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山崎警部と妹の日常  作者: AS
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山崎のいない日6

「すいません。隣、いいですか?」

 さっきの女のせいでできなかった化粧の仕上げに取り掛かろうとしたところで、次はまた別の女が自分の隣に座りたいと申し出てきた。今度はさっきの女とは正反対の、身長が低く、ゴシック系の白黒の可愛らしい服に身を包んだ女の子だった。顔はいかにも美少女という感じで、さっきの女を「美しい」と形容するなら、この少女には「可愛らしい」という言葉が相応しかった。

 それはそうと、どうしてさっきの女も今度の少女も、わざわざ自分の隣に座ってくるのか。他にも空席は山ほどあるというのに。やはり自分が田辺を殺したことを、この女たちは知っているのだろうか。しかしそれなら、既に死体は発見されているということになる。恵はてっきり、誰かがあの九号車のトイレに入り、大騒ぎになった後、新幹線が止まったりするものかと予想していたが、田辺を殺してから三十分ほどが経った今でも、新幹線は何事もなく進んでいる。何かおかしい。恵はそう思わずにはいられなかったが、実際に何があったのか確かめる術などなかった。

「どうぞ」

 本当は断りたかったが、今の恵は、何が自分と田辺を結び付ける手がかりになり得るか分からなかったので、ここで拒否することは自分の立場を逆に危うくするような気がして、少女に隣に座ることを許可することにした。

「ありがとうございます」

 恵は少女の返事は聞かず、化粧の続きに取り掛かることにした。その瞬間だった。突然新幹線が大きく揺れ、座席に座ろうとしていた少女は体のバランスを崩してしまった。その拍子に、恵が膝に乗せていたバッグを突き飛ばしてしまい、中身の化粧品が床に散らばってしまった。

 またか…。バッグの中身が飛散するのは今日で二回目だ。恵はもう少しで終わりそうだった化粧の手を止め、散らばった化粧道具を一つ一つ拾い上げた。それらをぶちまけた張本人である少女も、「ごめんなさい!」と申し訳なさそうに手伝ってくれた。

「大丈夫だから」

 少女にそう言って引き続き化粧道具を拾っていた恵は、座席の下に入り込んだある物を見て戦慄が走った。そこには、白いタオルに包まれた、田辺を刺した包丁が落ちてあった。何でこんなものを軽率にもバッグの中にそのまま入れてしまったのか。隠すにしても、他にいくらでも良い方法があったはずだ。

 しかし、いくら後悔しても仕方がない。幸い、この少女に包丁は見られていない。こっそりバッグの中に戻せば問題はない。恵が後ろを振り向くと、少女は散らばった化粧品を拾っている最中だった。恵の視線に気付いた少女は首を傾げながら「どうかしました?」と問いかけてくる。

「い、いえ。何でも…。あ、あれもそうじゃないかしら」

 そう言って、恵は少女の後方を指差した。すると恵の狙い通り、少女は後ろを振り向き、「どこですか?」と言いながら化粧品を探し始めた。恵はその隙に素早く座席の下に手を入れ、タオルに包まれた包丁を取り、バッグの奥に入れた。

「ありませんでしたよ?」

「そ、そう。ごめんなさい。私の見間違いだったみたい」

「そうですか。これで全部みたいですか?」

 少女は恵に、拾った化粧品を手渡しながら言った。

「ええ。ありがとう」

 恵はそれを受け取り、座席に座った。もう二度と離さないよう、今度はしっかりとバッグを腕に抱え込んだ。

「いえ。元はと言えば私がやったことですから」

 少女は笑顔でそう言って、再び恵の隣に座った。

「あ、そうだ。お姉さん、知ってます?」

 座席に座るや否や、少女は小さな声で囁くように恵に話しかけて来た。

「え?何?」

「実は、さっき噂で聞いたんですけど、この新幹線、人の死体が乗ってるらしいですよ」

「…!」

 恵は一気に血の気が引くのを感じた。

「え?…どういうこと?」

 あまりに突然のことに驚いたので、思わず反応するのが遅れてしまった。恵は不審に思われていないか心配になったが、少女は特に気にする様子もなく話を続けた。

「それが、私も実際に見た訳じゃないから詳しいことは分からないんですけど、何でもこの新幹線のトイレで死体が見つかったんですって!」

「…誰が見つけたの?」

「乗務員の人が見つけたらしいですよ。でも、途中で新幹線を止める訳にいかないし、お客さんたちもパニックになっちゃうから、次の名古屋駅まで、そのトイレは故障中ってことにして、そこで警察の人たちに捜査してもらうらしいですよ」

「…へえ」

「まあ、噂で聞いただけなんで、本当かは分からないですけどね!」

 恵の額は汗でじんわり滲んでいた。もちろん、名古屋駅まで田辺の死体が見つからずに済むとは思っていなかったが、いざ見つかってみると、焦りや恐怖のようなものが襲って来た。

「お姉さん、何か知ってたりします?」

「え…?どうして?」

「別に理由はないですけど、ちょっと聞いてみただけです」

「いえ…何も、知らないわ」

「ふーん」

「何?」

「いえ、何でも」

 少女は意味ありげな笑みを浮かべ、座席に座り直した。

 恵は困惑した。どっちだ?この少女は知っているのか、いないのか。どちらとも取れるこの少女の反応が、恵はたまらなくもどかしく感じた。しかし、それを確かめることもできるはずもないので、恵はただ、悶々と気を揉んでいることしかできなかった。

 二人の間に沈黙が続いた後、少女のスマホに誰かからのメッセージが届いたらしく、少女は懐からスマホを取り出し、内容を確認した。すると、少女は突然立ち上がり、恵に対して笑顔を見せ、何も言わずにどこかへと去って行ってしまった。

 さっきの女にしても、今の少女にしても、突然隣に座ってきて、こちらを動揺させるような話をしては去って行く。

 しかし、今の恵はこの少しおかしな状況に困惑しながらも、このまま何事もなく新幹線が無事に名古屋駅に到着するのを待つ他なかった。



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