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Distance

 カンナが言っていた酒場はさっきの交易地からほど近い場所にあった。主に行商人が訪れるところなのだろう酒場というよりも食事処と言った方がしっくりとくる。そして、例にもれずここも大勢の人で溢れかえっていた。いい加減慣れてもいい頃だと思うんだげど、騎士長はまた驚いていた。アンジェはもう驚かなくなってきているというのに。


 俺達はカウンターの目の前の六人人がけのテーブルに座った。席順は俺を挟む形アンジェ、カンナ。向かいの席に騎士長といった具合だ。


「……なんだろう、この疎外感」


 悲壮感漂う騎士長には悪いけど、こうなるのは目に見えていたよね。今までアンジェはずっと俺の横にいた訳だし、カンナはカンナで平然とこうするだろう雰囲気があった。


「公平は何を頼むの……?」


 カンナに言われてメニューに目を落とした。当たり前の事だけど、慣れ親しんだ料理名は1つも目にする事が出来なかった。


 まあでもさっきのリンゴを見るに、名前が全然違うからといってゲテモノが出てくるような事はないだろう。一応この世界にもニワトリみたいな鳥もいるみたいだし。恐らく名称と見た目に違いがあるだけで、根本的な違いはないはずだ。肉は肉だし野菜は野菜だ。


 ならば、大体失敗の無い安牌は肉系の食べ物だ。それらの中でも鳥系はほぼ絶対安全だと言い切れる。ならば選ぶのは唯一つだ。


「俺はこのカサミ鳥のナギリ海風にしようかな」

「……他に食べたいのは?」


「んーやっぱ肉かな。牛も食べたいけど、そんなに入らんしなあ」

「じゃあ……私が牛を頼む」


「え、いや、いいよ。悪いし。好きなの頼みなよ」

「いいの……今は牛が食べたい気分なの」

「そっか。なんか悪いね」


 カンナは僅かに口角を上げた。一瞬、それが何を意味するのかをわからなかったが、彼女なりの微笑みだったのだろうと理解するのに時間はかからなかった。


「じゃあ私はナギリ海産魚のカルパッチョを」

「俺はオシミ牛のステーキとナギリ海パエリアを頼むわ。皆決まったな。頼むぞ」


 騎士長が、先程から酒や料理を盆に乗せて忙しなく席を回っているウェイトレスに声をかけた。

 ウェイトレスは酒と料理で満たされた盆二つを片手で持って、俺達の注文をメモしていた。


 見るたびに思うけど、あれとんでもないバランス感覚だよな。片手で盆二つ持つとか俺だったら絶対に出来ない。だけど、ファミレスの店員とかは平然とやってるんだよな。


「あれすごくない?」

 ウェイトレスが去っていったのを確認して、俺は騎士長に言った。

「何がだ?」

「盆を片手で二つ持つやつだよ」

「ああ、言われてみれば確かに。どうやってんだろうな」


「手と手首? 的な部分で持ってるってのはわかるんだけど、どうやっても無理だと思うんだ。すごいよな」

「そうだな。でもあの技術ってここでしか役に立たないよな」


「まあ確かに」

「……見て」


 服の袖をちょいちょいと引っ張られて見ると、カンナが俺のコップと自分のコップを手のひらと手首で持っていた。


「すげえ! コップとか盆より難易度高いじゃん。よく出来るなあ」


 カンナの手首は平均的な女性の手首よりも幾分か細い。にも関わらず底面積の少ないコップを手首で持てるという事はやはりバランス感覚がいいからだろう。


「うふふ……」


 表情の変化が乏しい上に常に暗い雰囲気をまとっているからわかりづらいけど、これは喜んでいると解釈していいのだろうか。


「お待たせしましたー! ご注文の品をお持ちしましたー!」 

 例のごとく大量の酒と料理を乗せた盆を持ったウェイトレスが俺達の料理を持ってきた。


「こちらがカサミ鳥のナギリ海風でーすっ」

「……」


 俺は言葉を失った。皿の上にこんがりといい色に焼けたやたらとデカイまるっとした部位と、切り落とされたキリンのように長い首が置かれていた。要するに、ダチョウような鳥だった。その周囲を小魚が彩っていた。どうやら俺が注文した料理はこの店でもボリュームがある方の料理だったようだ。


 うまいこと皿の上に立っている顏が俺を見つめていた。シュール過ぎる。こっち見んなよ……。

 

