Gravity wall
5日目
小石を踏んだ車輪が伝える振動が眠りを促してくると同時に、大きな石を踏んだ車輪が伝える振動が俺のケツを痛めていた。馬車というものには未だ慣れなかった。
モントーネ村まで後30分といった所だろうか。肩の上ですうすうと寝息をたてているメアリーと同じように俺も眠りたい。しかし、アンジェや騎士長が起きている以上眠る訳にはいかなかった。眠たい目をこすりながら今後の事を思索する。
モントーネ村が襲われるのは明日の早朝、それを追い払う事自体は簡単だ。問題はその後にある。
モントーネ村の村人には解放後すぐに、スフィーダの領地になってもらう必要がある。どうやって納得してもらおうか。やっぱり、食料をチラつかせた威圧外交しかないのかなあ。そういう事すると遺恨が残るし、不信感も抱かれるんだよなあ。
「どうしたら納得するかなあ。メアリー起きて。ハウトゥーファンタジーちょうだい」
「……んんう。はい。メアリー眠いからまだ寝るね。おやすみ」
「おやすみ」
うーん。モントーネ村は一度もどこかの国の領地となった事はないのか。付け入るとすればここかなあ。
一般に領地というとマイナスなイメージが強いけど、一概に悪いとは言えない。領地の最大のメリットは文明度の向上と生活の安定だ。国力が高い国に統治されれば、外敵から攻撃される可能性が減る。ひいては盗賊なんかに襲われて畑が全滅するなんていう事がなくなる事に繋がる。
では何故領地という言葉にはマイナスなイメージが付きまとうのか。理由は簡単だ。統治している国が圧政をしいたり、国土拡大や戦争の要因とするためだけに統治してる場合は領地にとってマイナスしかないからだ。
このように領地というのは統治する国でプラスかマイナスに極振りされる。中間はないと言ってもいいだろう。
今回はモントーネ村にスフィーダ王国の領地となる事のメリットを説いて、味方に引き入れるのが安牌かな。
「公平様、朝ごはんは食べますか?」
アンジェがパンと干し肉を差し出した。どちらも昨日食料庫から持ちだしたものだ。保存用に加工されていたので、どれも水分を含んでいない。口の中が乾く系の食べ物だ。
「うん、食べる。ダルいから食べさせて」
「はい、あーん」
冗談で言ったんだけど、表情一つ変えないで食べさせてくれた。嬉しさ半分恥ずかしさ半分。心なしかマズイはずのパンが美味く感じた。
「あ、ありがとう」
「はい、お水も飲んでください」
水の果てまで飲ませてくれるとは。流石アンジェ。俺の嫁さんは素晴らしいな。
アンジェにご飯を食べさせてもらっていると、ふと刺さりそうな視線を感じた。騎士長だった。
「どうしたん? さっきからぶすっとしてるけど」
「睡眠不足の時にそんなもん見せられたらイライラする」
「あれ? 騎士長って結婚してないん? 結構いい年に見えるけど」
頬にある傷が漢らしい騎士長は若干の皺が見られるが、それでも油の乗った三十代前半といった所だろう。結婚していてもいい歳だ。
「ふっ。俺は国にこの身を捧げたんだ」
「つまりしていないと」
「うるせえエビフライぶつけるぞ」
「え?」
「え?」
今この人エビフライって言わなかった? なんでここでエビフライが出てくると? まったくもって謎だった。
「お二人共、モントーネ村に着きましたよ」
謎の会話を繰り広げる俺達を他所に、アンジェはのほほんと言った。
「お、ホントだ。結構いい村だな」
馬車を降りて最初に感じたのは穏やか空気。次いで他方から感じるとても友好的とは言えない視線の数々。
「と、思ったけど、あんまり歓迎されてないみたいだな」
「だな。だからと言って俺達のやる事に変わりはないさ」
「その通り」
なんていうやり取りをしていると、村長と思われる初老の男が、剣で武装した男を数人引き連れてやってきた。
「なんの用だ。お主らどこの国のもんだ」
「お初にお目にかかります。私達はスフィーダ王国の者です。本日はドミーナ王国の事でお話がありましてこのような形を取らせていただきました。連絡も無しに来た事、どうぞお許しください。何分話しが急を要するものでして」
