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山崎警部と妹の日常  作者: AS
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女神の選択11

 野崎の遺体が発見されたのは、パーティの翌朝だった。目を覚ました妻の由奈が、夫がまだ帰って来ていないことに気付き、慌てて家中を探し回った。しかしどこにも見つからないので、離れのアトリエに探しに行ったところ、血塗れで倒れている夫を見つけたのだった。

 由奈はすぐに一一〇番し、十数分後に警察が到着した。野崎が前の日の夜に芦田邸でのパーティに参加していたこともあり、このことはすぐに芦田家へも知らされた。連絡を受けた美枝が慌てふためいていると、それに気付いて山崎が起きて来た。美枝が事情を説明すると、山崎はすぐに眠っていたエリナを叩き起こし、芦田邸を飛び出して野崎宅へと向かったのだった。

 十数分後、野崎宅に到着した山崎とエリナは、警察手帳を既に現場に来ていた警官たちに見せながら、野崎のアトリエへと足を踏み入れた。

 中に入ると、十数人の警官があちこち動き回っており、その真ん中に、キャンバスを立て掛けるイーゼルと、その手前に野崎の遺体が倒れていた。遺体の下に広がった血溜まりは、既に乾いて床に染み込んでいた。

「野崎先生…」

 思わずエリナが沈痛な面持ちで呟いた。つい数時間前まで同じ場所で食事と会話を楽しんでいたのだから無理もなかった。

「状況を」

 山崎は近くにいた警官に尋ねた。警官は、ポケットサイズのメモ帳を見ながら、山崎とエリナに現状分かっていることを報告した。

「亡くなったのは野崎大輔、三十三歳。世界的に有名な画家の先生です」

「それは知ってます」

「あ、はい。えっと、死因は出欠多量による失血死。背中をナイフか何かで一突きにされてますね。第一発見者は被害者の奥様で、昨日近所のお宅に食事に誘われていた被害者が、朝になってもまだ帰って来ていないことに気付いてーー」

「あ、その辺は大丈夫です。大体想像がつきます。我々も昨日、その食事に参加していたんですよ」

「あ、そうですか」

 警官は不思議そうな顔をしたが、何故そんなところに参加していたのか、深くは聞かなかった。

「奥様は今どちらに?」

 少し戸惑っていた警官に、山崎が問いかけた。

「今はご自宅の方で休まれてます。相当ショックを受けていた様子でした」

「話は聞けそうでしたか?」

「さあ、どうでしょう」

「うーん。まあ、後で伺ってみましょう」

「報告を続けます」

「お願いします」

「この現場は野崎先生の仕事場、つまりアトリエになっているんですが、ここにあった絵が数点無くなっていることが、マネージャーの能登さんの確認で分かりました。このことから、犯人は強盗目的でここに侵入したのではないかと思われます。しかし、その最中に運悪く野崎先生が帰って来てしまい、口封じの為に殺害」

「確かに、そう考えるのが一番自然ですね」

「今、犯人に繋がる手掛かりがないか捜索中です。報告は以上です」

「ありがとうございました。戻って頂いて大丈夫ですよ」

「はい」

 警官は山崎に向かって敬礼した後、自分の持ち場へ小走りで戻って行った。

「酷い。お金の為に人を殺すなんて」

 山崎の横で警官の報告をひと通り聞いていたエリナが呟いた。

「そうですね。ただ、まだお金が目的と決まった訳じゃありませんよ」

「え?どういうことですか?」

「いえ、深い意味がある訳じゃありません。ただの可能性の一つを言っているだけです」

 しかし、エリナは既に知っていた。山崎は事件の捜査において、無駄なことは一切言わない。今の発言があったということは、何かしら引っかかっていることがあるのだ。

「山崎さん。言ってください。何か気になってることがあるんですよね?」

 山崎は、「東堂さんには敵いませんね」という顔をして、エリナをアトリエの出口へと促した。

「これを見てください」

 そう言って、山崎はアトリエの出入口のドアを開けたり閉めたりした。その度に、ドアはキーキーという不快な音を立てた。

「これをどう思います?」

「どうって、建て付けが悪いんじゃないんですか?もしくは金属の部分が錆びてるとか」

 山崎は何も答えず、今度は野崎の遺体の方を指差した。

「野崎先生の遺体は、背中を鋭利な物で刺されて、出口の方に足を向けてうつ伏せに倒れていますよね。ということは、野崎先生は襲われたとき、出口に背を向けていたということになります」

「はい」

 エリナは、山崎が何を言いたいのかまだ分からなかった。

「しかし、このアトリエのドアは、さっき見たように、開け閉めすると大きな音が鳴ります。これに野崎先生が気付かないはずがない。なのに先生は背を向けたままだった」

「そうか。確かに変ですね」

「なぜ野崎先生は後ろを振り向かなかったのか」

「そうですね…。例えば、犯人はドアからではなく、窓から入って来たとか?」

「確かに窓から侵入することは可能でしょうが、それだと野崎先生にすぐに見つかってしまいます。犯人に気付いた野崎先生は襲われれば抵抗するはずです。しかし、現場に争った形跡はありません。犯人はやはりドアから入ったと考えるのが自然でしょう」

「そうか。じゃあ、実はドアは開きっぱなしだったとか?」

「それはもっとないでしょう」

「どうしてですか?」

「だって考えてみてください。自分の部屋に帰って来たら、ドアが開きっぱなしだった。そんな状況で何も怪しまず部屋の真ん中まで一人で入りますか?まあ、野崎先生が危機管理能力に乏しかったり、あるいは普段からここのドアを開けっぱなしにしていたのなら話は別ですが」

「確かに。その辺は奥様やマネージャーの方に後で確認するとして、じゃあ、山崎はどう考えてるんですか?」

山崎は、待ってましたとばかりに持論を展開し始めた。

「僕は今、二つの可能性を考えてます」

「二つ?」

「はい。一つは、犯人は予めこのアトリエに忍び込んでいたという可能性です」

「そっか。それで、野崎先生が部屋の真ん中まで入って来たところで、後ろから襲ったってことですね」

「はい。そしてもう一つは、犯人が野崎先生の知り合いだったという可能性です」

「知り合いか。なるほど。野崎先生は人が入って来たことには気付いてたけど、知り合いだったから背を向けたまま絵の方を向いていた。確かに筋は通ってますね。もしそうだとしたらーー」

「はい。もしかしたら、犯人は以外と近くにいるのかもしれません」

 エリナは息を飲んだ。

「とりあえず、奥様に話を聞いてみましょう」

「はい」

 山崎とエリナは、警官の一人に野崎宅の場所を聞き、アトリエを出て行った。

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