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山崎警部と妹の日常  作者: AS
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山崎のとある休日2

 午前十一時半。思った通り、銀行は空いていた。昼前のこの時間帯を狙うのも計画の一部だった。

 三枝が放った銃声に反応して、十数人の銀行員と、数名の客が一斉に三枝の方を見た。そして誰もが、一瞬にして状況を把握したようだった。運良く泣き叫んだりパニックを起こすような者はいなかった。三枝たちにとっては間違いなく都合のいいシチュエーションだった。

 三枝は速やかに計画を実行に移す。

「誰でもいい。入口のシャッターを閉めろ。早く!」

 すると、銀行員の誰かがボタンを操作したらしく、銀行の入口のシャッターがゆっくり閉まっていった。これで外部から邪魔が入ることはない。そして三枝は次のフェイズに移行する。

「客も銀行員も、全員出て来てここに並べ。言う通りにすれば危害は加えない。さっさと動け」

 三枝の指示通り、銀行員たちがカウンターの奥からぞろぞろと出て来た。数名の客たちも、同じように三枝の前まで来て、やがて全員がそこに集まった。

「よし。全員そこに座れ」

 三枝の声に呼応するようにして、全員がその場に座り込んだ。銀行員と客を合わせて二十人ほど。老若男女入り混じっていた。

「まず全員、携帯電話を出せ」

 三枝が指示すると、全員恐る恐る自分の携帯電話を取り出し、三枝の前に置いていく。それを隣にいた山本が拾い、持っていた紙袋に全て入れていった。

 これでここにいる人間の連絡手段は無くなった。確認した三枝は、彼らに言った。

「我々の要求は一つだけだ。これに現金二億円を入れてもらう」

 そう言うと、山本が大きなアタッシュケースを取り出した。

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 そう言ったのは、一番前に座っていた中年の銀行員だった。銀行員は全員胸にネームプレートを付けており、その男の胸には「高橋」という名前と、その上に小さく「支店長」と書かれていた。

「二億円なんて急に言われても、用意できるわけーー」

 そこまで言って、隣にいた部下らしき女の銀行員(その女のネームプレートには「落合」とあった)が高橋の肩を叩き、耳元で何かを囁いていた。すると、高橋は一瞬驚いた表情を見せ、そして一言、「分かりました」と奥歯を噛み締めるようにして言った。

「金を頂く前に、まず皆さんの自由を奪わせてもらいます。大丈夫。抵抗さえしなければ、皆さんには傷一つ付けずにお帰しします」

 三枝は、さっきの乱暴な口調とは一転して、敬語を使った丁寧な言い方で話し始めた。これもまた計画のうちだった。命令口調から丁寧な口調になることで、人間の心理的に相手を従えやすくなるらしいのだ。肝心なのは自信を持って話すこと。おっかなびっくり話している人間の言うことは信用されにくい。それもこれも、全て"救世主"からの指示だった。

 銀行員と客たちの自由をうばう役目は、高津と斎藤が担った。ここで抵抗されては計画遂行の障害になる。その可能性を少しでも下げるためにも、四人の中で腕っぷしが強いこの二人に任されたのだった。

 高津と斎藤は、端から順番に、一人ずつロープで後ろ手に縛り、アイマスクで目隠しをしていった。

 銀行員と客たちに年配者や女が多かったことも功を奏し、高津と斎藤に抵抗する者は一人もいなかった。どうやら三枝の洗脳が効いているらしく、全員がこの場を無傷で乗り切ることしか頭にないようだった。

 いよいよ最後の一人になった。高津がその人物を、同じようにロープで縛ろうとすると、「ちょっと」と高津を制してきた。

「何だ?」高津が言う。

「あの、それやらなきゃ駄目ですか?」

「当たり前だろ!」

「いや私、手を縛られるのとかが苦手でして。すぐ痛くなっちゃうんですよ。あと閉所恐怖症なんで目隠しもちょっと・・・」

「知るか!ちょっとの間なんだから我慢しろ!」

「そんな・・・。大丈夫ですよ。何もしませんから。仮に私が抵抗しようとしたところで、あなた方に力で敵うはずありませんし」

「うるさい!大人しくしてろ!」

 二人のやり取りが耳に入ってきた三枝は、何やら苦戦している高津の元へと向かった。

「どうしました?」

「いやさ、こいつが縛られるのは嫌だとか言うんだよ。抵抗する気は無いんだからいいだろって」

「困るなぁ」

 三枝は中腰の姿勢になり、この中で唯一自分の指示に従わないその人物と目線を合わせた。

「さっきも言ったように、僕たちはあなた方に危害を加えるつもりはありません。お金さえ手に入ればそれでいいんです。だから、少しの間だけ、言うことを聞いてくれませんか?」

 三枝は、できるだけ優しく諭すことを心がけた。高圧的な態度を取れば、相手はむしろ反発したくなる。相手と同じ目線に立ち、相手の立場になって丁寧に説明すれば、普通の人間なら分かってくれるものだ。ただ、三枝にとって唯一の誤算は、目の前にいる人間が"普通"ではなかったことである。

「うーん。やっぱり嫌です。私だけ特別扱いしてくれませんか?」

 三枝は今にもこの人物を殴ってやろうかとさえ思ったが、何とか堪えた。今まさに銀行強盗をしている自分が言えたことではないが、何と自分勝手な人間だろうと思った。

 三枝は、背が高く、整った顔立ちで、黒いスーツを着たその変人に聞いた。

「あなた、お名前は?」

「ああ。これは申し遅れました。私、山崎と申します」



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