015話:初めての戦いは一方通行
オレは「ズシン!」という振動音によって目が覚めた。
目覚ましアラームは八時にセットしていたから、アラームが鳴る時間より早く起こされたことになる。
安眠を妨害されるというのは、非常に腹立たしい。
が、今はそれよりもこの振動音だ。
徐々にこっち側に近づいてるのがわかる。
この振動の仕方は……歩行の音か?
と思った矢先にアラーム音が頭に鳴り響く。
AR全表示!!
>警告! 肉食動物接近中!
地図を確認したら一匹の肉食動物が湖に向かって東の森から接近してきている。
それを察知したのか?
湖周辺にいた草食動物、数にしておよそ五十ほどがワラワラと西の森へと移動してゆく。
ちなみにオレが転生したスタート地点の砂浜は、この島の南側。
そしてこの湖はそこから北北東に五キロほど進んだ位置になる。
とにかく今は非常事態だ。
オレは急いでテントから出て、テントをそのままの状態で収納する。
そして背の高い草に身を隠し、東側の森から出てくるであろう肉食動物を待ち構える。
ここは魔法が存在し、人間や亜人、そして凶暴なモンスターも共存するファンタジーの世界。
今まで暮らしてた平和な地球の日本とは違うことは、頭では理解していた。
遅かれ早かれ、この絶海の孤島で生きてゆくなら、狩りをして獲物を喰らわないといけないことも、頭では理解していた……つもりだったんだろうな……。
今になって手が震えてきた。
そりゃそうだ! 四十年生きてきて、猛獣に襲われた経験なんて一度もないんだからさ!
しかし今からここに向かってくるのは、間違いなく猛獣だろう。
この大きな振動音からも、大きな肉食動物であることが窺えるからだ。
……ん? なんでオレはこんな冷静に状況整理できてる?
普通はもっとパニクるだろう?
……ああ、そうか、高い精神力か。
手の震えもいつの間にか治まって、思考も平常心を取り戻す。
ハハハ、まるで自分の体じゃないみたいだ……。
……そうだ、この体は今までの、なんの取柄もない瀧蒼馬の体とは違う。
肉体も精神も神様たちの力によって強力に強化されたソーマという人間の体だ。
瀧蒼馬からソーマに受け継がれているのは、地球で四十年生きた記憶のみ。
オレは今から、そしてこの先も、この体で新しい世界を生きてゆく道を選んだんだ!
そして神様とも、この世界で生きることを約束したんだ!
信じろ! 今の自分を!
信じろ! 神様から与えてくれた数々の力を!
信じろ! 今のオレは最強だ!
どんな猛獣が出てきても逃げることはない!
襲いかかってくるのなら、払いのけるまでよ!!
そう意気込んだ瞬間、東側の森からその猛獣が姿を現した。
………………
オレは息を殺しながら、更に体を低くした姿勢を保つ。
うん、冷静だな……。
冷静だな……。
大事なことなので二回確認しました。
うん! 今のオレは超!冷!静!
じゃねーよ!!
超慌ててます! 超動揺してます! 超逃げる算段立ててます!
ええ! 猛獣ドンとこい! そんな意気込みでした!
出てきても大型の熊とか狼くらいだと思ってましたよ!
で! も! ね!
………………アレ、恐竜やん?
しかもどこからどう見ても、あのティラノサウルスさんにそっくりなんですよ。
どう考えても、こんなのに太刀打ちできんでしょう?
こんなの即撤退ですよ! 考える余地皆無です!
湖の水を大きな口でガブガブ飲んでる今のうちに撤退だよ!
なんて考えから、ほんの数秒でオレは冷静になっていた。
うん、早くこの体に慣れないとね。
いや~、しかしまさか恐竜が出てくるとは思わなかった!
こいつは大誤算だったわ。
で、オレは姿勢を低くしたまま、草の分け目からこの問題の恐竜を観察する。
すると直ぐにAR表示が詳細なデータを教えてくれる。
>恐獣「ガンガルド」
>レベル85
>
>ステータス
>HP :3500
>MP : 0
>FP : 0
>スタミナ:1800
>
>全長9メートル
>成獣
>オス
>
>スキル「噛み付き」「威嚇(中)」
>
>>地竜に分類される恐獣
>>主に南大陸に生息する
>>ゴラス島のガンガルドは現在8頭のみ生息しており、島内に限っては絶滅危惧種となる
>>大きな口と鋭い牙で獲物を骨ごと食い千切る
>>気性は荒く凶暴
>
>
>>現状スキルなら素手でも超余裕で倒せます
ホントかよ⁈
あんな馬鹿デカい恐竜を素手で?
