185話:乙女の恋路戦線勃発 ★
緊急御前会議もオレとアルグランス側ともに円満に話がまとまりそうだと思ったら、最後にシグマ陛下がライラをオレの嫁にしたいとか言いだした……。
その言葉を聞いて驚くオレだが、オレの後ろに控えるソルムやメイドたちは更に驚いた表情に。
エキルスなんか顎が外れそうなほどの大口を開けて硬直しているぞ?
「どうであろうか? ライラは一四と、ドワーフの中ではまだまだ幼子だが、そなたの伴侶としては家柄的にも申し分なかろう? 序列も問わぬぞ。正妻として迎えてさえくれれば、我としては満足である」
「おお! 流石は父上! 素晴らしい名案なのじゃ! わらわとしてもソーマ殿のもとに嫁げるなら何も文句はないのじゃ!」
「姫様が第一夫人で、私が第二夫人……悪くないですねぇ~♪」
「お? シルフィーもソーマ殿のところに嫁ぎたいのかや? おぬしならわらわも文句はないぞ? 折角なので二人まとめて貰ってもらうのじゃ♪」
「まてやっ!!」
シグマ陛下の案にすんなりと乗っかるライラ。
そしてそれに続こうとシルフィーまで乗っかりだしたところで、オレは待ったをかける。
ナニ勝手に結婚話とか進めてるんだよ⁈
「まてまてまてまて! ちょ~っと待てい! オレは結婚なんてする気はないぞ⁈ 陛下もそんなことで大事な一人娘をオレなんかに差し出そうとしないで下さいよ! そんなことをしなくても同盟の約束は必ず守りますから!」
「なんだ? ライラだけでは不服と申すか? ならば他の貴族の娘も――」
「ちっがあ~~~う!! そうじゃない! オレは誰とも結婚なんてする気はないんですよ!」
「なぜじゃ⁈ ソーマ殿はわらわのことが嫌いなのかや?」
「いや……好きとか嫌いとかそういう話じゃなくてね……」
「ソーマ殿よ? なぜに結婚を拒むのだ? そなたが新しい国の王としてやっていく限り、この先もこういう話は必ず付きまとうのだぞ? 理由を教えて欲しい」
理由っつったって……親が嫌いだから自分自身も親になりたくないなんて他人に言えるわけがない……。
小さくて偏屈な意地だってのはオレ自身も理解はしている。
だけど結婚だけは絶対に嫌だ!
「理由は……言いたくないです……」
オレの返答にしばらくのあいだ静寂が流れる。
重苦しい雰囲気が部屋中に充満するが、それから最初に声を上げたのはアリオス爺だった。
「シグマよ、どうやら結婚という話はソーマにとって触れてはならぬことのようじゃ。ここは一旦引いて待て。ライラとシルフィリアよ、おぬしらもじゃ」
「父上……しかしそれでは……」
「ソーマよ。どうやらおぬしにとって、結婚して家庭を持つということは、なにやら特別な意味を持つらしいのう?」
その言葉に対し、オレは無言で目を逸らすことしかできなかった……。
ああ……自分でも解ってるんだよ……。
こんな拘りは馬鹿げているって……。
でもオレみたいな人間が結婚して子供なんて持っちゃいけないんだよ……。
何故かって? それはオレがあの両親と同じ我儘な性格だからだ。
子供なんか持ったら絶対に自分の我儘を押し付ける……絶対にオレのような不快な気持ちにさせてしまう。
オレみたいな偏屈な人間を増やすのは嫌なんだよ!
