173話:寂しがる獣人 ★
豊穣の月、一四日の朝。
いつも通りの朝なんだが、右隣で寝ているソルムがオレを抱き枕状態で全然手放す様子がない……。
実は二、三日前くらいから、就寝時に手を握ってきたり、腕に抱きついてきたりと、妙にソルムが甘えてくる。
そして昨夜はもう遠慮無しって感じで、アディと三人でベッドに横たわると同時に、すぐさま抱きついてきてこの有様だ。
いつもの寝ぼけてのあれなら別にいいのだが、こうも意図的に迫ってこられると、なんというか……感触は心地よいが精神的に居心地が悪い。
「ソルム? もう起きてるだろ? 解ってるからそろそろ離してくれないかな?」
「…………はい……」
神眼で本当に寝てるかどうかの状態はお見通しだ。
なので、寝ているふりをして甘えてくるソルムにそう促して起床させると、彼女は少し寂しそうな表情で状態を起こす。
「どうしたのソルム? 先日からやけに積極的だけど? なにかあったのかい?」
「…………いえ別に……。お気を煩わせてしまい申し訳ありません――」
と、ソルムがそういいながら頭を下げると同時に、今日の起床係のメイドたちが寝室に入ってきて、結局この話はうやむやになってしまった……。
それからのソルムはいつも通りだった。
普通に着替えて朝食を済ませ、いつも通りの元気なお出かけの挨拶を済ませてメイド修業へと向かってゆく。
それだけを見ればいつも通りのソルムなんだけど、なんか妙に引っかかるんだよな~?
ダメだ! こういった時の乙女心なんてオレにはサッパリ解らん!
こういう時は誰かに相談するに限る。
ということで、一〇時の小休止の時間に、屋敷の獣人メイドたちに最近のソルムの様子のことを話してみると――
「あーー それはアレですわね~」
「旦那様がセイルへお出かけになる日が徐々に迫ってますから……」
「多分寂しがってるのだと思いますよ?」
――メキナ、ポロン、ルトがあっさりとそう返答する。
「寂しがってる?」
「そりゃそうですよ旦那様。最近ソルムと二人だけの時間って設けられていますか?」
「ソルムは名実ともに、今は旦那様の正式な従者です」
「そんな旦那様とこれからしばらく会えなくなるぅ~。ソルム、寂しがるのは当然~~」
続けてアニル、エキルス、アーシャムからの追撃もあった。
「いやいや? ソルムももう二一歳だろ? そんな大人が寂しがってるなんて――」
「「「「「「ハァ~~~~~…………」」」」」」
と、オレがそう弁明すると、獣人メイドたちが一斉に深い溜め息をつく。
え? ナニ? オレなんか間違ったこと言った?
そう思った時、今いる休憩室も兼ねている多目的部屋のドアからノックの音が響き、ハルガスとアリオス爺が入ってきた。
「旦那様。アリオス先武王陛下がお越しになられました」
「ソーマよ! 明後日の出発日の確認と、家名について話があるんじゃが…………なんじゃ? なんぞあったのかの?」
「なるほどのう……ソルムが斯様なことになっておるのか……。それは確かにソーマの落ち度じゃな」
応接室で紅茶をすすりながら、アリオス爺がそんなことを言う。
「いやでも……ソルムも子供じゃないんだからさ……」
「そこがおぬしの獣人族に対する認識の甘さよ」
「認識?」
「確かにソルムは年齢的には大人の獣人族ではあります。ですが、年齢だけではどうしても抑えられないものというのもございます」
空になったアリオス爺のティーカップに、エキルスがおかわりの紅茶を注ぎながらそう言及すると、その言葉に周りで控えている獣人メイドたちも皆、うんうんと頷いていた。
それからオレは、アリオス爺や獣人メイドたちから色んな話を聞かされた。
獣人族は基本的に群れを成して生きる種族であること。
忠誠心の高い種族であること。
そして最も驚いたのは、実はソルムは赤子の頃、この王都の近くで置き去りにされていた捨て子だったという話だ。
ソルムに限らず、今ここにいる獣人メイドのうち、メキナとアーシャム以外は全員そうなのだそうだ。
