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山崎警部と妹の日常  作者: AS
81/153

山崎のとある休日7

 事情聴取は案外早く終わり、今回の事件に巻き込まれた銀行員や客たちは、午後三時には解放された。銀行は臨時休業となり、神楽坂薫子は三時過ぎには銀行を出た。

 疲れた体を何とか銀行近くの駐車場まで運び、車の鍵を開けようとしたその瞬間だった。

「お疲れ様です」

 神楽坂が声の方を見ると、そこには見覚えのある男が立っていた。

「あなたは確か、山崎さん、でしたっけ?」

「そうです。ただ、私、『やまざき』ではなく、『やまさき』なんです」

「ああ、そうでしたか。すいません」

「いえ、別にどちらでも構いませんから」

「そうですか。...あの、どうかされたんですか?」

神楽坂は訝しむように聞いた。山崎はそれに淡々と答える。

「実はですね、私こういう者でして」

 山崎は懐から警察手帳を出して見せた。

「…警察の方でいらっしゃったんですか」

「はい。なのにまさか銀行強盗に巻き込まれてしまうとは。情けないばかりです」

「いえ。あの状況なら仕方ないと思います。あの、ところでーー」

「ああ、そうでした。すいません、ついつい関係のない話を」

「いえ…」

「実は、あなたにお話ししたいことがあって、あなたの事情聴取が終わるまで待ってたんです」

「…そうなんですか」

「はい。まあ立ち話も何なので、車の中で話しませんか?」

「…はい」

 神楽坂は車の鍵を開け、運転席に乗り込んだ。それと同時に、山崎が助手席に乗り込んで来た。

「それで、お話というのは?」

「それなんですが、今回の銀行強盗、おかしなところがいくつもあったとは思いませんか?」

「銀行強盗におかしくないものがあるんですか?」

「はは。確かにそうかもしれませんね。しかし、今回のは特におかしい。何がおかしいかと言いますと、どう考えても彼ら四人だけで犯行に及んでいたとは思えないんです。まず間違いなく協力者がいます。それも、銀行内部に」

「…」

「何故そう思ったか。まず一つ目に、警察が来るのが遅すぎました。私があなたに話したように、銀行内には至るところに通報ボタンが設置されています。あなた一人が押せなかったとしても、十数人いる銀行員の誰かが押しているはずなんです。通常、ボタンが押されれば五分から十分もあれば警察が到着するはずなんです。しかし、今回警察が到着したのは犯人たちが立ち去った後。彼らが銀行に乗り込んで来てから約一時間弱もかかっています。銀行員の誰かが警察に通報されないように細工をしたとしか思えません」

「…」

「そしてもう一つ。それは、銀行内に現金二億円があったことです。一昔前ならともかく、今の銀行はお金のやり取りをほとんど画面上で行うので、銀行の金庫に置かれているお金は、せいぜい数百万円ほどのはずなんです。二億円もの大金があったとしたら、それは金融機関か、もしくはとんでもない大金持ちが、現金が必要になったから用意しておいてくれと銀行に事前に連絡を入れているときぐらいです。しかし、そんなことは滅多にあるものじゃありません。仮にあったとしても、犯人たちがそれを知る術がない。しかし、今日金庫には間違いなく二億円があり、犯人たちはそれを知っていた。それは何故か」

「...」

「銀行内部の人間が情報を操作して、犯人たちに教えたと考えるのが自然です。この二点から、銀行員に協力者がいることは間違いないと思ってました。そうなると一番怪しいのは、最も犯人と近くにいた人物ということになります。...つまり、あなたです」

「…私があの強盗たちの協力者だっておっしゃるんですか?」

「…」

「私は、勤務中はできるだけお客様に満足して帰っていただこうと、誠心誠意接客させていただいてるつもりですが、ここはもう銀行じゃない。いくらお客様といえど、私を侮辱する権利は無いはずです」

「あなたが協力者であるという根拠はまだあります」

「…」

「それは、犯人たちがどうやって銀行から逃げたのか。シャッターが閉まり、完全に密室になっていたあの空間から。それが今回の事件の最大の謎でした。そこで、私は今回の事件を頭からおさらいしてみたんです。すると、一つ犯人たちが理屈に合わない行動をしていたことに気付いたんです」

「…何ですか?」

 山崎は自らの目元を指差しながら言った。

「アイマスクです」

「アイマスク?」

「はい。ちょっと考えてみれば分かることでした。何故犯人たちは我々にアイマスクをさせたのか。だってそうでしょう?自分たちの顔を見せたくないのなら、彼らが付けていたお面だけで十分なはずです。わざわざ目隠しまでする必要はない。そこで思ったんです。犯人たちが見られたくなかったのは、顔だけじゃなかったんじゃないかと」

