177話:夜道 ★
豊穣の教会の孤児院を後にしたオレとソルムの二人は、すっかりと陽が沈んで暗くなった夜道を歩きながら屋敷への帰路についていた。
ソルムはオレの行いが嬉しかったらしく、今もオレと腕を組んで上機嫌だ。
その笑顔には今朝のような陰りはない。
今までの不安な気持ちが少しでも晴れたのなら幸いだ。
まぁしかし……ソルムとオレだと身長差があるので、組んでいるオレの右腕が宙ぶらりんなのがなんとも締まらないな……。
と、そんなことを思っていると、不意に二人の人間の男が物陰から現れてオレたちの行く手を遮る。
一人はヒョロっとした背の低い痩せ男で、もう一人は禿頭のデブい巨漢だ。
その表情からして如何にもガラが悪そうだ。
「よう御二人さん♪ こんな夜道に逢引たぁ~いい御身分だな?」
「丁度俺たちも夜の相手が欲しかったところでよお? どうだい? 良かったらその獣人族の姉ちゃんを俺たちに一晩貸してくれねえかな? グフフフ」
とまぁ、いかにもなセリフで巨漢の男が笑うと同時に、周りの草木の陰などからガラの悪そうな男たちがゾロゾロと出てきて、オレたちを包囲するように取り囲む。
その顔は先の二人同様、いやらしそうなニヤケ面だ。
「へっへっへ……こりゃまた……」
「なかなかの上玉じゃねえか?」
「ちとデカいが、あそこもなかなかのデカさだな♪」
ソルムに対しての下衆な言葉を聞いて頭に少し血が昇るが、精神力補正で冷静さを保ちつつ、AR表示で情報収集を開始する。
「旦那様!」
ソルムは腕組を解いてオレを守るように前に出ると、険しい表情でオレの指示を待つ。
「全部で八人……人間四人、獣人族三人、ドワーフ一人。レベルは全員一五以下の雑魚ばかりだ。犯罪歴はスリや暴行、窃盗に恐喝…………まぁ~言っちゃなんだが、どうしようもないクズのチンピラだな」
と、オレが男たちの情報をソルムに口頭で伝えると、その言葉を聞いた男たちがそのニヤケ面から豹変して騒ぎだす。
「んだと! このガキ!」
「随分とナメたクチ叩くじゃねえか!」
「野郎ども! かまうこたあねぇ!」
オレの言葉で怒り心頭な暴漢たちが一斉にナイフや鉄棒、短剣などの武器を構えだす。
「ソルム~。キミ一人でも余裕で対処できるけど、相手は御覧の通りの武器持ちだ。一応油断だけはしないようにね」
「かしこまりました! 旦那様!」
ソルムはそう言いながら、静かにボクシングのファイティングポーズの構えをとる。
するとその光景を見た暴漢たちが拍子抜かれたかのように一瞬硬直するが、次の瞬間一斉に笑い出した。
「おいおい姉ちゃん! まさかオレたち相手に素手でやろうってんじゃないだろうな?」
「グハハハ! 俺らも随分とナメられたもんだ…………っぜ……⁈」
バ~カ……高笑いしてる場合じゃないっての。
ソルムがハゲ巨漢の隙を突いて一気に距離を詰め、ガラ空きの鳩尾に右ストレートを食らわせた。
ハゲ巨漢はそのまま一歩も動かず、その場で白目をむいて悶絶轟沈。
うん♪ ソルムもちゃんと手加減できているみたいだな。
全力なら腹貫通して即死だからな。
状態を確認したが、見事なまでの気絶状態だ。
「ハイ終了~~♪ 一名様、夢の世界へごあんな~~い♪」
オレがそう声を上げると、暴漢たちの表情が一気に凍りつく。
「なっ⁈ なんだこの女⁈」
「う……動きが全然見えなかったぞ?」
「おいおい……冗談じゃねえぞ?」
とまぁ、どうやらソルムの初手の一撃は、相手の戦意を削ぐには十分だったみたいだ。
さっきまでの威勢はどこへやら? 残った七人全員が引き腰だ。
「どうした? もう終わりか? ならオレたちはこのまま帰らせてもらうけどいいか?」
オレがそう痩せ男に告げるが、その言葉で頭にきたのか?
