VSモンスターハウス8
都内にある某大学のキャンパス。
昼休み中の今の時間帯は、各々で自由に時間を過ごす学生で溢れていた。仲のいい友人と楽しそうに話している者や、壁の方を向いてダンスの練習をしている者、キャッチボールをして時間を潰している者など、様々な学生がいた。
また食堂は、昼食を摂る者たちでほぼ満席状態だった。その隅の方の席で、大雅は一人食事を摂っていた。あまり社交的な方ではない大雅は、大学での友人もそこまで多くなく、昼食も一人で摂ることが多かった。
スマホでSNSを見ながらカレーライスを食べていると、前方に見覚えのあるスーツの男性と、驚くほど美形の女の子が目に入った。周りをキョロキョロしながら誰かを探している様子だった。探しているのはおそらく自分だろう。
しかし大雅は、自分から声をかけるのも変な感じがするし、あまり関わりたくもなかったので、見なかったことにして再びスマホに目をやり、食事を再開した。
「すみません」
急に声をかけられたので、大雅は少し驚いて口の中にあったカレーを吐き出しそうになり、むせてしまった。
「ああ、すみません。驚かすつもりはなかったんですが」
「いえ……大丈夫です……」
話しかけて来たのは他でもない、昨日モンスターハウスに来た山崎とかいう刑事と、その妹だ。
二人は大雅の対面の席に腰を下ろした。
「昨日はどうもありがとうございました」
「こんにちはー」
「はい、どうも」
「いやあ、大学なんて初めて来ました。こんな感じなんですね」
「初めて?大学には行かれてないんですか?」
「大学どころか、高校すらまともに出てないんですよ」
「それで捜査一課の刑事さんって、相当すごいことなんじゃないですか?」
「そうだよ!お兄ちゃんは学歴なんか無くても実力だけで成り上がったすごい刑事なんだから!」
「こらカオル、やめなさい。そんな大したことじゃないですよ」
「いえ、本当にすごいと思います」
「いえいえ」
謙遜しながらも、山崎は満更でもない顔をしていた。
「せっかく大学の学食に来たんで、何か食べて行きたいんですが、おすすめのメニューとかってありますか?」
「うーん。学食なんで特別美味しいものは無いかもですけど、僕はカレーが好きかな」
「なるほど。今も食べてらっしゃいますしね」
「はい」
「じゃあ私たちもそれにしようかな。カオルはどうする?」
「私はお兄ちゃんと同じものがいい!」
「じゃあ決まりだな。すみません。ちょっとお待ちいただいてもよろしいですか?」
「……はい」
刑事とその妹は、料理注文カウンターの方へ向かって行った。大雅は、本音を言えば、その間に食事を終えて逃げてしまいたかったが、それは自分が怪しいと自ら申告しているようなものだ。それからは、全く食事が進まなかった。
しばらくすると、トレイにカレーを乗せて刑事と妹が戻って来た。二人は、先程と同じように大雅の対面に座った。
「いやあ楽しみだなあ。初めての学食。では、いただきます」
「カオルもいただきまーす!」
刑事と妹は、スプーンでカレーを次々に運んだ。
「うん。美味しい。美味しいですね。これは予想以上です」
「本当だ!すっごい美味しい!学食ってあんまり美味しくないイメージだったけど、ここのはすごく美味しいね」
「うん。教えてくださってありがとうございました」
山崎という刑事は、大雅にお礼を言った。
「いえ……」
大雅は相変わらず食事を続けた。
「あ、そうだ。今日は大雅さんにお聞きしたいことがあって参ったんですが、食べながらでも構いませんか?」
「……いいですよ」
「ありがとうございます。実は、亡くなった黒川のスマホから、LINEの送信履歴を調べてみたんですが、そこからどうやら遺書のようなものが見つかったんです」
「……」
話しながら、山崎は懐から一枚の紙を取り出し、テーブルの上に置いた。そこには、LINE画面がプリントされていた。大雅は、言われずともその内容が分かっていたが、一応その紙を確認しておいた。
