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山崎警部と妹の日常  作者: AS
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守りたい女9

 都内某所。都会の喧騒からすこし離れた路地裏に、喫茶コロンボはある。

「マスター。いつものお願いします」

 腕にくっつく妹を特に気にする素振りも見せず、山崎は店に入ると同時に、カランカランというベルの音が鳴り止むのも待たずに注文した。

 注文を聞き届けたマスターは、声を発することなく瞬きで返事をした。山崎はこの喫茶店に通って長いが、いつもスーツ姿でカウンターに立ち、白い髪と髭をたくわえたこのマスターの声を、まだ一度も聞いたことがなかった。

 山崎とカオルはいつものように奥のテーブルに腰を落ち着け、カオルは相変わらず兄の腕に自分の腕を絡めていた。

 少しすると、メイドカフェにいるメイドさんのような服を着た、アルバイトの小林ミクがお盆にアイスコーヒーとオレンジジュース、そしてアップルパイを乗せてやって来た。

「お待たせしましたー!愛しの山崎さんに、アイスコーヒーとオムレツ。そして、お隣のクソキモブラコンカナブンのお客様には、オレンジジュースのお届けでーす!」

 と言いながら、ミクはアイスコーヒーとオムレツを山崎の前に丁寧に置き、オレンジジュースをカオルの顔に押し当てた。

「痛い痛い痛い痛い!ストロー鼻に入ってる!ストロー鼻に入ってる!」

「あら、ごめんなさーい。お客様がカナブンみたいに小さいから、よく見えませんでしたー」

「どこが小さいのよ!あんたより背も胸もお尻も大きいでしょうが!むしろあんたの方が小学生みたいなスタイルしんてんじゃない!この合法ロリ!」

「誰が合法ロリよ!まだあんたと同じ高校生なんだから違法だわ!」

 というやり取りを横目に、山崎は黙々とオムレツを食べていた。山崎は、ある事件をきっかけにこの店のオムレツが大好物になっていた。しかし、相変わらずこの店は山崎たち以外に客は一人もいなかった。山崎は、この店に自分たち以外の客がいるのを見たことがない。一体どうやって経営が成り立っているのか不思議だった。だが、だからこそ事件捜査の作戦会議にはもってこいの場所でもあった。

 しばらく山崎がオムレツに舌鼓を打っていると、またカランカランとベルの音がした。山崎をはじめとした店内にいる人間は、見ずとも誰が入って来たのか分かっていた。この店に来る人間は基本的に決まっているのだ。

 胸は貧相だが、その他の外見的特徴は世の女性の中でも上位の部類に入るその女は、ズレた眼鏡の位置を直しながら、息も切れ切れに山崎の前に書類を置いた。

「お疲れ様です、山崎さん」

「お疲れ様です、東堂さん。まあ座ってください」

 エリナは山崎の前の席に腰を下ろし、ミクにアイスカフェオレを注文した。

「まさか、インフルエンザ明け早々にこんなにこき使われるとは思ってませんでしたよ」

「すいません。頼めるのが東堂さんぐらいしかいなかったので」

「山崎さんはもっと他の部下とも関係性を築いてください。じゃないと私の体が持ちません」

「僕は少数精鋭で動きたいんです。頼りにしてますよ、東堂さん」

「はあ・・・。まあいいです」

 エリナは呆れた表情で、持って来た資料を山崎の前に並べ始めた。

「頼まれてた件、調べましたよ」

「さすが仕事が早いですね」

「病み上がりの人間をこんなに動かしたんですから、それ相応のお礼を期待していいんですよね?」

「ちょっと貧乳おばさん!それ相応のお礼ってまさか、お兄ちゃんにエッチなことさせるつもりじゃないでしょうね!?」

「何ですって!?」

 いつの間にかアイスカフェオレを持って来ていたミクが、大きな声をあげた。

「ちょっとそこのゴキブリおばさん!山崎さんに何させるつもりだったの!?どこを舐めさせるつもりだったの!?言いなさいよ!」

「馬鹿なこと言わないで!お礼って別に変な意味じゃないから!ていうかカフェオレ持って来たなら早くちょうだいよ」

「分かりました。お待たせしましたお客様。こちらアイスカフェオレになります!」

「痛い痛い痛い痛い!ストロー鼻に入ってる!ストロー鼻に入ってる!」

「それではごゆっくりー」

 ミクはアイスカフェオレをテーブルに置き、相変わらず無言のマスターの近くへ戻っていった。

「全く。何なのよ、休み明け早々」

「東堂さん。そろそろ報告の方を」

「あ、すみません。椿都子と五十嵐ですが、山崎さんの読み通り、二人は過去に面識がありました。三年前に五十嵐は椿都子に取材をしてます」

 そう言いながら、エリナは資料の中にある雑誌のページを指差した。そこには笑顔で取材を受ける都子の写真が載っていた。そしてエリナの指の先には、「筆者」という文字の横に五十嵐の名前が書いてあった。

