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山崎警部と妹の日常  作者: AS
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女神の選択14

 芦田邸を後にした山崎は、野崎のアトリエに戻って来ていた。昼も夜もここは薄暗く、少し不気味だった。朝には数十人いた警官も、今は一人もいなかった。

 山崎はアトリエの周りや内部を、何をするでもなくうろうろ歩いていた。

 そのとき、山崎はあることに気が付いた。この離れは、朝に初めて来たときも、夕方になった今も、同じように薄暗い。しかし、離れの左右に付いているカーテンは開けられている。ではなぜ薄暗いのか。原因はすぐに分かった。離れの奥に大きなカーテンが閉められていたのだ。左右の窓は長方形の形をした、人一人入れるほどの大きさであるが、方角の問題であまり日の光は差していない。おそらくこのカーテンの奥に、一番大きな窓が隠されているのだろう。

 山崎はアトリエの奥まで進み、高さは山崎の身長よりも高く、横の長さはそれよりも更に長い、大きなカーテンを開けた。

 カーテンの中を見た山崎は、思わず言葉を失った。

「これは…」


 その頃、エリナは芦田邸の方を捜査していた。山崎の指示で、何か不審なものが無いか調べるように言われていたのだった。

「何か不審なものって言われてもなぁ。あ、そういえばーー」

 エリナは、山崎から二階にある芦田のアトリエの窓の真下、そしてそのすぐ側の駐車場を特に入念に探しておくように指示されていたのを思い出した。

 早速エリナは屋敷の裏の駐車場に移動し、停めてある車や、道路の脇に気になるものが落ちていないか調べてみたが、特にこれといったものは見つからなかった。

 次に、アトリエの窓の真下を調べてみた。そこは木や雑草が茫々と生い茂っていた。どうやらあまり手入れはしていないらしい。

 潔癖症のきらいがあるエリナが苦々しい顔をしながら、草をかき分けて何か無いか探していると、背の低い木の枝に、小さな黒い布が引っかかっているのに気が付いた。

「これって…」


 その日の夜、山崎とエリナは、山を降りてすぐのビジネスホテルに泊まった。地元の警察に頼んで手配してもらったのだった。ガス欠で動かなくなった覆面パトカーも、彼らが業者を呼んで移動させてくれた。次にここの警察と仕事をするときは頭が上がらないなと、山崎は思った。

 食事と風呂を終えた山崎とエリナは、エリナの部屋に集まって情報の共有をすることにした。エリナの部屋ではあるが、山崎がベッドに座り、エリナは備え付けの椅子に座っていた。

 山崎は芦田との会話の内容と、野崎のアトリエで見たものを、エリナは芦田邸の草むらで見た黒い布のことを、それぞれ報告した。

 エリナの話を聞いた山崎は、しばらく無言で考えた後、「なるほど」と小さく呟いた。

「何か分かったんですか?」

「はい。かなり事件の全体像が見えてきました」

「ていうことは、犯人も?」

 山崎はエリナの顔を見て、小さく頷いた。

「本当ですか?で、誰なんですか?やっぱり芦田先生?」

「まず間違いないでしょう。しかし証拠がない」

「でも、芦田先生にはアリバイがーー」

「それに関してですがーー」

 そのとき、山崎のスマホの着信音が鳴った。山崎は話を中断し、電話に出た。その瞬間、スマホから山崎の耳をつんざくような怒鳴り声が聞こえてきた。

「お兄ちゃん!今どこにいるの!?」

「あ、ああ。カオルか」

「『あ、ああ。カオルか』じゃないよ!二日も帰って来ないし、連絡しても繋がらないし!」

「悪い。急に仕事が入っちゃってな。電話に出られなかったんだ」

「私がどんだけ心配したと思ってんの!?信じらんない!」

「悪かったよ。帰ったら美味しいものご馳走するから」

「そんなんでカオルのご機嫌が取れると思わないで!まあでも、お兄ちゃんが無事でよかった」

 カオルは安堵した声で言った。

「あ、そうだ、カオル。今捜査してる事件なんだけどーー」

 山崎は、今回の事件について、簡単に掻い摘んでカオルに説明した。本当は許されないことだが、カオルはそういうことを他言するようなことはしないし、またカオルの奇妙な勘でこれまで何度も助けられたことから、山崎は何か手掛かりが掴めるのではないかと思い、話すことにした。山崎の考えを分かってか、エリナも口出しすることはなかった。

 ひと通り説明し終えると、カオルは「ううん」と唸った後に言った。

「思ったんだけどさ」

「何だ?」

「その殺された人の奥さんと、マネージャーの人、能登さんだっけ?何かその二人、怪しくない?」

「怪しい?」

「うん。何か分かんないけど、いくら仕事があったり体調が悪いからって、奥さんとマネージャーさんがパーティに来ないのって、やっぱり変じゃない?私なら、多少無理してでも、三十分とかでもいいから行くと思うけどな」

