Rising Hope
十八時になった。これからアンジェの演説が始まる。騎士長が集めてくれた兵達は規律正しく整列していた。
「これより、私達はドミーナに奪われた食糧を取り返しに行きます。これは、始まりにすぎません。私達は、ドミーナに奪われた全てを取り返します。ドミーナに奪われた家族、友人、土地、何もかもを取り戻します。これは、死んでいった同胞への弔いです! 私達はこれ以上犠牲を出しません。いえ、出させません! 戦乙女、アンジェがここに、スフィーダ王国の勝利を約束します!」
アンジェは錆びたハルバードを掲げた。同時に兵達も思い思いの武器を掲げ、雄叫びを上げた。
「始まったな」
後ろで俺と一緒に演説を眺めていた騎士長が感慨深そうに言った。滅びる寸前からここまで持ち直したんだ。彼なりに何か思うところがあったんだろう。
「ええ。俺は言った事はやりますよ。必ずドミーナを滅ぼしてスフィーダ王国を持ち直させます」
――俺自身のために、その言葉は恐らく、兵達の雄叫びにかき消されて騎士長の耳には届いていないだろう。
そうして始まった食糧奪還作戦は順調に進んでいた。どころか、文字通りツキが回ってきた。月が雲に隠れて周囲を暗く覆っていた。俺達は火を付けずに行動しているおかげで、闇に紛れているが、それに対して食糧庫周辺は大量に篝火を焚いているせいで丸見えだ。完璧なまでに綺麗に夜襲をかけられる。
「第一陣、構え! 放てえ!」
俺の指示で兵が弓を放つ。山なりに放たれた矢は雨となって食糧庫へと降り注いだ。
「放て! 弓を撃たなければ飯が無くなるぞ! 撃てえ!」
俺の叫びに急かされ兵がありったけの矢を撃っていく。この様子だとしばらくもしない内に食料庫はハリネズミになるだろう。馬肉を食べたのが予想よりも効果的だったようだ。兵の動きが格段に良い。当初の予定よりも早く事が進んでいる。
「第一陣やめ! 第二陣突撃! 第一陣準備!」
第一陣の弓兵が後方に回り、食料を詰め込む準備を開始し、第二陣がアンジェを先頭にハリネズミとなった食料庫へと突撃し、残敵を掃討しに行った。
何故こんな周りくどい事をしなければならないのか。溜息が吐きたくなってくる。戦力差は如何ともしがたい。って事で兵を効率良く運用するしかないのだ。
まず戦闘兵を半分に分けた。半分を弓兵に、残り半分を突撃隊に。
第一陣の弓兵が弓をありったけ撃ち、哨戒の兵を倒した後に第二陣の突撃隊が混乱しきっている相手方の残りを掃討する。その後、第一陣が食糧を詰め込む準備を行い、第二陣の合図と共に食糧庫に食糧をかっぱらいに行く。
「あー。アンジェが心配」
戦乙女である事を公表したためにアンジェを先頭に置かざるを得なかった。戦乙女だと公表した事で確かに士気は上がったけど、その分アンジェは陣頭を走らざる得ない。なんともむず痒い状況だった。
「アンジェならきっとだいじょぶよー」
メアリーが俺の頭をなでなでしてくれた。なんだかんだ言っても、こいつも結構可愛いな。メアリーが人間サイズになったらさぞ魅力的だろう。
「あ! ほら見てー。終わったみたいよ」
準備の手を止めて食料庫の方を見ると狼煙が上がっていた。安全が確保された合図だ。
現在時刻は二十時三十分。いいぞ。予定よりも三十分も早い。これは食糧を多めに確保出来るチャンスだ。
「準備が終わった者から食料庫へ行って食料を積み込め! 優先順位は穀物! 次いで果物だ! それ以外は後にしろ!」
俺も急いで食料庫へ行かねば。腹が減ってその場で食べ始める者が出ないとは限らない。重要なのはスピードだ。ここで余計な事をする兵が出てくれば必要量をスフィーダ王国に持って帰る事が出来なくなるだけでなく、交代に来た兵にこちらが全滅させられる可能性まで出てくる。だからこそ、急がねば。
食料庫に着くとアンジェが俺を待っていてくれた。見れば、持っているハルバードには血が付いていた。
「アンジェ、大丈夫か?」
「はい。何人か残っていましたが、片付けました。その際に、一人負傷してしまいました。すみません。私のせいです」
「アンジェのせいじゃない。その怪我したって人は?」
「あそこで休んでます」
アンジェが指した方向を見ると、壁に背を預けて座り込んでいる兵がいた。表情が見えないが、よくはないだろう事は雰囲気でわかった。
「大丈夫か?」
近づいて見ると、結構な重傷である事がわかった。右足と左肩から血が流れている。恐らく剣によるものだろう。
「俺はもう、無理です。国にいる女房と子供に食事を。俺の分も……」
「バカ。犠牲は出さないってアンジェも言ってただろ? 掴まれ、台車で国まで運ぶ」
傷ついた兵を肩に担いで、食料を乗せる用の台車にそっと横たわらせた。
「急いで運べ! スフィーダに着いたらすぐに治療するように言うんだ。行け!」
これで台車一台分の食料が減ってしまったが、時間が早まった分、それでも当初の予定よりは多い。問題は無い、という事にしておこう。
「アンジェ、後始末の準備を手伝ってくれ」
「はい」
予定よりも早く食料庫を占領出来たとはいえ、時間に余裕が無いのには変わりがない。往復二回が関の山だろう。それでも、少しでも可能性を上げるために散らばった木矢を片付けて、道を作る。その上で食料庫を燃やす準備も進める。