痩せ男はオレに向かって突進してきた。
普通ならソルムがそんなことさせるわけないんだけど、念話でここは手出し無用って指示をしたから問題ない。
こいつは特にソルムをいやらしい目で見てたから、オレが直接成敗してやりたかったからだ。
お前なんかにソルムは勿体なさすぎるんだよ!
「いつまでもナメてるんじゃねぇ! このクソガキが!」
またもやお決まりのセリフを叫びながら、痩せ男が刃渡り三〇センチはあろう大型のナイフをオレに突き刺す。
超スローモーションで。
そしてその刃先がオレに届くことはない。
「んなっ⁈」
「どうした? それで刺すんじゃないのか?」
痩せ男はオレの鼻先で止まっているナイフを押し込むように力を込めるが、人差し指と中指の二本で止めたナイフは微動だにしない。
「テッ、テメェ! 一体……なにを⁈」
「ただ指で止めてるだけだぞ? お前こそ体が細すぎて力足りてないんじゃないか?」
力を入れ過ぎて顔が真っ赤になってきた痩せ男のナイフを横に逸らすと、それに釣られて痩せ男の姿勢が崩れる。
オレはその隙を見逃さず、そのまま後ろ回し蹴りで痩せ男の腹を蹴り込み、ダウンしているハゲ巨漢の場所へと吹き飛ばした。
「グハッ!! な……なんなんだ……コイツら?」
おっ? ヒョロい割にはなかなか根性あるじゃないか?
気絶させるつもりで蹴り込んだんだけど、まだ意識があるとは大したものだ。
というか、オレの方は手加減具合が上手くないってことか?
もう少し修練しないとな……。
「旦那様? お怪我は?」
「大丈夫。なんともないよ♪」
ソルムもオレが相手だ。
正直そこまでの心配はしていないだろうが、そう気にかけてくれるのは正直嬉しいね。
そんなソルムにオレは優しく頭を撫でてやった。
「おいオマエら! ナニやってやがる! 全員で一気にかかって殺しちまえ!」
痩せ男がそう叫びながら、オレたちの左右と後方を取り囲む暴漢たちに指示をするが、その暴漢たちは痩せ男の後方を見上げたまま全身を震わせて微動だにしない。
ナンだ?…………あ…………。
「おい! ナニやってやが……る……?」
痩せ男が異変に気付き、他の暴漢たちと同じ方向。
すなわち自分の後方へと視線を向けると、そこには凄まじい形相で唸り声をあげる神獣モードのマーク。
そしてその足元にはエキルスとメイド隊の面々がいた。
「この下郎めが! 我が盟友ソルムのみならず、我が主様にまで刃を向けるとはいい度胸だな! その所業、万死に値するぞ!」
「ひっ!! ひぃいいいい!! しゃっ! 喋るケモノ⁈ ままままさか最近噂になってる神獣⁈」
なんだこいつら? オレたちが来た時にあんだけ派手なパレードしたってのに見てなかったのか?
多分普段は昼間寝て、夕方から明け方までの時間帯を主に行動しているんだろうな。
いかにも小悪党らしいライフスタイル。
しかしまぁ……お~お~♪ 今日はマークの威圧スキルが絶好調だな♪
今までのように広範囲に広げるんじゃなく、ちゃんと指向性を持たせた威圧で、的確に暴漢たちだけを萎縮させている。
なかなかスキルの使い方が上手くなってるじゃないか?
シェリム王妃の一件が大分堪えたみたいで、しっかりとスキルの修練をしたみたいだな。
マークに威圧された暴漢たちはその場から一歩も動けず、ただこの光景に恐れ慄き、冷や汗を流しながら全身を震わせている。
「我々はアルグランス王家付きメイド隊! 私はその三副長の一人、エキルス・ガルである! 国家賓客であるソーマ様に対する狼藉の数々、断じて見過ごすわけにはいかない! 全員その場で大人しくすればよし! さもなくばここで即、切り捨てる!」
続けてエキルスが険しい表情でそう告げると、暴漢たちは腰を抜かして尻もちをついた。
「ひぃいい! 王家付きメイド隊⁈」
「なんだって王家付きメイド隊がこんなところに⁈」
「エキルス・ガル?! まさかあの“青旋風のエキルス”か⁈」
「む、無理だ! オレたちじゃ逃げ切れねぇ! 逃げたら間違いなく殺される!」
「再度警告する! 全員その場で降伏せよ!」
エキルスの最後の警告に暴漢たちは全員観念したらしく、その場で武器を捨てて地に伏せた。
というか……エキルスさん? あんたそんな通り名があったのかい?
