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山崎警部と妹の日常  作者: AS
93/153

VSモンスターハウス4

「今、誰か入って来たよね?」

「まさか警察とかじゃないよね?」

「そんな訳ない。落ち着いて」

 焦った様子の蘭と莉音を、サノケンは何とか落ち着かせようとした。

「玄関はちゃんと鍵を閉めてた。鍵を持ってるのは、俺たち住人と番組のスタッフだけ。スタッフなら事前に連絡してくるはずだ。勝手に入って来たりしない」

「ていうことは……」

「うん。多分……」

 そのときだった。サノケンたちがいる男性部屋のドアがゆっくりと開かれた。そこに立っていたのは、申し訳なさそうな顔をした歩美だった。

「歩美。どうして?」

 尋ねる蘭に歩美が答える。

「ごめんなさい。でも、やっぱり私、何もせずに待ってるなんてできなくて。私も協力しちゃ駄目?」

 歩美の問いに、誰も答えなかった。誰も、歩美がこのタイミングで戻って来ることを予想していなかったのだろう。すぐには肯定も否定もできなかった。

「どうする?サノケン君」

 沈黙を破るように、大雅が尋ねた。

「……戻って来ちゃったものは仕方ない。五人で一緒にやろう」

 サノケンの答えに、歩美は笑顔になった。

「ありがとう」

「いいよ。それに、人数が多い方がリスクは低くなる。歩美ちゃんのアリバイに関しては、また後で考えよう」

「うん。ごめんね」

「だからいいって」

 サノケンは笑顔で言った。歩美にとってその笑顔は、指示を無視した罪悪感を緩和してくれるものだった。

「じゃあ、今度こそやるよ」

 そう言って、サノケンはビニール袋の中に手を入れ、大雅が七輪の中に入れたクッキーの箱にライターを近付けた。

「……行くよ」

 サノケンの言葉に、四人は小さく頷いた。

 サノケンはライターを点火させ、クッキーの箱に火をつけた。

 火が炭に移っていくのを確認すると、サノケンはビニール袋から手を出し、袋の口をさっき外していたCPAPのノズルの口を覆うようにして貼り付けた。そして、ノズルの呼吸口を、気持ち良さそうに眠っている黒川の鼻へ取り付けた。

「……よし。じゃあみんな、お願い」

 サノケンの呼びかけに応じて、四人は仰向けに寝ている黒川の手足を押さえつけた。大雅は左足、歩美は右足、蘭と莉音は右足、そしてサノケンは左足を、動かないように押さえていた。

 通常、このように不完全燃焼によって発生する一酸化炭素を吸い続ければ、五〜十分で頭痛やめまいを引き起こし、十五〜二十分で死に至る。サノケンたち五人が黒川の手足を抑えているのは、黒川が途中で目を覚まして抵抗されないようにするためである。そうならないために、さっき蘭を使って睡眠薬を飲ませたのだが、万が一ということもある。

 また、五人で黒川の手足を押さえ、その状態で黒川を練炭自殺に見せかけて殺害しようとすると、自分たちまで一酸化炭素中毒になってしまう。そのための対策がCPAPである。これを使えば、黒川の手足を押さえながらにして、黒川にだけ一酸化炭素を吸わせることができる。

 サノケンがこの殺害方法を話したとき、四人は感心した。まさかそんな殺し方があるとは考えもしなかった。この方法なら、安全かつ警察にバレることなく殺害できると思った。だからこそ、四人は黒川を殺害しようというサノケンの提案に乗ったのだった。

 黒川に一酸化炭素を吸わせてから、三分ほどが経った。たったそれだけの時間が、五人には何時間にも感じられた。特にサノケンは、極度の緊張からか、額から大量の汗が噴き出し、黒川の腕を押さえている手には思わず力が入った。

 やがて五分が経った。そろそろ体に異常を感じ始める頃だ。黒川が目を覚ますとしたらここからだ。とはいえ、睡眠薬を飲んでいる上に、一酸化炭素が血中に増えれば脳が働かなくなり、動きたくても動けなくなるはずなのだ。

 しかし、とサノケンは考えていた。さっき蘭が言っていたように、黒川は薬が効きにくい体質らしい。それに、黒川はCPAPの付け心地があまり良くないのか、いつも寝ぼけて顔から外してしまっていた。それらを考慮すれば、黒川が途中で目を覚ますことも考えられなくはなかった。

 そのような考えが頭の中を巡る度に、サノケンの手にはどんどん力が入り、黒川の腕を押さえつけた。

すると、その痛みと体の異常からか、黒川の顔が歪んだ。サノケンはその歪んだ顔を見たとき、思わず「わっ」と声を上げた。

 次の瞬間、サノケンの声に反応したのか、黒川の目がゆっくりと開いた。サノケンたち五人は、頭の中が真っ白になった。

 黒川は目を覚ますと、すぐに周りの異常さに気付いた。付けた覚えのないCPAP。自分の手足を押さえつけているモンスターハウスの住人。そして妙な頭痛。黒川は、状況を全て把握できた訳ではないが、何かまずいことに巻き込まれていることは瞬時に理解することができた。

