山崎のいない日8
「いやあ良いお湯ねえ!ねえ、カオルちゃん」
「うん!すっごく気持ちいい!」
「東堂さんとミクちゃんもこっちに来たら?そんな端っこに寄ってないで」
「え、あ、その…私はここで大丈夫です」
「わ、私も…」
「あらそう? 別に女同士なんだから恥ずかしがることなにのに。他にお客さんもいないし」
「いや、そういう問題じゃないというか、女同士だからこそっていうか…」
前々から知ってはいたが、やはりマイコとカオルのスタイルはずば抜けていた。特に胸の膨らみなどは、エリナやミクと比べると天と地ほどの差があった。この二人と一緒に風呂に入ることは、エリナとミクにとって公開処刑に近いものがあった。
道中いろいろあったものの、一行は何とか無事に城崎温泉にたどり着いた。新幹線の中にあった田辺新一の遺体と、田辺殺害の罪に問われた桜田恵は、名古屋駅で無事に警察へと引き渡された。
かくしてエリナたちは、城崎温泉の露天風呂で優雅に入浴中という訳だった。
「しかし、まさか行きの新幹線で殺人事件が起こるなんてねえ」
「確かになかなか無いことですけど、それを解決しちゃったマイコさんも相当だと思いますよ」
「カオルはとっても楽しかったよ! お兄ちゃんの真似みたいで!」
「私はあんなの二度と御免よ」
「それにしても、カオルちゃんとミクちゃん、演技上手かったわね。私びっくりしちゃった」
マイコはカオルとミクが恵と話している間、二人にスマホを通話中のままにさせ、一号車後方の座席で恵との会話を聞いていたのだった。
「カオルは、別に演技なんかしてないよ。普通にあのお姉さんと話してただけ!」
「私もそうかも。逆に演技しろって言われてたら、あんなに会話なんてできなかったかも」
「へえ。二人ともなかなかの強心臓なのね。ねえ、もしかしたら警察に向いてるかもよ」
「ええ、そうかなー」
「私は絶対嫌。山崎さんのことは好きだけど、山崎さんになりたいとは思わないもの」
「そう」
マイコは機嫌がいいようで、ずっと笑顔だった。
マイコの横から、エリナがカオルたちに言った。
「まあ、警察って大変な仕事だからね。あなたたちじゃ、務まらないんじゃないかなぁ」
「はあ?東堂さんに言われたくないんだけど!」
「珍しくあんたと意見が合うわね。私もよ」
「何でよ! これでも私、若くして捜査一課に配属されてるのよ! しかも女性で!これって結構すごいことなんだからね!」
「でも東堂さん。今回はずっとトイレの前でお客さんが入らないように見張ってただけだよね?」
「そ、それは、私やマイコさんより、カオルさんやミクさんみたいな年下の子の方が、犯人も喋りやすくなるだろうからってマイコさんが言うから」
「あら、私のせいにしないでくれる?」
「ちょっと!マイコさんまで私をいじめないでくださいよー!」
「ふふ。冗談よ」
四人が湯に浸かりながら楽しく会話をしていると、ふとカオルが言った。
「ところでマイコさん」
「何?」
「ちょっとお願いがあるんですけど」
「何?」
「あの、おっぱい触ってもいいですか?」
突然のカオルの要望に、エリナとミクは思わず「は!?」と声をあげたが、マイコは「いいわよ」と即答した。
「いいんですか!? マイコさん!?」
「別にいいじゃない。女同士なんだし。何か減る訳でもないし」
「そうですけど…」
「じゃあ、失礼します」
カオルはゆっくりとマイコの胸に手を近付けた。そして遂に手と胸が触れた瞬間、胸は深く沈んだ後、弾むようにカオルの手を押し返した。その感覚に一瞬で虜になったカオルは、何度もその動きを繰り返した。その度に、カオルの中を多幸感が駆け巡った。
「すごい! このおっぱいすごいよ! ねえお兄ちゃん! マイコさんのおっぱいすごいよ!」
「ちょっとカオルさん! 声が大きい!」
「いいじゃない。山崎さーん! 今あなたの妹さんが私の胸を揉んでますよー!」
「ちょっと! 他にお客さんがいたらどうするんですか! 変な集団だと思われますよ!」
「十分変な集団でしょ…」
ミクが吐き捨てるように言った。
カオルはさらに続ける。
「お兄ちゃんも後で触らせてもらったらー!?」
「私は別にいいわよー! 山崎さーん!」
「あとねー、東堂さんとミクはびっくりするぐらい真っ平らだよー!」
「それは別に言わなくていいでしょ!」
「東堂さん。そんなこともうバレてるんだから、今更怒らなくてもーー」
怒りを露わにするエリナをよそに、ミクは案外冷静だった。
カオルはさらに続けた。
「ミクに関しては毛も全然ーー」
その瞬間、カオルの方に風呂桶が飛んで来た。カオルはそれを華麗に避ける。
「あんた何言い出す気!? あんまり調子乗ってんじゃないわよ!」
「何よ、この幼児体型! 悔しかったら初潮の一つでも迎えてみなさいよ!」
「もう迎えてるわ! 言わせるな!」
二人の喧嘩に、エリナは「やめなさい!」とまた怒り出し、マイコは楽しそうに笑っていた。
そして、反対側の男湯に入っていた山崎は、女湯から聞こえてくる声に頭を抱えていた。銀行強盗事件を解決してからすぐにカオルたちを追って城崎までやって来て、ゆっくり疲れを癒したいと思っていたのに、さらに疲れることになるとは思っていなかった。
しかも、今山崎が浸かっている男湯には、合宿で来ているらしい、筋骨隆々のラグビー部員たちが何十人と入っていた。そして、隣から聞こえる女たちが度々口にする「山崎」という男が、どうやらこの細身の色白男だと分かった部員たちは、ひたすら嫉妬の目で山崎を睨み続けるのだった。
「お兄ちゃんー! いるんでしょー! 何で返事しないのー!?」
「山崎さーん! 後で胸を触らせてあげるからねー!」
「山崎さーん! カオルさんを何とかしてくださーい!」
「山崎さーん! 今夜は私と一緒に寝ましょうねー!」
女湯から聞こえてくる声に、山崎はひたすら口を噤むのみだった。
終