「確かに。だとしたらーー」

「うん。きっとその二人には、何かパーティに参加できない理由があったような気がするんだよね。まあ、カオルの勘だけど」

「参加できない理由…」

 山崎ははっとした。

「ありがとう、カオル。何か掴めたような気がするよ」

「本当?よかった。ところでお兄ちゃん?」

「何だ?」

「お兄ちゃん。この二日間、誰と一緒にいるの?」

「え?」

 山崎はこのとき、一瞬で身の危険を感じ、咄嗟に「一人だけど」と答えた。エリナはずっと山崎に向かって腕で罰印を作っている。

「ふうん。一人なんだ。カオルね、お兄ちゃんが帰って来なくて心配だったから、お兄ちゃんの仕事場に電話かけてみたの。そしたらね、お兄ちゃんの他に、東堂さんも昨日からずっといないんだって。ねえ。何か知ってる?」

 カオルの声はどんどんトーンが下がっていった。

「お兄ちゃん。まさかとは思うけど、東堂さんと一緒にいたりしないよね?」

 山崎は思わず生唾を飲み込んだ。

「そ、そんなわけーー」

「まさかとは思うけど、東堂さんと一緒にどこかへ出掛けて、ホテルに泊まって、同じ部屋の同じベッドで寝たりしてないよね?」

 山崎は、自分の妹ながらその勘の鋭さに戦慄した。いつもはその勘に助けられているが、これが敵に回るとこうも恐ろしいのかと、山崎は実感した。

「し、してるはずないだろ!と、東堂さんがどこにいるかなんて僕はーー」

 そのとき、部屋のドアをノックする音がした。そしてすぐに、ドアの向こうからホテルの男性従業員の声が聞こえた。

「すみません。フロントに、東堂様宛にお電話が来てます。山崎カオル様という方からーー」

 その声を聞いたとき、山崎とエリナは震えおののいた。山崎が持っている電話の向こうから、信じられないほど低い声が聞こえた。

「やっぱり、そこに東堂さんがいるんだね?お兄ちゃん。これは一体どういうーー」

 山崎は電話を切っていた。男性従業員には、知らない人間で間違い電話だから、その人物からの電話は全て無視するようにと伝えた。

「我が妹ながら恐ろしいですね。まさかこのホテルを突き止めるなんて」

「カオルさん一人の力とは思えませんね。多分、マイコさんを上手く使ってるのかも」

「それは考えられますね。僕が行方不明だと言えば協力してくれるでしょうし」

「あるいは、マイコさんはカオルさんの思惑を全部知っていて、敢えて協力してるのかもしれないです。あの人、こういう状況を面白がりそうですし」

「ああ、なるほど」

 山崎は帰ってからのことを考えると憂鬱だったが、今は野崎大輔の事件の方に頭を切り替えることにした。

「とりあえず、明日は東堂さんにちょっと行って欲しいところがあります」

「行って欲しいところ?どこですか?」

「野崎先生のお宅です」

「それはいいですけど、どうしてですか?」

「理由は明日お話しします」

「はあ」

 エリナはそれ以上聞かなかった。聞いたとしても山崎が答えたがらないのが分かっていた。山崎が明日話すと言ったら、明日話すべき理由があるのだ。

「ところで山崎さん、昨日から気になってることがあるんですけど」

「何ですか?」

「山崎さんって、昨日どこで寝たんですか?」

「え?」

「いえ、芦田先生のお宅って、お客さん用の部屋が一つしかなかったじゃないですか?それを私が使っちゃってたから、山崎さんはどこで寝てたんだろうって」

「東堂さん。もしかして、昨日の夜のこと、何も覚えてないんですか?」

「野崎先生とお話ししたところまでは覚えてるんですけど、その先はさっぱり。久しぶりに飲み過ぎちゃいました」

「ああ、そうですか」

「で、どこでお休みになったんですか?」

「いや、もういいです。それより、昨日と今日といろいろあってくたくたなので、ちょっと横にならせてください」

「それはいいですけど、寝ないでくださいね。ここ、私の部屋なんで」

「分かってます」

 そう言って、山崎はベッドに横になった。

 それからわずか十秒後、山崎はすうすうと寝息を立てて眠っていた。

「ちょっと山崎さん!」

 エリナは山崎を起こそうと何度も呼び掛けたが、結局山崎が目を覚ますことはなかった。エリナは知らないが、山崎は既に丸二日一睡もしていなかったのだから無理もない。

 エリナは仕方なく、山崎の部屋で寝ようと思ったが、そのときあることに気が付いた。山崎の部屋のカードキーは、山崎の着ている服のどこかのポケットに入っている。それがどこかをエリナは知らない。つまり、エリナは眠っている山崎の体をまさぐり、カードキーを探し出さなければならなかった。

 エリナは、それを想像しただけで赤面した。とてもじゃないがそんなことはできない。となると、朝まで山崎と同じ部屋で過ごさなければならない。

 エリナは二者択一に迷った結果、自分の部屋で椅子に座って、本でも読みながら朝を待つことにした。


 翌朝、目を覚ました山崎は驚いた。目の前にエリナの寝顔があったからだ。

 山崎は無意識にしばらくその寝顔を眺めた後、ベッドから起き上がって、エリナが眠っている間にいつもの黒いスーツへ着替えを済ませた。その間、山崎の心臓は高速で鼓動を打ち続けていた。

 昨夜、椅子に座って本を読んでいると、次第にうとうとしてしまい、まどろみの中、寝ぼけたエリナがベッドに横たわり、そのまま寝てしまったことなど、山崎は知る由もなかった。


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