた。
貯金なんてとうの昔に無くなって、今はもっぱらバイトで稼いだ金でナンとか食い繋げている感じだ。
結局のところ、特に目標も無く、ただ食うだけの生活を続けていれば、御覧のような手遅れの底辺オタク一丁あがりってな感じだ。
この先の暮らしに不安がないと言えば嘘になるが、長生きするつもりもない。
貧乏でも自分の思うがままの生活ができればそれでいい。
なんて昔の事を思い出していたら。そろそろ近所のスーパーの開店時間が近づいてきた。
今日は特売日なので、特売品を逃すテはない。
しかし外は生憎の雨模様。
俺はしぶしぶ傘を片手に自転車漕いでスーパーに向かう。
これ、一応禁止されてるらしいんだが、ちょっと買い物行くだけでわざわざレインコート着るような奴もそうそういないだろ?
俺と同じように傘さしながらの片手運転の自転車をちらほら見かける。
う~~、雨足が少し強まりだしたな。
でも目の前の交差点を抜ければスーパーは目前。
車が近づく音や気配も無いし、俺はそのまま交差点を突っ切ろうとした。
が! 横道から車が若干スピード速めで迫ってきた。
ちくしょう! 最近の車はエンジン音が静か過ぎんだよ!
雨音も重なって、こんなんで接近に気付けるかよ!
とにかくブレーキを!
俺はすぐにハンドルを握ってる右手でブレーキレバーを握った。
前輪のブレーキで制動がかかり、若干スピードが落ちる。
このままブレーキレバーを握り込めばナンとか……!
バキン!!
切れたよ!? ブレーキのワイヤーが切れたよ!?
あ~、最近ブレーキの利きが悪かったから、やっぱり早く交換なり修理なりすればよかったよ。
まぁ、あとの祭りだ。
制動力を失った俺の自転車はそのまま、迫る車の前に出た。
その瞬間、俺は何を思っただろうか?
よく走馬灯という言葉を聞くが、実際そんな暇は俺には無かった。
だってもう眼前に車が迫ってるんだもん。
…………
あ~……あのアニメの最終回見たかったな~。
モロに車に轢かれて、想像を絶する痛みが体を駆け抜けながら吹き飛ばされ、最後に地面に頭を打ち付けて意識が途切れる。
そう、俺は死ぬ間際にまでそんな事を思いながら死んだのだ。
ハハハ、本当に最高で最低な人生だったな。
………………
ん?
俺は死んだはずなのに、なんで思考できる?
もしかして重傷ながらも生きながらえたのか?
だけどそのわりには体が全然痛くない。
手の指は……動く。
足の指は……動く。
体の感覚からして仰向けで寝転がっている状態のようだ。
目は開けるかな?
俺はそう意識しながらゆっくりと瞼を開けると、少し強めの蛍光灯のような光が射し込んできた。
……眩しい。
ん? 今日は雨で太陽は見えないのになぜ眩しい?
どうやら今は事故現場にはいないようだな。
そりゃそうか。
そんな状況だったら五体満足無事なわけがない。
俺はそう思いつつ上半身をゆっくりと起こして、徐々に目を光に慣らしだした。
ようやく目がしっかりと景色を捉えだした瞬間、俺は唖然とした。
「どこだ……ここは?」
回りに誰もいないのに、思わず俺は声が出てしまった。
あ、声もちゃんと出るね。ヨカタヨカタ。
俺の目の前に広がっているのは海?……のように揺らめくように輝く地面? 床?
辺り一面、水平線しか見えない水の上に俺はいた。
なぜか体が沈まない上に凹凸感も無い不思議な水上だ。
上を見上げると絵に描いたような真っ青な青空に白い雲。
太陽らしきものは見えないが、なぜかとても明るくて少し眩しい。
でも「ここが天国です」と誰かに言われたら、思わず信じてしまいそうなほどに綺麗な風景だった。
とりあえず俺は周りの状況を確認しながら、自分の体の状態も確認した。
うん、まんまだね。
死んだと思ったその時の体。
その時の服。
そのまんまだった。
「しかしどうするよ? これ?」
俺はそう独り言をつぶやきながら上着のポケットに手を入れた。
あ、そういやスマホはないか。
近所のスーパーへ買い物行く程度でスマホを持ち歩かないからなぁ。
もっとも持っていたとしても、ここで繋がるかどうかは怪しいところだけどな。
となると他の持ち物はどうだ?
ズボンのポケットを確認したら家の鍵と財布も無かった。
うわ~ ないわ~ これはないわ~。
まったく知らない場所で無一文とかないわ~。
まぁ人もいない様子なので、金が必要なのかどうかは怪しいところだけどな。
それよりも問題なのはこの状況だ。
多少の現実感を認識でき、且つ、夢のような曖昧な感覚もある体。
その上でこの現実離れした景色。
正直……どうする?
俺は一分ほど思考したと思ったら、前に歩き出していた。
だってわかんないんだもん!
三百六十度どこ見ても景色一緒だし、先が見えないければ音も聞こえない。
だったら行動に移すしかない。
「行動する前に考えろ。考えても分からなければ行動しろ」
それが俺の基本行動理念の一つだ。
「行けばわかるさ」
某レスラーの名言を呟きながら、俺はただ前に向かって歩き出す。
「わかんねえよ!!」
歩き出して小一時間ほど経っただろうか?
俺はおもむろに叫び声を上げる。
だって景色全然変わらないんだもん!
行けども行けども水平線に青い空に白い雲! あーもう綺麗だなー!
ちくしょうめぇえええ!!
