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山崎警部と妹の日常  作者: AS
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負けられない女7

 原に連れられて来た建物の中に入ると、さっきまでの大会の会場と同じく、たくさんの和室があちらこちらに見受けられた。ただ、部屋の数はやはりさっきの会場には劣るようだ。そして、中には山崎ら四人以外の人間がほとんど見当たらなかった。

「ここでいつも練習してる連中は、今日はみんな大会の方に行ってるからね。静かなもんだよ」

 原の言った通り、中は静まり返っていて、ついさっきまで人の多い場所にいたからか、ひどく寂しく感じた。

「こっちだ」

 原は山崎ら三人を連れて、一番近くの和室へと案内した。部屋に入ると、そこは十畳ほどの広さで、窓からは爽やかな日差しが差し込んでいた。

「この部屋は、全ての部屋の中で一番日照時間が長い。ここなら、気が滅入ることもなく話せるだろう」

 原の言葉を聞き、エリナははっとした。そうだ。これから日野さんと大川さんがかるたで対戦している映像を見るのだ。自分たちにとっては単なる捜査対象でも、彼にとってはつい昨日、(今のところは)不幸な事故で亡くなってしまった愛弟子の生前の映像なのだ。普通なら、あまり進んで見たいものではないだろう。それを、好意から自分たちに今から見せてくれるのだ。自分たちは目の前の年老いた男性に、とんでもないお願いをしているのだと、今更ながら気が付いた。そう考えると、原には感謝してもしきれないのだった。

横にいる山崎は、そんなことはとっくに分かっていたようで、原に向かって「ありがとうございます」と俺を言うとともに、深々と頭を下げていた。エリナは山崎に倣い、同じように頭を垂れた。後ろでカオルも同様にしている気配を、背中で感じていた。

「少し待っていてくれ。用意してくる」

「はい」

 原は山崎の返事を聞いてから、部屋を出て行った。

「あ、私も手伝います!」

 エリナは慌てて原の後に付いていった。広い和室に取り残された山崎は、窓から外の景色を眺めていることにした。すると、予想はしていたが、やはりカオルが後ろから山崎に抱き付いて来た。

「二人きりだね。お兄ちゃん…」

「カオル。暑いから離れてくれるかな」

「若い男女が和室に二人きり。これって、もうほぼAVだよね?」

「違う。いいから早く離れて」

「私…お兄ちゃんになら、何されてもいいよ?」

「そんな一昔前の恋愛ラブコメみたいな台詞、実の兄に言わないでくれるかな」

「今なら、何してもばれないよ?」

「いや、東堂さんと原先生がすぐに帰って来るから」

「カオルを、お兄ちゃんの好きにして…」

「ねえ。僕の声、届いてる? ちゃんと聞こえてる?」

 カオルは不満そうな顔をして、山崎から離れた。

「もう! お兄ちゃんつまんない!」

「つまんないって言われてもね…」

「私は、隙あらばお兄ちゃんと肉体関係を持ちたいと思ってるんだよ!? お兄ちゃんはそこのところどう思ってるの!?」

「さらっととんでもないこと言うのやめてくれる?」

「そうよ! 遊びで来てるんじゃないんだからね!」

 山崎と共にカオルを咎める声がした。声の方を向くと、部屋の出入り口にエリナが立っていた。エリナは薄型のテレビモニターを抱えていた。

「東堂さん。すいません。僕も手伝うべきだったんですが…」

「いいんです。これも仕事ですから」

「ところで、原先生は?」

「ここにいるよ」

 山崎の問いかけに答えるように、エリナの後ろから原が現れた。原の手には小さなビデオカメラが持たれていた。

「これを接続するから、ちょっと手伝ってもらえるかな?」

「もちろんです」

 山崎、エリナ、原の三人は、テレビモニターとビデオカメラを繋ぎ、録画されている映像を見る為の準備を始めた。その間、カオルは窓の外を遠い目で見ているだけだった。

 準備が完了すると、山崎、エリナ、カオルの三人はモニターの前に正座で座り、原は床に置いたビデオカメラの側に座って、その操作を任された。

「じゃあ、始めるぞ」

「お願いします」

 原がビデオカメラのスイッチを入れると、モニターには和室で向かい合って正座するめぐりと裕香。そして、その二人の間に並べられた幾枚ものかるたの札が映った。めぐりと裕香は、二人とも半袖のTシャツに下はジャージという装いだ。今は一時停止の状態になっている。

 山崎は、画面の右下を見た。日付は昨日のものだった。

「これは昨日の練習の記録だ」

「再生をお願いします」

「うむ」

 原がビデオカメラのスイッチを押すと、モニターに映っていた二人が動き出し、かるたの札を激しく取り合っていた。

「すごい…。さっきの大会に出てた人たちとは、スピードが全然違いますね。何というか、動き出しがすごく早いっていうのが、素人目にも分かります」

 映像を見ていたエリナが思わず口を開いた。エリナがそう思うのも無理はなかった。確かにめぐりと裕香の対戦には、二人の殺気とも言うべき迫力が、映像からでも伝わって来た。