「顔以外に何を隠すって言うんです?」

 山崎はニヤリと笑って答えた。

「それは、人数です」

「人数?」

「はい。そこに、犯人たちがあの場から逃げることができた鍵があるんです」

「…」

「彼らはお金を手にした後、忽然とその場から姿を消してしまいました。しかし、本当はそうではなかった。犯人たちは、ずっと我々の側にいたんです」

「どういうことですか?」

「犯人たちはお金を手に入れた後、お面を外し、服を着替えて、銀行のお客さんたちの中に紛れ込んだんです。もちろん、ちゃんと手を縛り、目隠しもして。そのためには、我々に銀行内にいる人数を把握されては困る。だから犯人たちは目隠しをしたんです。そして彼らの狙い通り、誰も強盗が来た前と後で男性が四人増えたことには気付かなかった」

「…」

「それにですね、犯人たちがお客さんに紛れるには、自分たちの手を縛る必要があります。しかし、自分で自分の手を縛ることはできません。必ず誰かに手伝ってもらう必要がある。ただ、到着した警察によれば、銀行にいた人たちは間違いなく全員がきちんと手を縛られていたそうです。たった一人、あなたを除いて」

「...」

「警察の方たちは、犯人たちに協力させられていたからだとあまり気にしていないようでしたが、本当はそうじゃない。あなたは四人の犯人たち全員の手を縛ってしまったために、自分を縛ることができなくなってしまったんです。それを見越したあなたは、敢えて犯人たちの犯行を手伝い、自分が手を縛られていなくても不自然でない状況を作り上げたんです」

「...」

「そうそう。警察が到着した後に確認したんですが、お客さんの中にキャリーバッグを持った男性がいました。おそらく彼が四人のうちの一人でしょう。お金と彼らの脱いだ服はあのキャリーバッグの中にあると思います。なので、現場にいた警察官の方に頼んで、あの男性を尾行してもらいました。間もなく彼らのアジトも割れるでしょう。警察が乗り込めば彼らはあなたのことも警察に話す。つまり、あなたの負けです」

「…お話は終わりましたか?」

「…」

「では、そろそろ降りていただけますか?」

「…申し訳ありませんが、あなたをこのまま逃がす訳にはいきません」

「いい加減にしてください。あなたの話はどれもこれも根拠のないことばかりじゃないですか。私はそんな話に付き合うほど暇じゃないんです」

「…証拠なら、あります」

「…」

「まず、そもそもあなたの計画はこれだけで終わりではない。もう一段階先がある。そしてそれは、四人の犯人たちにさえも告げられていない。あなた一人だけが知っている本当の計画。それを暴くことが、あなたが犯人たちの協力者であることも同時に暴くことになるんです」

「何を言ってるの?」

「あなたももう分かっているんでしょう?あなたが協力者であるという証拠は、実はさっきからずっと私の目の前にある。」

 神楽坂は何も答えなかった。

 山崎は、神楽坂の方を見たままで、助手席のグローブボックスを人差し指の背でコンコンと叩いた。神楽坂は真っ直ぐ前を見たまま、やはり何も言わなかった。

 山崎はゆっくりとグローブボックスを開けた。その中から出てきたものを、神楽坂は横目で見た。山崎はそれをグローブボックスの中から取り出した。

「あなたもよくご存知の、アタッシュケースです。そして中にはーー」

 山崎がケースを開けると、中に入っているものが姿を現した。そこには、大量の札束が詰められていた。

 神楽坂は、何と言えばいいのか、言葉を探していたが、それが見つかる前に、山崎が話し始めた。

「あなたと犯人のうち二人が金庫にお金を取りに行った後、あなたは彼らの隙をついてケースを入れ替えたんです。そう。あなたの本当の計画とは、彼らに銀行を襲わせて、盗んだお金を自分だけで独り占めにしてしまうことだったんですね?彼らが大事に持って行ったのは、偽物のケースです。中にはお金なんて入っていないでしょう」

「…」

「おそらくあなたの計画では、この後一般人になりすまして警察に犯人たちのアジトを通報。犯人たちは間違いなくあなたのことを警察に話す。しかし、警察があなたの元にやって来る頃には、あなたは既に海外に高飛びしている。そんなところでしょうか?」

