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山崎警部と妹の日常  作者: AS
67/153

守りたい女6

 山崎たちは、高木の案内でパトカーを三十分ほど走らせ、椿都子の自宅マンションに到着した。いわゆる高級タワーマンションで、都子の収入の良さが窺えた。

 玄関ロビーで高木が都子の部屋番号を押し、呼び出しボタンを押すと、すぐに「はい」というか細い女性の声が聞こえた。

「高木です。警察の方をお連れしました」

「どうぞ」

 声の後、防犯ガラスでできた自動ドアが開いた。高木を先頭に、山崎とカオルは中に入って行った。

 静寂に包まれたエレベーターは、三人をマンションの上層階まで運び、ドアを開いた。そこから通路を奥まで歩いて、一番奥にある部屋の前で立ち止まった。

 高木は自分のバッグから部屋の合鍵を取り出し、玄関のドアを開けた。中に入ると、高木は奥の部屋に向かって声をかけた。

「椿さん!あがりますよ!」

「どうぞ」という弱々しい声が聞こえたのを確認して、山崎たちは靴を脱ぎ始めた。

「お邪魔します」と言いながら山崎が屈んで靴を脱いでいると、目の前に都子のものであろう黒いパンプスが置かれていた。そのパンプスの底の部分には、肌色の砂がいくつか付いていた。

「これは・・・?」

「山崎さん。どうしました?」

「お兄ちゃん。早く行くよ」

 屈んだまま動かない山崎に、既に靴を脱いで廊下に上がっている高木とカオルが呼びかけた。山崎は慌てて靴を脱いで二人を追いかけた。

「ああ、すみません。すぐ行きます。あと、私、『やまざき』じゃなくて『やまさき』なんです、って聞いてないですね」

 高木はさっさと部屋の奥へと歩き出していた。それを見ながら、山崎は「まあ、どっちでもいいんですけど」と小さく呟いた。

 ドアを開けると、一人暮らしとは思えないほど広いリビングが広がっていた。テレビにテーブル、ソファ。ありとあらゆるものが高級品だと、素人目にもすぐに分かった。

 部屋は間接照明で薄暗く、その中で女性が一人、ソファに腰掛けていた。

「どうもはじめまして。私、山崎と申します」

「妹のカオルです」

 言いながら、山崎とカオルは都子の前のソファに座った。

「妹?」

 どういうことか聞こうとする都子を、高木が横から手で制した。さっきのような不毛なやり取りはもうたくさんだという様子だった。

 高木は部屋着姿の都子の隣に座り、弱った都子を気遣う仕草を見せた。

「さて、椿さん。早速で申し訳ないのですが、今日あったことをできるだけ詳しくお聞かせ願えますか?」

「はい」

 都子は頷き、ゆっくりと話し始めた。

「舞台が終わった後、楽屋に戻ったんです。そこであの記者が取材したいってやって来て、それで取材を受けてたら、突然あの人が襲いかかって来て、それで揉み合いになって、私が突き飛ばした拍子にあの人が頭を打って、それでーー」

 そこまで言って、都子は口を噤んだ。隣の高木は、都子の背中をさすり、「大丈夫です。落ち着いて」と優しく声をかけた。

 山崎はというと、都子の体調を気にかけながらも、質問を続けた。

「なるほど。状況はよく分かりました。ちょっとお聞きしたいのですが、取材は椿さんお一人で受けられたそうですね?」

「・・・はい」

 都子が弱々しく答える。

「それはどうしてですか?いつもは必ずマネージャーの高木さんがご一緒されるそうですが」

「それは・・・たまたまです」

「たまたま?」

「ええ。メイクさんと衣装さんは取材に同席する必要はないから、休憩にしてあげたんです。で、マネージャーの高木には食べ物を買って来てもらってて。だから、私とあの記者が二人きりになったのはたまたまなんです」

