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山崎警部と妹の日常  作者: AS
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女神の選択7

 その日の夜。芦田邸にて、野崎大輔の国際展覧会への作品展示記念パーティが開かれた。

 芦田と美枝に加え、芦田や野崎の画家仲間、彼らと面識のある芸術系雑誌のライター、更に川田ゆう子を始めとした美枝の主婦仲間、そこに山崎とエリナの二人が加わり、総勢十数人ほどが集まった。それだけの人数が集まっても、芦田邸のリビングは全く窮屈さを感じないほど広かった。

 パーティの参加者はみな、結婚式にでも参列するような豪華な身なりで、およそ知人の家に食事に誘われただけの服装には見えなかった。飛び入りで参加した山崎は普段から黒いスーツを着ているため、特に浮くことはなかったものの、Tシャツにスキニージーンズという出で立ちのエリナは、少しいたたまれない気持ちになった。しかし、そんな彼女のことを冷笑するような人間はその場には一人もおらず、むしろ初対面である山崎とエリナに気さくに話しかけ、積極的にコミュニケーションを取ってくる人物ばかりだった。

 本当の富裕層は心も広いのだなと、山崎とエリナは思った。

「しかし東堂さん」

「何ですか、山崎さん」

「野崎先生はいついらっしゃるんですかね?」

「私が知るわけないでしょう。ていうか山崎さん」

「はい?」

「さっきから食べ過ぎですよ」

 山崎はパーティが始まってからずっとテーブルの上に置かれたたくさんの料理の前に張り付いていた。そこにはサラダや肉料理、魚料理に加え、軽くつまめるように小さく正方形にカットされたピザなど、料理好きの美枝がこれでもかと腕を振るったメニューの数々が並べられていた。

「だって、美枝さんの料理、全部美味しいんですよ。東堂さんも食べた方がいいですよ」

「もちろん頂きますけど、山崎さんはもっと遠慮というものをーー。誰も山崎さんみたいにがっついてないでしょ。恥ずかしいからやめてください」

「いいじゃないですか。食べてもらうために美枝さんも腕を振るってくださったんですから」

「そうですけど…」

「山崎さんの言う通りよ」

 エリナが呆れていると、山崎さんを援護する声が聞こえた。声の方を見ると、艶やかなドレスに身を包んだ美枝と、川田ゆう子が立っていた。

「あ、美枝さん…と、そちらはーー」

「あ、こちら川田さん。私のお友達ね」

 美枝がゆう子をエリナと山崎に紹介した。

 美枝はシックな黒のドレス、そしてゆう子は、このパーティの参加者の中でも最も派手と言っても過言ではないぐらいの真っ青なドレスで自身を着飾っていた。

「初めまして。東堂エリナと言います。こちらは上司の山崎さん」

「ああ、あなたたちがそうなの。美枝さんから聞いたわ。災難だったわね」

 ゆう子は笑顔でエリナに対応した。

「はい。本当に」

「でも、そのガス欠のお陰でこうして一緒に食事してるんだから、何が起こるか分からないわよね」

「はい。怪我の功名っていうやつですかね」

 山崎は、エリナの普段とは違うよそ行きの顔に少し違和感を覚えながら、相変わらず料理を食べ続けていた。

 エリナとゆう子の会話が弾み出した頃、部屋中に響くような、大きな男性の笑い声が聞こえた。エリナたちが声の方を向くと、スーツ姿の芦田と見慣れない男性が楽しそうに談笑していた。男性はシャンパンを、芦田はジンジャーエールを飲んでいた。芦田の画家仲間だろうかとエリナが推測していると、ゆう子が話題を芦田のことに転換した。

「それにしても、芦田先生、よくこんなパーティ開く気になったわよね」

「え?それってどういう?」

 ゆう子の話に、エリナだけではなく、後ろで食事をしていた山崎も興味深そうに耳を傾けていた。

 ゆう子は、いつの間にか別のグループの方へ移動していた美枝の方を確認して、彼女に聞こえないように、ひそひそ声で山崎とエリナに語り始めた。

「ていうのもね、今回の国際展覧会に出展されるのは、本当は芦田先生の作品だったのよ」

「そうなんですか?」

「ええ。でもね、展覧会の主催者が、何かの機会にたまたま野崎先生の絵を見たらしくて、それに感動して出展する作品を野崎先生の方に急遽変えちゃったんですって」

「それは皆さんご存知なんですか?」

 さっきまで料理に夢中だった山崎が、急に体を乗り出してゆう子に尋ねてきた。ゆう子は少し驚いた顔を見せたが、またすぐに続きを話し始めた。

「ええ。ここにいる人たちは全員知ってるはずよ。だって芦田先生ったら、自分の作品が飾られるって、あちこちに電話やらメールやらで報告してたもの。だから、出展する作品が変わったって聞かされたときは、目も当てられないぐらい落ち込んでたらしいわよ。まあ、あれだけの資産を持ってるんだから、たった一回出展が取り下げられたからって、そこまで落ち込むことないと思うけどね」

