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山崎警部と妹の日常  作者: AS
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VSモンスターハウス6

 黒川の遺体の周りでは、既に何人かの捜査員が部屋の中を行ったり来たりしていた。時刻は朝の七時を回ったところだった。

 作業着を着ている男性捜査員たちを仕切っているのが、唯一の女性である小倉マイコだった。マイコはいつものように長い髪を後ろで結んでポニーテールにしていた。

「お疲れ様です」

 そう言いながら部屋に入って来たのは東堂エリナだ。エリナもまた、いつものように黒縁の眼鏡をかけ、パンツスタイルのスーツを着ていた。

「東堂さん。お疲れ。あれ?うちの大将は?」

「いつもの遅刻です」

「相変わらずね、あの人は」

「もう慣れました」

 およそ人が死んだ現場とは似つかわしくない美女二人は、歳が四つほど離れているとはいえ、何度も仕事現場で会っているうちに、すっかり友達のように仲良くなっていた。

 そして二人とも、作業着とスーツという服装の違いはあれど、スタイルが良いのがよく見て取れた。ただし、胸の大きさに関しては完全にマイコの圧勝だった。

「自殺ですかね?」

「うーん。今のところ自殺以外の線を疑う要素は見当たらないけど、まあその辺はうちの大将が来てから判断してもらいましょう」

「そうですね」

 二人がそんな会話をしていると、ドアを開けて入って来る人影があった。それに素早く気付いたエリナは、後ろを振り向くと同時に「お疲れ様です」と声をかけた。

「お疲れ様です、東堂さん」

「おつかれー」

 そう言いながら入って来たのは、黒のスーツがよく似合う山崎警部と、その妹カオルだった。エリナもマイコも、現場に全く無関係の、刑事の妹がいるというこの異常な状況にも慣れてしまっていた。

 いつもワンピースなど女の子らしい服を着ているカオルだが、最近はさすがに肌寒くなってきたのか、今日は紺色のコートを身にまとっていた。それでもスカートはいつも通り短めで、ストッキングを履いた長い脚が露わになっていた。

「カオルさん、また来たのね。もう慣れたけど」

「すいません東堂さん。今日も止めたんですけど聞かなくて」

「その言い訳にももう慣れました。山崎さんの『止めた』も信用してませんから」

「そんなぁ」

「現場を説明するんで、さっさと上着脱いでください」

「何か最近東堂さんがつれないなぁ」

「いいじゃん!お兄ちゃんは私がいるんだから!」

「うん、そうだね。カオルもさっさと上着脱いで」

「いやーん!こんなとこで脱げなんて、だ・い・たーー」

「すいません、これお願いします」

 カオルを無視して、山崎は着ていたコートを部下の刑事に手渡した。カオルも顔を膨らませながら、自分もコートをその刑事に渡した。

 それを確認するや否や、エリナが山崎に寄り添い、現場の説明を始めた。

「亡くなったのは黒川明人、四十二歳。職業はーー」

「あれ?」

「どうかしました?」

「何かこの人、見たことあるような気が……」

「知らないんですか?黒川の職業はお笑い芸人で、お笑いトリオ安田大サーカスのクロちゃんという名前で活動してます。テレビにもよく出てますけど」

「すいません。テレビはたまにしか見なくて。ラジオはよく聴くんですけどね」

「え、そうなんですか?」

「あれ、言ったことありませんでしたっけ」

「初耳です。何を聴くんですか?」

「大沢悠里のゆうゆうワイド」

「へ、へえ」

「土曜日版になる前から聴いてる古参ですからね」

「あ、そうなんですか」

「あとは『たまむすび』と、たまに早起きしたときは上柳昌彦の『あさぼらけ』ですね。たまにメールを読まれたこともあるんですよ」

「へえ、すごいですね」

「東堂さん、興味あります?」

「え?ありますあります」

「……まあいいです」

「死因は一酸化炭素中毒。この七輪を使ったみたいです」

 エリナは床に置かれた七輪を指差して言った。山崎は身を屈めて、七輪の中を覗き込んだ。エリナも隣で身を屈め、説明を続けた。

「発見者はこの家でシェアハウスしている住人です。いつもはこの部屋で一緒に寝てる住人がいるんですが、昨夜はたまたまこの部屋に入ることがなく、発見が遅れてしまったみたいです」

 エリナの話を聞きながら、山崎はじっと七輪の中を見つめていた。

「東堂さん、あれを」

 そう言って、山崎はエリナに手を差し出した。

「はい」

 エリナはその差し出された手の上に、懐から取り出したピンセットを手渡した。

「ありがとうございます」

 当たり前のようにやっているが、「あれ」だけで何を指しているのか瞬時に分かったエリナと、「あれ」で通じるということに何の疑いも持たなかった山崎の完成されたコンビネーションに、はたから見ていたマイコは感心し、カオルは嫉妬した。

 エリナからピンセットを受け取った山崎は、それを使って七輪の中に埋もれていた、真っ黒に焼け焦げた小さな燃えカスを掴み取った。

「東堂さん」

「はい」

 一つの無駄もない動きで、エリナは懐からハンカチを取り出し、山崎はその上に燃えカスを置いた。

「それを小倉さんに」

「分かりました」

 エリナは立ち上がり、マイコに燃えカスを見せに行った。

「マイコさん。これ、ちょっと調べてもらえますか?」

「どれどれ……」

 マイコは手袋をはめた手で、燃えカスが破れないように慎重につまんだ。

「うーん。調べてみないと分かんないけど、普通より分厚い、紙みたいな……。例えばお菓子のハコとかに使われてるような素材かもね。何の箱かまで分かるかはちょっと微妙だけど、まあやるだけやってみるわ」

「ありがとうございます」

「いえいえ」

 そう言って、マイコは燃えカスを丁寧にプラスチックの袋に入れた。

「とりあえず、住人の方たちに話を聞きましょうか」

 いつの間にかエリナの後ろに立っていた山崎が言った。

「了解です。皆さん下のリビングで待ってもらってます」

「そうですか。じゃあ行きましょう」

「あ、その前に」

「はい?」

「黒川のスマホを見てたんですが、こんなものが」

 そう言って、エリナは部下の刑事からスマホを受け取り、画面を山崎に見せた。山崎は、そこに書かれている文章を黙読した。

「遺書でしょうか?」

「文章通りに受け取ればそうですね。とりあえず下に行きましょう」

「はい」

「カオルも、さっさと行くよ」

「はーい」

 白目を剥いて死んでいる黒川の顔をじっと眺めていたカオルは、兄の呼びかけに応じると、山崎とエリナの後ろについて部屋を出て行った。


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