いやいや、いくら武神様の加護を貰ってるからって、超余裕は流石に盛り過ぎでしょ~?
だけどそんな俺の思考とは裏腹に、体と心は「素手でもいける」と言っているようだ。
ああ、わかったよ……。
ならば見せてもらおうか! このニューボディーの本当の性能とやらを!
でも流石に素手でやり合うのは、初の実戦でハードルが高い。
そこで作戦タイム。
まずはバルバロッサで一発だけ聖矢を放ち、その直後にゲイボルグで突進して脚に一突き。
ゲイボルグが刺さろうが刺さるまいが、その時点で即座にエクスカリバーで斬りかかる。
それで駄目ならアロンダイトだ。
それでもガンガルドを倒せなかったら、森に向かってとにかく逃げる。
よし、完璧なプランだ。
オレは静かにバルバロッサの弦に聖矢をあてて構える。
対象との距離は約二百メートル……。
だが弓神様の加護を得たオレは、この距離でも矢を外すことはないだろう。
天上界でのレクチャーで五百メートル先の標的も射貫いた経験があるからだ。
『弓を射る時は額の三つ目の眼で見るイメージを意識するのじゃ』
オレは目を閉じて大きく深呼吸しながら、弓神様の言葉を思い出す。
よし! いくぞ!
オレはその場で立ち上がり、発射体勢をとる。
するとガンガルドがオレの姿を捉えたようで、その大きな口をオレに向かってガパリと開き、凄まじい轟音の威嚇をした!
ギュアゥォオオオオオオンンン!!
>敵のスキル「威嚇(中)」をレジストしました
オレの高い精神力の前では、そんな威嚇は通じない!
オレはしっかりと狙いを定めて聖矢を射る。
狙いはヤツの頭だ!
放たれた聖矢は光のオーラを纏ったかのような姿で、一直線にガンガルドの頭部へと飛んでゆく。
だが、発射と当時にガンガルドもオレに向かって突進してくる。
突進勝負か! 受けてやんよ!
オレもヤツに向かって聖矢を追いかけるように駆けだし、ゲイボルグを前面に突き出しながら突進する。
そんなことをしている間に聖矢がヤツの頭に直撃した!
よし! 命中だ! あとはこの聖槍ゲイボルグで渾身の突きを食らわせてやるぜ!!
やるぜ……。
やる……ぜ……。
オレは駆けだす脚を止めた……。
うん、今の状況ね。
オレの目前にいるのは……頭が無くなって静止してるガンガルド……。
何を言ってるのか解らないと思うが、そうとしか言いようがない……。
簡単に説明するとだ、バルバロッサと聖矢の一撃でガンガルドの頭を吹き飛ばしたってことになる。
一撃で……レベル八五のモンスターを、弓矢の一撃で撃破である。
今なら某赤い彗星さんの気持ちが痛いほど理解できそうです。
っていうか! この弓矢って威力あり過ぎだろ⁈
しかもアレなに⁈
矢が刺さるとかじゃなくて、光のオーラで目標をそのまま削るように飛んでったよ⁈
オレは聖矢をもう一本取り出して観察する。
>「聖矢」
>
>聖弓で射ることにより、光の矢と化して対象を破壊する
>一度放たれた聖矢は目標に着弾するまで自動追尾する
>着弾と当時に消滅するので、放たれた聖矢は回収不可能
>発射時に魔力を込めると破壊力アップ
聖矢を即座に収納する。
こんな危ない矢は生き物相手には使用禁止だ!
説明文も「射貫く」じゃなくて「破壊」ですよ?
しかもホーミング機能付き!
こんなのがあと二百九十九本も残ってるんだよ……。
どないせいっちゅーんじゃい?
とか考えてたら、頭の無くなったガンガルドが首から赤黒い血を吹き出しながら、静止したその場で力無く「ズズゥウンン」と横に倒れ込んだ。
うげ! モロに傷口見ちゃった!
オレ、グロ耐性は無いんだよなー。
ゲームやアニメなら平気なんだけど、映画みたいな実写になると完全にアウトですわ。
料理でもせいぜい魚のワタが辛うじていけるくらい。
車に轢かれた小動物なんかは目を反らすレベル。
なんだけど……、やっぱり精神力補整のせいか、今のガンガルドの姿を見ても、すぐに平常心を取り戻す。
恐らくこの先も色んな動物の命を奪っては捌いて自分の糧とすることも増えるだろうし、この精神力には今後も大いに助けられるだろうな……。
さてと……、このガンガルドの死体をどうするかなぁ?
