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山崎警部と妹の日常  作者: AS
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女神の選択12

 野崎宅のリビングに入ると、二人の人間がいた。

 一人は、スーツ姿の男で、一人がけ用のソファに神妙な面持ちで座っている。もう一人は女で、こちらは男の横にある三人がけ用のソファに、その小さな体を更に小さくして座っていた。

「はじめまして。私、山崎と申します。警察の者です」

「東堂です」

 山崎とエリナは警察手帳を見せながら名前を名乗った。すると、さっきまで思い詰めた顔をしていた男の方が立ち上がり、山崎とエリナに自己紹介した。

「あ、どうも、はじめまして能登と言います。野崎先生とはマネージャーとしてお付き合いさせてもらってました」

 女の方は無言のままだったので、仕方なく能登が代わりに紹介した。

「この方は野崎由奈さん。野崎先生の奥様です」

「奥様でいらっしゃいますか。この度はご不幸なことで」

「…」

 由奈は何も答えなかった。

 山崎は、近くにあった椅子を引き寄せ、そこに腰を下ろした。エリナはその横に立って、メモ帳を取り出し、メモを取る準備をした。

「あの、お辛いとは思いますが、事件の早期解決の為にも、いくつか質問をさせてください」

「…」

 由奈が何も答えないので、能登が慌てて間に入った。

「あ、あの、僕で分かることなら僕が全て答えます。なので、あまり奥様の方にはーー」

「あ、はい。そうですね。分かりました。ではお聞きしたいのですが、能登さんはいつ頃から野崎先生とお仕事を?」

「もう五年ほどになりますかね。野崎先生とは歳も近いので、良い関係で仕事をさせてもらってました」

 山崎は、由奈が一瞬、能登の方をちらっと見たことに気付いた。しかし、特にそのことには触れず、質問を続けた。

「お二人は、昨夜の芦田先生のお宅でのパーティに参加されてませんでしたね?それはなぜ?」

「あ、えっと、僕は仕事で」

「奥様は?」

「あ、奥様は体調不良で」

 由奈の代わりに能登が答えた。山崎は念の為に由奈に「本当ですか?」と尋ねると、由奈は無言で小さく頷いた。

「そうですか。では、ここからは少しお辛いかもしれませんので、無理にお答えいただかなくて結構なのですが、野崎先生のご遺体を最初に発見されたのは奥様なんですよね?」

「…はい」

 由奈が消え入りそうな声で答えた。山崎とエリナは、このとき初めて由奈の声を聞いた。

「では、奥様にお聞きしたいのですが、野崎先生のご遺体を発見されたときの詳しい状況を教えていただけますか?」

 そのとき、能登が割って入った。

「あの、事件のことを思い出させるような質問はーー」

「大丈夫です」

 質問をやめさせようとする能登を、由奈が遮った。由奈は山崎の顔を見つめ、「お話しします」と言った。

「詳しい状況って言っても、特に話せるようなことは無いんです。朝起きたら、主人がまだ帰って来てないことに気が付いて、芦田先生のお宅に電話しようかと思ったんですけど、まだ朝早かったので、先に自分で探してみることにしたんです。家のどこを探してもいないし、電話しても出ないので、まだ探してない離れの方に行ってみて、そしたら…」

「そのとき、離れのドアは開いてましたか?閉まってましたか?」

「閉まってました」

「普段、野崎先生が離れのドアを開けたままにしているようなことは?」

「いえ、ありませんけど」

「そうですか」

 由奈は、「どうしてそんなことを聞くのだろう」と聞きたそうな顔をしていた。

「では、野崎先生ですが、誰かから恨みを買うようなことはありましたか?」

「いえ、そんな…」

 この質問には能登も答えた。

「野崎先生は非常に社交的で、とても人に好かれる方でした。少なくとも僕はあの方を悪く言う人に会ったことはありません」

「そうですか。分かりました」

「ていうか、何でそんなことを聞くんです?先生は金目当ての強盗に襲われたんですよね?まさか、先生を憎んでいる人物の犯行だとでも?」

「それはまだ分かりません。ただ、我々の仕事はいろんな可能性を検証する必要があるんです。ご理解ください」

「はあ…」

 能登はあまり納得がいっていない様子だった。対して、由奈は無言のままじっと一点を見つめていた。自分は聞かれたことにしか答えない。そんな意思を、山崎は感じ取った。

「あともう一つ聞かせてください。現場から野崎先生の絵が数点無くなっていたそうですが、確認されたのは奥様ですか?」

「僕も確認しました。四点の絵が盗まれていました」

 由奈が答える前に能登が質問に答えた。

「四点…」

「はい。ただ、それに関して気になることがあるんです」

「気になること?」

「はい。盗まれた四点のうち、一つはまだ描きかけだったんです。ほら、アトリエの真ん中に、絵がかけられてないイーゼルがあったでしょう?あそこにあったんですよ」

「描きかけの絵、ですか」

「はい。他に完成してる絵はいっぱい置いてあるのに、どうしてわざわざ描きかけを盗んだのか・・・」

「確かに変ですね…。分かりました。それに関してはこちらでも捜査しておきましょう」

「はい。お願いします」

 山崎は軽く会釈をすると、エリナを呼んだ。

「能登さんに、盗まれた絵がどれなのか確認しておいてください。あとーー」

 山崎はエリナの耳元で、由奈と能登に聞こえないように囁いた。

「その絵の値段も聞いておいてください」

「分かりました」

「では、私は先に失礼します」

 そう言って、山崎は立ち上がって、改めて能登と由奈に頭を下げた。

「お二人とも、捜査にご協力いただいてありがとうございます。あの、奥様…」

「はい…」

 俯いていた由奈は急に呼ばれて、少し驚いた表情で顔を上げた。

「あの、こういうことを言うのは気休めにもならないかもしれませんが、だとしても言わせてください。元気を出してくださいね」

「…はい。ありがとうございます」

 由奈は、一瞬表情が明るくなったようにも見えたが、またすぐに元の無表情に戻ってしまった。

「それでは」

 山崎は、最後に丁寧にお辞儀をし、野崎宅のリビングを後にした。

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