「騎士長これ余したら食える?」

 彼既に自分で注文したパエリアとステーキを貪っていた。

「食えるっちゃ食えるけど、可能な限り自分で食えよ」

「おっけ、ありがとう」


 ナイフで思い切って切って見ると、中から香草が出てきた。この辺と小魚がナギリ海風なのだろうか。


「うん、うまいな」


 切り取って食べてみると、美味かった。一時はどうなる事かと思ったが、これならば普通に全部食べられるだろう。でも、なぜ頭が一緒の皿に乗ってるんだ。


「それは……頭も、美味しいのよ……」


 俺の疑問を察したのか、カンナが教えてくれた。確かに、頭が美味しいとされる食べ物は数多くあるけど、いざ食べるとなると中々勇気がいるな。首を持って頭をかじり取ってみた。


 豚と鳥を足して二で割ったような食感に香草の香りが乗っていた。食べた事がない味だけど、決してまずくはない。食べ続けていれば、その内好きになりそうな。スルメのような味だった。


「私のも……食べて……」


 カンナが牛料理を皿ごと俺に差し出してきた。こちらはオーソドックスなビーフステーキのようなものだった。騎士長が食べている物に近い。


「悪いね、そんじゃ一口」


 特に面白おかしい奇抜なものではない、見た目通りの味だな。こっちにすればよかったかもしれない。ま、今更だな。


「む。公平様、私のも食べてください」

 そこ、張り合わない。俺の胃袋にだって限界はあるんだ。食べるけどさ。


「わかった、食べるよ。てか、皆で食べ比べでもするか?」

「お、いい事言うじゃないか。実はさっきからお前のやつが気になってたんだ」

「なんだ。それならそうと早く言えばよかったのに」

「なんとなく遠慮しちまってな。ははは」


 その後も飯を食べながらまったりとした時を酒場で過ごした。メアリーも活気がある酒場の雰囲気を気に入ったのか、ちょくちょくと俺の料理をつまみ食いしながら気持ちよさそうに俺の周りを飛び回っていた。


   ○


 楽しい時間というのは過ぎるのが早いもので、気がつけばブリッツ王は書簡を完成させて、俺達をスフィーダに送り届ける準備までしていた。


 そのせい、いや、そのおかげと言うべきか、王宮へ戻ってさほどもしない内にスフィーダに戻る事になった。


「それじゃ、お世話になりました。また五日後くらいに来ますのでその時までにドミーナの扱いに関する書類を作成しておいていただけると助かります」


「わかった。道中気を付けろよ。知ってると思うが、この辺は魔物が出る事もある」


 忙しい合間をぬって俺達を見送りに来てくれたブリッツ王。一国の王がここまでしてくれるとは、余程俺達との関係を重視してくれているのだろう。ありがたい事だ。


「ありがとうございます。なんか馬車の荷物がすごい事になってますけど、どうしたんですか?」


 俺達を送り届けてくれる馬車隊は四台あった。それぞれに荷台が付いていて、その全てが荷物でパンパンになっていた。白い布がかけられているせいで中身が何なのかわからなかった。


「食料が入っている。ウォーム王国からスフィーダ王国へ心ばかりの気持ちだ」


「そんな、悪いですよ。ただでさえ先行投資をして頂いているのに、これ以上受け取れませんよ」


「言っただろう? これは気持ちだ。スフィーダ王国、というよりもお前に恩を売っておいて損は無さそうだからな。うまく活用してくれ。そして、利益を倍にして返してくれ」


「打算的ですね。でも、だからこそ信じられる。これからより良い関係を築いていきましょう。それでは」


「ああ、気をつけてな」

 ブリッツ王とかたい握手を交わした。今度こそ、お別れだ。俺達は馬車に乗り込んだ。


 ブリッツ王は姿が見えなくなるまで手を振り続けてくれた。本当に、個人的にも良い関係を築いていきたいと思う。


「公平様、スフィーダに着くまで時間があります、私の膝で少し寝てください」

「ん、そうするよ」


 と言って有難くアンジェの膝で寝ようとするとぐいっとカンナの膝に引っ張られた。

 見ると、カンナはものすごく満足気な表情をしていた。


「……私の膝の方が……柔らかい」


 確かに程よく筋肉がついた猫科の肉食獣を思わせるスラリとした太もものアンジェと比べると、女性的な脂肪で出来たカンナの膝の方が柔らかかった。


「私の方が先に提案したんですから私のです!」

 今度はアンジェがぐいっと俺の頭を自身の膝に乗せる。こっちはこっちで程よい反発があって良い寝心地だった。


「私の、方が……いい……!」

 ぐいっとカンナの方へ。

「私の方がいいです!」

 ぐいっとアンジェの方へ。


「私……」

「私です!」


 ぐい、ぐいっと俺の頭は二人の間を移動し続ける。

 しびれを切らした俺はガバッと起き上がり大声を出した。


「えーい二人共やめんか!」

「あう……ごめん、なさい……」

「す、すみません……」

「俺はもう一人で寝る!」


 この二人にはある程度強気でいった方が結果的に良いのかもしれない。そんな事を思いながら俺は眠りに落ちた。


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