 おそらくゆう子は芦田が落ち込んでいる様子を実際に見た訳ではなく、美枝から伝え聞いたのだろう。話し方が伝聞形式だった。

 最後にゆう子は、「まあ、芸術家の考えることは私たちには分からないわ」という言葉を言い残し、美枝たち主婦仲間のグループの方へと去って行った。

「そんなことがあったんですね」

「意外でしたね」

「芸術の世界じゃ、歳も実績も関係ないってことなんですかね」

「そういうことなんでしょう」

「ところで、その野崎先生はいつ来るんですか?早く会いたいんだけどなあ」

「そんなに会いたいんですか?」

「そりゃそうですよ。テレビで特集されるような有名人ですよ?しかもイケメンだし」

「イケメンねえ。あ、噂をすれば、みたいですよ」

「え!?」

山崎の言葉通り、芦田邸のリビングに野崎大輔が少し慌てた様子で入って来た。

「すいません!遅れました!」

 野崎は、上半身はスーツ、下半身はジーンズと、半分カジュアル、半分ラフな装いで現れた。

 野崎の周囲からは、「やっと来たか」「遅いぞ」などと、野崎を茶化す声が聞かれた。その声に一つずつ答えながら、野崎はリビングの奥にいる芦田の元へ進んで行った。

「すいません。遅れまして」

「なに、君も忙しい身だ。どうせ作品に没頭していたら時間を忘れていたとか、そんなところだろう」

「いや、お恥ずかしい」

 野崎は自分の後頭部を掻きながら、笑って見せた。

「まあいいさ。ところで、奥さんはどうしたんだ?一緒に来なかったのか?」

「ああ。それが、妻は少し体調が悪いみたいで。今日は欠席させて欲しいと」

「そうか。お大事にと伝えておいてくれ。それより、君は早く挨拶回りを済ませて来たらどうだ?私ばかりに構っていたら、展覧会への出展が決まってテレビに出るようになってから碌に挨拶もしなくなった、礼儀知らずの天狗画家のレッテルを貼られてしまうぞ」

「それは困りますね。では、また後ほど」

 そう言って、野崎は近くにいた先輩画家から順番に挨拶回りを始めた。

 それと同時に芦田は主婦仲間が集まったテーブルへ向かい、そこにいた美枝に声をかけた。

「おい」

「あら、どうしたの?」

「ちょっと席を外すよ」

「どうして?もしかしてーー」

「ああ。ちょっと描きたくなってな」

「もう。こんなときまで絵なんて描かなくても」

「悪いな。後は頼むよ」

 そう言い残して、芦田はリビングを出て二階のアトリエへと上がって行った。

「芦田先生、どうされたの?」

 主婦仲間の一人が美枝に尋ねた。美枝はその質問に、呆れたように答えた。

「絵を描きに行ったのよ。あの人、描きたくなったら時と場合を考えずにどこでも描き出しちゃうのよ」

「へえ」

「こっちは迷惑ったらありゃしないわよ。あの人がお世話になってる人たちがいる場所でもお構いなしなんだから。後で全員にお詫びして回る身にもなって欲しいわよ」

「そういうところが日本で一番の画家であり続けられる所以なのよ。うちの旦那なんかねーー」

 などと主婦たちが各々の夫の悪口に興じ始めた頃、野崎の挨拶回りが山崎とエリナのところまでたどり着いていた。

「どうも。ええっと、はじめまして、ですよね?」

「はい!私、東堂エリナと申します!こっちは上司の山崎です!」

「はじめまして。山崎と申します」

 山崎は椅子から立ち上がり、野崎に対して丁寧に頭を下げた。

「東堂さんに山崎さん。えっと、お二人はどういうーー」

「実は私たち、絵とは全く関係なくて、ここにいる山崎さんのせいで山の中で車がガス欠しちゃって、助けを求めて彷徨ってたらたまたま芦田先生のお宅にたどり着いたんです。そしたら、せっかくだからパーティに参加しないかってお誘いいただいて」

 エリナはスラスラと自分たちがパーティに参加することになった経緯を説明した。その表情は乙女のように明るかった。山崎はその様子を見ながら、少しむすっとした表情を見せた。

 野崎はそんなことには気が付かず、相変わらずエリナとの会話を楽しんでいた。

「そうなんですか。失礼ですが、お二人はお仕事は?」

「仕事ですか?えっと…」

 返答に窮したエリナに、すかさず山崎が助け舟を出した。

「公務員です」

「あ、そう!公務員です!私たち、同じ職場なんです!」

「そうですか。しかし、休日にこうしてお二人で出掛けるなんて、よっぽど仲が良いんですね。もしかして、付き合ってたり?」

「な…そんな訳ないじゃないですか!誰がこんな人と!山崎さんは、人使いは荒いし、いつも同じ服着てるし、食べ物と妹のことしか頭にないシスコンなんですよ!?」

「ちょ、ちょっと東堂さん…」

「シスコン?」

「いや、野崎先生。彼女の言うことは気にしないでください」

「はあ…。では、また後で。僕が言うのもおかしいですが、楽しんで行ってください」

「はい。ありがとうございます」

 山崎とエリナに会釈をして、野崎は引き続き挨拶回りを再開した。

 それを確認し、山崎はエリナの方を向き直った。

「東堂さん?」

「…すいません。口が滑りました」

「その謝り方もどうかと思います」

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