188話:意外!それはキスッ! ★
「え? まだ国名も決まってないのに、カスガ国は私の国の建国をこの場で承認なされると?」
「うむ! その通りであるぞ!」
その巨体ゆえ、二人掛けのソファーに一人でどっかりを腰を下ろしたツララがドヤ顔で頷く。
ちなみに相手は一国の王族だ。
オレは一応失礼がないよう、敬語を使うことにした。
ツララから聞いた話によると、先日会ったタイザン先天王陛下が、いたくオレのことを気に入ってくれたらしく、現天王、すなわちツララの父・ジンライ天王陛下にかなりの圧を込めてオレの建国認可を推奨してくれたそうだ。
タイザン先陛下の言葉とあり、ジンライ陛下もそれを無下にはできぬと判断。
そこでジンライ天王はもっとも信頼できる人物、すなわち自分の娘ツララを、アルグランスとの同盟に関する折衝役として送り込み、そのついでとして、オレの建国を認可するかどうかの判断を任せたということだ。
聞こえはいいが……これって完全に丸投げだよな? 大丈夫か? ジンライ天王って人?
「本来であればしばし時間を置き、ソーマの人となりを見極めた上で判断するところではあるのだが……こうもまざまざと力をみせつけられてはのう」
ツララと護衛二人は広い応接室の片隅で控える、神獣モードのマーク、キャスト、ガドラに目を向ける。
まぁこいつらはオレを除けば世界最高クラスの戦力だからね。
「聞けばソーマは神獣を四頭従えているという話であったが?」
「ええ、残り一頭、サタはシェリム王妃様の護衛として、今は王城にいます」
「ふむ……確か御懐妊中との話で、王妃殿と直接の面会はしておらなんだが……そこにおられたか……」
ツララはそう言いながら立ち上がると、マークたちに近寄っていく。
ツララがキャストの首元に向けてそっと手を差し出すと、キャストは抗うことなくその手に身体をあずける。
その仕草を見たツララは微笑みながら、優しくキャストの首や頭を撫ではじめた。
ツララの身長が高いから、その光景は大型犬をあやす女性にも見える。
ともあれキャストはツララを敵ではないと判断したようだ。
その様子を見たマークは今までツララに対してまだ少し警戒気味だったが、自分の娘の行動を見て完全に警戒を解いた様子。
ガドラもツララの足元に寄り添っているし、どうやら神獣家族はツララを無害な者として認識したようだ。
「フフフ……四頭の神獣を従える神の使徒か……。御爺様からその話を聞かされた時はとうとう耄碌なされたのかと嘆いたのだが、いやはやよもやまさか……世の中何が起こるか解らぬものであるな……」
ツララはキャストやガドラを撫でながら、その視線をオレにへと戻す。
そのオーガ独特の筋肉質な巨体に似合わず、愛くるしい顔立ちの彼女の綺麗な瞳がオレの姿を映し出す。
「ソーマよ、一つだけ貴公に訪ねたい」
「なんでしょう?」
「野心はないのか? これだけの数の神獣に、話を聞いた限りではあるが、クレイトの軍勢を手玉に取る貴公の力。それらの話が本当であるならこの東大陸……いや、このフォーランドの全てを掌握することも叶おうに?」
「そんな面倒な事しませんよ。そんなのはやりたい人が勝手にやればいいんですよ。私は悠々自適にのんびりと日々を過ごしたいだけなんです。この建国の話も、その生活を得るための、ただの手段の一つとしか思っていませんよ。大体そんなことして人から恨まれるようなことになったらそれこそ面倒臭い……。絶対お断りです」
オレがそう返答すると、ツララや護衛の二人は鳩が豆鉄砲を食らったかのように唖然とした表情で硬直するが、オレのことを知るアルグランスの面子はみんな余裕をもった笑顔だ。
