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山崎警部と妹の日常  作者: AS
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山崎のいない日2

「さっさと追いかけて来てよ、お兄ちゃん!」

「すいません山崎さん。私のせいで…」

「山崎さん。私たち先に行ってるわね」

「山崎さーん!早く来てくださいねー!待ってますからね!」

「はい。新しいお札に替えてもらったらすぐに追いかけますから。面倒かけてすいません」

 山崎の言葉を聞いて、妹のカオルは電話を切った。

 カオルは白地に花柄のワンピースという、いかにも女の子らしい服装をしていた。スカート部分からはワンピースと同じくらい真っ白な脚がすらっと伸びていて、カオルの高い身長を際立たせていた。更にお腹の部分はコルセットのようになっており、体のラインがはっきりと見て取れ、カオルの年齢に見合わない豊満な胸はこれでもかと強調されていた。

「山崎さんには悪いことしちゃったな」

 東堂エリナはその場にいない山崎に対して申し訳なさそうな顔をした。

 スカートをあまり履かないエリナは、休日はスキニージーンズを履いていることが多く、今日もそうだった。黒のハイヒールはエリナのスタイルの良さを更に良く見せていた。上は薄いピンクのシャツに白いジャケットを合わせており、カオルに比べて胸は小さいが、いかにも"大人の女性"の感じを醸し出す落ち着いたコーディネートだった。そして、いつもは地味な黒縁眼鏡をかけているエリナだが、今日はよそ行き用の、ピンクの可愛らしい眼鏡をかけていた。普段スーツ姿のエリナしか見ていない人間がこの姿を見たら、そのギャップに少なからず驚くだろう。

「本当よ!せっかく山崎さんと一緒にいられる時間が短くなっちゃったじゃない!」

 とエリナに文句を言ったのは小林ミクだった。

 ミクは全体的に白と黒を基調としたワンピースを着ており、日焼けを気にしているのか、日傘を差していた。いわゆるゴスロリ系の服装だが、ミクがアルバイトしている喫茶店の制服がメイド服に近いデザインをしており、それを毎日のように着ているうちに、私服のファッションセンスも影響されてしまったのだそうだ。ただ、身長が小学生並みに低いため、ミクとカオルか同い年だとは、二人を知らない人間にはおよそ想像もつかないだろうと思われた。

「まあまあ、すぐ追いかけてくるって言ってるんだし、少しの辛抱じゃない」

 ミクを宥めたのは小倉マイコだった。

 マイコは黒のレギンスパンツに上はベージュのニット、それに黒のレザージャケットを合わせるという装いだった。カオルやエリナをも凌ぐスタイルの持ち主で、男らしい性格でもあるマイコにはぴったりなコーディネートだと、エリナたちは口には出さないまでも、心の中で思っていた。そして、いつも仕事中はポニーテールにしている髪を今日は解放し、その長い髪はマイコの背中辺りまで伸びていた。エリナとはまた違った意味で、仕事中とのギャップがそこにはあった。

 この四人が街中を歩いていると、やはりそれなりに目立った。四者四様の異なる特徴を持った美女、美少女が歩いているのだから、男はもちろん、女性も思わず振り返ってしまうほどであった。

 四人が東京駅のホームで待っていると、やがて新幹線がやって来た。四人はそれに乗り込み、自分たちの座席へと向かった。

「東堂さん、私たちってどの座席だっけ?」

 マイコがエリナに尋ねる。

「えっと、十一号車の1D、1E、2D、2Eです」

「一番前の席ね」

「はい」

 予約していた指定席へやって来ると、1Dにミク、1Eにカオル、2Dにエリナ、2Eにマイコが座り、カオルとミクの座席を回転させることで、四人が向かい合う形で座ることにした。

「楽しみだなぁ温泉。城崎温泉も初めてだし!」

「はしゃぎ過ぎないでよ。仲間だと思われたくないから」

「どうぞご自由に。ただ、私はこの温泉旅行で、お兄ちゃんと兄妹以上の関係になるつもりだから、その邪魔だけはしないでね」

「は?馬鹿じゃないの?山崎さんがそんなことするはずないでしょ!?」

「知らないの?兄と妹が温泉旅行に行くってことはそういうことだってAV見てれば分かるでしょ?」

「誰もが兄妹もののAV見てる前提で話すのやめてもらえる?」

「言っとくけど、私が見る映画もドラマも漫画もアニメもAVも、全部"兄妹モノ"だから!私のお兄ちゃん愛を舐めないで!」

「舐めるとか舐めないとかの問題じゃないし、自慢気にそんなこと言わないで。それにあんたがその気なら、私だって山崎さんの貞操を奪うことにやぶさかじゃないんだからね!」

「ちょっと二人とも!」

 カオルとミクの言い合いに、エリナが割って入った。

「何、東堂さん?まさか、東堂さんまでお兄ちゃんといやらしいことしようと思ってるの?それだけは駄目だからね!」

「そんな訳ないでしょ!そういう会話を大声でしないで!ここは公共の場なのよ」

 カオルとマイコはすっかりこの女子高生二人のやり取りには慣れてしまったが(本意ではないが)、二人を知らない人間からすれば異常な会話である。エリナは人差し指を口の前に立てて、カオルとミクに静かにするよう求めた。マイコは隣で楽しそうに微笑んでいる。どこまでも呑気な人だと、エリナは思った。