「…」

「いかがです?」

 神楽坂は大きく息を吐き、ゆっくりと言葉を紡ぎ出した。

「一つ聞いていいかしら?」

「どうぞ」

「どうしてケースが入れ替わってることに気付いたの?ケースの種類は同じだし、そもそもあなたは目隠しされていたはずよね?」

「ああ、そのことですか。実はですね、このケースにある印を付けておいたんです」

「印?」

「はい。ほら、ここに」

 そう言って、山崎はアタッシュケースの底の部分を神楽坂に見せた。そこにあったものを見て、神楽坂は少なからず驚いた。

「それはーー」

 ケースの底面には、赤い字で「半額」と書かれたシールが貼られていた。

 山崎はイタズラが上手くいった子どものような笑顔を見せた。

「覚えておられますか?最初に犯人たちが私を縛ろうとしたとき、私このケースに触ったんですよ。そのときにちょっと貼らせてもらいました」

「いつの間に…。でも待って。じゃあ、ケースが入れ替えられてることにはどうやって気付いたの?どっちにしても目隠しされてちゃ気付けないはずーー、あ…」

「お気付きになりましたか? そう。私がくしゃみをしてこぼしたお茶。あれが床に置かれていたケースを濡らして、犯人のうちの一人がケースの底を確認しましたね。普通こんなシールが貼られていたら、不審に思って剥がすはずです。しかしあのとき、犯人の方は何も反応を示しませんでした。それで分かったんです。さっきのケースと入れ替わっていると」

「よくやりますね、あんなこと」

「いやあ、アタッシュケースを床に置く音が聞こえたので行けるかなあとは思ったんですが、上手くいってよかったです」

 神楽坂は、手を縛られ、目隠しもされている状態で、自分の計画を破綻させたこの男に驚愕した。そして、素直に負けを認めざるを得なかった。

「…なるほど。私の完敗です。一生懸命考えた計画だったのに。まさかたまたま居合わせた刑事さんに台無しにされるなんてね」

「いやあ、何だか申し訳ないです」

「全くです」

「ところで、一つお聞きしたいんですが」

「何ですか?」

「アタッシュケースはどうやって入れ替えたんですか?ただでさえ警戒している犯人たちの目を盗むのは至難の技だと思うのですが」

「ああ、それね。簡単ですよ。あの二人にこう言ってやったんです。『偽物のケースを用意してるから、それと入れ替えて、あの二人、高津と斎藤を出し抜いてやろうって。私はお金はいらないから、二億円を二人で、一億円ずつ分けたらいい』って。あの二人、すぐに乗って来ましたよ」

「なるほど」

「人間って欲深い生き物ですよね」

「確かに。…あと、もう一つお聞きしても?」

「どうぞ」

「どうしてこんなことを? 見たところ、お金に困っているようには思えないんですが」

「動機ですか。もし知ったら、私のこと軽蔑するかもしれませんよ?」

「それは是非聞いてみたいですね」

 神楽坂は少し笑って、話し始めた。

「私ね、これまでの人生で、失敗したことってないんです」

「…」

「ほら、嫌な女だって思ったでしょう?」

「いえ、そんなことありませんよ」

「そう? でも実際そうなの。勉強も運動もちょっとやればすぐにできたし、容姿も悪い方じゃないから恋人に困ったこともない。受験も就職も落ちたことなかったし、今度親の紹介で知り合ったお金持ちのエリートサラリーマンと結婚する予定なんです」

「素晴らしいじゃないですか」

「はたから見ればね。でもね、私、自分の人生を振り返ってみて思ったんです。私の人生には失敗は無かったけど、成功も何一つ無いって。要は退屈だったんです。山も谷もない、順風満帆な人生。私、そんなの真っ平なんです。だから、自分の一つの判断で人生が大きく変わっちゃうような、そんなスリルのあることがしてみたかったんです。それが今回の動機です」

「…そうでしたか。それで、スリルは味わえましたか?」

「そりゃあもう。何日も計画を練って、必要な道具を揃えて、ネットの掲示板であの四人を集めて、そしてやっと今日を迎えた。彼らには、私はただの協力者だとしか伝えてません。まさか、私がこの計画の首謀者だなんて夢にも思ってないでしょう。四人の中には私のことを"救世主"だなんて言ってる人もいましたけど、私にとって彼らは、単なる退屈を紛らわす為の駒に過ぎません。彼らには悪いですけどね」

「本当に悪い人だ」

「ふふ。頭のおかしな女だと思われるかもしれませんけど、銀行強盗をしようって決めてから今日まで、一日だって退屈な日はありませんでした。間違いなく私の人生の中で最高の日々でした。しかも、あなたというスペシャルゲストまで現れた。私は満足です」

「そうですか」

 山崎は笑顔で言った。

「あとは、そうね…」

「…?」

「刑務所での生活が退屈じゃないのを願うばかりね」

 そう言って、山崎と神楽坂は顔を見合わせて少し笑った。

「さて、私はこのまま警察まで行くつもりですけど、あなたはどうされます?」

「もちろんお供いたします」

「そう。じゃあ、しっかり掴まっててね」

「え?」

「ちょっと飛ばしますよ」

「え?いや、ちょっとーー」

 山崎が言うより早く、神楽坂はアクセルをいっぱいに踏み込んだ。山崎が悲鳴を上げながら隣を見ると、神楽坂薫子の顔には今日一番の煌めくような笑顔が輝いていた。


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