018話:ナンパでビンタ
窓から外を見ると森の木々がかなり揺れており、相当な暴風雨みたいだ。
時折突風が吹く度に家全体が少し軋む音を発する。
しかしこれしきの嵐でこの家が壊れることはないと、建築神様の加護が絶対的な自信をもって訴えているが、それでも空気の流れは完全には防げていないようで、灯りの火が少し隙間風で揺らぐ。
それほどの強風ということだ。
ちなみに灯りに使用している油は、狩った動物の脂身から錬金術で抽出したものだ。
多分大丈夫だとは思うのだが、今夜は念を入れて徹夜するか。
以前一回だけ実験してみたんだけど、この体は一日や二日の徹夜程度では全然疲労しないんだよね。
これも高いスタミナ値のおかげだ。
とはいえ、それに頼って寝ない生活ってのも現代人としてどうなのか?
という考えに至り、できる限りは毎日寝ることにしている。
今のオレが現代人と呼べるのかは別として……。
今は午前二時を少し過ぎた辺り。
雨風は依然猛威を振るっており、外には出れそうにない。
そして今オレは大部屋で木材と鉄、布などを取り出して、ビーチベッドやビーチパラソルを作っていた。
明日は一〇日の休日なので、一日浜辺でバカンスを楽しもうと思ったわけだ。
この休日ってのだが、やはり時には息抜きとして何もしない休日が必要だと思い、今月の頭にオレの中で決めた。
具体的には毎月一〇日、二〇日、三〇日の三日。
そんなわけで明日……厳密には今日なんだが、初めて定めた休日なので浜辺でバーベキューでもやりながらマッタリとした時間を過ごそうと思ったわけだ。
ということでオイ嵐、マジで夜明けまでには過ぎ去ってくれよ~。
とか思ってたらビーチベッド&ビーチパラソルが完成。
次はバーベキューの仕込みでもしておくか。
台所に移動して無限収納から取り出した肉や野菜を切り分けて串に刺す。
やっぱりバーベキューと言えば串焼きだよね。
黙々と串焼きの仕込みを進め、気が付けば五〇本も作っていた。
流石に全部は食べれないが、無限収納に入れておけば腐ることはないから、またいつでも食べたい時に取り出そう。
他には果実を絞ってジュースも作る。
そんな感じで色々と準備をしていたら午前六時になっていた。
いつの間にか嵐も過ぎ去り、窓ガラスからは朝日の光が射し込んでいる。
窓を開けると少し冷えた風が入ってくるが、一晩中家に籠っていた身には非常に心地良い。
空を見上げると夜の暴風雨が嘘のように、雲一つない青い空が広がっている。
今日は朝のランニングをしない代わりに軽く筋トレをし、風呂で汗を流して浜辺に行く準備をする。
うん! 今日は絶好の休日日和になりそうだ!
オレは自作のアロハシャツとショートパンツを着て、一路海へと繰り出した。
うひょ~! 海のバカンスがオレを待っているぜ!!
…………だが浜辺で待っていたのは、砂浜で横たわっている二人の女性だった……。
一人は黒いショートヘアで少し装飾の施された動き易そうな服を着ている。
身長は一五〇センチくらいで体つきは女性とは思えないほどしっかりとしている。
もう一人は少しハネっ毛気味の茶色いロングヘア。
身長は一四〇センチくらいで手足も細い。
きらびやかな白いドレスを着ているが、海水に濡れて全身ズブ濡れ砂まみれの状態だ。
二人に共通してるのは褐色とまではいかないが、少し陽に焼けたような小麦色の肌と、先が少し尖った耳だ。
AR表示で確認したら、二人の詳細が見えた。
>名前 :シルフィリア・デオンフォード
>レベル:26
>種族 :ハイドワーフ
>年齢 :17歳
>職業:騎士
>称号:王女直属近衛騎士
>
>スキル:剣術・礼儀作法
>>状態:昏睡
ショートヘアの女性は騎士か。
どうりで体格が良いわけだ。
さてもう一人はと……。
>名前 :ライラ・アーク・アルグランス
>レベル:5
>種族 :ハイドワーフ
>年齢 :14歳
>職業 :王族
>称号 :アルグランス武王国第一王女
>
>スキル:なし
>>状態:昏睡
……はい、王女様来ました……。
異世界物でよくある最初の出会いが貴族や王族の流れだわコレ。
このあとのオレの行動次第で王族の恩人とかで持ち上げられるってのがお約束のパターンだが、正直面倒そうなので極力その流れを回避する方向でいこう。
で、今この二人は昏睡の状態だ。
状況を見る限りでは、恐らく船旅中に昨夜の嵐で難破してこの島に流れ着いたってところか?
しかし種族がハイドワーフか……。
今まで見てきたファンタジー物でハイエルフなんてのはよく出てたけど、ハイドワーフってのは珍しい。
見た感じでは耳の尖った少し小柄な人間くらいの差でしかないのかな?
