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山崎警部と妹の日常  作者: AS
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山崎のとある休日1

 三枝正則は緊張していた。人気のない道路脇に停めた車のハンドルを握る彼の手は、既に汗でべっとりとしていた。今すぐにでも手袋を外して汗を拭きたかったが、どうせまたすぐに嵌めるのが億劫だったので、そのままにしておいた。

 三枝はこれまでの三十二年の人生において、何一つ成し遂げたことはなかった。受験には落ち続け、中高と所属していた野球部では常にベンチ。本当は大学へ進みたかったが、彼の学力で受けられる学校はなく、渋々地元の小さな工場で細々と働いていた。しかし、そこでは先輩社員から暴力を振るわれたり、仕事を押し付けられたりと、まるで中学生のようないじめを受け、毎日辛い日々を送っていた。

 だが、三枝が何の努力もせずにこのような現状になったかというと、決してそうではなかった。むしろ、三枝は至って真面目な性格で、勉強も部活も人並み以上には真剣に取り組んでいたのだ。しかし、努力の女神が彼に微笑むことは、遂に一度もなかったのだった。「努力は必ず報われる」などという言葉が、三枝は反吐が出るほど嫌いだった。

 そんな生活に嫌気がさした三枝は、工場を辞め、再就職を目指した。だが、学歴もなく、職歴も小さな工場で一年ほど働いていただけの彼を雇ってくれる企業はなかなか見つからなかった。いよいよ首が回らなくなった彼は、思い切って東京に出ることにした。田舎は世間が思うより閉鎖的で、自分の悪い噂はすぐに広まる。しかし、誰も自分のことを知らず、会社の数も田舎とは比にならない東京でなら、自分を受け入れてくれる場所も見つかるのではないか。そんな期待を持って、彼は東京へやって来たのだった。

 しかし、状況が好転することはなく、むしろ引越しのときにかかった費用を親から借金したため、むしろ状況は悪化してしまったのだった。

 いよいよ人生を諦めかけたときだった。三枝に救世主が現れたのだった。その人物は、三枝に現状を打開するための術を与えた。それは三枝にとってまさに目から鱗だった。しかしそれは、それ相応のリスクを背負うものであったが、もはや失うものなど何もない彼にとって、それは些末な問題でしかなかった。

 三枝はすぐその案に乗った。そして、彼と同じような境遇にある人間たちも、その救世主の呼びかけによってあと三人集まった。

 計四人になった三枝たちは、今回の計画を何度も擦り合わせ、イメージトレーニングを繰り返した。

 そして計画の実行当日、三枝たち四人は、とある道路脇に車を停め、"その時"を待っていた。車内の空気は張り詰めており、息苦しかった。特に三枝の隣で助手席に座っている山本(三枝たちはお互いを苗字で呼んでいたが、もちろん本名ではなかった)の顔は蒼白で、額から脂汗が滲み出ているのが三枝の目からも確認できた。それに比べ、後部座席に座っている高津と斎藤はリラックスした様子で世間話に花を咲かせていた。何でも二人は学生時代は随分ヤンチャをしていたそうで、逮捕歴も何度もあるそうだ。そういう訳で、三枝とは違う理由で社会に馴染めず、今回の計画に参加したのだった。似たような境遇だからなのか、二人は初めて出会ったときから馬が合っていた。

 それに比べ、隣の山本はどうだ。彼は四人の中で最も身長が低く、いかにも非力という感じだった。性格も極めて控えめで、自分から積極的に話しかけてきたことは一度もなかった。こちらから話しかけても二言三言話すぐらいで、結局初めて出会ってからこれまで、まともに会話したことは一度もなかった。それだけに、彼がなぜ今回の計画に参加したのか、三枝は不思議だった。彼のような大人しい人間が、一体どういう理由があってこんな人生を棒に振るかもしれない大胆不敵な計画に参加するのだろうか。

 そこまで思って、やめた。考えてみれば、自分だって高津や斎藤のように見た目が派手だったり、豪快な性格だったりするわけじゃない。人は見かけによらないのだ。きっと彼にも、それなりの理由があるのだろう。

 そういえば、と思った。彼ら四人はネット上の掲示板で、かの"救世主"の呼びかけによって集まったのだが、その救世主本人は、結局これまで一度も彼らの前に姿を現わすことはなかった。今回の計画も、その人物から送られてくるメールで彼らに伝えられ、四人はそれに従って動くだけでいいようになっていた。その計画は細かいところまで緻密に練られており、仮にA案が頓挫したときのためのB案、C案まで用意されていた。もっとも、その代案さえ必要なさそうなほど、その計画は完璧に見えた。これなら犯罪歴も学もない自分たちでも遂行できる。四人はそれを確信し、今日まで何度もそれぞれの立ち回りの確認を繰り返した。そのうち、四人には不思議な絆が生まれていた。山本は気が小さいが優しい人間で、高津と斎藤も、見た目こそ怖いが、根は良い人間であることは、何度か接しているうちに分かってきたのだった。この四人ならきっとうまくいく。三枝は、心のどこかにそんな予感を抱いていた。

 気がかりなのは"救世主"だ。彼は一体どこにいるのだろう。今回の計画には姿を現わすのだろうか。もしかしたら、初めからずっと自分たちをどこかから観察していたのだろうか。もしやこの四人の中に…。

 そこまで考えたとき、三枝のスマホが鳴り響いた。作戦開始を告げるアラームだ。三枝はアラームを切り、自分以外の三人の顔を見た。高津と斎藤は、さっきまでのリラックスした表情が嘘のように顔が強張っていた。山本は相変わらず顔面蒼白だった。だが、一瞬ニヤッと笑ったようにも見えたが、三枝はすぐに思い直した。あの山本がこんな状況で笑えるはずがない。緊張した顔が笑ったように見えたのだろうと考えを改めた。

「じゃあ、行きますか」

 三枝が言うと、三人は静かに頷き、それぞれ手元に置いてあった、お祭りの屋台で売っているようなアニメや特撮キャラのお面を被っていた。

「何で俺がキティなんだよ」

「別に何だっていいだろ」

「だってカッコ悪いじゃん。いいよな、お前は仮面ライダーなんだから」

「キティでもいいじゃないですか。可愛いキャラクターが悪いことするっていうギャップが逆にカッコいいですよ」

「そうかなぁ」

 自分のお面に不満を漏らす高津を、斎藤と三枝がなだめた。四人それぞれのお面は、三枝がドラえもん、山本がアンパンマン、高津がハローキティ、そして斎藤が仮面ライダーだった。これは彼らが望んだのではなく、"救世主"によって用意されたのがそれだけだったのだ。

「それじゃあ、行きますか」

 三枝の呼びかけに、残り三人が静かに頷いた。

 そして四人の男たちは車から降り、素早く路地から出て、すぐ目の前にある建物へと入って行った。

 自動ドアを通ると、三枝は懐に隠しておいた拳銃を取り出し(これも"救世主"が用意してくれたものである)、天井に向かって発砲し、こう叫んだ。

「金を出せ!我々の言う通りにすれば危害は加えない!」

 三枝は、さっきまでの汗がすっかり引いていることに気付いた。


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