食料庫自体は燃えるだろうが、中にある食料は焼け残ってしまう。それではダメだ。連中に少しでも食料をやるわけにはいかない。
果物類はなんとしても全部運ばせる。栄養失調の人にとって最適とも言える食べ物だからだ。豊富なビタミンに加えて体を動かすのに必要なカロリーも含んでいる。更に、果物類は水分を多く含んでいる。残してしまうと食料が焼け残る原因になってしまう。
「それにしても……」
ドミーナ王国は水もあまり採れないようだな。水まで備蓄されてる。どんだけ食料自給率低いんだよ。これも急いで運んで食料庫の外に捨てなければ。
「水がめを三つここに置いておく! 喉が乾いた者はこれを飲め!」
よし。次は持ってきた木矢の配置だ。上手いこと燃えるようにしないとな。四方を囲む感じにして、後は最後に中に全部入れればいいか。
「アンジェ、木矢を食糧庫の四方に設置する。アンジェはそっちを頼む」
「公平様。疲れているでしょう? 少し休んでください。後は私がやりますから」
アンジェがとても心配そうな顏で俺を見ながら言った。
そんな疲れたような顏してるのかな? 確かに疲れたし、汗も出てるけど、動けないほどじゃない。
「だーいじょーぶだって。まだいけるさ」
「せめて果物の1つでも食べてください。スフィーダ王国の人に付き合ってあまり食べていないはずです」
「それはダメだ。今俺がそんな事をすれば全部台無しになっちゃう。本当に、大丈夫だから。ほら、急がないと時間がなくなっちゃう」
「疲れたらすぐに言ってください。私が全部やりますから」
後少しなんだ。最初食料を運びに行った連中は戻ってきた。現在時刻は十時三十分。これで最後だ。後は往復で来た連中に食糧を運ばせて、俺達が残って食料庫を燃やす。ただそれだけだ。それだけで終わる。
往復で訪れる荷物隊の到着までの一時間が異様に長く感じた。人生で二度目の戦闘は俺の精神に疲労をもたらせるには十分過ぎる程だった。
伝う汗を拭っていると、どうやら最後の荷台が発ったようだ。
「よし! 行ったな。後は残っている調味料を少し持って火をつけるぞ」
出来る限りの事はやった。穀物と果物は全部運べたし、干し肉なんかも少量だけど運び出せた。これでしばらくは食べていけるはずだ。
塩と砂糖。確か甘いものは王様ですら口にしていないようだったな。優先して持っていくかな。疲労回復にいいしな。
アンジェと俺、二人合わせて三キロぐらいの塩と砂糖を荷台に乗せた。これは可能な限り存在を隠そう。王族などの身分の高い人にのみ与えよう。それによって俺の力を誇示する事にも繋がる。俺のおかげで砂糖とか使えるんだぞーってな感じで。
食料庫に松明を投げ入れる。燃え残らないように沢山投げ入れてやった。これでこの食料庫とはおさらばだ。
「さあ、後ろに乗ってください。帰りますよ」
アンジェに促されて荷台に乗った。調味料君達と相席なのはご愛嬌だ。
「盛大に燃えてるねえ。騎士長にも見せてあげたいよ」
すごい勢いで燃えて無くなっていく食料庫は見ものだった。食べるものに困っている兵が見れば号泣ものだったんだろうけど、俺にすれば花火を見てる感覚だ。
「これでとりあえずは問題かいけつねー」メアリーが眼前に来て言った。
「いやまだだ。これまで倒してきたのはあくまでも偵察隊みたいなもんだ。その内本隊がやって来る。次は……そうだな。二日後くらいに食料持ってモントーネ村の解放かなあ」
モントーネ村を解放すれば流石に異常に気付いて、ドミーナ王国も本隊を送ってくるだろう。そうなる前にドミーナ王国を奇襲して王を倒す。やはりそれしか無いだろう。
「面倒ねー。さっさとお嫁さんを何人も確保すればいいのに」
「仮に確保出来ても、拠点が無かったらどうしようも無いだろ? 今は拠点作りの最中なの」
「どうせ作るならおっきいお城にしなさいよー?」
「そのつもりだよ。夢は大きく。国を作るさ」
少なくとも他国と貿易が出来る程度の規模にはしたいな。輸出するのは剣だけで、自国で使うのは銃とかもいいな。この世界で最強の国が出来上がる。
「あの、公平様。お願いがあります」
「ん? 何?」
「私の他にも女の人を囲う事は構いません。ですが、私への愛は忘れないでいただきたいのです」
事実上のハーレム容認じゃん。流石はアンジェ、懐が広い。そしてそれを恥ずかしそうに言うのは可愛い過ぎる。反則だ。耳が真っ赤だから、後ろからでも恥ずかしがってるのがわかるんだよん。
「もちろんだよ。俺のお嫁さん」
「愛しています。公平様」
「俺もだ」
ここから忙しくなるぞ。村と国の解放にドミーナ王国の王様殺害。やる事が山積みだ。でも、ドミーナ王国さえ溶かしてしまえばキングダムの設立に大きな一歩を踏み出せる。
「スフィーダ王国が見えて来たわー。メアリー疲れちゃったから早く寝たいなー」
遠くに見えるスフィーダ王国の灯りが俺達の勝利を称えているような気がした。きっと今頃は多くの飢える人にご飯を配っているんだろうな。
見え始めた光に到達するまでの時間はそう長くはないだろう。前の世界とは比べ物にならないほど綺麗な星空を眺めながらそんな事を思った。