喉乾いたにゃー!!
はい! 下の水は手ですくえません。
知ってましたよー!
ふざけんな!!
「あの~?」
大体なんなんだよここは!?
天国のような景色してて実は地獄なの!?
延々と人を彷徨わせて徐々に苦しめていく無限回廊地獄なの!?
だとしたら、この地獄を作った奴は相当なサディストに違いない!
地獄職人死すべし! 慈悲はない!
「あの~もしもし?」
大体水の上に立ってる時点でおかしいんだよ!
明らかにおかしいだろ、この場所!!
俺は周りに誰もいないのをいいことに、頭を抱えて身悶えたり、体を伸ばしてこの水上をゴロゴロと転がったりしてる。
うん、我ながら何やってんだろうって気になって少し落ち着いた。
「あの!そちらの方!」
「はえっ!?」
俺は突然耳に飛び込んできた、女性と思わしき声に反応してビクっと体を震わせつつも素っ頓狂な声を上げてしまった。
声のする方向に目を向けると、そこには白い清楚なワンピースっぽい服を着た女性がそこにいた。
見たところ年齢は二十歳前後。
ウェーブのかかった綺麗な金髪に、吸い込まれそうな金色の瞳。
少し幼さの残る顔立ちだが、世の男の大半はこう思うだろう。
『美女』だと。
「あなた、先程からそこで悶えたり転がったりと何をしているんですの?」
ぶふっ! 見られてた!
恥ずかしっ! 超恥ずかしっ!!
「あ、いや、これは……その!ねっ!」
俺は顔が真っ赤になるのを理解しつつ、言い訳の言葉を必死に思考していた。
だってまさかこんな所でいきなり人が現れるなんて思わないじゃん?
というかこの美女、いつの間に現れたんだ?
「あなた……なんの神?」
ハ? ナニイッテンノコノヒト?
カミ? ゴッド? ペーパー? ホワイ?
美女はそう言うや否や、手の平を俺の眼前に掲げて目を閉じるが、ほんの数秒後に再び目を開く。
「う~ん、神力は僅かに感じるんだけど……」
美女は少しスッキリしない表情で、更に状況が呑み込めない上に、恐らく相当な間抜け顔を晒しているであろう俺の顔を覗き込む。
「いや、俺は神とかじゃなく、死んだと思って気付いたらここに……」
「ああ! わかった! わかったのだわ!」
人の話聞けよ!
さっきからペース全部持っていかれてる。
「あなた新米の神ね! そうに違いないのだわ! 道に迷ったのね?」
あーダメだコリャ。マイッタネ~。
「いや、だから俺は神とかじゃなくて、さっき死んだ……と思う……人間だよ」
「ぷっ!」
このお姉さん思いっきり笑いよったわ。
笑った顔も美人だから余計なんか悔しい。
「あはははは! 今日は“祝福の日”よ。生き物が死ぬなんてありえないのだわ。宴席までの道に迷って恥ずかしいからってそんな冗談言うなんて面白い神なのだわ♪ もしかしてあなた笑いの神?」
笑いの神様はY師匠ただ御一人や!
怒るでホンマしかし!
などと心の中でツッコミ入れるが、今はとにかく冷静になろう。
と思った矢先、美女はおもむろに俺の腕を掴む。
「うふふ。私が案内してあげるから一緒に行きましょう。なのだわ♪」
「いや、だから俺わあああああああああああっっっ!?!?」
俺がそう言うや否や、美女は俺の腕を掴みながら猛スピードで空を飛び出した。
ちょっ! 空飛んでる!? なんだこれ!? なんだこれ!?
つかスピード速すぎて目から涙が出てくる!!
頬の肉が歪む!
「ちょちょちょちょっと! まったまった!」
俺は美女に静止を要求するが、美女は俺にニッコリと微笑みかけて
「もう少し速度を上げるから、しっかり掴まっているのだわ♪」
そう死刑宣告した。
ノォオオオオオオ!!
神は死んだ。
美女に飛び連れ去られてから十分ほど経っただろうか?
明らかに美女の飛行速度が落ちだした。
やっと、この超速飛行地獄から解放される。
生きてるって素晴らしい!
死んでるけど……多分……。
「ホラ、あそこなのだわ」
「ほ、ほえ?」
美女の言葉に対して疲弊しきった声で返事しながら、美女が指差す所を涙まみれの目で見ると、信じられない光景が目に入ってきた。
畳と長机と座布団である。
さっきまで一面水上かと思ったら、次は辺り一面畳がびっしりと敷きつめられた地面に、旅館の宴席で見るような長机がこれまた延々と何列もびっしりと並べられていた。
そしてそこには老若男女問わず、途方もない人数の人々が座布団の上に座りながら……宴会をしていた。
ナンダコレ?
「はい到着なのだわ」
美女はそう言うと、そのまま畳の上に着地して俺の腕を放す。
俺は空を猛スピードで飛ばされるという思わぬ体験の緊張からか、力なくその場にへたり込んだ。
「大丈夫?」
「全然大丈夫じゃないです……」
首を傾げる美女に対して疲弊しきった顔でそう答える。
というか、なんなんだコレは?
いきなり空飛んだと思ったら次はだだっ広い宴会場!?
俺の理解の範囲を超え過ぎている。
「なんなんだよ? ここは?」
「うふふ♪ 千年に一度の“神々の宴”にようこそ! なのだわ♪」
美女の思いっきりにこやかな笑顔に、俺も思わずつられて笑顔で返してしまった。
目茶苦茶引き攣った笑顔だったけどね……。