「ホレ、ツララ姫よ、わらわの言った通りであろう? ソーマ殿は斯様な下らぬことに時間を割く男ではないのじゃ」
「ハハハハハ! 本当に御爺様やライラ殿下の仰られていた通りの男であるな、貴公は! 面白い! 実に面白いぞ!」
ライラの言葉を聞き、急に笑い声をあげたツララは、またもやオレを両手で抱え上げた。
マークが一瞬目つきを鋭くするが、先のこともあって今回は踏み止まる。
「うむ! 決めたぞ! ツララ・フウマ・カスガの名においてカスガ国を代表し、ソーマがこの東大陸に国を作ることをここに認めようではないか! この男がどのような国を作るのか見てみたい!」
ツララがそう宣言すると、オレを床に下ろして後ろに控える護衛に目配せをする。
するとコジュウロウが懐に忍ばせていた筒の中から、一枚の書状を取り出してそれをツララに差し出す。
「これが貴公の国の建国をカスガ国が認める書状だ。内容を確認したらここに署名せよ。話はそれで終わりだ!」
ツララは再びソファーにドカリを腰を下ろし、テーブルの上にその書状をオレに向けて差し出した。
内容に関しては特に問題はないが……。
「そんな簡単でいいんですか? 私の人となりを見極めるには少し時間が足りてないのでは?」
「所詮こういうのは形式だけの話よ。一朝ことあらばすぐにでも反故となる。それこそ貴公の言う通り無駄な時間よ。ワシにとっては先の言葉で十分なほどに貴公という人間の底知れぬ部分が垣間見えたわ! 流石は異世界の理を持つ者よな!」
「……解りました。私としてもこの件に関しては早く話を進めたいので、そう仰られてくれると確かります」
オレはそう言いながら、ペンを手にとって署名欄に自分の名前を記入した。
「うむ! それが良い! 話の早い男は好みであるぞ♪」
ツララのその言葉に、横に座るソルムや部屋の側に控えるメイド衆の眉がピクリと動く。
エキルスなんて明らかに顔を引き攣らせているぞ?
すると、その様子を見ていたツララが再び笑う。
「ハハハ! 安心せい。ソーマに想いを寄せる女子たちよ。ライラ殿下からある程度の話は伺っておるが、ワシにその気は無いよ」
「ほう? ツララ姫はどなたか他に意中の相手でも?」
「私も興味あります」
ライラとシルフィーが興味深そうに首を突っ込んでくる。
ホント、女の子ってコイバナ好きね……。
「うむ! 今ワシは、とある人物にいたく魅かれておってのう……。その者はワシが主導で、最近ようやく大量栽培に成功した小豆ともち米いう二つの穀物を使っての、なんとも美味しい菓子を作りおったのだ!」
ん? どこかで聞いた話だぞ?
「栄養はあるのだが、せいぜい粥と混ぜ合わせて煮込むくらいしか調理法がないと思っておった小豆に、こともあろうかその者は砂糖を加え、そして蒸しあげて潰し丸めたもち米を加えることで「善哉」なる甘味として昇華させたのだ!」
その言葉を聞いたメイド衆は全員「あ~あ……」と声を上げて顔を天井に向け、目を手で覆い隠す。
「ワシはそれを御用商人の伝手で食してのう。それ以来、ワシはその味の虜になってしまったのだ! 聞けばその甘味を編み出した者はこのアルグランスに居るというではないか――」
と、ツララが熱弁している丁度その時、ドアをノックしてハルガスとアディが入室してくると――
「旦那様、お客様がいらっしゃいました」
「現在別室にてお待ちいただいております!」
――二人がそう報告してくれる。
アディは今日はハルガスのお供か。
うんうん、執事修業も頑張っているようだな♪ なかなか堂に入ってる様子じゃないか?