こんなところかな。こっちゃ最大限低姿勢で挨拶したけど、そっちはどうでる? 喧嘩腰でくるのだけは勘弁な。
「話しを聞こう。ただし、家に通すのはお主ら四人だけだ。後ろにぞろぞろおる兵は村には入れんぞ」
「わかりました」
そうして俺達は村長の家へと案内された。途中村の生活を覗かせてもらったが、スフィーダ王国程食料に困っている風には見えなかった。さっき武器を持って現れた男も体がやせ細っているようには見えなかった。
「それで? 話しとはなんだ」
「明日、ドミーナ王国が村に攻め入ります。我々はそれを追い払うのに協力したいと考えています」
「いらん。今までもこの村は自分達の力で守ってきた。これからもそうするつもりだ」
「そうおっしゃらずに。ドミーナに奪われた食料を取り戻す手伝いもしますから」
「ふん。結局はそれが狙いじゃろ。わしらの村はわしらの手で守る」
「明日来るドミーナ兵の数が四百人だとしても? それも重武装の」
「くどい。お主らの助けなんぞいらん」
まあ、そう言うと思っていたさ。元々その予定だったしね。だけどここまで取り付く島もないとは思わなかったけど。
「ところで、モントーネ村は一度も他国の領地となった事がないそうですね?」
「それがどうした」
「これを機にスフィーダ王国の領地になる気はありませんか?」
「断る」
「領地と言っても完全に統治する形にはしません。物々交換に重点を置いた統治にします。つまり、対等の立場で貿易を行おうという事です。なので、領地といっても形だけのものになると思います」
「わしらに対してのが益が少なすぎるな」
お、食いついたな。このまま釣り上げてやる。
「今回に限らず今後も他国に攻め入られる事があると思います。その際にスフィーダの名を出せば衝突を避けられます。もちろんその国がスフィーダよりも国力が低い所であれば、ですが」
「…………お主らはドミーナに勝つ気か?」
「もちろん。それにはあなた方の協力が必要なんです。お願いします。ただでとは言いません。協力してくださるのであれば、今ここで食料の援助も行います」
「……少し考えさせろ。わしの一存では決められん」
その時間でこの村は一度占拠されるんだよなあ。なまじ行き着く先が見えているから哀れでしょうがない。
「わかりました。それでは私達は一度国に戻ります。『再開』した際は良いお返事がいただける事を期待していますよ」
俺はニコリと笑ってそう言うと、三人を伴って村長の屋敷を後にした。
「……本当にこれでいいのか?」
騎士長は神妙な面持ちだった。きっと、この村が辿る道を知っているから気が咎めているのだろう。騎士道精神を持ち合わせていそうな彼らしかった。
「しょうがないよ。いきなり現れて村を寄越せ、はいわかりました、なんて事にはならないからね。彼らには申し訳ないけど、一度負けてもらう。政治って奴だよ」
「政治か。俺の領分ではないが、こんなものなのか?」
「これが正道かどうかはわからないけど、今出来る最大限の事だと俺は考えている。そうじゃなかったら、無償でこの村を守って、俺達は兵の被害だけを被ってリターン無しって可能性が高いんだから」
「そうなのか。やっぱり俺にはそういった考えは出来ないな。ただ守れる者を守るだけではいけないのか」
「それが悪いとは言わない。けど、こういうやり方もあるって事。騎士長も人の上に立つ人間になりたかったから覚えていかないといけない事だよ」
「俺は……お前には悪いがそうはなりたくない。俺は俺の信じる道を歩みたい」
「そっか。それはそれで良いと思うよ。俺のような人間は何人もいたってしょうがないしね。でも、今回は俺の策でいくよ。それは納得してるでしょ?」
「ああ。わかってる。夜襲だろう? 兵にも既に告げている」
騎士長はそう言ったが、やはり本心では納得していないのが表情に出ていた。
俺達は似ているとは言ったが、こういう所は正反対みたいだった。国力や兵力が並以上になれば彼の言う通りの事をやってもいいんだけど、今は我慢の時だからなあ。彼には悪いが無理にでも納得してもらうしかない。