VSモンスターハウス2
サノケンは一通り計画の内容を話し終えると、台所に立ち、コップに水を一杯に入れて一気に飲み干した。サノケンの口の中は途中からカラカラに乾いていた。
再び席に戻ったサノケンに、歩美が言った。
「サノケン君の計画は分かった。確かにそれなら証拠は出ないと思う。でも、一つだけいい?」
「何?」
「それ、私も協力させてもらえない?」
「だからそれは駄目なんだって。さっきも言ったけど、今クロちゃんが死んだら、一番疑われるのは歩美ちゃんなんだよ?だから、歩美ちゃんには本物のアリバイを作ってもらう。そうすれば、俺たちのアリバイにも信憑性が増すんだ。だから頼むよ」
まだ納得いかない様子の歩美に、蘭が言った。
「歩美。気持ちは分かるけど、今回は言うこと聞いて欲しい。別に私たちは、歩美だけの為にやるんじゃない。みんなの生活を守るためにやるの。だから、お願い」
サノケンと蘭の説得に、歩美はしばらく沈黙した後、こっくりと頷いた。
「分かった。でも、これだけは約束して。もし何かトラブルがあって、失敗しそうになったら、すぐに計画は中止して欲しい。みんなに何かあったら私……」
「分かった。ありがとう、心配してくれて」
サノケンはそう言って歩美に微笑みかけた。歩美は微笑み返し、「じゃあ」とだけ言い残し、リビングを出て行った。
歩美がモンスターハウスを出て行ったことを確認すると、四人のいた空間が一気に引き締まった。
「よし。じゃあ始めよう。まずは蘭ちゃん。お願いね」
「オッケー」
サノケンの呼びかけに、蘭が応じる。蘭は台所のコーヒーメーカーでカップにコーヒーを二杯淹れ、リビングを出て行った。
残されたサノケン、大雅、莉音の三人は、ゆっくりと椅子に腰掛け、さっき淹れておいた麦茶で喉を潤した。
最寄りのバス停に着いた歩美は、寒空の下、一人で次のバスを待っていた。その間、歩美はサノケンに指示された、この後の自分の行動をおさらいしていた。
この後三十分ほどバスに乗って駅前まで行ったら、すぐ近くにあるネットカフェに入り、そこで朝まで過ごす。やることはそれだけだ。サノケンの言っていた通り、今黒川が死んで最も疑われるのは自分だ。しかし、黒川が死んだ時間にネットカフェにいたことが分かれば、自分が疑われることはなくなる。なぜそんなところにいたのかと聞かれれば、脱落を告げられたことがショックで、モンスターハウスで過ごすのが辛かったからとでも言えばいい。わざわざバスに乗ってまでネットカフェに行くのは、モンスターハウスから一番近いネットカフェがそこにしかなく、またアリバイをより強固にするためでもある。
サノケンの指示には抜かりがなかった。それに従っていれば、黒川は自殺として片付けられ、自分たちが逮捕されることはないだろう。しかし、どうしても腑に落ちない自分がいた。
もし自分がネットカフェにいる間に、みんなに何かトラブルがあったら?モンスターハウスを出る前に、少しでもトラブルがあれば中止するように言っては来たが、さっきまで話していたあの感じだと、多少の不都合ぐらいなら無理矢理にでも計画を実行しかねない。みんなの目にはそれだけの決意が満ちているように見えた。
もし何かトラブルがあったとき、自分がその場にいることで良い方向に傾くことはあるんじゃないのか?それなのに、自分はネットカフェで一人で大人しく過ごしていていいのだろうか?