色々と興味は尽きないが、直接彼女たちと話してみないことにはこれ以上の情報を引き出せそうにない。
とはいえ、オレ個人の考えでは正直無干渉でいきたい。
これが普通の平民や商人とかだったら、今後の展開で知人となってもそれほど面倒事は無さそうだけど、今回のケースは王族とその近衛騎士だ。
騎士の姉ちゃんは近衛騎士という立場から間違いなく貴族だろう。
異世界マイスター(自称)であるオレの勘が警告を発する……。
明らかに面倒なことになりそうだと……。
う~ん……しかしなぁ~……。
異世界に転生してやっと出会えた人間だ。
厳密にはハイドワーフだけど。
他に人がいれば全部丸投げできるんだろうけど、ここは絶海の孤島。
オレしか人間がいないんだよな。
それにこのまま無視してトンズラ決めこんだとして、後日に無残な姿で発見とかになっても流石に寝覚めが悪い。
しゃあない。
ここは極力距離を置くことを念頭において接触するしかないな。
そんな感じで考えがまとまったところで、王女さんが「う……うう~ん……」と、うめき声を上げながら目を覚まそうとしていた。
オレは王女さんに近寄って顔を覗き込みながら声をかける。
「おーい、大丈夫かー?」
するとオレの声に反応した王女さんがビックリしたようにガバっと上半身を起こし、信じられない物を見るような目でオレを見つめる。
「おい、大丈夫か?」
オレがもう一度声をかけるや否や、王女はキッとオレを睨んだかと思うと、いきなり右手でオレの左頬にビンタを食らわせた。
パァアアアアアンンンッ!!
あまりの勢いのビンタにオレの顔が右に向く……。
え?…… はい……?
左頬の痛み云々より、オレは何故ビンタされたのかを考える方に思考が全部回っていた。
本来あんなビンタなんか軽々と避けれるから完全な不意打ちだ。
え? なんで? オレなんか悪いことしたか?
今度はオレが王女を信じられないような目で見直すと……
「なんじゃ貴様は! 気安くわらわに近づくでない! この無礼者めが!」
開口一発目でコレである……。
こりゃ完全に冷静さを失ってやがるな……
しかしそれ以前にだ……、初対面の人に対していきなりビンタってのはどうなのよ?
しかもこっちはそちらの身を案じて少し声をかけただけだぞ?
そんなことを考えてたら急に腹が立ってきた……。
無礼なのはどっちだよ?
王女様? 知るかそんなもん!!
オレは今も睨む王女さんにお返しとばかりに、同じようにビンタを食らわせてやった。
スパァアアアアアンンンッ!!
勿論本気でやると首の骨を折りかねないので手加減してだ。
「なっ! 何をするか!!」
「それはこっちの台詞だ! この大馬鹿野郎!!」
オレは大声で反論する……が、馬鹿王女はまたもやオレにビンタを繰り出す。
二度も食らうかよ。
オレはスローモーに迫る王女のビンタを簡単にかわし、空振りしたところを狙って、足を引っかけて転ばせてやった。
「うわっぷ!」
ハハハ、ざまあ!
盛大にすっ転んだ王女を見下すように嘲笑う。
「きっ、貴様!! 何故よけるのか! わらわを誰だと心得る!!」
「知るかそんなもん! いきなり人をぶっ叩く只の大馬鹿だテメエは!!」
「なんじゃと?! 言わせておけばこの無礼者めが~~」
「見ず知らずの人間をいきなり叩くのは無礼じゃないのか? ならテメエの礼儀はどこにある!」
「なっ?!……」
そうオレが叫んだところで、王女のうしろで倒れていた騎士の姉ちゃんが声を上げながら目覚める。
「う……ううん……こ、ここは一体……??」
「おお! シルフィーよ! そなたも無事であったか!!」
さっきまでオレと口論をしていた馬鹿王女が完全にオレを無視して騎士の姉ちゃんに駆け寄ると、介抱しながらそっと上半身を起こす。
「あ……おお……姫様……?」
「そうじゃ! ライラじゃ! そなたもよう無事じゃった……」
「ああ……ああ……!! 姫様! 姫さまぁああああ!! よくぞ御無事で!!」
お互いの無事が確認できた二人はお互いにひしっと抱き合う。
……オレ、完全に蚊帳の外である……。
と、同時にシラけた。
少なくともこの馬鹿王女に関しては無視、無干渉確定だ。
オレはそう思いながら踵を返してアロン道に向かう……が、馬鹿王女がそれを許さなかった。
「待てい! そこの無礼な小僧よ!!」
「はえ? それは誰のことかなぁ? 無知で無礼なお・じょ・う・ちゃ・ん?」
