純白リスタ
「お口に合いますか?」
タルの上に座り、一人羊皮紙と睨めっこしていた俺にハルが寄ってきた。いや、一人というのは語弊があるか。肩に乗ったメアリーと置物のように俺から少し離れた位置で俺を監視するように護衛するアンジェの三人と言った方が正確だな。
「すごい美味しいです。あの材料でよくこの味が出せますね」
俺よりも先にアンジェが答えた。女の勘でこいつは危険だと判断したのだろうか。大丈夫、今は対象外の子だから。
「よかったです。あんなに沢山の食材は久しぶりに見たので張り切っちゃいました」
「ところで、このスープに入っている卵はこの村のものですか? 積み荷にはなかったはずですが」
「そうです。この卵と僅かな野菜で今まで食べ繋いできたんです。なので、こんなに沢山食べるのは久しぶりなんです。公平さん、本当にありがとうございます」
疑問が一つ解決した。この村の人がスフィーダの人程弱っていなかったのはこの卵のおかげだ。
卵にはおよそ人が生きていく上で必要な栄養素がほぼ全て含まれている。なんていったって元々は命だからな。人はとりあえず卵とコメ食ってたら生きていける。卵バンザイ。
というかよく見ればこの村、鳥の他にも動物を飼っていたみたいだな。そこら中にその形跡が残っている。これは、ひょっとするとひょっとするかもしれん。この村はやっぱり全力で救った方がいいかも。将来的にいい農地になりそう。
「お礼なんていいですよ。ところで、この村はドミーナに襲われる前は野菜を育てたり、家畜を育てたりしていたんですか?」
「そうです。鳥の他にも牛や豚なんかも育てていましたし、他にも野菜も沢山育ててましたよ」
素晴らしい、素晴らしいよここ。ここ欲しい、喉から手が出る程欲しい。思いっきり手を加えて農業プラントとして生まれ変わらせたい。確かスフィーダ王国にも作物がよくとれる土地があるとか言ってたな。あれ? この辺ひょっとして実は豊かな土地なんじゃね? これで鉱山資源まであったら完璧だぞ。
ああクソ。力が欲しい。金でも軍事力でもなんでもいいから欲しい。あったら即効で他国に侵略しまくって一瞬で国大きくするのに。
「こーへー。かおかお。こーんなになってるよ」
そう言ってメアリーは手で顏をつまんで悪魔みたいな顏をした。なんてこったまた俺は悪い顏をしていたのか。
どうも俺はキングダムの事を考えると悪魔顏になるらしいな。程々にしないといつか痛い目にあいそうだ。
「妖精さんですか。苗字もあるようですし公平さんは偉い方なんですね」
この世界の常識。苗字があるのは一部の王族と貴族のみ。妖精を連れられるのは選ばれた者だけ。そうだった。俺はこの世界では平民とは見られないんだった。騎士長とばっか付き合ってたから忘れてたよ。
「そんな事はないですよ、今はまだ。これから偉くなるつもりです」
「ふふ。公平さんは自分で国を作りそうですね」
「鋭いですね。近いうちに私は国を作りますよ。その時は、ハルも一緒にどうです? 快適な生活を約束しますよ」
「ぜひ。お願いします。どうせなら私をさらっていってください。あそこで見張っているおじいちゃんから」
ハルが指さした場所を見ると、村長が例のまばたき一つしない熱い視線を俺に送っていた。目はやはり乾いて充血していた。顏がさっき見たのよりも苦しそうだった。いつからああしているのだろうか。ひょっとしてずっとまばたきをしていないのだろうか。いずれにせよ、俺は笑ってしまった。
一層村長の顏が険しいものになったのは言うまでもない事である。
○
久々に暖かな食事と、可愛い女の子との会話で心温まった俺は今、寝床として改造された馬車にいた。床に敷かれた何重ものタオル等の布のおかげでいつぞやに泊まった宿よりも遥かに柔らかいベッドは、俺を心地よい眠りへと導いてくれる事だろう。