そんなことを考えているうちに、バスは終点である駅前に到着し、予定通り近くのネットカフェに入った。
歩美はドリンクバーでコーヒーを一杯淹れると、自分の個室に入り、テレビもパソコンも起動せず、椅子に座って一人思案していた。
「クロちゃん」
ドアの外からの呼びかけに、黒川は「はい」と答えた。
「ごめん。手塞がってるから、ドア開けてもらっていい?」
「あ、いいよ。ちょっと待ってね」
そう言うと、黒川は立ち上がり、男性部屋のドアを開けた。そこには、両手にコーヒーカップを持った蘭が立っていた。黒川は声で誰が呼びかけているのか分かっていたのだろう。ドアを開けた瞬間から笑顔で彼女を迎え入れた。
「ありがとう」
「ううん。あ、コーヒー淹れてくれたの?」
「そう。飲みながらちょっと話したいなって思って」
「そうなんだ。ありがとうー」
黒川は蘭からコーヒーカップを一つ受け取り、そのままさっきまで座っていた場所に座り直した。蘭はカップの中のコーヒーが溢れないように気を付けながら、ゆっくりと黒川の前に腰を下ろした。
「話って何?どうしたの?」
黒川はカップに口をつけながら尋ねた。
「うん。歩美のこと。どういう気持ちだったのかなって思って」
「どういう気持ち?さっきも言ったけど、歩美ちゃんは僕と恋愛しそうにないなと思ったから、落としただけだよ」
「じゃあ大雅とサノケンは?何で落とさなかったの?」
「確かに、あの二人のどっちかを落とすっていうのも考えたんだけど、あの二人はまだ使えるじゃん」
「使える?」
「うん。さっき一人一人と面談したでしょ?そのときに大雅とサノケンに約束してもらったの。モンスターハウスから脱落させない代わりに、これから僕の恋愛の邪魔はしないって」
「……へえ」
「大雅とサノケンには、これから僕の恋愛が上手くいくように協力してもらう。僕に彼女ができた後なら、好きに恋愛してもらっていいけど、それまでは、あの二人は僕の言いなり。どう?いいアイデアでしょ?」
笑顔でそう言うと、黒川はまたコーヒーを飲んだ。
蘭は何と言っていいのか分からず、黙って自分もコーヒーを飲むしかなかった。
「……ねえ蘭ちゃん……」
さっきまでのハキハキした話し方とは打って変わり、少し甘えたような声で黒川が話し始めた。
「何?」
「……キスしない?」
「……え?」
「だからー。キス、しない?」
「……ごめん。さっきも言ったけど、今はそんな気分になれない」
「……そっか。何かごめんね」
「……」
言葉を失った蘭を尻目に、黒川はニヤニヤしながらまたコーヒーを口につけた。すると、黒川の様子に変化が現れた。急に瞼が重くなり、眠そうにし始めたのだ。
「クロちゃん、どうしたの?」
蘭が尋ねるが、黒川はウトウトしていて、返事ができないでいるようだった。
「眠たいの?ちょっと横になったら」
「……うん。ちょっとごめんね。何か……急に、眠気が……」
黒川は持っていたカップを蘭に預け、横になった後、あっという間にいびきをかきながら眠ってしまった。
「クロちゃん。クロちゃーん」
蘭は何度か黒川の名前を呼びかけながら、目の前で手を振ってみた。起きる様子は全くない。蘭は一つ息を吐いて立ち上がり、二つのカップを持って部屋を出て行った。
歩美が個室に入ってから三十分が経とうとしていた。
もうシャワーを浴びて寝てしまおうと考えたが、今まさにサノケンたちが黒川を殺害しているかもしれないと思うと、申し訳なさで動けなかった。
何をするでもなく一・五畳ほどの狭い空間で過ごす三十分は、永遠のようにも感じられた。ここで朝まで過ごさなければいけないというのは、今の歩美にとって拷問に近い苦痛だった。
周りの個室から聞こえてくるキーボードを叩く音や、ヘッドホンから音漏れしている音楽、誰かがドリンクバーで飲み物を入れている音、外の廊下を歩く足音、漫画のページをめくる音。全ての音がひどく大きく聞こえた。
歩美は思わず耳を塞いだ。が、頭の中で響くようなその雑音が消えることはなかった。
気がつくと、歩美は自分の個室を飛び出していた。