「『みんな。今までありがとう。みんなと過ごした時間は、僕の一生の宝物です。感謝しています。本当にありがとう。そして、さようなら』」
山崎は、そこに書かれている文章を読み上げた。
「送信先のグループ名は『モンスターハウス』となってます。つまり、皆さん宛てですね。ご存知だったのなら昨日教えてくださればよかったのに」
「……すいません」
「いえ。全然構いません」
山崎は笑いながら言った。
「ところで、この遺書らしきメッセージが送られた時間ですが、夜の九時三十八分となってます。確か莉音さんが黒川さんとの決別を告げたのが七時半過ぎとおっしゃってましたら、時間的な矛盾は無さそうです。そして、黒川さんはこのメッセージが送られた九時三十八分までは生きていたということになる訳ですが、大雅さんにお聞きしたいことというのが……」
そこまで言って、山崎は少し話しにくそうにした。
「……何ですか?」
大雅は、山崎が何を聞きたいのか想像はついていたが、敢えて尋ねてみることにした。
「その……大雅さんが昨日の夜九時三十八分以降に何をされていたのかを教えていただけませんか?」
「……」
「いえ、別に大雅さんが黒川さんの死に関わっていると疑っているとかではなくてですね、これは捜査上の決まりと言いますか、なのであまりお気を悪くされないでいただきたいのですが……」
「いえ、別に大丈夫です。理解はできます」
「そう言っていただけると大変ありがたいです」
「昨日の夜の九時三十八分以降でしたよね。その時間なら、莉音とずっと二人でいました」
「ほう。どちらに?」
「モンスターハウスの近くにコンビニがあるんですけど、そこのイートインコーナーで二人でいろいろ話しながらご飯を食べてました」
「食事ですか?その時間には既に夕飯はお済ませになっていたのでは?」
「小腹が空いたんです。きっと歩美ちゃんが脱落することになって、すごく動揺したからかなって思ってるんですけど。莉音も同じだったみたいで、じゃあ二人で行こうかって……」
「なるほど」
「大雅くんは、莉音ちゃんのことがちょっと気になってるんだよ!」
山崎の隣でカレーを夢中で食べていたカオルが割り込んできた。
「この前の放送見たらすぐに分かったもん!ねえそうでしょ?」
カオルは無邪気に大雅に尋ねた。
「すいません、大雅さん。不躾な妹で」
山崎が申し訳なさそうに謝罪する。
「いえ、大丈夫です。それに、事実ですし」
「……ああ、そうでしたか。頑張ってください。応援してます」
「……ありがとうございます」
「ところで、そのコンビニには何時頃までいらっしゃったんですか?」
「確か、零時ぐらいまでいたんじゃないですかね」
「随分長い間いらっしゃったんですね」
「まあ……話が弾んで」
「歩美さんが脱落になった直後なのに?」
「……いけませんか?」
「いいえ。とても良いことだと思います」
「……」
「うん。大体の今日聞きたいことは聞けました。お時間取らせてすみませんでした」
「いえ……」
笑顔で礼を言った山崎は、一旦中断していた食事を再開しようと自分の手元を見た。すると、そこにあったはずのカレーの器がない。驚いて隣を見ると、カオルが二杯目のカレーを食べていた。いや、二杯目という言い方は正確ではない。それは明らかに、さっきまで山崎が食べていたカレーだった。
「おいカオル。お前ーー」
「あ、ごめーん。すごい美味しかったから、お兄ちゃんの貰っちゃった!何かお話に夢中みたいだったんだもん」
「いやだからってお前ーー」
「お願い……許して……?」
「……仕方ないな。ただし、これからは勝手に人のものを取るんじゃないぞ」
「はーい」
そんなやり取りをしている間に、大雅はすっかり食事を済ませ、椅子から立ち上がった。
「すいません。僕この後授業があるんで、この辺で」
「あ、すみません。どうもありがとうございました」
山崎の言葉には答えず、大雅はトレイを持ってその場を逃げるように立ち去った。
山崎は、早足で遠ざかっていく大雅の背中をじっと見つめていた。