山崎のとある休日3
「さっさと追いかけて来てよ、お兄ちゃん!」
「すいません山崎さん。私のせいで…」
「山崎さん。私たち先に行ってるわね」
「山崎さーん!早く来てくださいねー!待ってますからね!」
「はい。新しいお札に替えてもらったらすぐに追いかけますから。面倒かけてすいません」
そう言って、山崎は電話を切った。まさかこれから温泉旅行に出発しようかというタイミングでこんなことが起こるとは思わなかった。
それもこれも、山崎が切符を買おうと財布から一万円札を取り出した瞬間、エリナが手を滑らせてお茶の入ったペットボトルをこぼしてしまい、山崎の持っていた一万円札に引っ掛けた挙句、お札が破れてしまったからなのだが、もはや過ぎたことをとやかく言う気は起こらず、山崎は大人しく銀行で新札に交換してもらうことにしたのだった。
運良く駅からすぐ近くに銀行があったので、山崎はそこに入り、整理券を取って順番を待った。昼前の時間ということもあり、銀行内は空いていて、すぐに山崎の順番が回って来た。
山崎が窓口に行くと、そこには若くて背の小さい、美人というよりは可愛らしいという言葉が似合う女性が座っていた。胸のネームプレートには「神楽坂」と書かれてあった。
神楽坂というその女性銀行員は、笑顔で山崎に対応した。
「こんにちは。今日はどのようなご用件でしょうか?」
「ああ、どうも。実はですね、さっき一万円札を濡らして破いてしまってーー」
そう言って、山崎は財布から歪に破れた一万円札を取り出した。
「これ、新しいのに替えてもらうことってできますか?」
「はい。大丈夫ですよ。少々お待ちくださいね」
そう言うと、神楽坂は山崎から破れた一万円札を受け取り、銀行の奥へと持って行った。神楽坂が戻って来るまでの間、山崎は銀行内を見渡してみた。客は自分を入れて数人。銀行員は十数人。やはり今は比較的落ち着いた時間帯なのだろう。何やら談笑している銀行員までいた。
数分ほどで神楽坂は戻って来た。その手には新札の一万円札があった。
「お待たせいたしました。こちら、新しいお札です」
「ありがとうございます。これで無事に旅行に行けそうです」
「あら、旅行に行かれるんですか?」
「はい。これから」
「これからですか。じゃあお金が無いと困りますもんね」
「全くです。近くに銀行があって助かりました。おかげで朝ごはんも食べられなくて、近くのコンビニでおにぎり買ってきたんですよ。ほら」
そう言って、山崎は鞄からコンビニのおにぎりを取り出して神楽坂に見せた。
「そしたら今日はたまたま半額デーだったみたいで、安く買えたんですよ」
山崎が持っているおにぎりの袋には、赤い字で「半額」と書かれたシールが貼られていた。
「あら、本当ですね」
「すいません。こんな話どうでもいいですよね」
「いえ。とんでもありません」
「いやあ、嬉しくて誰かに聞いてもらいたかったんですよ。無駄話してしまって申し訳ない」
「大丈夫ですよ。私もスーパーで半額になるまで粘ったりすることありますから。お気持ちは分かります」
「ありがとうございます。気を遣っていただいて。では、私はこの辺で」
「気なんて遣ってませんよ。またいつでもお越しください」
「はい。ありがとうございました」
最後まで神楽坂は笑顔で丁寧に接客してくれた。これで気持ち良く温泉へと出発できる。山崎は珍しく気分が高まっていた。
山崎が窓口から離れようとした瞬間だった。突然、耳をつんざくような大きな音が銀行内に響き渡った。山崎は、一瞬驚いた後、すぐにそれが銃声であると分かった。見ると、銀行の入口に黒い服を着て、屋台で売っているようなキャラもののお面をつけた四人の人間が立っていた。体型からして、どうやら四人とも男であるようだった。銃を撃ったのはドラえもんのお面をつけた人物のようだった。
ドラえもんの男は、銀行員に指示して入口のシャッターを閉めさせた。そして次に、銀行内にいる人間を全員自分の前に集めさせた。それはもちろん銀行員も例外ではなかった。
ぞろぞろとカウンターの向こうから銀行員が出てくる。その中の一人、さっき一万円札を新札に交換してくれた神楽坂を、山崎は呼び止めた。
「あの、すいません」
「はい?」
神楽坂は少し動揺しているようだった。無理もない。銀行強盗など、映画や漫画ではよくあることとはいえ、実際に遭遇することなどまずないだろう。それも彼女のような小柄で気の弱そうな女性なら尚更だ。
「一応確認しときたいんですが、これは一種の模擬訓練とか、レクリエーションとかではないんですよね?」
「もちろんです。一応、強盗が来たときのための訓練は定期的に行ってますけど、それはあくまで銀行員だけで行われるもので、お客様を巻き込むようなことは決してーー」
「そうですよね。ということは、彼らは本物の銀行強盗...。このご時勢に珍しい。通報ボタンは?」
「え?」
「通報ボタンですよ。銀行には、こういうときのために、警察に直接通報されるボタンが至るところに配置されているはずです」
「あ、そうか...。すいません。私、動揺してて...」
「いえ、仕方ありませんよ。いくら訓練したって、必ずしも実際にその通りできる訳じゃありませんから。きっと、他の誰かが押してくれているはずです」
「だといいんですが...」
神楽坂は自信無さそうに言った。
やがて、犯人グループは銀行内の人間全員の自由を奪っていくことを宣言した。ハローキティと仮面ライダーのお面をつけた二人が、向こう側から順番に座り込んでいる人たちを後ろ手に縛り、アイマスクで目隠しをしていた。全員が、犯人の「抵抗しなければ危害は加えない」という言葉を信用しているらしく、大人しく犯人たちに縛られていた。
そしていよいよ残すは山崎と神楽坂だけになった。まずは、より犯人側に近かった山崎の方の手を、ハローキティのお面をつけた男が取った。そのとき、山崎がハローキティの男に言った。
「ちょっとーー」