ハルと楽しそうに会話していたのを見て嫉妬したのか。一緒に床に入ったアンジェが先程からしきりに体を押し付けてくる。美人なアンジェの柔らかな体が押し付けられるたびに俺の大根が自己主張をしようとするが、俺はそれを超人的な精神力で押さえつけていた。
「あのーアンジェさん。そんなにベタベタされると寝づらいんですが」
「離れてほしいんですか?」
そんな消え入りそうな声で言わないで。可愛すぎるから。
「そんな事はないさ。むしろもっとひっついてきなさい!」
「はい!」
君のその笑顔のおかげで、僕は今日も眠れなさそうだよっ! お経でも唱えるかな。いや、そんな事をすれば変なものを呼びそうだ。
「こーへー。いい事聞きたい?」
俺の頭上でハウトゥーファンタジーを読んでいたメアリーが言った。
「聞きたい」
「ハルって子、こーへーのお嫁さん候補よ」
「マジで!?」
「マジよー。お嫁さんに出来るかどうかはぜーんぶこーへーの頑張りしだいだけどねー」
「よっしゃ。全力で嫁にしてやる。クソジジイが最大の敵だな」
「嬉しそうですね」
アンジェが一層体を押し付けてきた。二人の距離はゼロセンチ。互いの吐息が聞こえるとはこの事だろう。それだけに留まらず、アンジェは俺に足を絡めてきた。最早俺の超人的な精神力も限界を迎えたようだ。大根が畑から出てしまった。
「ふふふ」
アンジェが妖艶な笑みを浮かべた。目が潤んでいる事と唇を舐める舌がやけに赤いのが印象的だった。
七日目
早朝のモントーネ村に響き渡る歓喜の声。村人達は勝利の雄叫びをあげていた。
偵察に訪れたドミーナ兵は村に近づく事すら叶わなかった。来る事を知っていた俺が配置した村人とスフィーダの弓兵によって全滅させられたのだ。
「喜ぶのは早いですよ。私達はこれからドミーナに討ち勝つのです。この程度で喜んではいけません。あ、装備は後で使うそうなので、血を拭いておいてください」
アンジェが戦乙女だと知った今、村人は皆彼女の言葉を信じきっている。つまりは、今や村人は俺の駒同然という事だ。それに加えてスフィーダ兵もいる。兵力は揃ってる。負ける要素はほぼゼロに等しい。
「騎士長。腕の立つ兵を五人くらい集めておいて。俺達だけでウォーム王国に行って王様と話しをつける」
「おいおいそれは無理だろう。ウォーム王国だって戦争中なんだぞ。巻き込まれたら俺達だけじゃ死んじまう」
「忘れたの? 俺達にはハウトゥーファンタジーがあるじゃんか」
「だとしてもこえーよ。そもそもウォーム王国に協力してもらうだけのエサはあるのか?」
「それこそハウトゥーファンタジーの出番だ。俺ならやれるさ」
「はいはい。わかりました。どうせお前は止めたって聞かないしな」
騎士長はそう言って数人の兵に声をかけ、馬車へと戻って行った。
これでウォーム王国に協力を取り付ける準備は整った。後は騎士長も言ったようにエサだ。釣り上げるためのエサを探しださなければ。なんとしてもハウトゥーファンタジーから情報を引き出す。
だらだらしていては異変に気づき始めているドミーナ王国がモントーネ村を本格的に潰しに来てしまう。そうなったら終わりだ。恐らくウォーム王国は、今は拮抗していても時間が経てば競り負けるはずだ。そうなる前にすくい上げる。
「公平様、馬車の準備が出来ました。乗りましょう」
「わかったよ。そんじゃ行こうか」
俺は馬車の中でハウトゥーファンタジーを読み続けた。途中で馬車酔いして吐きそうになったけどなんとか飲み込む事に成功した。その後も吐き気と戦いながらハウトゥーファンタジーを読み込んだが、エサが見つからない。
ウォーム王国はそもそもが完成されているのだ。兵力は低いが、食料自給率は他国に売る事が出来る程に高い。鉱山資源がゼロに等しいが、それも食料との交換で手に入れる事が出来ている。