「じゃあポロンやアニルにルトも?」
「ええ、この子たちや私も捨て子だったところを、レージュ姉様に拾っていただいたのです」
エキルスも捨て子だったのか……。
「そんなソルムが大恩あるアルグランスの籍を外れ、旦那様の正式な従者として、今もこうしてお勤めを果たしています。あの子がそこまで頑張れるのは旦那様という存在あってこそです。ですがその旦那様としばらく会えなくなる……となると……」
「しかも獣人族特有の群れでの習性もあるからのう……。ソルムの不安や焦りの心中、いかばかりか?」
「いや、でもここにはみんなという仲間もいるじゃないか?」
オレがそういうと、またまた他のメイドたちから大きな溜め息をつかれてしまった……。
「だからその認識が甘いと言っておるのじゃよ、ソーマよ」
「もちろん私たちはソルムに対して、今も強い仲間意識はございます。そしてソルム自身も恐らく同じ心情でございましょうが、彼女は自分が気付かないところで、徐々にその心の拠りどころを旦那様へと移行していっているのです。そんな微妙な精神状態の時に今回のセイル行きのお話です。ソルムでなくても獣人族なら皆、大抵は不安になりましょう」
「あ…………」
エキルスのその言葉で、オレは自分自身の身勝手さを痛感した。
そしてアリオス爺を目が合ったと思うと――
「今回のセイル行き、こうして少し出発までの期間を設けたのはこういった意図もあったのじゃよ……。まぁ半月ほどでどうこうなる問題でもないとは思ったがの……」
――この言葉で再度打ちのめされるオレ……。
ああ……オレってやっぱりバカだ。
まだまだソルムの主としての自覚が全然足りてない!
折角アリオス爺が気を利かせて、ソルムと親睦を深める時間を少しでも用意してくれてたってのに、セイル森国へ行く準備ばっかり……自分のことしか考えてなかった……。
「まぁ幸い明日は休日じゃ。ソーマの方も出発の準備は大方済んでおるのじゃろう?」
「ああ、それについては問題ないよ」
「でしたら明日一日、あの子とできるだけ一緒の時間を設けてやって下さいませ」
「ハッハッハッ! これも主としての務めと思い、従者の労を存分に労うのじゃな!」
アリオス爺とエキルスが優しく微笑みながら、オレにそうアドバイスしてくれた。
「あ~あ……これで明日は旦那様との逢引は無しかぁ……残念です」
「ちょっとポロン? 貴方そんなことを考えてましたの⁈」
「そういうメキナだって昨夜、色々とお出かけ用の服を選別してたじゃないか?」
「ねえアニル? その話本当なの⁈」
「アハハ~♪ みんな考えることはおんなじぃ~」
そんな話をしている獣人メイドたちを見て、エキルスがやれやれといった感じで肩をすくめながら首を振ると、次の瞬間には引き締めた表情でパンパンと手を叩き、他のメイドたちを引き締め戻す。
「はいはい。みんなそこまでよ。今回は旦那様の正式な従者であるソルムに華を持たせておやりなさいな」
「「「「「は~い」」」」」
「ですが旦那様? セイルからお帰りになられた時は是非、私たちにも甘い御寵愛をいただきたいですわね♪」
とまぁ、そんな感じで笑顔のエキルスが若干の覇気を乗せた声で、オレにそんな要求をしてくる。
乙女の情念恐ろしや……。
「わ……解ったよ……、みんなもごめんな」
「「「「「いえ! 大丈夫です!」」」」」
「まぁ私は、旦那様と旅を御一緒できるからまったく問題ないですけどねぇ~♪」
『『『『『ビキッイィイイ!!』』』』』
折角和やかな空気で話を終えれそうだったのに、アニルが余計な一言を言って、他の獣人メイドたちが憤慨。
結局なんだかんだでこの話はあと一〇分ほど長引いてしまった……。
というか、エキルスまでみんなと一緒になってアニルに迫ってるんじゃない!
アニルも余裕ぶってみんなを煽らないの!
「ハハハハハ!! ソーマは女子に大モテじゃのう♪」
「そんな人事みたいに言わないでよアリオス爺~~」




