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山崎警部と妹の日常  作者: AS
85/153

山崎のいない日4

「もう。トイレぐらい一人で行ってくださいよ」

「いいじゃない。カオルちゃんと一緒にいたいのよ」

「はいはい」

 結局、九号車のトイレはいつまで経っても開かなかったので、マイコは五号車のトイレを使うことに決め、カオルはなぜかそれに付き合わされていた。

 マイコがトイレから出て来ると、カオルはすぐに元の車両に戻ろうとした。

「はい、じゃあ戻りますよ」

「もう。そんなに急がなくていいじゃない。ゆっくり行きましょうよ」

「・・・マイコさん」

「何?」

「もしかして、テンション上がってます?」

「えー。そんなことないわよー」

「完全に上がってますね」

「いいじゃない。旅行なんて久しぶりだし、しかも誰かと行くなんて修学旅行以来だもの。テンションぐらい上がったっていいでしょ」

「別にいいですけど、そのテンションでカオルに絡まないでください。カオルはお兄ちゃんがいない間はクールダウンしてるんで」

「もう。冷たいんだからー」

「はい、じゃあ戻りますよ」

 カオルは、マイコを置いてすたすたと歩き始めた。

「ちょっと待ってよカオルちゃんー」

 マイコはその後を追いかけるようについて行った。

「ねえもっとお話しましょうよー」

「お兄ちゃんが来たらいっぱいお話ししますよ」

「えー」

 カオルがマイコをあしらいながら歩いていると、反対側から歩いて来た一人の女とすれ違った。カオルはその女に見覚えがあった。さっき神妙な顔で十一号車を歩いていた女だ。女は相変わらず険しい顔をしていた。しかもさっきよりも思い詰めたように見える。さっきは十一号車にいたにもかかわらず、どうして今こんなところにいるのか、カオルは少し訝しんだが、特に気にすることもなく、エリナとミクがいる元の座席に戻って来た。

「遅かったですね。何かあったんですか?」

「それが聞いてよ東堂さーん」

 マイコは、さっきあったことを事細かに話した。エリナは一旦読書をやめ、マイコの話に耳を傾けた。カオルは既にスマホに目をやっていた。

「へえ。そんなことが」

「危うく漏れちゃうかと思ったわよ」

「ははは。こんな話してたら、私もトイレ行きたくなっちゃいました。その籠もってた人、もう出ましたかね?」

「さあ。さすがにもう出たんじゃない?」

「そうですよね。じゃあちょっと行って来ます」

「はーい」

 エリナは読んでいた文庫本に栞を挟み、座席に置いて九号車へと向かった。エリナを見送ると、マイコはまた目を閉じて睡眠を取ろうとした。

 マイコがまどろみ出した頃、誰かがマイコの肩を叩いた。せっかく気持ちよくなって来た頃だったのにと、マイコは少し腹が立ったが、肩を叩いたのがエリナだと分かると、すぐに気を取り直した。

「何? どうかしたの?」

「あの、ちょっと来てもらってもいいですか?」

「今じゃなきゃ駄目?」

「結構重大なことです」

 マイコは、エリナのただならぬ雰囲気に何かを感じ取り、「分かったわ」と言って立ち上がった。

 エリナの表情から何かを感じ取ったのか、カオルはスマホから目を離し、ミクはイヤホンを耳から外して、エリナの方を見た。

 エリナは二人に言った。

「あなたたちはここにいて。大丈夫。何も心配いらないから」

 その言葉こそ二人を心配させていることに、エリナは気付かなかった。

 エリナとマイコは二人を置いて十一号車を出た。十号車を抜け、九号車の後方、トイレと洗面所がある場所まで辿り着くと、エリナは歩みを止めた。

「東堂さん。何があったの?」

 マイコの問いかけに、エリナはトイレのドアに手をかけながら答えた。

「とりあえず、これを見てください」

 そう言ってエリナがトイレのドアを開けると、そこには便座にぐったりと座り込んだ男がいた。男はスーツ姿で、胸の部分に大きな血の跡がついている。マイコは一目でその男が死んでいると分かった。

「これは・・・」

「私も驚きました」

「このことを知ってるのは?」

「おそらく、私とマイコさんだけです」

「そう...」

「とりあえず、この新幹線を止めてもらいます」

「ちょっと待って」

「どうしました?」

「急に新幹線を止めたりなんかしたらパニックになるわ。幸い、今このことを知ってるのは私と東堂さんだけ。だから、とりあえず今は乗務員さんだけに知らせて、新幹線はこのまま走ってもらいましょう」

「でも、それじゃーー」

「大丈夫。私に考えがあるの」

「考え?」

 エリナは、マイコが何を考えているのか分からなかったが、マイコは自分の知る限り、山崎の次に頭の回る人間だ。きっと自分よりも状況を素早く判断しているはずだ。そう思ったエリナは、マイコの指示に従い、乗務員を呼びに行った。幸い、八号車にたまたま男の乗務員がおり、エリナは彼に「とりあえず来て欲しい」とだけ耳打ちで伝え、九号車のトイレまで来てもらった。

 トイレの中の死体を見せると、男は思わず声を上げそうになったので、マイコとエリナは素早くそれを制した。

「すみません。こんなこと初めてなもんですから」

「滅多にあることじゃありませんよ」

「あの、やはり新幹線は止めた方が・・・」

 男性乗務員がエリナと同じ判断を下そうとしたとき、マイコが言った。

「いえ。その必要はありません」

「え?」

「どういうことなんですか、マイコさん?」

 エリナと男性乗務員は同じ疑問を持っているようだった。マイコは、その疑問に答えてやることにした。

「東堂さん。さっき言ったでしょ。私、さっきこのトイレに入ろうとしたら、ずっと中の人が鍵をかけてて入れなかったって」

「はい。あ、それってもしかしてーー」

「そう。この死体は明らかに他殺。そして犯人はこの男を殺した後、新横浜の駅で降りて逃げるつもりだったんじゃないかしら。ただ、そこに私がやって来るという予定外のことが起こってしまった。犯人は出るに出られず、トイレの中で息を潜めていた。そして、降りるはずだった新横浜駅を通過してしまった」