「クロちゃんが起きた!みんな押さえて!」

 黒川が動き出すより先に、サノケンが叫んだ。次の瞬間、黒川が逃げ出そうとその怪力を振るった。それに負けまいと、五人は必死で黒川の手足を押さえた。さっきまで睡眠薬で眠っていて、今まさに一酸化炭素中毒になろうとしている人間とは思えないほどの力だった。二人で押さえている蘭と莉音や、男の大雅でさえ今にも黒川の手足に振り回されそうになっていた。ましてや女性一人で押さえていた歩美は、蘭や莉音より力があるとはいえ、ギリギリの攻防を続けていた。

 黒川は、上手く口が動かせないのか、「あうあうー」とうめき声のようなものをあげた。そして次の瞬間、黒川の右足が、歩美の腹を蹴飛ばした。歩美は「うっ」という低い声をあげながら、部屋の隅まで蹴り飛ばされた。

「歩美!」

「歩美ちゃん!」

 五人は同時に歩美の名前を呼んだ。

 歩美は痛みに顔を歪めながらも、すぐさま体勢を立て直し、暴れ回る黒川の右足を再び押さえつけた。

 黒川はさらに力を増し、「あー!あー!」と唸り続けた。五人は決死の思いで黒川を押さえた。いつ収まるのか分からない黒川の暴走が止まるのを待ち続けた。

 そして、五分ほど暴れ続けた後、遂に黒川の動きが止まった。しかし、また動き出すような気がして、五人はまだ黒川を押さえていた。サノケンが恐る恐る黒川の顔を覗き込むと、黒川は白目を剥き、口から泡を吹いて微動だにしなくなっていた。

「……死んでる……」

 サノケンがそう呟くと、四人はやっと黒川の体から手を離した。全員が額から汗を流し、荒く息を吐いていた。そして、動かなくなった黒川を、呆然と眺めていた。

「……次、行こう。アリバイを作らなきゃ」

「……うん。そうだね」

 サノケンの言葉に蘭が答えると、五人は同時に立ち上がった。大雅はビニール袋から七輪を取り出し、サノケンはCPAPを元の位置に戻した。蘭は、部屋の外に置いておいた、黒川が口をつけた睡眠薬入りのコーヒーが入ったカップを持って来て、部屋の床に置いた。七輪は一旦ベランダに出した。

「じゃあみんな、この後は指示通りに」

 サノケンの言葉に四人は頷いた。

「私は、またネットカフェに戻ればいい?」

 歩美の問いにサノケンが答えるより先に、蘭が言った。

「待って。もう終バスの時間過ぎてるんじゃない?」

「あ……」

 ネットカフェのある駅前までのバスは、二十一時五分が最終だ。五人が黒川の殺害を終えたとき、既に時刻は最終のバスが出る二分前だった。今からどんなに急いだとしても、とても時間に間に合うとは思えなかった。

「いや、歩美ちゃんにはやって欲しいことがある。俺たちのアリバイを、より確かなものにしてもらう」

「でも、歩美自身のアリバイは?」

「一応、歩美ちゃんは今ネットカフェにいることになってる。警察には、予定通りずっとネットカフェにいたって主張しよう。警察は裏を取るだろうけど、実際に一度部屋には入ってるんだから、その証明はできるはずだ」

「でも、何時に出たかなんてすぐに分かるんじゃ?」

「それは……適当な理由をつけるしかないかな。警察がそこを重視しないことを祈るしかないよ」

「そんな……。もし歩美が疑われたらーー」

「いいの、蘭ちゃん。ありがとう。元はと言えば、サノケン君の指示を無視した私が悪いの。せっかく私を助けてくれようとしたのに、無駄にしてごめんなさい」

「……俺こそごめん。もっといい方法を事前に考えとくべきだった」

「サノケン君は何も悪くないよ。むしろ感謝してる。みんなもごめんね。もし私が疑われたら、みんなには迷惑かけないようにするから。クロちゃんを殺したのは私一人で、みんなは何も知らなかったってーー」

「歩美、私はそういうことを言ってるんじゃーー」

 歩美は蘭の言葉を遮った。

「さあ、みんなは早く自分のアリバイを作ってきて。私のことは気にしないでいいから」

 笑顔でそう言う歩美に、誰も何も言うことができなかった。

 沈黙の後、蘭は歩美に近付き、そして抱擁した。その体勢のまま、蘭は小さく「ごめんね」と呟いた。歩美は笑顔で小さく頷いた。抱擁を解くと、蘭は静かに部屋を出て行った。続いて莉音が、蘭に倣うかのように歩美と抱擁し、「ごめん、ありがとう」と呟き、そして部屋を出て行った。次に大雅も、歩美に「ごめん」と呟いて、部屋を出る。

「……じゃあ、この後の歩美ちゃんの行動を指示するね」

「……うん。お願いします」

 微笑む歩美に、サノケンは苦い顔をしながら、歩美がこの後取るべき行動を指示した。


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