176話:孤児と冒険者 ★
教会の隣にあった施設は、豊穣の教会が運営する孤児院だった。
つまり、あの子供たちは全員孤児ということになる。
そしてソルムもまた、この孤児院の出身なのだそうだ。
だから昔世話になったってわけか。納得納得。
ちなみにソルムをここに預けたレージュ女史の権限で、ある程度の援助金が国から支給されているそうだが、やはりどこの神殿や教会でも、孤児院の運営は厳しいらしい。
それほどアルグランス……というか、東大陸は他の大陸に比べて孤児が多いそうだ。
「そうですか……ここしばらくの間にそんなことが……」
「成り行きとは言え、彼女には少し申し訳ないことをしてしまったようで……」
「いえ……あの子が望んで選んだ道であるならば、何も言葉はございません。でも今お噂の、神獣様を従えた使徒様の従者になっていたなんて、本当に驚きましたわ」
孤児院のある敷地内の広場で子供たちと戯れるソルムを見守りながら、オレとシスターはベンチに腰掛けて身の上話をしていた。
オレの正体や神々の存在を伏せつつ、色々と掻い摘んでソルムがオレの従者となったことなどを話し終えたところだ。
「まぁ…………その使徒様ってのは誇張が過ぎてるのですが、とにかく、彼女のことはオレがちゃんと面倒見ますので、どうか御安心下さい」
「ホホホ。少々お転婆なところもございますが、どうか宜しくお願い致します。ですが一つだけお願いがございます。どうかあの子を冒険者にだけはさせないで下さいませ……」
「冒険者に?」
どういうことか詳しく聞いてみると、どうやらソルムを捨てた親は冒険者らしいのだ。
冒険者の捨て子はこの東大陸では非常に多いらしく、実際のところ、この王都にいる孤児の実に六割以上は冒険者の捨て子だそうだ。
なぜこんなに冒険者の捨て子が多いかというと、東大陸が冒険者にとって非常に住み心地の良い場所であることが挙げられる。
四大陸の中で最も面積が広く広大で、まだまだ未開拓の土地や遺跡、ダンジョンなどが多いのが東大陸だ。
特に人間の国ではその辺りは顕著に表れている。
そのうえ南大陸ほど強力無比な魔獣や恐獣、ドラゴンなどは多くなく、潤沢に財政の潤っている国が殆どなので、冒険者にとっては非常に良い条件が揃っているのだそうだ。
まぁ……以前の赤銅竜のような例外も、まま存在はするが。
話を戻すが、そのことによって、世界各国から冒険者が多く集うのだが、その中で男性冒険者と女性冒険者の間で……やはり情事というものも当然行われる。
その結果で妊娠、出産となると、相応の年齢の者ならこれを機に身を固めて引退という選択肢も出てくるが、残念ながらそれはごく一部だ。
大半の冒険者は一〇代から三〇代の人族や獣人族の若者が多い。
となると、そのような状況となっても、まだこの稼業を続けることを考える。
しかしやはり危険な職業でもあるし、遠征も多い仕事だ。
生まれたばかりの子供を連れての両立など出来るわけがない。
結果どうなるか?
その答えが今オレの目の前にいる、捨て子となった子供たちだ。
シスター・メリュウはそのことを大きな問題として受け止めており、そのような理由から、冒険者という職業を少々毛嫌いしているらしい。
無理もない話だな……。
「勿論全ての冒険者がそうではないことは重々に承知しているのですが、それでもやはり私はあの子たちを冒険者などにはさせず、別の仕事をするように促してゆきたいのです……」
「そうでしたか……」
「ですのでソーマ様……どうかソルムを冒険者にさせることだけはないよう、重ねてお願い致します」
「解りました。オレとしても彼女にそんな危険な仕事をさせるつもりは毛頭ありませんし、最悪オレの身に何かあった時も、アルグランス側の方で彼女を再度受け入れてくれる手筈も整っていますので、どうか御安心下さい」
ソルムにはまだこの話をしていないが、実はこの話はアリオス爺に既に取りつけてある。
滅多なことじゃ死ぬことがないらしいオレだが、世の中に「絶対」はない。
もしオレの身に何かあった時のために、その辺りのことだけは手筈を整えたのだ。
まぁこれも、今朝のアリオス爺との会話の中で思い立ち、その話の流れで即興で取りつけたんだけどね……。
人の上に立つって本当に難しい。
ソルムという従者一人のアフターケアを整えるのも結構な手間だ。
オレ、本当にちゃんとした主人になれるのかな?