「解った。もう少しでこっちの話も終わるから、もう少しだけ待っていてもらってくれ」
「かしこまりました。ではアディルス、ここは私が向かいますので、貴方はここで旦那様のお話が終わるまで待機していなさい」
「ハイ! ガルガスさ――」
「お客様の前では執事長と呼ぶように」
「――ハイ! 執事長!」
ハハハ♪ アディもまだまだのようだ。
「申し訳ありませんツララ姫、お話の途中で……。実は今日、もう一組客人の訪問がありまして……」
「なに、こちらも昨日の今日で急に押しかけた身だ。構わぬよ。貴公の建国認可の書状への署名も済んだし、こちら側の要件も済んだ。それに私もこれから向かう場所があってのう。此度の話が早く済んで助かったであるぞ」
「ではツララ姫、これからもどうぞ宜しくお願い致します」
オレはそう言いながら、ツララに向けて手を差し出すと、彼女もその大きな手でもって握手を交わしてくれた。
その大きさから、もっとゴツゴツとした手かと思ったが、意外にもその感触は柔らかく、そして温かい。
それは紛れもなく、王族として気品あふれる淑女の手だった。
「貴公の国と良き付き合いが出来ることを願っておる! これからも宜しく頼む、異世界からの客人よ!」
「はい! 御期待に添えれるよう努力します」
互いにそう言葉を交わして手を放し、今回の一件は全て片付いた。
そしてお互い向き合っていた視線を逸らした瞬間、オレとツララ姫は――
「アディ、今終わったから、オリバさんにそのことを伝えてくれ」
「では者共よ、これよりソルナーク商会へ向かう! 伝説の甘味人の所在をつきとめるのだ!」
――同時にこのような言葉を発した。
「……ん?」
「……ん?」
お互いの言葉に引っかかったオレとツララは再び視線を合わせる。
「ソーマ、先ほどであるがオリバがどうとか言わなかったか? それはもしかしてオリバ・ソルナークのことか?」
「ええそうですけど……え? なんでツララ姫がオリバさんのことを……?」
「いや……なぜもなにも……え?」
話が変なことになってきたので、オリバ氏を至急応接室に来てもらうようアディに指示を出す。
それからすぐ、オリバ氏がハルガスとアディに連れられ、恐る恐ると応接室に入室してきた。
前もって他国の「さる高貴な方」が来てるからって知らせてあるから、少し緊張気味の様子だ。無理もない。
他国の王族が来てるからって言ったら絶対部屋に来なかっただろうから、その辺りは少し包み隠した。許せオリバ氏よ……。
「し、失礼いたします。オリバ・ソルナーク、参りました」
「おお! ソルナークよ! 久しいな! 五年前のヤマツカミ商会の懇親会以来かの? 流石はハイドワーフ、うぬは全然変わらんのう!」
「え⁈ あれ⁈ ツララ殿下⁈ 殿下がどうしてここに⁈」
ツララはオリバ氏の身体を両手で抱え上げる。
どうやらツララのあの行動は、人と人が出会いの握手をするのと同じ、挨拶のような感覚らしいね。
話を聞けば、ツララとオリバ氏は面識があるそうだ。
五年前にカスガ国の御用商人でもある、例のヤマツカミ商会が繋がりのある商会の重鎮などを招いて大々的な懇親会をしたらしい。
そこにオリバ氏も出席したのだが、その時にツララもそれに参加。
ヤマツカミ商会会頭センバ・ヤマツカミの紹介によって、お互い顔合わせをした経緯があったそうだ。
「なるほど……お二人にそんなことが」
「ええ……しかし驚きましたよ。まさかツララ殿下がソーマ様とも御面識があったとは……」
「なに、ワシらは今日が初顔合わせよ。それでその中の話でソルナークの話が出てきてのう。このあとそっちに顔を出すところであったから手間が省けたわ! ワシからの手紙は目を通したであろう?」
「ええ、それは間違いなく。ただ、昨夜に使いの方が参りまして、いきなり今日の昼間にお越しになられると聞いて多少驚きはしましたが……」
オリバ氏はそう言いながら、コジュウロウに目を向ける。
そしてそのコジュウロウは、深々とオリバ氏に対して頭を下げた。
どうやら昨夜にその手紙を届けたのはコジュウロウのようだ。
「まさか姫が事前に貴殿へ連絡しておらなんだとはつゆ知らず……本当に面目次第もござらん……」
「ハハハ! 許せ! 気持ちが逸ったせいでここに到着寸前まで、うぬに連絡するのをすっかり忘れておった!」
大丈夫かよこの姫さん…… 報告・連絡・相談のホウレンソウは大事だぞ?
