山崎のとある休日6
三枝たちの声が聞こえなくなってから十数分後、銀行のシャッターが開く音が聞こえた。
「皆さん!怪我はありませんか!?」
強盗たちが既にいなくなっていることを確認した警察官十数人が、拘束されている人たちを解放しているようだった。やがて山崎を縛っていた縄も解かれ、アイマスクも外された。
「やれやれ」
そう言いながら山崎は立ち上がり、銀行内を見渡した。さっきまでいた、お面をつけた四人の黒ずくめの男たちの姿はどこにも無かった。十数人の銀行員と、数人の客。客は老若男女様々で、足の悪そうな年配女性や、キャリーバッグを持った若い男性、美人なOL風の女性、ガタイのいい少し見た目が怖い男性などが目に入った。
その中に一人、女性の警察官から話を聞かれている神楽坂を見つけた。
「神楽坂さん!」
山崎は近づきながら声をかけた。
「大丈夫でしたか?ずっと犯人たちの側にいたでしょう?お怪我はありませんか?」
神楽坂は急に声をかけられて驚いた表情を見せた。その後も表情は強張ったままだった。
「はい。ありがとうございます」
神楽坂の声は弱々しく、怯えた様子だった。銀行強盗の犯人たちに犯行を手伝わされていたのだから、無理もないだろう。
「しばらくはショックが続くかもしれませんが、気を確かに持ってください」
「はい。どうもお気遣いありがとうございます」
「いえいえ。ではーー」
そう言って神楽坂の元から離れた山崎は、近くにいた一人の警察官を呼び寄せた。
「どうもお疲れ様です。私こういう者でーー」
山崎は懐から警察手帳を取り出して警察官に見せた。警察官はそれを見て驚いた表情を見せ、慌てて敬礼をした。
「これは捜査一課のーー。お疲れ様です!」
「やめてください。そういうの苦手なんです」
「とんでもない!山崎さんのお噂はかねがね。世界的画家の芦田雲照や、女優の椿都子を捕まえたのも山崎さんだとか。いやあお会いできて光栄です!」
「いえいえ。大したことじゃあ」
「あの、後でサイン頂いても?」
「そんなサインなんてーー」
「是非!」
「うーん。じゃあ、一つ頼まれてくれますか?」
「はい!山崎さんの頼みなら何なりと!で、何でしょうか?」
「実はですねーー」
ハンドルを握る三枝の手には力が込められていた。まさかこんなに上手くいくとは思わなかった。いや、計画は完璧だという自信はあるにはあったが、実際にやってみるとなれば、随所に想定外のことが起きるものだとは覚悟していた。しかし、蓋を開けてみれば、あの山崎とかいう男の邪魔が入った以外は、何も問題はなかった。上手くいきすぎて、少し怖いほどだった。
「やったな!俺たちやったんだ!」
後部座席の高津が興奮した声で言った。
「これで二億円!四人で分けて一人五千万!それだけありゃ、こっち十年は働かなくて済むぞ!」
「ああ。まさかこんなに順調にいくとはな。この作戦を考えてくれた奴には感謝しねえとな」
高津の言葉に斎藤が答える。
「いやあしかし緊張したなあ。多分、今までの人生で一番緊張したよ!なあ、三枝さん!」
「え?あ、ああ。そうですね」
「何だよ、まだ緊張してんのか?もう終わったんだからリラックスしろって!」
「はい。そうですね」
三枝は思わず歯切れが悪くなってしまった。
助手席を見ると、山本が大事そうにアタッシュケースを抱えていた。その手には青い血管が浮き出るほど力が入っていて、その目は一点を見つめ、一切動かなかった。大金を手に入れたのだから様子がおかしくなるのも無理はないが、それを差し引いても、三枝は山本が少し怖かった。
「しかし五千万かあ。何に使おうかなあ。とりあえず高級風俗にでも行くかな」
「安いなあお前は。俺はまずは家だろ。次に車だ。車を持ってる男はモテるからな」
「確かに、それいいな。なあ、三枝さんは五千万を何に使うんだ?」
斎藤と話していた高津が問いかけてきた。三枝は、さっきのように歯切れが悪くならないよう、冷静に話すよう努めた。
「僕は、借金があるので、その返済に充てようかと」
「そうかあ。大変だなあ」
それだけ言って、高津は斎藤と五千万を何に使うかの妄想話で盛り上がっていた。
三枝は車を走らせながら、本当に高津に言ってやりたかったことを心の中で言ってみた。
「五千万?馬鹿を言うな。僕はそんなはした金で満足する男じゃない。僕の為に働いてくれて、どうもありがとう」と。