「ほう」

「しかもこれだけじゃありません。五十嵐はこの半年後に一回、その三ヶ月後に更にもう一回、計三回椿都子に取材を行ってます」

 都子は並べた雑誌を指で順に示しながら説明した。

「なるほど。やはりそうでしたか」

「ていうことは、やっぱり椿都子は・・・」

「まだはっきりとは言えません。ですが、彼女が何か隠しているのは間違いないでしょう。あ、この雑誌、一つ借りますね」

「あ、はい。どうぞ」

 山崎は自分の前に並べられた三つの雑誌のうち、一番古い右のものを手に取って自分の横に置いた。そしてまたオムレツを黙々と食べ始めた。エリナは、テーブルの上の雑誌を片付けた。

 オレンジジュースをすっかり飲み干してしまったカオルは、カウンターの方にいるミクを呼んだ。

「店員さーん!注文お願いしまーす!」

「はーい!」

 ミクは笑顔で山崎たちのいる席の方へ歩いて来た。

「はい!クソキモカナブンのお客様、ご注文は?」

「誰がカナブンよ!オレンジジュースおかわりで!」

「さすがお客様!甘い樹液が好物なんですね!」

「人を虫みたいに言うな!」

 ミクはカオルを無視して、「かしこまりましたー」と言いながらカウンターの方へ戻って行った。

イライラしているカオルに、いつの間にかオムレツを完食していた山崎が言った。

「カオル。もうちょっと小林さんと仲良くしなさい。大事なクラスメイトだろ?」

「嫌よ!何であんなロリ女と!」

「でもな・・・」

「ていうか、何でさっきからお兄ちゃん、あいつの味方するの?」

「いや、敵とか味方とかそういう訳じゃーー」

「まさかお兄ちゃん、あの女と・・・?いつ!?どこ!?どこを舐めたの!?いや、どこを舐めさせられたの!?」

「いや、だからーー」

 山崎を問い詰めるカオルに、ミクがオレンジジュースのおかわりを持って来た。

「お待たせしましたー!オレンジジュースでーす!」

「痛い痛い痛い痛い!ストロー鼻に入ってる!ストロー鼻に入ってる!」

「ではごゆっくりー」

 ミクはオレンジジュースをテーブルに置き、また持ち場へ戻って行った。

「全く。何なのよ、あの女・・・」

 カオルとミクの関係を心配している様子の山崎に、エリナは少し笑って言った。

「大丈夫ですよ、山崎さん」

「え?」

「この二人、仲悪そうに見えて、本当はちゃんと仲良いですから」

「え?そうなんですか?」

「ええ。だから心配しなくて大丈夫です」

「そうですかねえ」

 山崎は半信半疑で隣のカオルを見た。カオルは、怒った表情を見せながらも、時折楽しそうな顔も垣間見せた。山崎は、その表情を見て少しほっとした。エリナの言う通りなのかもしれない。自分は妹について必要以上に心配し過ぎていたのかもしれないと、山崎は思った。

 そのとき、山崎の目にカオルが持っているオレンジジュースの中に浮かんだ複数の氷が目に入った。その瞬間、山崎はカオルの手を掴んだ。その勢いのせいでオレンジジュースがコップから溢れ、カオルの服を濡らした。すると、見る見るうちにカオルの豊満なバストが服越しに露わになった。

「ちょ、ちょっとお兄ちゃん!気持ちは分かるけど、ここじゃ人が見てるから!溜まってるなら、お家に帰ってからいくらでもーー」

 しかし、山崎の目はカオルが持っているコップの中身に注がれていた。

「そうか。もしかしたら・・・」

 と呟いた瞬間、山崎はカオルの腕から手を離し、エリナに言った。

「東堂さん。探して欲しい物があります」

「え?はい。何ですか?」

「ちょっと見つけるのは大変かもしれませんが・・・」

「ええー。私、病み上がりなんですけど・・・」

 嫌そうなエリナの顔を見て、山崎はニヤリと笑った。


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