「これは本当です。私が保証します」

 横から高木が割り込んで来た。

 しかし、山崎は何も答えず、少しの間何かを考えていた。

「なるほど。たまたま・・・」

「あの・・・何か?」

「あ、いえ。何でもありません」

 そう言って、山崎とカオルはソファから立ち上がった。

「とりあえず、今日はこの辺りでお暇します。お疲れのところ申し訳ありませんでした」

「いえ、大丈夫です。あの、刑事さん」

「はい?」

「私は、逮捕されるんでしょうか?」

「おそらく一度署に来ていただくことにはなると思います。ただ、今回のは正当防衛ですので、すぐに解放されると思います」

「そうですか。・・・よかったです」

「では、我々はこれで」

 山崎はカオルと共に都子の部屋のドアに向かって歩き出した。そのとき、山崎が立ち止まり、都子の方を振り返った。

「あ、あともう一つだけよろしいですか?」

「は、はい」

 都子は少し驚いた表情を見せた。

「椿さんがいらっしゃった楽屋なんですが、灰皿はありませんでしたか?」

「え?」

「灰皿です。どうです?」

「・・・いえ。ありませんでした」

「・・・そうですか。分かりました。では、失礼します」

「・・・」

 山崎とカオルは再びドアの方へ歩き出した。部屋から出る際、カオルが都子の方へ手を振って、「さようなら!」と笑顔で言ったが、都子は苦笑いすることしかできなかった。



 都子の家を後にした山崎兄妹は、一緒に来た警官にパトカーを運転してもらい、自宅へと送ってもらっていた。

 後部座席に座っているカオルは、隣の兄に向かって話しかけた。

「椿都子さん、すっごい綺麗だったね!」

「そうだな」

「でも可哀想だなあ」

「可哀想?」

「うん。だって、芸能人なんて人気商売でしょ?たとえ正当防衛でも、人を死なせちゃったんだから、世間からのイメージは絶対悪くなるもん。これまで通りに活動できればいいんだけどね」

「まあそうだな。ただ、あの人は演技力や歌唱力だけじゃなく人柄も評価されてる人だから、意外とすぐに復帰できるんじゃないかな。本当に正当防衛ならの話だけど」

「え?どういう意味?正当防衛じゃないの?」

 カオルの問いに、山崎は少し笑みを見せた。

「カオル。悪魔の証明って知ってるか?」

「悪魔の証明?何それ?」

「例えば、この世に宇宙人が存在することを証明するにはどうすればいいと思う?」

「え?それは・・・宇宙人を捕まえる、とか?」

「そう。この世に宇宙人が存在することを証明するには、宇宙人をたった一人見つければいい。じゃあ、その逆。つまり、この世に宇宙人が存在しないことを証明するにはどうすればいいと思う?」

 この問いに、カオルは「うーん」と唸ったまま答えられなかった。それを察し、山崎は答えを明かした。

「いいか。この世に宇宙人が存在しないことを証明するには、全世界、全宇宙を探し回って、そこにいる全ての生物が宇宙人でないことを確かめなければならない。これは宇宙人もはや不可能だ。"ある"ことの証明より"無い"ことの証明の方が圧倒的に難しい。これが悪魔の証明と呼ばれるものだ」

「へえ。でも、それが今回のこととどう関係があるの?」

「カオル、覚えてるか?僕が椿さんに楽屋に灰皿は無かったかと聞いたとき、彼女ははっきり『無かった』と即答しただろ?」

「ああ、確かに」

「もし灰皿が楽屋にあったらなら、『灰皿はあった』と答えるのは簡単だ。灰皿一個の存在を把握していればいいんだから。ただ、もし灰皿が無かったなら、『灰皿は無かった』と答えるのは至難の業だ。何故なら、あのとき楽屋にあったものを全部把握しておく必要があるからだ。しかし、あの人は『灰皿は無かった』とはっきり答えた」

「そうか。つまりそれってーー」

「まあ少し極論だけどね。とりあえず、明日には東堂さんが戻って来るはずだから、椿さんのことを詳しく調べてもらう必要がありそうだ」

 隣で「自分といるときに他の女の名前なんて出さないで」と怒っているカオルを無視して、山崎はパカーの窓から外を眺めた。



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