馬鹿王女の売り言葉に対し、オレの皮肉たっぷりの買い言葉で返してやった。
すると馬鹿王女は一瞬激昂したかと思うと、ニヤリと笑って言葉を続ける。
「フッ……フハハハハ! 残念じゃったな小僧! 貴様の無礼もここまでじゃ! シルフィーよ、このな無礼者を斬り捨てい!!」
「えっ⁈ はいっ⁈ ひ、姫様? それはいったいどういう……?」
あー……、こりゃ騎士の姉ちゃんも状況が呑み込めてないって感じだな。
そりゃそうだ、昏睡状態から目覚めたと思ったら、いきなり見ず知らずの人を斬れとか命令されるんだもんなー。
「最初に言っておくがの、このシルフィーは我が国でも五本の指に入る腕利きの騎士じゃ! 貴様如きが到底敵う相手ではない! ハ~ハッハッハ!!」
高笑う馬鹿王女の後ろで騎士の姉ちゃん――名前がシルフィリアだからシルフィーか――シルフィーが右手で目を隠すように頭を抱えながらうな垂れる。
こりゃアレだな……、多分この馬鹿王女は普段からこんな感じの超我儘王女で、「また始まった……」って感じのリアクションだ。
しかしそんな馬鹿王女の命令は叶うことはないだろうな。
それはオレとシルフィーのレベルの差云々以前の問題で……。
「さあシルフィーよ! 遠慮は無用じゃ! 早う斬れ!!」
「あの~…… 姫様……」
「どうした? 早う斬れい!!」
「それが…… 剣が流されてしまいまして…… そのぅ、今手持ちに武器が無く…………」
「……………………」
三人の間に少し寂しい潮風が吹く……。
ほらな? 剣どころかナイフ一本も持ってないのに「斬れい!」とか言われてもねえ?
「どうやら話は済んだみたいだな」
「何を言うか! まだ話は……」
「テメェに話してんじゃねぇ!!」
オレの一喝で馬鹿王女がビクっと体を萎縮する。
散々人をコケにしておいてからの、あの間抜けっぷりだ。
これ以上突っかかると恥の上塗りになると理解したのだろう。
馬鹿王女はそれ以上言葉を発しようとはしなかった。
「そこのアンタ!」
「私のことか?」
シルフィーが馬鹿王女の横に並び立つ。
「どうやらアンタは、今自分の置かれてる状況が呑み込めてないようだから一応教えておいてやる。二度は言わない。いいか?」
オレの問いかけにシルフィーはコクリと頷く。
馬鹿王女と違って人の話が聞けるタイプで助かる。
「ここは無人島で、オレはここに暮らす唯一の人間だ」
「「なっ……⁈」」
オレの言葉を聞いた二人が絶望的な表情を浮かべる
「続けるぞ。島の周りはここと同じで殆ど砂浜だ。島の大きさは一周するのに徒歩でほぼ丸一日かかる大きさだ。森の中に入れば食料となる物も見つかるだろうが、凶暴な獣も多くいる。中でもガンガルドがあと五頭いるから気を付けろ」
「ガンガルドだと⁈ あの狂える恐獣が⁈」
「し、信じられん⁈」
どうやら二人ともガンガルドは知っているらしいな。
話が早くて助かる。
しかし「狂える恐獣」か……言い得て妙だな。
「信じるも信じないもアンタたちの勝手だ。食料となる比較的大人しい草食動物もいるが、レベル三〇を超える肉食の獣も多いから注意しろ。砂浜にいる限りは比較的安全だろうが、食料はほぼ皆無だ。行動するなら慎重にしろ」
「わ、わかった……」
オレの説明を聞いたシルフィーが頷く。
どうやらこの姉ちゃんはかなり話せるタイプの人物のようだな。
こんなまともな人があの馬鹿王女の近衛騎士とか……心中察するよ……。
…………少しだけ助けてやるか。
オレは懐に手を入れて手元を隠しながら、無限収納から鍛冶で作った刃渡り三〇センチのナイフを一本取り出して彼女の前に放り投げた。
「オレが作ったナイフだ。ある程度戦闘にも使えるだろうが当てにはするな。あくまで日常用だ。それをやるから、あとは上手く生き延びろ。話はこれで終わりだ」
オレがそう言うと、二人はただ呆然とその場に立ち尽くしていた。
投げ落としたナイフを拾おうともせず……・
そんなオレは二人に背を向けてアロン道へと向かう。
途中少しだけ振り向いたが、二人とも膝を落としていた……。
生き延びろとは言ったが……あのレベルとスキルじゃ多分長くは無理だろうな。
だがオレも助ける準備が全く無いわけじゃない。
助けて欲しいと言われれば助けるさ。
だけどあの馬鹿王女がダメだ!
あれは根本的なところで人間ができてない。
だからオレは決めた。
あの馬鹿王女から心からの謝罪の言葉を聞くまで、絶対あの二人を助けない。