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だいのじ

「怖い怖い怖い」

今が上なのか下なのか、

大粒の雨粒に打ち付けられ、身体が持ち上がるような強風に晒され、

私は身体を低く丸め、今にも外れそうな錆びた鉄パイプだけを頼りにしがみつき、

目を閉じ耳を塞ぎ、誘った友人を恨み、とにかく助かりたい一心で早くこの時が終わらないか、それだけを信じ祈った。


ここは廃墟となった漁港。

出来た当時は国でも一二を争う程の規模を誇った大型漁港も、今では屋根は所々崩れ、支柱は()びだらけ、船も無ければ、碇も折れて朽ちていた。


今日は天候も芳しくなく、空はどんよりとしている。

闇夜にしんと静まるここは、夜明けからものの数分もすれば、朝早くから我先に駆けてくる人々が見て取れる。

なんの合図もなく、朝早くからものの数分で人だかりが出来始めていた。


顔色の悪い男や女、歳も(まば)らな大人達が受付に握りしめた金を叩きつけると、並べられた粗末な椅子に準々に座り出す。

長く横に並んだ簡単なパイプ椅子はものの数十分で埋め尽くされ、それでも人が波のように来るものだから、一つしかない受付には自然と長蛇の列が出来ていた。



漁港の目の前。一際目につく百メートルあろうか、見上げる高さの三角の巨大な鉄塔が聳えている。


その鉄塔にぶら下がるように百人は収容しようかという大きな船が細いロープで吊り下げられていた。

人々はこれのために朝早くから集まる。

船の前後、頭と尾ひれに八の字にロープが吊り下げられ、それだけだから弱い風でも揺られ、軋みながらゆっくり左右に振られる。

遠目から見れば漢字の「大」に見えることからここはいつの間にか「だいのじ」と呼ばていた。


日も登って仕舞えば、まるでお祭り騒ぎのような賑わい。

酒を食らう者、祈り出す者、輪になり博打を始める者、各々好き勝手に思いのままなことをしだす。

この揺れる船に、アトラクションとして乗るために、遠目から見物するために、それをツマミにするように人々は連日のように来ていた。



もう数十年前にこの国は経済が破綻し、紙幣はただの紙となった。

国は疲弊し、それでも何とか国を再建するために悠一の資源である鉱物を採掘し、安い化石燃料を搾り取ることでしか成り立たず、労働は苛烈を極める。

娯楽も無く、山を掘り、切り崩す命懸けの過酷な仕事の日々。

そんなここを一喜一憂させるために地主が財産全てを投げ打って作られたのがこの巨大な建造物。

楽しみが無くなった大衆の為に出来たお手軽アトラクションと言えばわかりやすいだろう。が、もう数十年前に突貫工事で出来たものだから所々錆や劣化が目立つ。

いつロープが切れてもおかしくないなんて悪い冗談もある。

だがそんなこと構うことなく乗り出す乗客には粗末なペンと紙が渡され、内容は簡単。命の保証はしないですよといった内容が懇切丁寧に書かれていた。


今から乗り込む乗客も手馴れたもので、さらさらっと名前を書くと拇印まで誰に言われるでもなく指定の箇所に押し、また隣同士で嬉しそうに喋り出す。

人も多すぎて誰が何を言っているのかわからないが、祭りのような騒ぎはいつも日が暮れるまで続く。

今から乗り込む乗客の中に一際喋りが好きな男がいた。名は平蔵

「でね、それがまた」が口癖のこの男は、このアトラクションに病みつきになり、給料日は毎回通う常連だった。

「へぇ、そうなのかい」すこし不安な影を残す声色をしたこの男は平蔵の仕事仲間で平生。この平生は初めてこれに乗り込むらしく気が気ではなかった。

もちろん死人も出てた、それはもう当たり前のように。

だが、そんなこと誰でも知っているし、ここでは人の命も紙切れのようなもの。最高のスリルとやらを味わうために最初はそんな気さらさらなかったが、平蔵の舌にのせられ興味本位で乗り込んでみた。