そんなことを考えていたら、どうやらオレは知らぬうちに相当に表情を歪ませていたようだ。
その顔を見たアリオス爺が申し訳なさそうな表情をしながら、オレに向けて頭を下げた。
「ふむ……どうやら嫌なことを思い出させてしまったようじゃのう……。息子に代わってわしから謝罪しよう。突拍子もない話をもちかけてすまなんだな……」
「父上…………」
「よいかシグマよ。ソーマはこの世界とは違う理の中で生きてきた人間じゃ。いくらこちらの理を言葉で並べ説いたところで、そう簡単には納得せぬよ」
「ではどうしろと? ソーマ殿は一国の王となる者。となれば、最初の同盟国となる我が方から何かしらの縁談を持ち掛けるのは定石ですぞ!」
「だから今は待てとわしは申しておるのじゃ。ソーマよ、過去のおぬしに何があったのかは今は聞かぬ。前世での四〇年という生涯の中で、わしらの考えなど遠く及ばぬほどの経験が今のおぬしをそうさせておるのだろう。じゃがの、ここはフォーランドじゃ。おぬしのいた地球という世界ではない。わしらフォーランドの民の理があり、それが当たり前の世界なんじゃ。おぬしがここの住人になりたいと申すなら、それ相応の覚悟が必要と知れ!」
アリオス爺の最後の言葉が胸に響いた。
覚悟…………ああ、そんなものハナから無かったよ……でもそれじゃあ一体どうしろってんだよ?
駄目だ……考えれば考えるほど思考が白く染まっていく……。
徐々に心が溶けてゆくような感覚を覚える……。
この感覚……ああ、間違いない。
オレが自分の親に対して、初めて嫌悪感を覚えた時のあの感覚だ。
親の言葉に押さえつけられ、未来になんの希望も見いだせない、身体の中が真っ白に溶けて崩れ落ちるような不快な気持ち……。
そんなことを思い返していたら、オレは深く顔を落として目を閉じていた。
オリオス爺の言葉に何も言い返せなかった……。
「ソーマよ、わしはおぬしの、そういう気持ちを秘めたるところは好かぬ。わしは単純な男じゃてな。じゃがそれ以外のところは大いに好いておる。それこそ少々小生意気な孫を持った気持ちじゃわい」
「アリオス爺……」
「そしておぬしの持つ異世界の知識も大いにわしらの得になる。おぬしの申すとおり損得勘定で得のほうが勝っておるからのう。じゃから此度の婚姻話を今は無理強いせぬ」
「あ、ありがとう、アリオス爺……」
「じゃが勘違いするでないぞ? 今は……と申しておる」
「今は?」
「幸いおぬしは、二〇〇〇年もの生を誇るわしらドワーフ以上の寿命を持ち、異種族との交配も可能という、もっとも神に近い存在じゃ。そんな優れた男と懇意にし、長き縁を持ちたいと願う者はわしらだけではない。そこは理解せよ!」
「…………解った……」
「ではソーマ・ウォーターフォールよ。改めておぬしに申し込む。我が孫娘、ライラ・アーク・アルグランスを五〇〇年後を目途に、妻として迎え入れてもらいたい。いうなれば婚約じゃのう」
「婚約?」
「なにせ今のライラはまだ幼子の一四歳じゃ。すぐにおぬしの妻となったところで子は産めぬ。いくらおぬしに優れた繁殖能力があろうとも、その相手が子を成せぬ年齢ならばどうしようもあるまい? その認識で間違いはないであろうか? 二柱の方々よ?」
アリオス爺の質問に、会議室にいる全員の視線が神姉さんズたちに集中する。
「御明察なのだよ♪ アリオス殿の言う通り、受け手である女性が子を成す適齢に達していなければ、いくらソーマの力といえど、それは成せないのだよ」
「勿論我々上神の神力をもってすれば、それを覆すことも可能ではあるが、それを行使するほど我々も傲慢ではない。先にも言ったが、我々上神はソーマにこの世界の理の範疇で協力こそすれ、それ以外のことに関して神力を用いた干渉は一切しない。そこだけは我、剣神の名において約束しよう」
「私も舞踏神の名において、それを約束するのだよ♪」
フラメン姉さんとミツルギ姉さんの言葉を聞き、アリオス爺の表情が軟化した。
どうやら今回はアリオス爺の思惑が上手く形になるようだな……。
なんとなくこの先の展開が読めてきたが……五〇〇年かぁ……想像できないタイムスケールだから、今はなんとも言えないが……。
ともあれ、この世界で生きていきたいのは確かだし、ここまで自分の力を示してしまった以上、そう簡単に後戻りもできない……これはオレ自身の責任だ……。
何もかもを手放して東大陸から離れ、また人のいない環境に戻るという手もあるのだが…………それをして何の意味がある?