「そうだろう? 二人とも、私の自慢の教え子だ」

 そう自慢げに答えた原の声は、やはりどこか悲哀を滲ませていた。

 映像の中の二人が十枚ほど札を取り合った頃、それまでじっと黙って、映像を食い入るように見ていた山崎が、原に向かって口を開いた。

「すいません。いくつかお聞きしていいですか?」

「おう。何かな?」

「まず、日野さんと大川さんは、お二人とも片方の手しか使ってらっしゃいませんね。これはそういうルールがあってのことですか?」

「あ、本当だ。気付かなかった」

 エリナは山崎の観察眼に素直に驚いた。

「君の言う通りだ。競技かるたでは、片方の手しか使ってはいけないルールになっている。まあ普通は利き手だな。だから、右利きの選手は、詠まれた札が左にあるからといって、左手で札を取ってはいけない訳だ」

「利き手と逆の手を使う選手はいるんですか?」

「私の知る限りいないな。そんなことをしても、メリットが無いばかりか、デメリットしかないしな」

「なるほど。あともう一つ。場には札が百枚もありませんよね? 競技かるたでは全ての札を使う訳ではないんですか?」

「ああ。試合で実際に使われるのは、半分の五十枚。それがランダムで選ばれる。だから、もし歌が詠まれても、それが場にない場合がある。これを『空札』と言うんだ。詠まれた札が空札であるにも関わらず札を弾いてしまったら、それはお手付きという扱いになる」

「ということは、場に出ている五十枚の札の全てが詠まれるまで、試合は終わらないということですか」

「いや、そうじゃない。競技かるたでは、五十枚の札を二十五枚ずつ、自分の陣地と相手の陣地にそれぞれ配置するんだ。自陣の札を取ったら、その札は自分のものになり、相手の陣地の札を取ったら、自陣の札から好きなものを一枚相手に送る、それを繰り返していって、最終的に先に自陣の札をゼロにした方が勝ちという訳だ」

「なるほど。では、必ずしも場にある五十枚全てが詠まれなくても、勝負はつくという訳ですか」

「そういうことだ」

「たいへん分かりやすい説明でした。ありがとうございます」

「かるたのことなら何でも聞いてくれ」

 山崎は返事の代わりに微笑みを見せ、再び映像に見入った。

 それからしばらくは、部屋中が映像の中で繰り広げられる闘いに気圧されるように静まり返った。めぐりと裕香の白熱さは、まるで画面の中から出て来て、目の前で試合が行われているような感覚にさせた。

 三十分ほど経った頃、裕香が自陣に残っていた最後の一枚の札を弾き飛ばし、次の瞬間には、めぐりと裕香が向かい合って礼をしていた。めぐりの陣には、まだ二枚の札が残ったままだった。映像はそこで終わった。

「大川さんの陣地にある札が無くなったということは、この勝負は大川さんの勝利ということですね?」

 映像が終わってすぐに山崎が原に尋ねた。

「そういうことだ」

「なるほど…。後半、日野さんのミスが目立ちましたね」

「そうなんだ。彼女の悪い癖でね。いや、癖というより性格の問題かな」

「と言いますと?」

「彼女、実力は確かなものなんだが、どうも精神的に弱い部分があってね。特に、試合終盤で追い込まれたときには、初心者でもしないようなミスを連発してしまったりする。さっきの映像でも、お手付きのミスが何度かあったしな。この性格さえ無ければ、めぐり君は裕香君やクイーンをも超える選手になっていただろうな」

「そうですか…」

 山崎は自分の口元に手を添えて何かを考えているようだった。そしてしばらくその姿勢を続けた後、おもむろに立ち上がった。

「今日はいろいろとありがとうございました。とても勉強になりました」

 立ち上がった山崎に呼応するように、後ろのエリナとカオルも立ち上がっていた。

「何だ。もういいのか?」

「はい。とても参考になりました」

「私としては、まだまだ話し足りないんだがなあ」

「それはまた次の機会に伺います」

「そう言ってくれると嬉しいね」

「東堂さん。片付けも手伝っていただいていですか?」

「はい。もちろんです」

「悪いね、手伝ってもらっちゃって」

「いえ。お世話になったのは我々の方ですから」

「じゃあ、持ってきたときと同じで、テレビの方を持ってくれるか?」

「はい、分かりました」

 原の指示に従い、テレビモニターを運ぼうとするエリナに向かって、山崎は「外で待ってます」とだけ言い残し、カオルと共に部屋を出て行った。

「あ、はい。…ちょっとぐらい手伝ってくれてもいいのに…」

 後半は山崎に聞こえないよう小声で言った。



 練習場を出た後、山崎とカオルは、エリナの運転する車に乗っていた。助手席に山崎、後部座席ではカオルが気持ちよさそうにすやすやと眠っている。練習場を出てから、山崎は黙って口元に手を当てたままずっと何かを考えている様子だった。

「山崎さん。さっきからずっとそんな様子ですけど、何を考えてらっしゃるんですか?」

「え? あ、いえ。何か引っかかるんですよね」

「引っかかる? 何がですか?」

「それがよく分からないんですよね。日野さんと大川さんの練習を映したあの映像。あれを見てから、何か違和感と言いますか、しっくり来ないと言いますか。それがなぜなのかをずっと考えているんです」

「違和感ですか…。私はあの二人がすごいってこと以外は特に何も感じませんでしたけどね」

「うーん」

 唸った山崎は、再び黙ってしまった。車内には、カオルのすうすうという寝息だけが聞こえていた。


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