096話:ファーストキル
全速力で北上すること二時間。
オレたちはクレイトの帝都まで、残り五キロの丘の上にまでやってきた。
帝都までの間は所々に点在する小さな森と、あとは雄大に広がる草原だ。
そしてその草原には凄まじい数の軍隊が集結していた。
どうやら昨夜逃がしたペルマンの騎士がオレたちの存在を知らせ、慌てて編成した軍だろう。
その数およそ一〇万。
「流石は帝都の軍勢。伯爵領とは違いますね……凄い数です」
「なにを言うかソルムよ。あれしきの数なら我だけでも十分相手できるわ」
凄まじい大軍を見たソルムに対し、マークが鼻息を荒げる。
まぁ普通の人なら驚く数だよね。
でも今のオレも、あの大軍を見ても全然恐怖心が湧かない。
流石に全部を一気にプール作戦で沈めるのは無理かも知れないけど、全滅させる方法はいくらでも考えられるからだ。
だけどそれを実行するには、やはりどうしても「あれ」の拘りを捨てる必要がある。
そんなことを考えていたら、先行していた敵の斥候部隊がオレたちの姿を確認するやいなや、慌てて後方へ退く。
しばらくその様子を眺めていたら、色々と配置されている軍隊が陣形を組み直し始めた。
なるほどね。オレの位置が判明し、それに合わせた防衛陣形ってわけか。
だがそんなものは、なんの意味もなさない。
そして先ほど考えていた拘りを捨てるため、オレは意を決する。
オレはマークの背に立ちあがると、無限収納から聖弓バルバロッサと一本の矢を取り出して構える。
無論その狙いは前方の大軍に向けてだ。
先行隊の一部が半径一キロの地図レーダーに引っ掛かる。
すぐさま検索機能を使い、このレーダー範囲に入っている軍勢の中から「悪人」のキーワードで検索を開始。
すると、約三〇〇〇人の中から三〇名ほどが引っ掛かる。
更にその中から「汚職」「犯罪者」などのキーワードを重ねる。
すると最終的に五人の人数に絞り込めた。
そしてその中から一人をチョイスしてステータスを確認する。
>名前 :ガジル・デイモン
>レベル:29
>種族 :人族
>年齢 :38歳
>職業 :クレイト帝国騎士
>称号 :クレイト帝国騎士百騎長
>
>スキル:剣術・火魔法・指揮
>
>犯罪歴:恐喝・暴行・強姦・贈収賄・横領・詐欺
普段は意識しなかったが、犯罪歴も見せろと意識を集中したら、あっさりと確認することができた。
この鑑定機能、ほんと怖いな……。
隠し事が全然できないんだもの……。
でもあまり、ここまで深入りした検索は多様しないほうがいいな……。
少なくとも仲間に対しては絶対使いたくない機能だ。
誰だって少なからず暗い部分はあるだろうし、なにより仲間の過去を洗うなんざ願い下げだ。
オレの信じた仲間だけは最後まで信じよう。
ところで人物鑑定スキルが上級だと、この犯罪歴も見られるんだろうか?
>否
>犯罪歴の閲覧はスキル「看破」が必要です
そんなスキルがあるんだ……。
じゃあオレの鑑定スキルってそれも含まれている、特異点特有の上位アップグレードバージョンってことか?
>否
>貴方の鑑定は厳密にはスキルではなく、その身に宿る能力そのものです
>詳細なパラメーターを除き、全ての人種のステータス、及び、加護下にある上神にまつわる万物の鑑定が可能な「神眼」です
わお! 神眼ときましたか⁈ この響きは厨二魂が疼くね♪
しかし…………検索されたガジルってやつはどうしようもないクズだな。
犯罪歴のオンパレードじゃねぇか。
そんな奴がダイルと同じ百騎長なんてやってるんだから、絶対汚職三昧で上り詰めたに違いない。
これは相当な人達から恨みも買っていそうだし、生きてても仕方がないよね。
ということで、オレはそのガジルに向けて弓矢を構えて一呼吸…………額にある三つ目の眼を意識し……集中し……そして矢を放った。
聖弓から放たれたオレの手作りの矢は空を裂き…………いや、聖弓から放たれた矢は、分厚い大気との摩擦すらも意に介さない。
定めた狙いに向けて一直線に……些細なブレも揺らぎも無く、ただ真っ直ぐへと飛んでゆく。
そしてその矢は見事にガジルの脳天を撃ち貫き、騎乗していたガジルはそのまま落馬し、その体はピクリとも動かない。
周りの騎士たちも、何が起こったのか判らず動揺しているみたいだ。
そりゃそうだ。どっからどう見ても弓矢の範囲外から矢が飛んできて、一人の騎士を屠ったのだからな。
……オレは初めて人を殺した…………。
死んだのはオレと会うどころか、話もしたことのない人間だ。
しかもオレが勝手に詮索し、悪党と決めつけて殺した。
もしかしたら何か理由があって、あんな犯罪をしていたのではないだろうか?