ちょっと自信なくなってきたぞ……。
なんてことを考えながら少し気落ちしてたら、広場で遊んでいる子供たちから離れたソルムがオレたちに近づいてきた。
さっきまでと違い、なんだか浮かない表情だな?
「あの……シスター。やはりここの運営は今も厳しいのですか?」
「大丈夫だよ……今のお前さんが気にすることじゃないよ……」
「でも……」
ソルムの質問に影を落とすシスター。
詳しく話を聞いてみると、ここの孤児院も教会同様、かなり財政が厳しいらしく、ここ数日は子供たちにまっとうな食事も与えられていないそうだ。
どうりでさっきの肉串に凄い反応をしていたわけだ。
それによく観察すると、子供たちの手足が妙に痩せているのに気付く。
年上の子なんかは頬も痩せている感じだ。
おそらく小さな子たちに食事を優先させているのだろう。
でもこのままじゃだめだ。
AR表示で状態を確認したが、年上の子供たちは少し衰弱気味だ。
小さな子供たちに心配させまいと明るく元気そうに振舞ってはいるが、このままだといつか本当に倒れてしまう。
よし!
「ソルム、ここで夕食にしよう」
「え? 旦那様?」
オレはソルムの返事も待たず、無限収納からバーベキュー道具一式を取り出した。
「うわっ! 何もないところから変なのが出てきた⁈」
「凄い! お兄ちゃん魔法使いなんだ!」
「違うよ! あんな魔法なんてないよ?」
突然の出来事に子供たちが騒ぎ出すが、調理台の上に巨大なホルスタンの霜降り肉を取り出すと、子供たちの騒ぎが一瞬で収まった。
後ろで見ていたシスターなんか、驚きを通り越して硬直している。
毎度ながらこのテのリアクションはみんな同じだね……。
「旦那様? これは一体……?」
「さっきも言っただろ? 今夜はここで食事にする。みんなも少しだけ待っていろ。すぐに美味しいご飯を食べさせてやるからな!」
オレがそういうと、子供たちの表情がみるみると明るい表情へと変わっていく。
「ホントに? ボクたちもこのお肉食べれるの?」
「肉だけじゃないぞ? 野菜も沢山あるからな!」
男の子の質問にそう答えながら、どんどんを食材を取り出してはそれを捌いて串に刺してゆく。
するとソルムも笑顔になって、子供たちに向けて手をパンパンと叩き出す。
「ほらほら! 今夜は旦那様がみんなに御馳走を振舞って下さるから、みんなも手分けして早く食事の準備をなさい!」
「「「「「ハ~イ!」」」」」
ソルムの号令で子供たちが元気に動きながら、食器類などを孤児院の中から持ち出してくる。
「ソ、ソーマ様……あなたは一体……???」
今も困惑するシスターに対し、オレは一言だけ告げておいた。
「オレは神の使徒なんかじゃありません。でも子供たちを元気付けるくらいの力はある人間です」
その後は子供たちが満腹になるまで食事を楽しみ、お腹を満たして深い眠りについた子供を見届けたあと、シスターに王銀貨二枚を寄付した。
「こ……こんなに……?」
両手に乗せられた王銀貨二枚を凝視しつつ動揺するシスター。
その手は微かに震えていた。
そしてその困惑の視線は手渡したオレにではなく、横に控えるソルムに向けられる。
「受け取って大丈夫ですよシスター。旦那様は凄い資産もお持ちなのです。ここはありがたくお受けしていいと思います」
「そ……そうなのかい?」
ソルムの返事を聞き、ようやくその視線はオレにへと向けられた。
「どうかこれで子供たちには十分な食事を。それと教会や孤児院の修繕などに使って下さい。ソルムの育った家を壊させるわけにはいきませんから」
と、オレがそう言うと、シスターはその場で膝を落として涙を流しながら祈りの姿勢をとった。
「おおお……ありがとうございます! 貴方に神リネールの御加護があらんことを……!」
いえ、神様の加護はもう間に合ってます。
そしてそんなシスターをソルムが優しく抱きしめ、小さな声でささやいた。
「良かったね…………お母さん……」
「ありがとうよソルム…………お前は本当に自慢の娘だよ……」
二人はしばらくのあいだ抱きしめ合っていた。
なんかこういう光景もいいもんだな……。
血の繋がりはなくても親子の絆は紡げるか……。
オレは…………いや、思い出すのはやめとこう……。
今のオレは地球にいた瀧蒼馬じゃない。
このフォーランドで生きるソーマ・ウォーターフォールだ……。