「そういえば東堂さん」

「何ですか?」

 マイコの呼びかけに、エリナは答えた。

「私たち、どの駅まで行くんだっけ?」

「京都駅です。ここが東京駅だから、次が品川、その次が新横浜、名古屋と来て、その次が京都です。大体二時間半ぐらいですかね」

「そう。ありがとう。じゃあ、私は少し寝かせてもらうわね。昨日急に仕事が入って、今日の朝方まで働いてたの。もう眠くて眠くて・・・」

「そうだったんですか。お疲れ様です」

「本当よ。こんなときに人なんて殺すんじゃないわよ。本当迷惑」

「ふふ。ゆっくり寝ててもらって大丈夫ですよ。着いたら起こしますから」

「ありがとう。じゃあ遠慮なく」

 そう言って、マイコは窓際にもたれながら目を閉じた。ものの数分もすると、すうすうと寝息を立て始めた。さっきの言葉通り、相当疲れていたのだろう。マイコの寝顔は、普段のきりっと大人びた感じとは違い、子どものように安らかだった。

「じゃあお腹も空いたし、私は駅弁食べようっと」

 そう言って、ミクはさっき駅の売店で買ったステーキ弁当を取り出して食べ始めた。匂いでマイコが目を覚まさないかとエリナは少し心配したが、マイコは少しも反応を見せず、ぐっすりと眠っているようだった。

「あんた、朝からよくそんなヘビーなもの食べられるわね」

「別にいいでしょ。お肉美味しいんだから」

「まあ好きにすれば?その調子でぶくぶく太ってくれれば、お兄ちゃんもあんたから興味を無くすだろうし」

「な…そんなこと分かんないじゃない!もしかしたら山崎さんはデブ専かもしれないじゃない!」

「残念でした!前にお兄ちゃんの部屋にこっそり忍び込んだことあるけど、ぽっちゃり系のAVもエロ本も一つも無かったですー!」

「何であんたはすぐそっちの話に持っていくわけ?」

「ふーんだ!」

 確かにぽっちゃり系は無かったが、表紙やパッケージに映っている女性がみんな眼鏡をかけていたことは、エリナの前では言わないことにした。

 そんな会話をしていると、やがて新幹線は品川駅に到着した。数人の客が乗り込んで来て、降りる乗客はいなかった。それでも車内は空席の方が多かった。

 会話も一段落し、マイコは睡眠、エリナは読書、ミクは食事、カオルはスマホで各々の時間を過ごしていた。元々四人とも一人で時間を過ごすのを苦にしない性格なので、沈黙が続いても気まずくなる者はいなかった。

 新幹線が品川駅を出発して少し経った。相変わらずマイコとエリナは静かに睡眠と読書、ミクは既に食事を終え、今はイヤホンをして音楽を聴いていた。カオルはスマホでSNSを眺めていた。

 目新しい情報もなく、カオルがSNSに飽き始めた頃、車内の通路をこちらに向かってくる一人の女が見えた。通路側で、座席を回転させたことで進行方向に対して後ろ向きに座っているカオルには、その女の顔がよく確認できた。女は三十前後ぐらいの年齢で、神妙な面持ちで進行方向に向かって通路を進んでいた。その表情があまりに深刻なのでカオルは少し気になったが、女が通り過ぎるとすぐにどうでもよくなり、またスマホに目を戻した。

 それからまた少しすると、さっきまで寝息を立てていたマイコが目を覚まし、寝ぼけ眼で「トイレ…」とだけ呟いて立ち上がった。通路に出ようとしたので、通路側に座っているエリナとカオルは足を動かしてマイコが通りやすくしてやった。通路に出たマイコは、九号車にあるトイレの方へ歩いて行った。まだ完全に覚醒してはいないのか、足元が少しふらついていた。

 マイコがトイレに向かってから少し経った。マイコはまだ帰って来ていない。トイレにしては少し長かった。

「マイコさん、ちょっと遅わね」

「うん」

 エリナの問いかけに、カオルは空返事をした。ミクは相変わらずイヤホンで音楽を聴いている。

「カオルさん、ちょっと見て来てくれない?」

「えー。何で私?」

「だってミクさんはイヤホンしてるし、私は今読んでる本がすごくいいとこだから」

「全く理由になってないんだけど」

「ほら早く。マイコさん相当眠そうだったから、もしかしたらトイレの中で寝ちゃってるのかも」

「そんなことないと思うけど」

 カオルは文句を言いながら、自分たちのいる十一号車から九号車へと向かった。

 十号車を通り抜け、自動ドアが開くと、すぐ目の前にマイコがトイレにも入らず、あくびをしながら立っていた。

「マイコさん。どうしたんですか?こんなところで」

「あら、カオルちゃん。それがね、ここのトイレがいつまで経っても開かないのよ。もう十五分は経ってるのに」

「それでいつまで経っても帰って来なかったんだ。それなら別の車両のトイレに行けばいいじゃないですか。中の人はお腹でも壊してるんじゃないんですか」

「やっぱりそうなのかな。仕方ない。もう一個向こうのトイレに行くわ」

 そう言って、マイコはカオルの腕を掴み、新幹線の進行方向に向かって歩き出した。突然腕を掴まれたカオルは、驚いてマイコに言った。

「ちょ、ちょっとマイコさん!何で私まで!?」

「いいじゃない。連れションよ、連れション」

「いや、私は別に今はトイレ行く気はーー」

 しかしマイコは聞く耳を持たず、カオルを連れてどんどんと進んで行った。

 カオルは、いつも以上に自由気ままなマイコに少し閉口した。いつも周りを振り回す側であるカオルにとって、他人に振り回されるのは慣れていないことだったのだ。

 そうこうしているうちに、新幹線は新横浜駅に到着した。

 カオルは、この後の旅行が少し心配になった。



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