そんなことを意識した瞬間、ほんの一瞬だけ強烈な忌避感と罪悪感が襲いかかったが、目を閉じ深く深呼吸することで精神力補整がかかり、自分でも信じられないほどの平常心を取り戻していた……。
こんなファンタジーの世界に来たからには、いつかはこういう日がくるだろうとは思っていたし、それなりの覚悟もしていた。
しかしこうも簡単に人を殺し、そして平常心を保ち続けている自分に少し腹が立つ……。
普通なら忘れたい記憶だが、オレはこのことを決して忘れない。
これはオレがこの世界で「自由に生きる」うえで、決して避けては通れないことの一つだからだ。
ガジル・デイモン……名前からして悪党みたいな見知らぬ人間よ。
オレは決してお前の名前を忘れない。
お前の犯罪行為の犠牲になった人々がいたとしたら、その人たちは安堵の息を漏らしたあとで歓喜するだろう。
そしていつかはお前の名も忘れ去られるだろう。
それでもオレはお前の名を忘れない。
オレがこの世界で生きてゆくための踏み台となってくれたお前を、オレは決して忘れはしない。
碌でもない人生だったみたいだが、もし生まれ変わりなんてのがあるのなら、今度はまともな人生を歩め。
迷わず成仏しろよ…………。
オレは自分にそう言い聞かせ、ガジルにそう訴えかけ、今一度深く深呼吸をして息を整える。
「マーク! キャスト! ガドラ! 先陣はオレがきった! 今から帝都に向けて突撃を開始する! 障害となる者に容赦する必要はない! かかる火の粉は全力をもって排除しろ! 必要ならば殺してもかまわない!」
「御意! 聞いたか、我が子たちよ! 主様自らが汚れ役をお引き受け下さった! その御厚意に深く感謝せよ!」
「「はい! 父上!!」」
オレの言葉を聞いてマークたちの士気が上がるのを感じた。
そしてオレは、キャストの背に乗りながら少し不安そうな表情を浮かべるソルムに視線を送る。
「だ、旦那様……」
「ソルム…… オレ、初めて人を殺したよ……。多分この先、またこうして人の命を奪う時があると思う……」
「旦那様……」
「だからソルム……キミに一つお願いがあるんだ……。もしそのことで、オレが人の道を踏み外しそうになった時は、全力で……それこそ殴りつけてでもオレを止めておくれ……。頼めるかい?」
オレの言葉を聞いたソルムは少しもの哀しげな表情でそのままそっと目を閉じたが、再び目を開くと凛とした表情でオレにこう言った。
「ハイ! お任せ下さい! ですが、そんなことにはなりません! 旦那様は……私の存じているソーマ様は、決してそのようなことにはなりません! ソルムはそう信じています!」
……………………かあっ~~~~!!
もうほんと! この子は従順で可愛いなぁ~!!
オレは思わず赤面して身を捩じらせたくなったが、ぐっとそれを思い止まった。
精神力先生、あざっす!
マークに頼んでオレをソルムの近くに寄せてもらうと、オレはそのまま優しくソルムの頭を撫でてあげた。
「ありがとう、ソルム。オレもそうならないように頑張るよ」
「ハイ♪ 旦那様なら絶対大丈夫です!」
うおおおお! オレもソルムのおかげですんごい士気が上がったぞ!
それじゃあ帝都でふんぞり返っているであろう皇帝めがけ、一直線の突撃を開始だ!




