Fall
十日目
俺達はドミーナ王の査察の日を迎え撃つためにドミーナ王国に訪れていた。
笑いが止まらないとはこの事だった。作戦が予定通り完璧に進んでる。ほとんどの国防の兵は城門前に集結して囮部隊と交戦してるし、ドミーナ王も中途半端に街中まで来てたから、野次馬で家から出てきた民衆の並に揉まれて馬車の中から出る事も出来ずに、身動きがとれないでいる。
源平合戦の頃は戦は神聖なものとして考えられていたらしく、戦いの前には選手宣誓のようなものがあったらしい。それを破ったのが源義経だった。
当時の常識、人道ともいえるようなものを気にせずに純粋に敵を滅ぼす事だけを考え実行した豪傑。結果平氏は滅び源氏は生き残った。
ひょっとすると今俺のやっている事は伝説の源義経と同じ事なのかもしれない。だとすれば今俺達がやっている事は、外道とでも言えるか。
「ってな訳でドミーナ王暗殺計画の実行のお時間です」
後は混乱に乗じて別ルートから王国内に侵入した俺達が八人の護衛に囲まれているドミーナ王を殺せば作戦成功だ。
「相変わらず悪いかおー」
メアリーがふわふわと俺の目の前まで飛んできて言った。
「じゃかあしいわい」
ポーカーフェイスはこれから練習するからええんや。
「公平様。兵の準備が整ったようです」
アンジェが戻ってきた。アンジェにはドミーナ王殺害用の兵に準備をさせる指揮をとってもらっていたんだけど、どうやら終わったみたいだな。
「よーし。そんじゃま、やるか。突っ込め!」
俺の指示で、予めドミーナの街中に待機させていた部隊が街の横道からゾロゾロとドミーナ王の前に侵攻していった。
王の護衛をしていた八人の兵士が反応するが時既に遅し。完全に奇襲の形になったし、人数もこっちの方が圧倒的に多い。部隊規模と護衛規模の差は如何ともしがたい。
「私も行った方がいいですか?」
俺の護衛をさせていたアンジェが言った。確かにアンジェが行けば終わるだろうけど、蹴散らすまでの間俺は完全に無防備になってしまうし、過剰戦力だ。
「んにゃ、アンジェが行くまでもなくもう終わる」
と言ってる間にドミーナ王の護衛は殲滅されていた。
「ってな訳で俺らも行きましょか」
さて、どう料理したものか。今ドミーナ王は馬車から引っ張り出され、私服に偽装した複数のスフィーダ兵に刃を突きつけられ地べたに磔になっている。
デカく太った身体を覆っていた豪華な赤いマントが悲しげに風に揺れていた。
自国で食料を作るなり、貿易をすればいいものを他国から奪うという発想しかない無能の事だ、きっと根はチキンだ。こいつ利用価値あるのかな。
少しの間思考したが、死体を証拠としてウォームに差し出す以外に価値を見出だせなかった。
「残念でした。お前はもう終わりだ。俺のいる国に喧嘩を売ったのがそもそもの間違いだったな。なんか言い残す事はあるか? 遺言くらいは聞いてやる」
「か、金ならいくらでもやる! だから見逃してくれえ!」
なんだかなあ。ドミーナ王のテンプレのような言葉に俺は思わず頭を抱えてしまった。無能でチキンだとは思っていたけど、まさかここまでとは。
「そ、そうだ! お前たちにこの国の永住権をやろう! それだけじゃない貴族権もやる。だから!」
「お前のようなやつのせいで、生きるべき人間が死んでいったと思うと、吐き気がする。やっぱり遺言なんて聞かないわ」
「そ、そんな! 何が望みだ!? わしがなんでも叶えてやるぞ!?」
「もういいよ、お前。死ねよ。アンジェ」
アンジェに首切りのジェスチャーをする。
「はい」
「ひ、ヒイ! 許し……」
アンジェの錆びついたハルバードが、薄汚い豚の首を切り落とした。最後に何かを乞うていたような気がしたけど、誰があいつを許すというのか。少なくとも俺は許さん。
「ドミーナ王は死んだ! 遺体を回収して作戦終了! 撤収するぞ!」
「ドミーナ王は死んだあ! 死んだぞお!」
作戦通り、俺の連れてきた兵は周りに聞こえるようにわざと大きな声でドミーナ王の死を告げた。そして、思惑通り次第にそれは周囲に事実として伝播していった。
この様子なら近い内に囮部隊と戦っている兵達にも情報がいく事だろう。そうなると周囲一帯にドミーナの兵が駆けつけてきて包囲されてしまう。そうなる前に脱出する。
「アンジェ!」
「はい!」
アンジェが錆びついたハルバードを石床に思い切り叩きつけた。すると、石床は砕け、周囲に大量の煙をまき散らした。いい塩梅で煙幕になってくれた。脱出の手助けとなる。
最初のアンジェからは信じられない力だ。これでまだ低レベルで育成度も低いとか、この先アンジェはどうなるんだ。この時点で確実に人は超えてるぞ。末恐ろしいな。流石大器晩成型。
「あっ」
どうやら石床にクレーターを作った代償にハルバードが折れてしまったようだ。ポッキリと中程から折れていた。これでは修理は無理だろう。
「大丈夫。後でもっといいのをプレゼントしてあげるから、今は逃げるよ」
近くにいた兵から一時しのぎの槍を受け取ったアンジェが頷いた。
この土煙に紛れて俺達は徒歩でドミーナの街中から脱出しなくてならない。