オレはあのとき言ったじゃないか! 外の世界を見ようって!
そしてアリオス爺が教えてくれたはずだ。
『世の中の酸いも甘いも受け入れてこその人生』だと……。
オレはこの会議室にいる全員を見渡した。
随分と多くの人たちを出会ってきたんだな……。
そして今更この人たちと決別するなんて……無理な話だな……。
それにソルムの面倒も見るって約束しちゃったし。
約束を破るなんてことだけはしちゃいけない。
腹、括るか!
「それを聞いて安心し申した。ではソーマよ、五〇〇年後にライラを嫁に貰ってほしい。無論その時になっても、やはり結婚は考えられぬと申すならば、その時点をもってわしらは大人しく手を引こう。後のことはまたその時に話し合おうではないか?」
「わかった。その提案を受け入れるよ」
あああああ……言っちまった!
「よし! それでこそ我が友ソーマである! なに、五〇〇年の間にじっくりと考えればよい。人族の感性ならば、十分過ぎるほどの時間でもあろう。それと――」
「それと?」
「――その時間のあいだに、おぬしの心の閊えが取れ、気持ちが晴れることを願っておるよ……」
その言葉にオレの涙腺が一気に緩みそうになったが、それをグッと堪えて直ぐに天上を見上げた。
ハハハ……やっぱりアリオス爺には敵わないや……。
なんか全部見透かされているみたいだ。
五〇〇年かぁ……前世での四〇年で歪みまくったオレの心……直せるのかな?
と、そんなことを思っていたら、オレの服をチョイチョイと引っ張る者がいた。
視線をそこへ向けると、そこにいたのは少し気恥しそうな表情をしたライラだった。
「ソーマ殿や、今は言葉はいらぬ。正直、わらわもまだその……恋とか愛とかという言葉の意味はよく解らぬのじゃ……。じゃがソーマ殿のことが好きという気持ちだけは間違いない! じゃからその……どうかこれからも仲良くしてたもれ…………」
顔を真っ赤にし、はにかみながらそんなことを言うライラの姿を見て、オレの頭は沸騰しそうになった。
なんだこの可愛い生き物は⁈
「あ……いや……その…………こちらこそ……ヨロシク……」
だあああああ! ガキんちょかよオレは⁈
こんな時にナニ間抜けな返事してるんだ⁈
だけどライラはそんなオレに対し、太陽のような笑顔で笑ってくれた。
そう、一旦ゴラス島から離れる時、オレに「大好き」と言ってくれた時のあの笑顔だ。
「うむ! 願わくば幾久しく、共に人生を歩めるのを願っておるぞ! 絶対ソーマ殿の心を射止めてみせるのじゃ!」
ライラが高らかにそう宣言すると、部屋中に拍手と歓声が鳴り響いた。
「よくぞ言った、我が愛娘よ! 恋路も戦と同じよ! ならばここはアルグランスの淑女として相応しい戦いを見せよ! 父は期待しておるぞ!」
「任せるのじゃ! 父上!」
「うむ! 頼もしい返事である!」
「な~はっはっはっはっはっ!」
「ハハハハハ!」
ライラとシグマ陛下が高らかに笑い声をあげるが――
「ちょお~~~っと待ったぁああ!!」
――その笑いに待ったをかけたのはアルテアだった。
アルテアはシグマ陛下の御前にも関わらず、愛用の煙管から煙を燻らせて不適な表情を浮かべる。
「ちょっと陛下も姫様も、なに御二人だけで盛り上がっているんですか? ソーマを今狙っている女性は姫様やシルフィリア殿だけではないんですよ?」
「そういえばソーマ殿の屋敷のメイドたちも、大層ソーマ殿を好いている様子でしたね。その想いは昨夜で思い知らされましたけど」
シルフィーの言葉に、オレの背後に控えるメイドたち全員が首を縦に振る。
エキルスなんて顔が分身するくらいの勢いで首を上下させているぞ。
ソルム……キミもか……。
「それに何を隠そう、この私、魔法研究所所長アルテア・ケイブもソーマには興味津々でありましてな……」
「なんじゃと⁈ じゃがおぬしの年齢は……」
「にはは! 私の現在の年齢は七〇二歳! いまだ発情期中で、あと一〇〇年は子を成せる身体ですよ。ということでソーマ、私はあと一〇〇年以内にあんたの心を射止めたいと思う。そういうことで、これから可能な限りあんたの所に顔を出させてもらうからヨロシクね!」
「制限時間が五分の一に減ってるじゃねぇか!」
「にははは! まぁそれでも人族の感覚なら十分すぎる時間だろう? まぁ気長に構えなさいって♪ その分、魔法のことならなんでも教えてやるからさ~♪」
アルテアはそう言いながら、オレと腕を組んで頬を擦り寄らせてきた。
え? アルテアもオレのこと好きなの?