入口を封鎖していたチェーンが降ろされた。

と、同時に一人づつ待ってましたと吸い込まれるように入ってゆく。

平生も平蔵も前に習うように後を追ってゆくと、二十人程だろうか、すし詰め状態でエレベーターに乗りだす。

と、船の位置までロープがガリガリ言いながらゆっくり運ばれる。

エレベーターなんて聞こえはいいがロープで吊るし、厳つい男達がそれを引っ張っているだけなのだが。

ともあれ、着いた先には遠目の船とはまるで違う船がそこにはあった。

遠目ではいかにもまだそんなに衰えを感じされなかったが、着いてみれば床はボロボロ、屋根もなければ掴まる為の鉄パイプは錆びて今にも抜けそうだ。何ヶ所か抜けたであろう名残の穴もある。

風に煽られ左右揺られ、今にも落ちそうだと鈍く軋む音は脅迫的に心臓を鷲掴みにする。

一緒に乗ってきた男女共は次々と待ってましたと楽しそうに降りては、それぞれ今にも抜けそうな鉄パイプにしがみつく。

ここまで案内役もいなければこのまま立っていてもどうすることも出来ない。いつの間にかエレベーターは無くなっているのだから。

恐る恐る船へ降りると、少しづつではあるが明らかに風とは関係なく揺さぶられているのが立っている感覚で分かった。

耳を(つんざ)くサイレンが唐突に鳴る。

開始の合図だ。

船の頭と尾ひれの先に地面に垂れるロープが別にそれぞれ用意されていて、振り子のように右に厳つい男達がそれを引き、次は左に同じように引かれ、最初は小さな小さな力の振り幅が数十分もすれば身体でも恐怖を感じるまでそう猶予はない。


平生は近くにあった下向きにコの字型の鉄パイプに身体を入れると、曇だった空は待っていたかのように丁度雨も降り出した。

振り幅は徐々に広く、恐怖なのか雨で身体が冷えたからか手の震えが止まらない。

下からの歓声も起こっていたが、数メートルすら先の見えない程の豪雨で音はかき消され世界と分断されたような不安が心を更に萎縮させる。だが、そんなこと忘れてしまう程に大きく揺れ出す。

右に左に、風を裂くような振りにとてもじゃないが目を開けていられず今が上なのか下なのか、

大粒の雨粒に打ち付けられ、身体が持ち上がるような強風に晒され、

私は身体を低く丸め、今にも外れそうな錆びた鉄パイプだけを頼りにしがみつき、

目を閉じ耳を塞ぎ、誘った友人を恨み、助かりたい一心で一刻も早く終わらないか、それだけを信じ祈った。



一瞬だけ何かが当たったと思い薄く目を開くと、瞼に雨が当たっただけだったようだ、だが、私は硬直した、船が丁度90度に傾き下には海が、あの漁港が見えるのだ。それは現実なのにそうではなく、まるで遠くまで来てしまったように思える一方で、落ちることは死に直結しているのはよく理解している不思議な感覚に、混乱するも、これが済めば生きながらえると信じ、また瞳を固く閉じ。頭を更に低く下げる。



時間的には一時間ほどだろうか、大の大人が涙を流し鼻水流し、生きていることに嬉しさを噛み締めている自分がいた。


船の揺れが収まった頃合を見てか、耳を劈くサイレンが終わりを知らせる。

船にいた人々はそれぞれに笑い泣き怒り表情があり、エレベーターに乗り込む、そこで平蔵がいないことに平生は気がついた。

船を見回すが雨も小ぶりでどう見てもいなかった。


読んでいただきましてありがとうございます。

後味が悪いです、すいません。

これ、夢で見たんです。

将来の夢とかではなく、眠りながら見る夢。

もし、面白ければコメント貰えると嬉しいです。

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