作戦の性質上目立つ訳にはいかなかったので、馬車の類は使えなかったのだ。だが、それも街の中までの話しだ。街の外に出れば待機させている馬車で速攻撤退だ。
アンジェが起こした土煙は空高くまで登っている。囮部隊で戦っている騎士長達はこれを合図に撤退を始めているはずだ。だから、俺達はそれに合わせなければいけない。スピードが命だった。
「走るぞ!」
ドミーナ王国は他国を侵略する事ばかりに重点をおいていたせいで内政がごちゃごちゃになっていた。それに付随して、王国を守る最後の壁である城壁も壊れてもろくなっていた。俺はそこにつけ込み、ハウトゥーファンタジーを使って人に見つからない位置に穴を掘ったのだ。しかも穴は王が足止めをくらったここからほど近い場所に掘った。そこから街の外に出られれば、待機している馬車部隊と合流して作戦完了。
ダッシュダッシュダッシュ。息切れを起こしても俺達は走り続けた。
「おっしゃ! 見えてきたぞ! 後少しだ、皆頑張れ!」
穴がどんどんと近づいていく。それと同時に俺はなぜか違和感を感じた。何かが変だ。おかしい。違和感の正体はなんだ? 思いだせ、俺達が侵入した時の光景を。
確か……そうだ、民家があったんだ。今はどうだ? 民家がほとんど倒壊している。中に兵を潜ませる事が出来るような――
「まずい! 皆止まれ! 罠だ!」
「え――」
俺とアンジェは止まる事が出来たが、部隊の何人かが反応しきれず穴の向かってそのまま走ってしまった。
反応しきれなかった部隊の何人かが、崩れた民家に隠してあったバリスタから一斉に放たれた矢に貫かれた。その後にぞろぞろと現れるドミーナ兵。一転してピンチだ。
「クソ!」
なんでだ。こんな事ハウトゥーファンタジーに書いてなかったぞ。何が起きてるんだ。
「公平様下がってください!」
どこにこれだけの数を隠していた? 優に三十は超えてるぞ。いくらアンジェでも無傷という訳にはいかないだろう。おまけにハルバードはさっき壊してしまった。万事休すだ。
「待て! ドミーナ王は死んだ! 俺達が争う理由はもう無い!」
俺の言葉に、ドミーナの兵達はこぞって無反応だった。それどころか、彼らには表情というものがなかった。
ちくしょう、どうする。バリスタ相手に生身の人間では勝ち目がない。今から迂回して騎士長達と合流するか? 無理だ。門はどこも閉じられているはずだ。脱出など出来るはずがない。
クソ! 絶体絶命だ。
「公平様、いざとなったら私を見捨てて逃げてください」
「ばかやろう! そんな事出来る訳ないだろ!」
「でも!」
ドミーナ兵がバリスタの照準をこちらに合わせているのがわかった。彼らの準備が済めば、俺達は串刺しにされる。死へのカウントダウンだ。
どうせ死ぬなら、かっこ良く死にたい。無駄かもしれないが、アンジェを抱きしめて背を盾にしてみた。
「公平様……」
アンジェも覚悟を決めたようだった。綺麗な瞳から一筋の雫が流れ落ちた。
終わりか……そう思い、目を閉じた俺を強烈な爆発音と余波が襲った。
「な、なんだ!?」
空に魔法陣のようなものが浮かび上がっていた。そこから次々とドミーナ兵目掛けて雷が落ちていた。
剣と魔法とファンタジーなのは知ってたけど、実際に魔法を見るとすごいな。なんだよあれ、天災レベルじゃん。あれ超欲しいんだけど。
「なんだか知らんがチャンスだ! 逃げるぞ!」
見た感じ狙っているのはドミーナ兵だけだ。どうせ逃げれないんだ。ならば突っ込むあるのみ!
穴目掛けてひたすらに走った。背後でドミーナ兵の断末魔が聞こえた。
「公平様、怪我は無いですか?」
「ああ、大丈夫。アンジェも……大丈夫みたいだね」
なんとか穴の外まで辿り着く事が出来た。ここまでくればもう安心だ。少し歩けば馬車部隊が待っているはずだ。後は騎士長達と合流して作戦は完全に終了だ。
それにしてもさっきのあれはなんだったんだ。なんでハウトゥーファンタジーに載ってない位置に兵が配置されていた。それもバリスタなんて完全に待ち伏せの形になっていた。あの謎の雷がなければ今頃死んでいた。
「……?」
まただ。背中に妙な視線を感じる。ウォームを訪れて以降ずっとだ。なんなんだ。ストーカーか? いや、ないか。俺をストーキングするような物好きはいないよな。俺はチラリと脳裏をよぎった嫁ガチャチケットを思い出したが、苦笑と共に吐き捨てた。
馬車に乗り、ガタゴトと揺られていると騎士長達のいる囮部隊が見えてきた。
やっと帰れる。時間にしてわずか四時間の出来事だったけど、とても長く感じた。今は休もう。そう思い、意識を手放そう思った瞬間、
「うふふ……ふふふ……あなたは傷つけさせない……ふふ」
という声が聞こえた。
声の主を探したが馬車の中にはアンジェと俺とメアリーしかいない。アンジェの方をチラリと見たが、とてもそんな様子は見られなかった。
…………空耳だという事にしておこう。疲れてるしな、そのせいだ。
固いはずの馬車のシートが柔らかく感じた。俺が眠りに落ちるまでそう長い時間はかからなかった。