死体に意識を向けると脳裏にこの死体の解体の仕方などの方法が浮かび上がってくる。
多分これは料理神様の加護の力かも知れないね。
どのみちこのままってわけにはいかないだろうし、解体しても精神面は平気そうだしやってみるか!
となれば、解体に使う道具だけど……一応見てみるか。
オレは無限収納のギフト覧から、料理神様からのボックスに意識を向ける。
>「料理神からの贈り物」
>開封しますか?
>>はい
>>いいえ
「はい」を選択っと。
>「聖包丁コンツァー」を得た
>「料理道具一式(片手鍋・両手鍋・寸胴鍋・中華鍋・フライパン・すり鉢・すりこぎ棒・お玉・トング・フライパン返し・菜箸)」を得た
>「食器一式(料理皿各種・グラス類各種・箸・ナイフ・スプーン・フォーク)」を得た
>>以上を「道具」タグへ移動
流石は料理神様の贈り物。
見事なまでに料理道具と食器一式が揃ってるわ。
しかしこの聖包丁ってのはなんだか凄そうだな。
オレはコンツァーを取り出して手に取る。
外見は綺麗な三徳包丁で、凄く切れ味がよさそうな感じだ。
しかしコレであのデカ物を捌くのは流石に無理っぽい……。
と、オレがそう考えたら、コンツァーが微妙に光り出した。
うおっ?! コンツァーの姿が変形して刃渡りの長い刃物に変わったぞ?
これは……マグロの解体とかに使う、日本刀のような包丁だ!
テレビとかでこういうのを見た事がある。
どうやらこのコンツァーは、こと料理に使う包丁類になら、どんな姿にも変形する包丁のようだ。
これは凄く便利な逸品だ。
大事に使わせてもらいますね。
では早速、ガンガルドの解体作業に入るか……と思ったけど、料理に関する知識がまたもや頭の中に流れ込んでくる。
……解体する前に血抜きが必要だ。
そうだ、どんな動物でも解体する前には血抜きという工程が必要なんだ。
昔見たアニメや漫画でもそういう描写が結構あったのを思い出す。
たしか傷口を下に向けて吊し上げて血を下に落とすんだったよな?
しかしこれだけ大きいのを吊し上げるとなると……専用の設備が必要だな……。
するとまた別の知識が頭に流れ込む。
建築神様の加護の知識だ。
オレはガンガルドの死体を収納しようとする。
こういうのもいけるか? と、一瞬不安になったが、死体はその場でスッと消えて無限収納の「食材」タグに収納された。
次はアロン道へ向い、先日切り倒した長めの丸太も数本収納して持ち帰ってきた。
昨日は普通に引きずって持ち帰ったけど、考えてみれば無限収納を活用すれば一度に何本でも持ち運べるんだ。
今までにない感覚の能力だから、瞬時にその考えが浮かばなかった。
次からは注意しよう。
で、この丸太を組み上げて吊るし台を作ろうと思う。
エクスカリバーで丸太の形や長さを整え、ピットとコンクリートの魔法を使って丸太を地面に少し斜めに立てる。
万能ロープも使って、約五メートルくらいの高さの吊るし台を組み上げる。
形としては巨大なサイクルスタンドだ。
ロードバイクなどのサドルに引っ掛けて駐車させる時に使われるアレだ。
しかしこの万能ロープも凄いな。
一見すると全部で二十メートルくらいの長さしかなさそうなんだけど、切っても切っても全然減らずに直ぐに元の長さに再生する。
多分無限に使えるロープなんだろう。
本当にいたせりつくせり過ぎる。
吊るし台が完成したので、無限収納内の「ガンガルドの死体」に意識を向けて血抜きや解体、調理などに関する情報を引き出そう。
>ガンガルド解体及び調理指南
>
>内臓・骨・頭部以外の肉部分は全て食用可能
>爪と牙は錬金素材として使用可能
>
>特に尻尾部分は美味
>皮は非常に丈夫で耐水性もあり、多用途で使用可能
>
>解体は全て料理神の加護によって実行可能
>現状の場合は血の少ない尻尾を切断後に、脚を上にして首から血抜きする方法が最適
>血抜き完了予測時間は約一時間
>
>各部位の肉は全て火を通す必要あり
>生食も不可能ではないが、お勧めはしない
>素焼きの時の調味料は塩や胡椒などが好ましい
なるほど、尻尾が一番美味いのか。
それでは今度こそ解体作業を開始しよう!