「ハイハイ! アルテア所長はちょ~~っとばかし旦那様から離れて下さいまし!」
「おっとっと? こりゃまた強力な好敵手の御登場だねぇ~♪ にはははは♪」
オレからアルテアを引き剥がしたのはエキルスだった。
「私たち、現在ソーマ様にお仕えするメイド一同も宣言致しますわ! ソーマ様、私たちは貴方と添い遂げたいと思うほどに、貴方様を慕い、心の情念を燃やしております。よって我々メイド一同もこの恋路戦線に参戦致します! よろしいですね? ライラ姫殿下」
「な~はっはっはっ! よいよい! ソーマ殿ほどの傑物をわらわだけが独り占めするなど、むしろありえぬ話じゃ! おぬしたちの戦い方で死力を尽くし! ソーマ殿の心を射止めてみせい! 相手にとって不足なしなのじゃ!」
お~い……なに勝手に話進めているんですか? そこのお嬢さんたち~~?
ちなみに獣人族たちの寿命は約一五〇年。
一五歳で成人とみなし、約八〇歳くらいまでの間は若い身体を保ちながら子供も産める年齢となるそうだ。
つまり獣人メイド最年長のエキルスの年齢は二七歳なので、子供を産める期間はあと五〇年ほどとなる……今度は制限時間が一〇分の一に減ってるぞ~……。
ついでに明記しておくと、エルフの寿命は約五〇〇年。
五〇歳で成人とみなし、死ぬまで若い容姿を保つ種族。
子を成せる発情期は一〇〇歳から三〇〇歳までの二〇〇年間。
ラミアの寿命は人族と大差なし。
一五歳で成人とみなされ、子を成せるのは五〇歳くらいまで。
容姿の変化は男性は人間と大差ないが、女性は独特で、妊娠するまでは何故か若い姿を保ち、出産と同時に老け込んでゆくらしい。
魔族の神秘……不思議……。
ということで、今日この時をもって、オレは総勢一六名の女子たちからのアピールを受けることになる。
幸いなのは、人族であるサーシャもまだ一六歳ということで、返答にはまだまだ時間があるということだ。
そしてそれまでの間に、オレは自分自身のこの歪んだ心と決着をつけなければならない。
今も結婚なんてしたくないという気持ちは揺るがないからだ。
それが揺らぐのは明日なのか? それとも一〇年後? 一〇〇年後? はたまた永遠に来ないのか? それはオレには解らない……。
でもこれだけは言える。
こんな偏屈なオレを慕ってくれているみんなには感謝しかない。
そんな彼女たちの気持ちに出来る限りの答えを見せれるよう、オレは本当の意味でこの世界と自分自身に向き合うことにする。
異世界に逃げ込んだオレは、これ以上逃げることが許されないのだから……。
「ハッハッハッハ! ソーマよ! 今はせいぜい足掻くのじゃ! その足掻きもまた、のちにおぬしを強くする糧となる!」
アリオス爺はそう言いながら高らかに笑う。