オレの癒えた筈の病が……中二が……疼く!
「よし! ひったてい!」
エキルスがそう叫ぶと、メイド隊の背後からドワーフの衛兵たちがゾロゾロと出てきて、暴漢たちを次々と縄で縛りあげて連行した。
「すまなかったなマーク。助けてくれてありがとう」
「いえ……感謝されるほどのことではございませぬ。お帰りが遅かったゆえ、心配になって参りました次第ですが、御無事でなによりです……」
ん? マークがそう言いながらオレの心配をしてくれているみたいだが、ナンか様子がヘンだな?
足もとにいるエキルスに対して妙に気を使ってるというか……?
エキルスは今までと同じ凛とした表情でオレの前まで近づくと、そのまま黙ったままでオレをそっと抱きしめた。
「旦那様……よくぞ御無事で……」
なんだ……エキルスまでオレのことを心配して――
「旦那様……それにソルム……」
――と思っていたのだが、全然違ってました。
今オレが感じているのは優しさではなく、凄まじい覇気でした……。
「こんな夜遅くまで! こんな場所で一体何をしていたのですかっ!!」
「エ、エキルス?」
「エキルス姉様?」
「今一体何時だと思っているのです!」
AR表示で時計を確認すると二一時。
いつもの夕食の時間もとっくに過ぎていました。
「あ~いや……これには少しワケがあってだね――」
「そうです! 私が旦那様を連れ出して――」
「言い訳無用! 二人とも、ちょっとそこにお座りなさい!!」
「「ハイっ!!」」
凄まじい形相で叱りつけるエキルスの迫力に、オレとソルムはすぐさまその場で正座した。
「王城をお出になられた時間に対して、屋敷へのお帰りがあまりにも遅いので心配になって探してみれば……」
「主様…………その……せめて眷属たる我に一言念話で御一報いただければ斯様なことには…………」
「いや……それならマークの方から連絡してくれれば」
「いえ……それは真の緊急事態の時だけと主様が……」
そういやそうだった。
「旦那様もマーク様も何をゴチャゴチャ話しているのですか! 私の話を聞いていますか!!」
「ハイッ!」
「す、すまぬ!」
エキルスの声に、マークも思わずその場で伏せの姿勢をとる。
「エキルス姉様、もうそのくらいで……」
「旦那様とソルムが無事でしたから、良かったではありませんの?」
「そうですよ……あとは私たちが旦那様に……」
「結果良ければ全て良しぃ~~」
「んだ♪ んだ♪」
「早くお屋敷へ帰りましょう」
他のメイドたちも流石に今のエキルスを見かねたのか?
そう言いながらオレたちを擁護してくれるが……。
「無事で良かった? 結果良ければ全て良し? 貴方たちがそういう弛んだ姿勢だからこのような事態になるのです! ソーマ様の御身に何かあれば、首が飛ぶのは私たちなのですよ! みんなもそこにお座りなさい!」
「えっ? ちょっと……エキルス姉様⁈」
「い い か ら !」
「「「「「ハ、ハイッ!!」」」」」
うわ~……エキルスがオレの事を旦那様じゃなくてソーマ様って言ってるところから見ても、こりゃ相当の御冠みたいだぞ?
「旦那様……こうなったエキルス姉様は誰にも止められません……観念して下さい……」
ソルムが小声でそう教えてくれる。
マジですかぁ~?
気付けばオレとソルムにマーク、そしてメイド隊の面々は、人も通らぬ夜道で正座させられていた。
いつ果てるとも知れぬ悪夢のようなエキルスの説教。
それは日付が変わる直前まで続いた……。
「いいですか! 私が若いころはねえっっ!!」




