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山崎警部と妹の日常  作者: AS
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VSモンスターハウス5

 モンスターハウスから程近いところに佇む一軒のコンビニエンスストア。この辺りにあるコンビニはここだけなので、周辺住民に重宝されている。

 時刻は夜の九時時二十分になろうとしていた頃、そのコンビニの前に、莉音と大雅の姿があった。

 季節は夏から秋に移ろうとしていた頃だが、夜の気温はすっかり秋のそれだった。二人はモンスターハウスにいたときの服に上着を一枚羽織っていた。

「……入ろうか」

「うん……」

 大雅の呼びかけに莉音が応じると、二人は静かにコンビニの中へ足を踏み入れた。

 店内は割と広めに作られており、日用品から食材、衣服や化粧品など、幅広く商品が取り揃えられており、店の入口付近にはイートインコーナーもあった。

 店内には、若い女性歌手が新曲をリリースしたことを自ら宣伝している音声が流れていた。まだそこまで深い時間でもないこともあり、莉音と大雅の他に、客は十人ほど既に入っており、店員もアルバイトらしき外国人と日本人の二人がいた。

 莉音と大雅は、無言のままとりあえず店内を一周し、雑誌コーナーの前に立った。そこには今週発売された漫画雑誌やファッション誌、観光雑誌などが置かれていた。その中から大雅は漫画雑誌を、莉音はファッション誌を手に取り、その場で立ち読みを始めた。その間、二人が言葉を交わすことはほとんどなかった。サノケンには、少なくともここで日付が変わるぐらいまで、つまりあと三時間は過ごしていて欲しいと言われている。

 二人は、読んでいる本の内容はほとんど頭に入って来なかったが、とにかくここで時間が過ぎるのを待つ他なかった。

「本当に上手くいくのかな……」

「……分からない。でも、もうやっちゃったんだ。サノケン君を信じるしかないよ」

 莉音の問いに、大雅はそう返すしかなかった。

「……うん。そうだよね。……ごめん」

「……何か食べようか」

「うん……」

 そう言うと、二人は読んでいた本を棚に戻し、それぞれ弁当やお菓子を購入すると、イートインコーナーで並んで食べた。

 それから約三時間の間、二人は一切会話することなくコンビニで共に過ごした。



 間もなく夜の九時半になろうとしていた。

 モンスターハウスから出てきた蘭は、肌寒いのか上着を一枚羽織っていた。

 蘭はそこから五分ほど歩き、モンスターハウスから少し離れたところにある公園にやって来た。この公園は住宅と併設されており、住宅のベランダから公園の様子を簡単に確認できそうだった。

 蘭はふうと息を吐くと、ポケットからスマホを取り出した。そして、電話帳の中に入っている「石原マネージャー」という名前をタップし、一言「ごめんね」とだけ呟いてから、電話をかけた。石原マネージャーはすぐに出た。

「もしもし。蘭さん、どうしました?」

「ごめん、夜遅くに」

「いえ、全然大丈夫ですけど」

「どうしても言っときたいことがあって」

「はい。何ですか?」

「あのさ、今週ってオフ何日あった?」

「えっと……一日ですね」

「ねえ、おかしくない?私、週に二日は休みたいっていつも言ってるよね?」

「はい。そうですけど、前にも言ったように、今週のあの仕事はどうしてもーー」

「そんなこと言ってるんじゃないの!」

 蘭は一気に声を張り上げた。その声は、静かな夜の街に響き渡った。蘭は一瞬萎縮したが、すぐに気を取り直し、さらに声を張り上げて石原マネージャーを叱責した。何度も「すいません」と謝罪する、自分より二つ年下のマネージャーの声に蘭は心が痛んだが、計画の遂行には仕方のないことだと、心を鬼にして叱り続けた。

 住宅のベランダに住人たちの姿が出てくるまで、そう時間はかからなかった。



 蘭がモンスターハウスを出てすぐ、サノケンも続くように家を出た。サノケンは蘭とは正反対の方向へ歩いて行った。

 やがて十分ほど歩くと、一軒の小さな居酒屋にたどり着く。サノケンはその店の暖簾をくぐると、中にいた中年の男性店主から「いらっしゃい」という声があがった。

「おやお兄ちゃん。今日はいつもより遅いね」

「何かこの時間に急にここの飯が食いたくなっちゃって。まだ大丈夫ですか?」

「もちろん。いつもの席も空いてるよ」

「ありがとうございます」

 そう言うと、サノケンはカウンター席の一番端の椅子に腰を下ろした。店内にはサノケンの他に二組ほどしかいなかった。

 この店はさっきの中年男性、吉田が経営している個人居酒屋で、モンスターハウスでの生活を始めてから、サノケンはこの店の料理が気に入り、すっかり顔を覚えられた常連になっていたのだった。サノケンより先に店にいた二組の客も、何度か顔を見たことのある常連だった。おそらく向こうもサノケンの顔は知っているだろうが、特に話したことはなかった。

