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山崎警部と妹の日常  作者: AS
72/153

守りたい女11

 午後七時。舞台の幕が開いた。

 すると、いきなり派手な音楽が流れ出し、たくさんのダンサーたちが舞台狭しと踊り、歌い出す。それはまさに圧巻で、観客は開いた口が塞がらないという反応だった。

 歌とダンスが終わると、一人の男が舞台の真ん中へ歩み出て来てこう言った。

「皆さま、本日はこのクラブ・ブルーシャトーのショーへ足を運んでいただき、誠にありがとうございました!また機会があれば、いつでもショーをご覧にいらしてください!我々はいつでも、皆さまをお待ちしております!それでは、本日のショーはこれにて終了!またよろしくお願いいたします!」

 男が言うと、舞台上は照明が落とされ、真っ暗になる。

 間もなくして暗転すると、場面はクラブの楽屋に変わっていた。そこには、さっきまで派手に歌い踊っていた役者たちが、楽しそうにショーの感想を話し合っている。

その中に一人、隅の方で誰とも話さない女性がいた。彼女こそ、椿都子演じるこのミュージカルの主人公、エミリーである。

 この物語は、人気クラブでかつて伝説とまで言われた女性シンガーが、とある出来事がきっかけで落ちぶれるも、ある少年との出会いを通じて自信を取り戻し、再び歌手としてのスターダムを駆け上がっていくというものだった。冒頭のシーンは、まさにそのクラブのショーだったのだ。そして、その中にエミリーの姿は無かった。

 物語が進むにつれて、エミリーの過去が明かされ、少年の境遇が語られ、再び栄光を手にしようとするエミリーを邪魔する悪役が現れ、他にも様々な困難がエミリーを待ち受けていた。しかし、エミリーは決して心折れることはなかった。一度は諦めかけた夢だったが、周りの優しい人たちに報いようと、努力をやめることはしなかった。

 そして物語のラスト、遂にエミリーは再びクラブ・ブルーシャトーの舞台の真ん中に立ち、圧巻の歌とダンスを披露する。周りにはこれまでエミリーを支え、励ましてくれた人たち、エミリーの復活を望んでいた観客たち、そして、エミリー復活のきっかけを作った少年が、彼女にこれ以上ない声援を送る。このミュージカルのラストシーンであり、一番の見せ場である。

 山崎を含め、観客たちは言葉を失った。エミリーを演じる都子の歌、演技、ダンス、その全てが圧倒的だった。山崎は、人の歌を聴いて鳥肌が立つという経験を初めてした。そして気がつくと、目から涙をこぼしていた。山崎は、普段滅多に涙を流すことはないが、このときばかりは我慢ならなかった。それほどまでに、そのミュージカル、延いては椿都子は素晴らしかった。

 物語が終わり、カーテンコールが始まった頃、山崎の肩が誰かにトントンと叩かれた。山崎が横を見ると、通路側にある山崎の席の横で、エリナがしゃがんでいた。

 エリナは小声で山崎に何かを言っているようだったが、舞台上の俳優たちに送られる盛大な拍手により、その声はかき消された。しかし、エリナが山崎に何か伝えたいことがあるのは読み取れた。山崎はエリナを連れ、他の観客の間を通って会場から出て行った。



「大丈夫ですか?」

 エリナは目の周りを赤く腫らした山崎を見て言った。

「大丈夫です。お恥ずかしいところをお見せしました」

「いえ。そんなに良かったんですね。椿さんのミュージカル」

「ええ、そりゃあもう」

「そうですか。で、山崎さんに頼まれたものですけど、見つかりましたよ」

「本当ですか?」

「はい。本当に大変でしたよ。これです」

 そう言って、エリナは山崎に透明なビニール袋を手渡した。山崎は袋の中に入っているものをじっと見つめた。

「なるほど・・・」

「あと、五十嵐の自宅からこんな物が」

 今度はいくつかの資料を山崎に見せた。山崎はしばらくその資料を黙読した。

「・・・」

「山崎さん・・・」

「・・・ありがとうございます。後は僕に任せてください」

「・・・はい」

「病み上がりのところ、大変なことを頼んですいませんでしたね。今日は家でゆっくり休んでください」

「・・・はい。お疲れ様です」

 エリナは、持って来た資料を鞄に直し、その場を去って行った。

 山崎はエリナを見送ると、未だ興奮冷めやらぬ会場へと再び戻って行った。


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