それに競り勝つ事が出来るであろうドミーナ王国の兵力の高さを改めて実感した。溶かす事は出来るだろうが、やはり滅ぼす事は容易ではない。
なんてことだ、予定ではこのまますぐにウォーム王国へと出向く事になっている。だが、エサが無い現状、ウォーム王国へ行って協力を申し出ても取り込まれるのがオチだ。
スフィーダ兵と村人だけで攻めるか? ダメだ。勝算がない訳ではないが、こちら側が被る被害が大きすぎる。ウォームに勝ってドミーナは溶かせましたがスフィーダの兵がいなくなりましたじゃ笑えもしない。
「――い様。公平様!」
「ん?」
「大きな声を出してすみません。心ここにあらずだったので心配してしまいました」
「あ、ごめん。この後の事考えてたんだ。後どれくらいでウォームに着く?」
「もうじき着きますよ、今は休憩中です。そんなに集中してたんですか?」
マジかよ。俺はどんだけ考え込んでたんだよ。メアリーもメアリーだ。声くらいかけてくれればいいものを。そう思いメアリーを軽く睨むと逆にメアリーに思いっきり睨まれてしまった。
「メアリー何度も声かけたのになんっにも反応してくれないんだもん。もう知らない!」
「そうだったのか。ごめんな。ずっとウォーム王国の事考えててさ」
タイムリミットだ。もうこのまま行くしかない。相手のトップが切れ者ならなんとかなるかもしれないが、無能ならどうしようもない。その時はウォーム王国も溶かす。
差し当たって重要なのはスフィーダ王国にとってこの戦を勝ち戦にする事だ。ウォーム王国に協力を取り付ける事が出来なければ勝利後のスフィーダの立ち回りに大幅な修正をかけなければならないが、それはもうしょうがない、そうなったらこの際諦めよう。
「お、やっと外に意識が向いたか。こいつらが護衛だ」
騎士長が五人の兵を連れて俺達の馬車を訪れた。弓兵が二人と槍兵が三人か。護衛連れている程度には重要人物ですよ感を出すには十分だろう。
「ありがとう。それじゃ少し休憩したらウォーム王国に行こう」
俺達は間食を摂り一時間の休憩をした。その際にメアリーがハウトゥーファンタジーで俺とアンジェのステータスを見せてくれた。
『戦乙女アンジェ。愛情度八十 レベル十六 育成度二百四十』
また随分と数値が跳ね上がったな。まあ今回は原因がはっきりしてる。何が、とは言わないが昨夜のアレが原因だろう。レベルは順当に上がってるし、問題はない。
『里中公平 育成能力四十 経験値十二万』
アンジェの成長条件はなんとなくわかってきたけど俺の成長条件がわからん。経験値に関しては恐らく嫁が倒した敵のものプラスアルファだ。だが、肝心の育成能力の成長条件がわからない。
大きく上がったのはアンジェが戦乙女としてのくちづけをした時とスフィーダ王国を救った時。そして今回は村を救った訳だが、上がったのは二十。俺自身が何を成したかによってで決まるのか?
いや、今はそれよりもウォーム王国について考えよう。
「公平様。お悩みのようですね?」
「ん? ああ、また眉間にしわが寄ってたかな?」
俺の質問にアンジェは軽く目を伏せた。その行動が肯定を意味している事はすぐにわかった。しまったな。アンジェには心配をかけたくないのに。
「こんな言葉があります。我求めよ。我見捨てよ。さすれば我現れり」
「何それ?」
「戦乙女の言葉です。聞く人によって意味が変わる言葉です。今の公平様に必要な言葉かと思ったんです。聞き流してもらっても構いません」
我求めよ。我見捨てよ。さすれば我現れり。聞く人によって意味が変わる、ねえ。ことわざみたいなもんかな。さっぱりわからんけど、なんか感じるな。
「ありがと。アンジェのために俺頑張るからさ、応援してて」
「もちろんです」
俺達は軽い口付けをした。昨夜以降、気持ちアンジェの距離が近くなったのはご愛嬌というやつだろう。