「いつものでいいかい?」

「お願いします」

「あいよ」

 威勢良く返事をした吉田は、ビールの入ったジョッキをカウンター越しにサノケンの前に出すと、慣れた素早い手付きで料理を始めた。

 サノケンは出されたビールを口に運びながら、黒川を殺害したときのことを何度も思い返していた。さっきからその光景が頭から離れなかったのだ。

「どうした兄ちゃん。何か悩み事か?」

「え?」

 サノケンの様子がいつもと違うことに気が付いたのか、吉田が厨房から話しかけてきた。

「いえ。別に、何でもありません」

「そうかい?それならいいんだけど」

 吉田は、特に気にする様子もなく作業を進めた。

 危なかった、とサノケンは思った。自分ではそんなつもりはなかったが、どうやら無意識のうちに思いつめた表情になっていたようだ。何かあったのかと勘ぐられないようにするためにも、サノケン無理には笑顔をつくろうとしたが、どうしても上手く笑えず、引きつった笑顔しかつくれなかった。

 やがて、サノケンがこの店でいつも頼んでいる軟骨の唐揚げと枝豆が置かれていた。サノケンはそれを口に運ぶ前に、一品料理をいくつか注文した。

 それから、閉店時間の一時までそこで食事をしていたが、どの料理もほとんど味がしなかった。



 最初に莉音と大雅、次に蘭、それに続くようにサノケン。四人がモンスターハウスから出て行くのを見送り、この家に残ったのは歩美と黒川の遺体だけになっていた。時刻は間もなく夜の九時半になろうとしている。

 歩美は再び男性部屋に戻った。そこには黒川の遺体が、さっきまでと全く同じ姿勢で横たわっていた。当たり前のことだが、その状況に慣れることはなかった。

 それにしても、さっきからずっと左の脇腹の辺りが痛む。あのとき、黒川にものすごい力で蹴られた所だ。黒川を殺害した直後は興奮していたからか、痛みを感じることは無かったが、少し落ち着き始めてから今まで、事あるごとに軋むような痛みが歩美の左脇腹を走っていた。

 何とかそれを耐えつつ、歩美は床に置かれたコーヒーカップを倒さないように気を付けながら黒川の遺体に近付くと、すぐ近くに置いてある黒川のスマホを手に取り、ホームボタンを押した。ロックを解除するためにパスワードを入れるよう要求されたが、黒川のスマホは黒川の指紋認証によってロックが解除されることを既に知っていたので、歩美は動かなくなった黒川の手を掴み、親指をホームボタンに当てさせた。すると、スマホは呆気なくロックを解除した。

 次に歩美はLINEのアプリを起動し、トーク一覧のページを開いた。たくさんのトーク履歴の中に、「モンスターハウス」という名前のグループがあった。その名の通り、モンスターハウスの住人たちがメンバーのグループである。

歩美はそのトークをタップし、素早く文章を打った。そして一つ息を吐き、送信ボタンを押した。次の瞬間、トーク画面に歩美が打った文章が表示された。時刻は「21:38」となっている。サノケンの指示通りだ。

 次に歩美は、ベランダに置いたままにしていた七輪と、半分に破られたクッキーの箱、そしてライターを手に持ち、サノケンがやっていたのと同じように、箱を七輪の中で再び燃やした。ライターには指紋が残らないようハンカチで拭き、黒川の手に持たせた。

 七輪の中で箱が燃え、炭に火が移り始めたのを確認すると、歩美は男性部屋から退室し、しっかりとドアを閉め、そのまま女性部屋へと向かった。ベッドに倒れ込むようにして入った歩美は、自分のスマホを取り出し、さっき黒川のスマホから送ったメッセージが、自分にもちゃんと届いているかを確認した。

「みんな。今までありがとう。みんなと過ごした時間は、僕の一生の宝物です。感謝しています。本当にありがとう。そして、さようなら」

 歩美はまだ寝巻きに着替えていなかったが、そのまま眠ってしまっていた。


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