「…ていうことはーー」

「うん。犯人はまだ、この新幹線の中にいる可能性が高い」

「え!?」

 男性乗務員が思わず大きな声を上げてしまう。マイコとエリナの「静かに」という注意に、男性乗務員は口を手で押さえながら何度も頷いた。

「だからね、もしここで新幹線を止めて乗客を解放しちゃったら、それはむしろ犯人に逃がすチャンスを与えることになる。おそらく犯人は、次の名古屋駅で降りようと企んでるはず。もしそこで降りられたら、犯人を捕まえるのは相当困難になる」

「ていうことはつまりーー」

「名古屋に着くまでがタイムリミットってこと。あと一時間ぐらいね」

「一時間って、そんな短時間で犯人を見つけて捕まえるなんて無理ですよ」

「そうかしら。山崎さんならできると思うわよ」

「…そうかもしれませんけど、私たちは山崎さんじゃないですし」

「でも、いつも山崎さんの横で仕事してるんだもの。私も東堂さんも、少しは成長してるはずよ。それにーー」

「それに?」

「私、一度やってみたかったのよ!山崎さんみたいに、殺人犯を推理して捕まえるやつ!」

「え?」

「だってカッコいいじゃない!せっかく警察の仕事をやってるんだから、一度くらいは犯人を捕まえてみたいじゃない!それにほら、私の仕事って、事件の初めにしか関われないじゃない?だから犯人が捕まるとこって見たことないのよね。ああいうのにすごく憧れがあるのよ!」

「はあ...」

「あ、でもああいうのは嫌。ほら、ドラマとかでよく、犯人が捕まった後、動機とかを長々喋るじゃない? 私あれ大嫌いなの。聞いてられないのよね。私は犯人を逮捕できればそれでいいの!」

「あのーー」

 意気揚々と話すマイコに、さっきから黙ったままの男性乗務員が話しかけて来た。

「あなた方はどういう?」

「ああ。申し遅れました。私たち、こういう者です」

 そう言って、マイコとエリナは懐から警察手帳を取り出した。いくら休日とはいえ、何かあったときの為に警察手帳を常備するのは常識だが、本当に勤務時間外に使うときが来るとは、エリナもマイコも思っていなかった。

「あ、警察の方でしたか。これは失礼しました」

「いえいえ」

「あの、では我々はどうすれば…?」

「とりあえず、この事件に関しては私たちが何とかします。もちろん他の乗客の方にはバレないように。あなた方は、無事に乗客の皆さんを次の駅に送ることだけ考えていてください」

「分かりました。では、申し訳ありませんが、お任せいたします。よろしくお願いします」

 男性乗務員は二人に深々と頭を下げ、運転席の方へ戻って行った。

「さて、じゃあまずは現場検証と行きますか」

「本当にやるんですね」

「当然よ。あと、私がトイレに入ってる間、東堂さんはお客さんが来ないように外で見張っててもらえる?」

「はあ…。分かりました。乗りかかった船です。最後まで付き合いますよ」

 エリナの返答を聞くと、マイコはトイレの中に入って行った。エリナはドアの前で人が入らないよう立って待っていることにした。

 マイコはトイレに入ると、懐から手袋を取り出し、手にはめた。マイコはこういうときの為に、警察手帳に加え手袋も常に携帯していた。死体のポケットを探ると、出て来たのはスマホ、財布、煙草、ライター、メモ帳、ボールペン、イヤホンなど、何の変哲も無いものばかりだった。財布の中を覗いてみると、名刺が入っていた。そこには、真ん中に大きく「田辺新一」という名前と、その上部に「富士宮商事 営業部部長」とあった。富士宮商事と言えば、日本を代表する商社の一つだ。その営業部部長となれば、相応の地位と収入のある人間のはずだ。そんな人間も、胸を一突きされれば一介の人間と同じように、地位も名誉も金も関係なくなってしまうのだから、人間の営みなど滑稽なものだと、マイコは少し厭世的になってしまった。

 次に便座の周りに何か犯人の手がかりになるようなものが落ちていないか探してみたが、特に何も見つけることはできなかった。

 マイコはトイレから出て、エリナに分かったことを報告した。

「どうでしたか?」

「分かったのは被害者の身元ぐらいね。犯人の手がかりは今のところ無し」

「そうですか」

「さて、これからどうしようか…」

 エリナとマイコが悩んでいると、二人を呼ぶ女の声が聞こえた。エリナはその声に驚いた。

「あなたたち!座っててって言ったでしょ!」

「ほら言ったでしょ。怒られるからやめようって」

「だって、あんなこと言われて大人しく座って待ってられる訳ないじゃない!」

 エリナとマイコを呼んだのはカオルだった。その後ろにミクも申し訳なさそうについて来ている。

「話は大体聞かせてもらったわ!私たちも犯人捕まえるのに協力する!」

「え?私も?」

ミクが戸惑うように言った。

「駄目よ。子どもには危なすぎる。あなたたちは大人しく待ってて」

「ふーん。そんなこと言っていいんだー」

「...? どういう意味よ?」

「もし、私が犯人に心当たりがあるって言ったら、どうする?」

「え?」

「その話、詳しく聞かせてくれる?」

 エリナを押し退けて、マイコが尋ねた。

「ふふ。実はね…」

 エリナとミクは、これから起こることに嫌な予感しかしなかった。



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