「で、オリバさんは何故今回オレのところへ? なにか急いでいる様子だったけど? もしあれなら別室で――」
「いえ、それには及びません。なにを隠しましょう、今回の話はここにおられるツララ殿下が、この王都に来られているという話をソーマ様のお耳に、一刻も早くお知らせしておこうと思ったからでございます」
「それはまたどうして?」
「実はツララ殿下があの善哉を大層お気に召された御様子でございまして、そのことで殿下とソーマ様の間に渡り付けを致したく思った次第だからですよ」
「ソルナークよ? それはまたどうしてであるか?」
「殿下……そこにおられるソーマ様こそ、あの善哉を考案されたその人だからでございます!」
「な! なんと⁈」
オリバ氏の言葉を聞いたツララはその場でしばらく硬直するが、再び動き出すと、またもやオレの身体を抱え上げる。
今度は脇からではなく腕ごとだ。
「お……おおう……まさかソーマがあの善哉を……?」
「え、ええ……まぁその……その通りなんですが……」
「ワシはあの善哉を食して以来、一時もそなたのことを忘れたことなどありはしなかったぞ……伝説の甘味人よ……」
「で、伝説の甘味人んんっ⁈」
なんだよ? その取って付けたような変な異名は⁈
「そんな大層なことではありませんよ。あの~……そろそろ下ろしてもらえると――」
「よいよい♪ もうこのまま離さぬぞ♪ ワシの愛しき御方よ♪」
ナンかツララの体温が上気しているのか? 赤い肌の頬がさらに赤くなっている気がするぞ?
と思った次の瞬間、ツララは抱えたオレを自らに近づけて…………そのままキスされた!
それはもう「ズキュウウウン」という効果音が乱反射で聞こえるほどの衝撃的なキスだった! だってオレの倍近い大きさの唇のキスだぞ⁈ 鼻も塞がれて息できないっての!
オレはジタバタと藻掻くが離れない。
なんつー馬鹿力だ⁈ これがオーガの力か⁈ だったら!
オレは少し本気で体に力を込めると、まずツララの両手を腕力で払いのけ、自由になった両手でツララの両頬を掴んで吸引力抜群の熱烈キスを強引に引き剥がし、その反動で後方へ宙返りしながら着地した。
「ぷはっあ!! いきなり何するんだ!」
オレは素の言葉使いでツララを怒鳴った。
「お……おお! かなり力を込めたつもりであったが、こうも容易く引き離されるとは。確かに人ならざる力を秘めておるようだ。だが今はそんなことはどうでもよい。ソーマよ♪ ワシの番となれ! 不自由はさせぬぞ?」
「はぁ⁈」
「善哉を食したその瞬間から、ワシは善哉とそれを作り上げた者に恋をしたのだ! ソーマよ! 急ぎカスガに戻り、即刻婚姻の儀を交わそうではないか――」
「「「「「「「「させるかぁあああ!!」」」」」」」」
「グハッ⁈⁈」
ツララが暴走した瞬間、エキルス以下の獣人メイド衆と、何故かサーシャまでが混ざって、一斉にツララの後頭部にドロップキックをかまして彼女を沈黙させた。
「カスガの王女だかなんだか知らないけど、もう~我慢の限界よ! 旦那様のお相手の枠はもう一杯だってのよ!」
「わ、私だってまだ御主人様からほっぺにもキスされたことないのにぃ~! 許せません!」
「だ、旦那様に対してあのような! あのような! 品性の無いキ……キス…キスを……あ……眩暈が……」
倒れるツララを見下ろしながら、エキルスとソルムが凄まじい覇気を飛ばしている。
サーシャはもうなんだか訳わからず、キスの光景を思い出した羞恥心で顔を真っ赤にさせて、力が抜けたように床へへたり込んだ。
え? なに? 風呂で裸とか全然平気なのに、キスに対しては羞恥心あるの⁈
「なっはっはっはっは♪ のうシルフィーや? わらわの言った通りであろう?」
「はい! まさかカスガの第一王女様までこうも容易く陥落されていたとは!」
「まだまだソーマ殿に婚姻を迫る女子は増えるのじゃ! わらわたちも更なる磨きをかけねばのう! な~はっはっは♪」
ライラとシルフィーは損気にそんなことを言っている……。
ツララの暴走によるキスから端を発したこの騒ぎ…………というか、どうすんだよ? この状況? オレもう知らねぇぞ!




